↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Uranus 第六特命巡視捜査隊  作者: サロ
第2章白きシロモノ
PR
22/28

第19話 午前3時18分

約3時間前。


深まった深夜の橋に、一台の車が停まった。


運転席のドアが開く。


降りてきた男は、周囲を一度だけ見た。


それから、運河へ続く細い川に向かって、大きく右腕を振りかぶる。


黒い小さなものが、夜の中へ飛んだ。


水音は、小さかった。


――


「ここだといいですけどねぇ、班長」


僕の言った言葉に、


「だと嬉しいけどな〜」


と返した班長は、白いウィンドブレーカーを羽織っていた。


数時間前に男が立っていた場所へ、今度は僕たちが立っていた。


小型懐中電灯の光が、欄干の向こうへ落ちる。


細い川面が、白く揺れた。


「その犯人が、俺らに都合よく動いてくれるとは限らんからな。ここから投げられるってだけや。“ここで投げた”とは、まだ言えん」


班長のライトが、欄干の下をゆっくりなぞる。


水面ではなく、欄干。


それから、足元の歩道。


最後に、車道側。


投げた人間の動線を見ている。


そう思って、僕も周囲へ視線を向けた。


橋の反対側に立つ、銀色のポール。


その先端に、小型の監視カメラが設置されていた。


あ。


見つけた。


確か、この公園は管理人さんが24時間常駐していたはずだ。


「班長、あそこ」


「……知っとる」


先に監視カメラに気づいていたなら、言ってくださいよ。


そんな顔をしていたのだと思う。


班長は小型懐中電灯を消しながら、少しだけ口角を上げた。


「堀宮が気づくの待ってただけや」


「教育ですか?」


「仕事や」


そう言って、白いウィンドブレーカーの裾を払うように立ち上がる。


「管理事務所、行こか」


――



「はい。こちらが、監視カメラのSDチップになります」


管理人の男性が、小さなケースをカウンターへ置いた。


あの監視カメラはAI主導型らしい。


常時録画ではなく、人や車両の動き、一定以上の音、ライトの変化を検知した時だけ記録を残すタイプ。


つまり、何も映っていない時間は最初から存在しない。


便利だけど、少し厄介だ。


「午前3時前後、残っとります?」


班長の問いに、管理人は端末を操作しながら頷いた。


「3時18分から3時21分までの記録があります。車両接近で反応したようです」


僕は思わず、班長を見た。


けれど、班長の表情は動かない。


指先だけがカウンターの上を一度叩いた。


それは、喜んだ時の反応ではなかった。


何かが噛み合った時の、確認みたいな音だった。


「少し録画記録を見せてもらうって、できますか?」


班長の一言に、管理人さんが頷く。


「ええ。できます……少々、お待ちください」


そう言って、管理人さんはキーボードに指を置いた。


乾いた打鍵音が、事務所の中に小さく響く。


画面の端で、読み込みの輪が回った。


やがて、午前3時18分の夜が映し出された。


その映像の夜は曇り空で、ナンバープレートは不鮮明。


けれど、その代わりに、橋の上へ停まった車体ははっきり映っていた。


白い車体が。


これ。


毘乃木先輩が言っていた車なんじゃないか。


僕は単純に、そう思った。


ナンバーがもっとはっきり映っていればいい。


けれど、民間の監視カメラだ。


画質や角度に限界があるのは仕方ない。


SDチップを持ち帰って、月城さんたち『Hekatē』に解析してもらえれば、何か分かるかもしれない。


ただし、問題がひとつ。


管理事務所から601号車へ戻る道中、僕はそのことを口にした。


「……この時間って、隊長は起きてるんでしょうか?」


「寝てるんちゃう? さすがに。ひふみ先輩も今頃、仮眠室やと思う」


「ですよね……」


Hekatēは、第六の情報捜査チームだ。


けれど、頼めばすぐ動いてくれる便利屋じゃない。


正式に動いてもらうには、隊長の一声が要る。


なんてったって、Hekatēを作ったのは雪園隊長なのだから。


まあ、その当時を僕は知らない。


詳しい経緯も、正直よく分かっていなかった。


そこで、班長の足が止まった。


「……雪園隊長、起こすか」


「え」


僕もつられて立ち止まる。


「今は、このSDチップをなんとかすんのが先や。起こそ」


「え……だ、大丈夫なんですか?」


班長は少しだけ目を逸らした。


「……隊長の特技、早起きやから」


「それ、大丈夫の理由になります?」


「なる」


「なります?」


「なる」


「本当に大丈夫なんですね……?」


僕のその不安を置き去りにして、班長はもう隊長へ電話していた。


しかも、すぐ繋がった。


雪園隊長の「早起きが得意」は、嘘じゃないのかもしれない。


『――尻尾を見つけたか』


「えぇ、恐らく。その尻尾を掴むためにも、魔女を――第六きっての魔女の女王を起こしていただきたいんです」


一拍。


「今夜が終わる前に」


班長がそう言い切って振り返る。


午前5時が迫る夜空を、太陽の前座みたいなオレンジが水平線から染め出していた。


『……分かった。Hekatēを起こそう』


一拍。


『夜明けまでに、形にしろ』


――



赤坂・Uranus/地下二階――第六特命巡視捜査隊フロア。


仮眠室は静かだった。


ネットカフェのフラット席のように縦に仕切られた一角で、月城さんは熟睡していた。


101号室。


そこは、もはや私物化されていた。


城、と言ってもいい。


ゴロン、と正面へ寝返った月城さんの顔には、『醤油』と描かれた赤いアイマスクが乗っている。


「ぁ……堀宮ぁ、おかわり……うん」


不意に、枕元の内線が短く鳴った。


ワンコール。


……ツーコール。


赤いアイマスクの下で、月城さんの眉がぴくりと動く。


「……誰よぉ」


ほぼ無意識に、受話器を取った。


――ピッ。


「もし……」


『月城、出番だ』


その声だけで、寝ぼけた空気が消えた。


『Hekatēを起こす。3分で来い』


「……5分ください」


『3分だ』


「……はいはい、鬼上司」


通話が切れる。


月城さんは赤いアイマスクを額へ押し上げた。


数秒前まで夢の中にあった呼吸が、静かに整っていく。


眠たげな瞳は、もう笑っていない。


第六の魔女の女王が、夜明け前に目を覚ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。