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Uranus 第六特命巡視捜査隊  作者: サロ
第2章白きシロモノ
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第20話 夜明け前の魔女

ズカズカと部屋へ入っていく、部屋着姿の背中。


デスクトップPCをはじめ、壁際に並んだモニターへ次々と明かりが灯っていく。


「――解析してほしいのは、なんだ」


起動した画面に、保安章と『Hekatē』の文字が浮かび上がった。


『監視カメラのSDチップです』


スピーカーから流れた俺の声に、ひふみ先輩は視線を落とす。


額にはまだ、『醤油』と書かれた赤いアイマスクを乗せたまま。


映像通話が繋がっているか確かめるように、すぐ上のモニターへ眉を寄せた。


ちゃんと見えてますよ。


「SDチップか……めんど」


『めんどいとか言わんとってください。今、送ってますから』


モニターの向こうで、ひふみ先輩がマグカップに口をつける。


『……それと、ひふみ先輩』


「ん?」


『今後、勝手に俺の名前で警察署へ依頼を出すのはナシです。突然、湾岸署から一報が来るこっちの身にもなってください』


一拍。


『これは、主任命令です』


ドカッ、とマグカップが置かれた。


続いて、チェアへ乱暴に腰を下ろす音。


「は? 今まではよかっただろ!?」


『これまで何度注意したと思ってるんですか。忘れたとは言わせませんよ。堪忍袋もここまでです』


「え〜……庄司の名前出すと、すぐやってくれるから超便利だったのにぃ」


『知りませんよ、そんなん。とにかく、もうダメです』


「……いつまで?」


『無期限です』


そう言ってから、俺は少しだけ考えた。


『あと、散々俺の名前つこたんやから……今度、なんか甘いもんください』


モニターの向こうで、ひふみ先輩が小さく鼻を鳴らした。


「お前、それオレの真似」


『お安いもんやと思いますけど?』


「……今度」


『守ってくださいね』


デスクトップPCの上部に、《データ受理》の文字が表示された。

ひふみ先輩は、観念したように『醤油』と書かれた赤いアイマスクを外す。


淡い青の瞳が、画面を射抜いた。


「……解析始めんぞ」


『お願いします』


俺が答える頃には、ひふみ先輩はもうSDチップ内のファイルを開いていた。


その瞳が、映像を一度だけ追う。


それで十分らしい。


複数のウィンドウを立ち上げ、各部屋に待機しているチームメンバーへ矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。


映像の抽出。


画質の補正。


車体、ロゴ、ナンバープレートの分離。


すべてを同時に進めながら、ひふみ先輩はぼそりと呟いた。


「マジでワシノ運輸の登録配送車にそっくりじゃん。ロゴ」


当然、聞き流せるわけもない。


『ロゴ、ですか?』


「……あれ?」


ひふみ先輩がマウスを動かしたまま、モニターを見上げる。


「あ、沙与ちゃん、まだ言ってないのか」


『何をです?』


「昨夜、仮眠する前にな。《江東 お 12-58》のナンバープレートを付けた車、偽造なんじゃないかって疑ってただろ。オレも気になったから調べてみたの」


『甘っ』


「どの口が言ってんだよ」


即座に返された。


「そしたら、文字列も色味も本物にそっくりでさ。あの時の画像はちょいと粗めだったけど、これはさすがAI主導型なだけあるわ」


カーソルが画面上を駆け回る。


映像の一部が切り取られ、拡大され、輪郭が補われていく。


「ナンバープレートの分類番号も、バッチリ分かりそうだな〜」


『分類番号まで拾えそうなんですか』


「拾う。ついでに車種も絞る。あ、ロゴの件は沙与ちゃんに聞いとけよ」


601号車の助手席から、堀宮が通話へ割り込んだ。


『……月城さん、あの』


「お、堀宮。どした?」


『どれくらいで、全部の解析が終わりそうですか?』


その問いに、ひふみ先輩は口元を上げた。


「安心しろよ」


キーボードの上を、指が走る。


「夜明け前には特定してやる」


マウスは止まらない。


ひふみ先輩の指示を受け、各部屋ではSDチップ内の電磁的記録から、次々と情報が抽出されていった。


拾い上げられたデータが共有され、映像の細部が可視化されていく。


ぼやけていた車体が。


ロゴが。


ナンバープレートが。


少しずつ、本来の輪郭を取り戻していった。


ただの記録だった映像が、証拠として使える形へ変わっていく。


車内に響くのは、エンジンの微かな振動と、通話越しに聞こえるキーボードの音だけ。


不意に、ひふみ先輩の手が止まった。


「――できた」


その一言が、身体に張りついていた夜通しの疲労を吹き飛ばす。


俺はすかさず顔を上げ、組んでいた両腕を解いた。


『ナンバー、拾えました?』


「庄司、それだけじゃねーぞ」


ひふみ先輩が映像の一部を拡大する。


「コイツ、ここでナンバーを付け替えてやがる」


『『……はい?』』


俺と堀宮の声が重なった。


ひふみ先輩の指先が、拡大された映像を軽く叩く。


「……ほら。橋を渡り切って、駐車場エリアに差しかかった、この瞬間」


映像の中で、男が車を降りる。


周囲を見回してから、車体の前へ回り込んだ。


「右手に持ってるのが、付け替え用のナンバーだ。この様子だと……マグネット式だろうな」


映像が速戻しされ、今度はスローで再生される。


男の右手にある薄い板状のものが、コマ送りの中でようやく輪郭を持った。


そのまま男は、ナンバープレートを覆い隠すようにしゃがみ込む。


『あ』


堀宮の声が漏れた。


次に男が立ち上がり、運転席へ戻ろうとする頃には、車体に付けられたナンバープレートが変わっていた。


《江東 お 12-58》


それが、


《千葉 え 94-63》


へと。


「しかも、ただ上から被せたんじゃねーな。外して、別のを付けてる」


拡大された映像の中で、男の手元が再び停止する。


片手には取り外したプレート。


もう片方の手で、別の一枚を車体へ取り付けていた。


「コイツ、偽造プレートを複数枚持ち歩いてるぞ」


『『悪質じゃないですか』』


また声が重なる。


ひふみ先輩は鼻で笑った。


「悪質なのは、これからだぞ」


そのまま別のウィンドウを開く。


「さっきオレ、ナンバープレートの分類番号もバッチリ分かるって言ったよな」


該当箇所がさらに拡大される。


「その分類番号が問題だ」


画面に、比較用の画像が並んだ。


片方は、ワシノ運輸の登録配送車。


もう片方は、今回の対象車両。


「ワシノ運輸の登録配送車は、小型貨物用途を示す《4ナンバー》を使ってる」


ひふみ先輩のカーソルが、番号の上をなぞる。


「だが、この車は、ナンバープレートの黒地に黄色文字まで寄せてるくせに、分類番号は《5ナンバー》だ」


そこで、わざとらしく声を弾ませた。


「はい、元交通課の堀宮君。お答えをどうぞ」


『……《5ナンバー》は、小型“乗用車”の分類です』


「正解。で、車体照合も一致した。

ベース車は乗用モデルだ」


画面上で、二台の車両が重ね合わされる。


「つまりコイツ、元は乗用車。それを配送車に見えるよう仕立て直してる」


堀宮が、表示された画像を睨む。


『……でも、それだけなら、わざわざ見た目を似せる意味あります?』


ひふみ先輩の指が止まった。


「ある」


別のウィンドウが開く。


倉庫街を走行する複数の配送車両。


深夜にもかかわらず、路肩へ停車し、荷物を積み降ろしている。


「配送車は夜中に倉庫街を走ってても不自然じゃない。路肩に停まっても、荷物を積み降ろしてても、誰も気にしねー」


『つまり、目立たないための偽装ですか』


「車種だけじゃない」


ひふみ先輩が、後部窓越しに映った車内を補正する。


暗かった車内に、少しずつ形が浮かび上がった。


本来なら見えるはずの座席の背もたれがない。


代わりに、後部いっぱいまで平らな床面が続いている。


「後部座席、潰してある。荷室に見えるように作り替えてるぞ」


『ガチで悪質になってきましたね』


思わず運転席から割り込んだ俺のぼやきに、


「だから最初から悪質だって言ってんだろ!」


間髪入れず、ツッコミが飛んできた。


「あ。それとな、庄司」


『まだあるんですか』


「《千葉 え 94-63》も、実在する別車両の番号を盗用してる。交通課に照会済みだ」


さらりと投げられた情報に、息を吐く。


配送車へ偽装した車体。


盗用したロゴ。


複数のナンバープレート。


照会を欺くために使われた、実在車両の登録番号。


後部座席まで潰して作られた荷室。


ここまで手を掛けた理由は、一つしかない――これは、何かを隠して運ぶための車や。


俺はモニターの中の白い車を見つめた。


『……マルヒの石母田は、付け替えたナンバープレートに気づいて襲われたんか』


そこで一度、言葉を切る。


『それとも、その生死を問わない“何か”を見たから襲われたんか……』


助手席から、堀宮の声がした。


『謎、増えちゃいましたね。班長』


せやな。


けど、謎が増えたんやない。


見えていなかった輪郭が、ようやく姿を持ち始めただけや。


俺と堀宮は、揃ってフロントガラスの向こうを見た。


夜の端がほどけ、空が白み始めている。


『……約束どおりですね』


堀宮が小さく笑う。


『おう』


その声を拾ったひふみ先輩が、呆れたように眉を寄せる。


「あのな……お前ら、夜明け前には特定してやるって言ったろ」


ひふみ先輩が背中を預けると、ゲーミングチェアが低く軋んだ。


残り時間は3時間半を切った。

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