第11話 梅干し! だが今は秋……!
欲しい。
切実に欲しい、梅干しが。
梅干しがあれば、今回食した冷やし麦お茶漬けのやや残念感はきっと減る。
百パーセント満足のいく冷やし麦茶漬けではなくとも、八割がた満足な、これでもいいよ的なところまでは行くだろう。
あの梅干し様の圧倒的な酸っぱさとしょっぱさとほのかな香りによって……!
しかし、今は秋。
梅の収穫時期は、日本のカレンダーからすると5月か6月。国が違う上に、異世界だけど、農作物の収穫時期に大きな差が出るとは思えない。
季節的に、梅もしくは梅に近い果実はないのでは……?
ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国は、日本のスーパーのように季節問わずいつでもいろんな種類の農作物が手に入る環境なんかじゃないのよ。当たり前だけど、冷凍保存方法が発達していないで氷室くらいしかないんだから、農作物は旬のものしか手に入れられない。
「マジか……。この溢れる情熱を、空回りさせたまま、半年も待つの……?」
いやいやいやいや、半年かけて、梅に似た何かと赤紫蘇に似た何かの研究をすればいいのよ! めげるな私!
というわけで、まずは、王太子殿下の婚約者という立場、それによって、貴族学園の授業など余裕になったほどのこのわたし……トリクシー・フォン・ラインシュの知識をまずノートに取りまとめてみる。
ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国っていうのは王政の国。
ラインシュ侯爵領のように、貴族が領地を持ち、王はそれの取りまとめ。つまり、税を徴収するわけだ。
だから、国内各地の誰の領地がどこにあって、それぞれの領地の特産品だとか何とか、いろいろな情報は王家である程度は把握しているのだ。
とはいえ、現代社会の国税庁とか何とか省とか商工会議所とかよくわからないけど、株式上場のための審査に向けての登記なんとかかんとかのような精密さはない。
一応、国の文官が各領地を見て回ったりもするけど……、こっそり銀山を隠し持っている領主とかがいないわけじゃない。今年は農作物も不作で……と言いつつ、こっそり隠し倉庫には小麦がいっぱい隠されている……なんてこともある。
もちろんばれたら追徴課税どころか厳罰だけどね! 爵位取り上げもあるよ!
でもねえ……。飢饉でも起きれば、自分の領地は守って、近隣の領地に攻め込んでやるぜと虎視眈々を狙っている地方領主もいるくらいだ。
だから、自分の領地の情報を、すべて隠さず王家に公開するなんてことはしない。こっそり蓄える程度なら、どこの領主もやる。
あくまで、ある程度、おおざっぱに報告で、なあなあで、いざとなったら袖の下に賄賂だ!
まあ、そう言う社会で、情報は公開しろなんて公平性を求めてはいけない。
特に地図。
領内の河川や山の位置は正確に記すけど、この山のこのあたりに実は獣道があって、いざ戦って時はこの獣道を使いますよ……なんてことは公にする地図には書かない。
領主の執務室とかに、こっそり隠されている。地下通路とかもね!
公開するのは商人たちが通るような大通りのみだ。
日本の学校の社会科で使うような地図帳とか社会科資料とかレベルのものは、領主が秘匿している。
だから、わたしも王太子妃教育で仕込まれたのは、国内のおおざっぱな情報までだ。
どうやって、他の領地の詳細な地理や農産物の情報を得られるのか……。難題です。
「ま、でも。商人の行商のルートを極めれば、ある程度程度までは追えるしね!」
農家の人が作る農作物。それを売る商人がいるのだ。土地の情報や出来高がたとえ秘匿されても流通は隠せない。売り買いをしている以上、必ずどこかからは分かる。
ただ……自分の領地ではないところで、商人が扱う農作業の流通をどこまで追えるかは……微妙だけど。
とりあえずノートに地図を作製する。
分かっていることを書き込む。
まず描いたのは、おおざっぱな国土。ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国の形は台形をさかさまにしたような四角形。その四角形の真ん中あたりに縦に線を引いて、デューナ大河と書く。
「北から南へと流れるデューナ大河。このデューナ大河の西側は丘陵地帯になってて、低山が点在する変化に富んだ地形」
ちなみにこの西側のほぼど真ん中には国内最大の湖があり、その湖からデューナ大河へとシーオという名称の川が流れている。
ちなみに王都はこのシーオ川沿いにある。
王都なので、当然王様が住む王城があり、貴族学園や魔法学校、魔法省なんかもみんなこのあたり。
「そんでもって、デューナ大河の東側は穀倉地帯ね!」
つまり、国土の約半分が耕地。地域ごとの土壌や気候に応じた作物が作られてはいるけど……、だいたいが小麦。あとはトウモロコシ。果樹園とかもある。
全国民が食べまくっても、食材が余るほどの豊かな生産量。
だけど、汚れとか汚水とか、下水処理場も排泄物処理場もないのに何でもかんでも川に流してしまうから、水質はよくない。
だから、余った小麦からビールを作り、コーン酒を作り、果実からもお酒を作るのだ。水分の保存としてね。
幸いにして我がラインシュ侯爵領は国土の北側。八千メートル級……かどうかは分からないけれど、エベレスト並みの山々を背に広がる丘陵地帯。山の雪解け水が集まって大河となるデューナ大河の上流に位置するので、水は比較的きれいなのだ。
これがもう……南下して、シーオ川と合流してさらに南に流れる下流の水域は……水が臭い。エリンの出身地であるマーテラー男爵領は、この南部だから、それはそれは水がマズいだろう。……って、水の話は今はいい。とにかく果樹園を探すかあ……。
「……って、あー……、国の東側の果樹園、全部に当たってみるしかないのか……?」
マジかー……。
たとえ王太子殿下の婚約者で、侯爵家の令嬢のわたしだとしても、あっちこっちの果樹園にホイホイと出かけられるわけではない。
「ラインシュ侯爵領には大規模な果樹園はないし、隣の領にあるのは葡萄畑だ……」
そう、我が領にあるのは主に小麦にトウモロコシ。そして豚だ。畑なんかも当然あって、パプリカに似た野菜とかも栽培しているけど。果物もあるけどさ。
「梅……梅に似た果物……アンズとか、桃とか? ウチとか隣の領では……、生産されているなんて聞いたことないなあ……」
市場に行けば、いろいろな品物が並んでいるし、もしかしたら大規模ではなく小規模な果樹園とかあって、梅も栽培されているかもしれないけど。
「領地内をしらみつぶしに歩いて回る……? いやいや、ありえない」
わたしのこの梅干しへの情熱をもってして、領内歩き回ってみてもいいんだけど!
「貴族のご令嬢だし。それにまだ王太子殿下の婚約者だしなあ……」
ちっ! と舌打ちなどしてみる。
侯爵家のお嬢様は好き勝手に歩き回れないのよね。
エリンという侍女だけではなく、護衛だのなんだのと引き連れて移動だ。
平民な皆様の食欲を満たすような活気ある市場を自由に歩き回れるわけはない。
「お抱えの商人に頼んで梅の実に似た果実を市場で探してきてもらうかあ……」
と、すると。やはり、梅が出荷されるシーズンまで待つしかないのか……。
がっくりと肩を落としたわたし。
だけど、梅に似た果実は、わたしの予想外のところからひょっこりとわたしの前に現れたのだ。




