Tokyo Brick Warehouse/幕間
(えーっ、バ先に行けないじゃん!
遅刻確定だよ!)
警察が張ったであろう黄色い規制線の外側。
4列目ぐらいで人に飲まれながら、私はそう思った。
大学から直行で来たのに。
「お巡りさんいないかな……いた!」
人を掻き分けながら、青い制服を探す。
無線から口を離した、そのタイミングで「すみません!」と話しかけた。
「どうされました?」
「あの、私、この先の飲食店で働いてて……通れませんか!?」
警察官は一瞬、困った顔をした。
「すみません。現在、この先は立入規制中でして」
「ですよね!?
でも、20時からシフトなんです。店長にも連絡したんですけど、全然既読つかなくて」
「店舗名は?」
「LANIKAI COFFEEです。コンテナの奥の、赤い看板の」
珈琲とパンケーキが売りで。
「……ああ」
その「ああ」が、嫌な感じだった。
知っている「ああ」だ。
たぶん、私の店が規制線の内側にある。
しかも、規制の解除は21時頃かもしれないと言われて、詰みそうだった。
どうしよう。
その時、規制線の向こう側を、私服の4人組が横切った。
先を行く2人の右腕には、紅い腕章。
「機捜じゃん」
人混みの中で、誰かが言った。
こっちはつまり、警察関係者。
じゃあ、その後ろの2人は。
警察官じゃない。
けれど、ただの関係者にも見えなかった。
左腕には、蒼い腕章。
ニュースで見たことがある蒼色。
なんだっけ。
腰には黒いウエストポーチ。
片方の手首には、見慣れないスマートウォッチ。
「え、保安の特視隊も来てるの?」
誰かがそう言った。
その言葉で、私の中の「遅刻確定」が、少しだけ後ろに下がった。
そっか、思い出した。
夜廻りさんだ。
「いや、後ろの2人は特視。左耳イヤモニだし、蒼腕章。ホルスターも後ろ寄り」
「え、分かるんですか?」
「見れば分かるでしょ」
分からない。
全然分からない。
でも、その人の言葉で周りがざわついた。
だけど……夜廻りさんまで来てるなら、ただのトラブルじゃなさそう。
規制線の向こうで、紅い腕章の人と蒼い腕章の人が何か話していた。
もっとピリピリしているのかと思ったけど、そういう感じでもない。
片方が端末を見せて、もう片方が頷く。
それから、ほとんど同じタイミングで別々の方向へ散っていった。
仲がいい、というより。
慣れている。
そんな感じだった。
その時、規制線の奥から声が飛んだ。
「道開けて!」
「通りまーすっ!!」
人垣が、ざわりと揺れる。
さっきまでスマホを掲げていた人たちが、慌てて腕を下げた。
黄色い規制線の向こうから、ストレッチャーが出てくる。
一瞬だけ見えた男の人の顔は、血と腫れでよく分からなかった。
「……うそ」
喉の奥から、勝手に声が漏れた。
遅刻とか。
既読とか。
店長とか。
そういうものが、今度こそ全部、頭の後ろへ下がった。
「――ねぇ……この搬送者、夕方の煽り運転のヤツじゃない??」
え?
その声は、若かった。
淡いピンク色の髪をした、背の高い女の子。
左腕には、蒼い腕章。
もう一人は、黒髪を束ねた小柄な子に見えた。
けれど人混みに遮られて、顔まではよく見えない。
「お疲れ様です。……え?」
黒髪の子がそう言って、小さく会釈した。
それから、蒼い腕章をつけた2人は規制線の内側へ消えていく。
人混みのどこかで、誰かが言った。
「特視、増えたな……ジェミニ絡みかぁ」
「いや、まだ分かんないでしょ。アンドロイドかも」
「日本で? ないない」
「でも最近、海外だと多いってニュースでやってたじゃん」
「ここ台場だぞ。海外じゃないし」
人混みの中で、知らない人たちの推理だけが勝手に増えていく。
誰も何も知らないのに。
それでも、保安が来たというだけで、黄色い規制線の外側は少しずつ怖い方へ傾いていく。
もう、バイトがどうとかいう空気でもなくなってしまった。
規制線の向こうに、LANIKAI COFFEEの赤い看板が見える。
いつもなら、あそこまで走ればタイムカードを切れる。
でも今は、その数十メートルが、知らない街みたいに遠かった。
その時、手の中のスマホが震えた。
店長からだった。
『無事?』
『今日は来なくていい』
『店の中にいたスタッフは全員確認取れてる』
『あとで連絡する』
その4行を読んで、膝から力が抜けそうになった。
よかった。
そう思ったあとで、遅刻の心配をしていた自分が、少しだけ恥ずかしくなった。




