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Uranus 第六特命巡視捜査隊  作者: サロ
第2章白きシロモノ
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21/22

Things Dogs Pick Up/幕間

ウチで飼っているラブラドール・レトリバーは、よく落ちているものを拾ってくる。


特に、キラキラしたものが好きみたいで。


「レオ、また拾ってきたのか」


僕の一言に、チョコ色の尻尾が興奮気味に振られる。


軍手。


小枝。


空き瓶。


雲母が混じった石。


僕の彼女が忘れていったネックレス。


とにかく、色々だ。


そして今日も。


「さ、行こう」


「ワン! ワン!」


僕は新ジン類だから、夜が日常だった。


「人類との共生社会」が掲げられたこの2090年代、目に見える差別は少ない。


ただ、距離感。


言葉の端々。


目線。


そういった目に見えないものは、未だに根強い。


でも、祖父母が生きた時代みたいな迫害や、露骨な不平等はない。


特に不満はないかな。


……ない、と思う。


あ、でも。


国を守る「聖職」には就けない。


自衛官。


警察官。


保安官。


それから、裁判官。


守る側にも、裁く側にもなれない。


まあ、それも昔からそういうものだと言われれば、それまでなんだけど。


「え。今日はこっちに行くの?」


僕は、レオが行きたがる方向を見た。


橋ノ海公園方面。


まだ歩きたいらしい。


いつもの散歩コースより、帰りは遅くなりそうだった。


けれど、愛犬の意思を無視するのも可哀想で。


桜の見納めだと思えばいいか。


「……分かったよ。行こう」


「ワン!」


四葉の蒙古斑がある左手の中で、リードが緩んだ。


真夜中の東京で、出歩く人間は少ない。


特に25時を過ぎると、道を歩くのは新ジン類たちの方が多くなる。


だから、少し呼吸が楽だった。


すれ違うたびに「こんにちは」と挨拶をして、小川沿いを歩く。


こんな時間にその挨拶は変だと、昔、彼女に笑われたことがある。


でも、新ジン類同士ならこれで通じる。


もうすぐ桜並木が見えてくるはずだ。


そんなことを思いながら歩いていたら、レオが小川の方を凝視した。


これは、キラキラしたものでも見つけたな。


でも。


「冷たいから、行かない方が」


犬に日本語は通じない。


少なくとも、今のレオは好奇心が勝っていた。


四つの足が、アスファルトから階段へ移る。


このままじゃ、僕まで水に浸かりそうだ。


そう思った瞬間、体が止まる。


パッと、リードが手から離れた。


距離にして、3メートルくらいだったと思う。


レオは浅瀬の泥のあたりで、スンスンと鼻を動かしている。


……まさか、また空き瓶。


「レオ、それはダメだって」


そう注意した時には、もう咥えていた。


四角い何かを。


空き瓶じゃない。


おもちゃかな。


僕は、そう思った。


戻ってきたレオの目は、「見て見て! 褒めて!」と訴えているようだった。


「よしよし。じゃあレオ、それ僕にちょうだい」


口元に差し出した手に、レオは名残惜しそうに鼻を鳴らした。


最初に感じたのは、泥の感触。


次に、固さだった。


ぬるりとした冷たさの奥に、角ばった感触がある。


おもちゃにしては、重い。


「……なにこれ」


指先で泥を拭うと、黒い表面が出てきた。


片側に、小さなレンズみたいなものがある。


もう少し拭ってみた。


厚み的に、アクションカムではない。


おもちゃでもない。


「あれ? このメーカー名……」


不穏に思う僕とは対照的に、レオは無邪気に尻尾を振っている。


これは、持ち帰っちゃいけないな。


「レオ、交番に行こっか」


「ワン!」


「遊びに行くんじゃないからね」


言い聞かせても、レオは分かっていない顔で歩き出した。


泥のついた黒い機械をハンカチで包みながら、僕は来た道を引き返す。


桜並木は、もうすぐそこだった。


でも今夜は、見納めどころじゃなくなった。


――



最寄りの交番は、徒歩5分くらいの場所にある。


軒下の赤いランプと、足元のレオを見比べた。


なんか緊張する。


落とし物を届けるだけなのに、手の中の黒い機械が妙に重い。


……レオ、ここは遊び場じゃないんだよ。


それと、もうひとつ心配事があった。


届ける相手が保安だったら、こんなに緊張しなくていいのに。


「すみませーん」


「はい!」


中にいた若い警察官が、僕を見る。


それから、僕の右手を見た。


四葉の蒙古斑。


ほんの1秒にも満たない間だったけれど、視線がそこに止まったのは分かった。


……やっぱり、気になるよな。


保安官なら、たぶん見ても止まらない。


四葉の蒙古斑なんて、彼らにとっては珍しいものじゃないからだ。


確認はする。


でも、引っかからない。


警察官の視線は、悪意ではなかったと思う。


ただ、一瞬だけ止まった。


それだけで、こっちは分かってしまう。


けれど警察官は、すぐに表情を戻した。


「どうされました?」


「あの、落とし物を拾って。正確には、うちの犬が拾ったんですけど」


僕が足元を見ると、レオは得意げに尻尾を振った。


「ワンちゃんが?」


若い警察官の声が少しだけ柔らかくなる。


よかった。


犬は、こういう時に強い。


「これなんですけど」


ハンカチを開くと、若い警察官は一度だけ瞬きをした。


「……カメラ、ですかね」


「たぶん。僕も最初はそう思ったんですけど」


泥のついた黒い機械を、彼は直接触らなかった。


カウンターの下から薄い手袋を取り出して、それをはめる。


その動きだけで、少し空気が変わった気がした。


「どちらで拾われました?」


「橋ノ海公園の、小川の浅瀬です。桜並木の手前くらい」


「時間は?」


「えっと……3時23分くらいだと思います」


警察官は端末に何かを打ち込んだ。


レオはその間も、足元で尻尾を振っている。


自分の拾ったものが褒められていると思っているのかもしれない。


「拾ったのは、こちらのワンちゃんで間違いありませんか?」


「はい。僕は受け取っただけです」


「なるほど」


警察官はもう一度、黒い機械を見た。


さっきより、目が真面目だった。


「少々お待ちください」


そう言って、警察官は黒い機械を載せたトレーごと奥へ持っていった。


落とし物を届けただけにしては、少々が長かった。


レオが僕の膝に鼻先を押しつける。


「大丈夫。怒られてるわけじゃないから」


そう言ったけれど、本当は僕の方が少し不安だった。


たった3分が、やけに長く感じられた。


若い警察官が、もう一人の警察官を連れて戻ってきた。


ベテランっぽい。


というか、なんだか雰囲気が大ごとになっている気がする。


足元で、レオの尻尾が僕の膝に触れた。


大丈夫、大丈夫。


そう言い聞かせたのは、レオにか。


それとも、自分にか。


「夜分にすみません。少し確認させてください」


ベテランの警察官は、僕にそう言ってから、黒い機械へ視線を落とした。


若い警察官より、目が動かない。


慣れている人の目だと思った。


「これを拾った場所、もう一度詳しく教えてもらえますか」


……もう一度?


拾得物の書類を書いて、身分証を確認されて、拾った場所を地図で3回説明した。


最後には「こちらでお預かりします」と言われた。


それだけだった。


それだけだったはずなのに。


――



「なんだったんだろうね、レオ。……足、拭こう」


そう言って、普段通りに足を拭いてから、僕とレオはリビングへ移った。


結局、桜は見られなかった。


あんな気分で楽しめるわけないから、別にいいけど。


少し拗ねた気分で、テレビをつける。


『おはようございます!

4月12日、朝のニュースをお伝えします』


画面の中では、天気予報の前に、都内の交通情報が流れていた。


レオは僕の足元で丸くなって、もう眠そうにしている。


いいな。


犬は、拾ったものの意味なんて考えなくていい。


僕はソファに沈みながら、ハンカチに残った泥の匂いを思い出していた。


ああ……そろそろ寝る準備をしなきゃいけないのに。


なんだか、そんな気持ちになれない。


その時、ニュースキャスターの声が少しだけ低くなった。


『続いて、昨夜TOKYOレンガ倉庫で起きた傷害事件に関するニュースです』


「……お台場じゃん」


呟いて、なんとなく顔を上げた。


そこは、今年できたばかりの複合施設だった。


コンテナ群と飲食店の通り。


黄色い規制線が張られた夜の倉庫街が、画面に映っている。


『警視庁と保安庁によりますと、11日夜20時過ぎ、港区台場のTOKYOレンガ倉庫の敷地内で男性が倒れているのが見つかり、病院へ搬送されました。

男性は重傷ですが、命に別状はないということです』


重傷。


その言葉に、少しだけ背中が冷えた。


レオは相変わらず、足元で丸くなっている。


『現場周辺では白い軽バンが目撃されており、警視庁と保安庁の両方が、車両の行方を調べています』


白い軽バン。


手のひらの中に残っていた、泥の冷たさが蘇った。

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