第12話 家族で昼餐! 豪華フルコース!
梅が駄目なら、先に鮭とか出汁とか……と思いつつも、燃え上がった梅干し熱は冷めやらない。
農作物に強い商人でも呼び寄せてみようか、それとも料理長にでも相談してみようか……。
調理場を覗きに行ったら、何やら料理人の皆様が、ものすごく忙しそうにしている……。相談なんて気楽にできる雰囲気じゃあないわねえ。
どうしようと悩みながら、自分の部屋で、ノートを広げながらぼーっとしていたら。
エリンが「旦那様と奥様はあと数日で領地に帰って来るそうですよ」って教えてくれた。
……お父様とお母様か。いろいろなお貴族様との社交を長年に渡ってこなしているのだから、梅に似た実に似た農園でも持っている貴族の一人や二人くらい知っているかもしれない。
よし、とりあえず、到着を待とう。
そうして待つこと数日。
いつもならまったりと過ごしている昼前の時間に、王都からお父様とお母様が屋敷に到着した。玄関ホールに馬車が入って来て……、馬車の小窓から次兄のギュンターお兄様がわたしたちに向かってひらひらと手を振ってきた。
あ、あれ? ギュンターお兄様?
魔法省に勤めているギュンターお兄様は、一年を通してずっと王都にいる。ラインシュ侯爵家のタウンハウスには顔を出すこともあるけど、公爵領に帰って来るのなんて……何年ぶりかしら?
お父様とお母様が王都から領地へ戻るのは、そろそろ社交シーズンが終わり狩猟シーズンとなるから予定通りなのだけど……。
魔法省の仕事は大丈夫なのかしら?
お忙しいはずなのに、わざわざ休暇を取って帰ってこられたの?
何か不測の事態が起こったのではー……って、考えすぎだよねー。ギュンターお兄様だってたまには故郷に帰ってきたいと思うときだって……ある、よね……。
……嫌な予感がーなんて考え過ぎーって思っていたのに。
使用人が馬車の扉を開ける。
馬車から降りてきたお父様とお母様の表情は、長旅の疲れだけではない苦悩とかイラつきがありありと分かるほどだった。
うわ……。嫌な予感、的中⁉
お父様は「……帰ったぞ」とぼそっと言っただけで、あとはむっつりとしたまま。お母様は無言。
使用人の皆の間に緊張が走る。
ギュンターお兄様は……。
「ごめんねー。昼食後にみんなでお話ししようねー」とへらっと笑った。だ……、大丈夫……なの、かな?
緊張顔のまま、家令たちはお父様たちをお部屋にご案内する。
使用人たちは手早く馬車の荷物を片付けだす。
わたし、フォルカーお兄様、ロズヴィータお義姉様は、引き攣った顔で目だけを見合わせてたりして……。
「と、とにかく、昼食後ということだ!」
ラフェドは剣呑な空気を敏感に感じ、泣きそうな顔になっている。
「わたしのせいかしら……」
いつもと違うのは、やっぱりわたしがいきなり王城の薔薇園でブチ切れて、婚約破棄をお父様とお母様に言ったから……ではないのかなと思ったり。
「いや……、どうかなぁ?」
フォルカーお兄様がギュンターお兄様に探りを入れてくれるというので、わたしは自室で大人しくしていることにした。
ロズヴィータお義姉様はラフェドの手を握って、部屋に連れて行った。
うーん……。
とりあえず、自室にて大人しくしていたら、エリンが神妙な顔でやってきた。
「……本日の昼食は、旦那様や奥様のお支度に合わせて半刻程遅れるそうです」
「……わかったわ」
王都から領地まで、船と馬車で長時間の旅。お父様たちはお茶でも飲んで一息つきたいわよね。お母様はきっと湯あみもなさるだろうし。
それを思えば半刻遅れの昼餐でも急いでくれた方かしら?
何はともあれ、わたしも着替えなければ。
お出迎え用の服から、昼餐用のドレスに着替える。
……貴族はめんどくさいわねーなんて。でも、そういう常識の世界だから仕方がない。光沢のない生地で、露出の少ないドレスをエリンに着させてもらう。
「あ、髪をグリングリンに巻くの、これからはやめてもらえる?」
「かしこまりました。それではいかがいたしましょう?」
これまではいかにも物語の悪役令嬢っぽいドリル巻き髪だったんだけどねえ。
イマサラ的な感じもあるけど、転生前の記憶を取り戻した今となっては、この髪型は止めたいわ。
……だっていかにも断罪される悪役令嬢っぽいじゃない。乙女ゲームとかアニメではこの手の髪型のご令嬢って、たいていそうよねえ。
好んでしているわけでもないし、フツーの髪型がいいです。
ということで、髪の上半分だけをまとめ、下半分を肩におろしたハーフアップスタイルにしてもらう。
現代人でも恥ずかしくない、フツーの髪型。
もっと早く言い出せばよかったなー。
それはともかく。
時間になったので屋敷の大広間に向かう。
昼餐です。
ラフェド以外の家族全員が揃い、それぞれの椅子に着席をします。
あ、ラフェドがいないのはイジワルしているわけではなく、子どもは昼餐には参加しないのよ。きっちりとしたマナーでフルコースの料理が食べられるようになるまで、侍女や乳母たちに食事の面倒を見てもらうのです。
こちらの世界はこういう習慣なのね。あと、小さい子は分量的に、フルコース、食べきれないでしょうし。
さて、全員が席に座ると、まずは神への祈り。お祈りが終わると、給仕の者が食前酒と冷たい前菜を運んできます。
西洋梨に似た果物にハムを巻き、絞った果汁とオイルを混ぜたドレッシングをかけ、更にベビーリーフのような青菜を中央に飾っています。
見た目も素晴らしいですが、味も美味い。
次は温かい前菜。
緑色がとてもきれいなポタージュみたいなスープです。……でもなんとなく、うぐいす餡を詰めた菓子パンな香りがするんだけど……。
給仕が「ポワカッセのスープでございます」と教えてくれた。
ポワカッセって何だろうと思ったら「皮をむいた緑の豆を二つに割って乾燥させたもの」だそう。
へー、乾燥豆をここまで滑らかなスープにするのは大変だろう。この世界、ハンドミキサーとかもないんだから、すべて手作業。まず、乾燥豆を水に浸して、それからゆでて、濾して、たいへんだわー。時間のかかる一品ね!
さてお次は魚料理。
我が領は大河が近いので、川魚も料理に使われます。だから、マスとかサーモン的な何かが居ると思うのよね……。いつか探しに行こう。
魚探しは梅の見通しがたった後でとして。
今日の魚料理は給仕によれば、ブロシェという名の川魚のペルシャード。つまり、香草パン粉焼き……と言ったところかな。ニンニク的な野菜とパセリ的な香味野菜をみじん切りにしたモノとパン粉を混ぜて、魚にまぶして焼くらしいです。香草のおかげで淡白な川魚が薫り高い一品に仕上がっています。鼻に抜ける爽やかな香り……。素晴らしい。川魚でよくある泥臭さは全くない。きちんとした処理がなされているんだろーなー。刺身……は無理かな。でも、塩鮭的な味の何かならできそう……。
考えながら、食しています。
もぐもぐ。
お腹もだいぶ満ちています。
もぐもぐ。
しかし、貴族の昼餐はこんな程度では終わらない。
フランス料理のフルコール的に、口直しを挟んでメインの肉料理に突入するのです。
転生前の世界のフルコースなら、口直しにはソルベが定番。
ソルベ……つまり、氷。
我がラインシュ侯爵家にはちゃーんと氷室がありますからね。シャーベットでもソルベでも作れることは作れるとは思う。
でも、我が国……というか、この世界ではアイス的なモノを食するという習慣がないのよねー。水があまりきれいじゃない国で、氷とか食べたらきっと下痢一直線。故にかき氷は超危険。大河の上流に位置する我がラインシュ侯爵領の人間だって、生水は飲まないしね。水は沸かして飲むのが当たり前。
なので、魚料理の後の口直しは、冷やしたベリー的な小粒のフルーツであまり甘みの無いものとか、冷やしたお酒とか、ゼリーとかが出てくることが多いのよ。
で……今日は……「お嬢様の考案なさったムーギチャに料理長がアレンジを加えてみました」とのことで……。
え?
麦茶?
まあ、口直しには合うと思うけど。料理人さんたち、この間の冷やし麦茶、実は結構気に入ったのかなー?
お父様とお母様も「ほう! ムーギチャとは何だ⁉」「トリクシーが考えたの?」と興味津々。
でも……これ、グラスに入っていたのはフツーの麦茶じゃないわ。
どう見ても、ゼリー。
しかも、ゼラチン的な何かでプルプルのゼリー状にした麦茶の上に、マーマレードが少量かけられている!
恐る恐る口に含んでみると……麦茶の香ばしい風味に、マーマレードのフルーティーさと優しい甘みが加わっている!
ナニコレ美味しい!
ウチの料理長、天才⁉
驚き顔のわたしに、給仕の者がニコっと微笑みかけた。
「先日お嬢様の作られたヒヤシムーギオーチャズケを食べた料理人たちが、日夜研究をいたしまして」
あ、ああ! このところ忙しそうにしていたのは、メニューの考案というか、冷やし麦茶を使った何か新メニューを考えていたのか!
すごいわ、我が家の料理人たち! 研究熱心ね!
「さすがね! では、わたくしからも、一つメニューを提案しますわ。冷やし麦茶に少量の塩。そして、すっぱくてすっきりする果実のしぼり汁を加えると、疲れが取れ、夏の暑さにも負けない飲み物が出来ますのよ!」
お父様とお母様の前のなので、お嬢様言葉を使う。
提案するのは冷やし麦茶アンド塩レモン!
夏の熱中症予防にもいいのよね! 研究で疲れた体にもいいと思うの。疲労回復に飲んでね!
給仕の者は「料理人たちに伝えますね」と言って、メインの料理を運んできた。
メインと言えば、肉料理。
我がラインシュ侯爵領で肉と言えば……カモやガチョウに似た鳥である。その鳥に、栄養抜群の餌を与え、肥え太らして、肝臓を肥大化させる……。
そう! フォアグラです!
肥え太ったガチョウの肝……、それは八割がたが脂肪分。バターのような滑らかさと濃厚な風味が特徴の高級食材よ!
本日のメインディッシュはそのフォアグラ!
しかもマッシュ状のポテトの上にフォアグラがドーン。うわあ……すごいわー。
しかもリンゴのスライスと共にフランベされているのよ!
うはー!
日本人の感覚からすると、昼間からこんな豪華な料理を食べていいのかとか思っちゃいますけど。
リンゴの甘さと酸味、そこに濃厚なフォアグラが口の中で溶けて混じる……。最高級に美味い……。
お茶漬けサラサラ派のわたしも脱帽する一品です。
我が家の料理人たち、マジすごい。
一生に一度くらいは食べたい絶品料理。
でもやっぱり、毎日食べるのなら、わたしはお米がいいかなー。
ああ、炊き立ての白米様のしあわせな香りをかぎたーい!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆お知らせ☆
拙作『無知の末路。あるいは身勝手な王太子と常識知らずの男爵令嬢。』をコミカライズしていただきました!
『悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ! アンソロジーコミック ざまぁ編 5巻 (ZERO-SUMコミックス)』2026年5月29日発売です! よろしくお願いいたします!




