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Uranus 第六特命巡視捜査隊  作者: サロ
第2章白きシロモノ
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20/22

第18話 橋ノ海公園

「……どこで?」


『通行人の方がたまたま拾ったそうです!』


湾岸署の警官は、遠慮なくそう言った。


そんな棚からぼた餅みたいな話、あってええんか。


俺のスマートフォンを持って、代わりに応対していた堀宮の声が一段明るくなる。


「超ラッキーですね、班長!!」


こらこら。


待ちなさい。


ちょっとは警戒しなさい。


そういうものこそ、まず疑ってかかるべきなんや。


目だけでそう伝えると、助手席の堀宮は不服そうに眉を寄せた。


「あんなぁ……それが毒入りの餅かもとか考えへん?」


「拾ってくれた人まで疑うんですか?」


「……疑うんが仕事やもん」


601号車は、黄色に変わった信号の手前で静かに止まった。


堀宮が銀色のスマートフォンを俺の手元へ戻す。


俺はそれを車両のBluetoothに繋ぎ直し、通話音声をディスプレイへ回した。


ここからは、二人で聞いた方がええ。


声だけ、少し標準語へ戻す。


「すみません。今、車内スピーカーに繋ぎました。続けてください」


『はい。拾得物は、東品川三丁目の公園そばの小川で、飼い主の男性が飼い犬の散歩中に見つけたようで』


通行人いうか、散歩中の住民か。


『見つけたっていうより、ワンちゃんが拾ったみたいですけどね』


「犬……」


『その飼い主曰く、キラキラした物をよく拾ってくる子らしくて。今回は、それがドライブレコーダーだったと』


一拍置いて、警官は続けた。


『気づいた飼い主の方が、そのまま近くの交番へ届けてくれたそうです』


飼い主はビビったやろな。


犬が拾ってきたものが石でも枝でもなく、車載用の記録機器だったわけやから。


問題は、状態や。


小川に落ちていたのか。


流れてきたのか。


それとも、誰かがそこへ捨てたのか。


「へぇ、可愛いワンちゃんですね」


信号は、まだ赤のままだった。


「堀宮」


俺が問い直す前に、通話の向こうで警官が少し慌てたように続けた。


『そのレコーダーの状態ですが、本体はかなり濡れています。外装にも傷があります。ただ、完全に水没していたわけではないようです』


「完全ではない?」


『はい。飼い主の男性によると、犬は草の根元に引っかかっていたものを咥えて持ってきたようで』


「なるほど。中身の記憶媒体は?」


『……残念ながら、ありませんでした。抜かれています。ただ、本体側に一部キャッシュが残っている可能性があるため、今、解析へ回しています』


なるほどな。


拾得物ではある。


けど、綺麗な幸運とは言い切れない。


603の二人が言っていたことが本当なら、ナンバープレートを知られるのは御法度。


似た車種で、何を運ぶ気なんやろうな。


「邪魔くさくなってきたわ」


ナンバー。


ドラレコ。


同型車。


煽り運転。


繋がりそうで、まだ線にならない点ばかりが頭の中に散らばっている。


(……乗せている可能性も、ゼロやないけど)


ひとまず、今押さえるべきところを押さえる。


「その拾得者の男性の連絡先って押さえてます?」


『はい。届け出の際に』


「いつもその辺りを散歩してるんですかね。今日だけ違ったんかも確認してください。それと、これが一番知りたいんですけどぉ、小川の上流方面に防犯カメラってあります?」


拾った場所だけでは足りない。


落ちていた場所は、犯人が捨てた場所とは限らない。


けれど、入口にはなる。


堀宮の視線が、通話中の俺とディスプレイを行き来していた。


「班長、相変わらずサクサク進めますね。早い」


「早ないよ。手順や」


『分かり次第、また連絡差し上げます。では失礼します』


警官の声で通話が穏便に終わった。


ディスプレイに、通話終了の文字が表示される。


俺はBluetoothを切った。


途端に、601号車の中が静かになる。


「この後、どう動くつもりです?」


スマートフォンをしまう俺に、堀宮が問うた。


俺は前方を一瞥し、信号が青に変わるのを見てから601号車を発進させる。


「湾岸署からの連絡待ちなのは当然として、まずは拾得場所を明らかにせんと。犬の拾ったところが、そのまんま捨てた場所とは限らへんやろ」


川なら、どんぶらこと流れてきた可能性もある。


逆に、草が生い茂っているから見つかるまいと投げた可能性もある。


「拾った場所だけ見ても足らん。上流と、道路と、車を停められる場所。そこまで見て初めて、“捨てた場所かもしれへん”になる」


「……拾得場所って、ゴールじゃなくて入口なんですね」


「せやな。犬が入口見つけてくれたわ」


「ワンちゃん優秀ですね」


「……届けた飼い主もファインプレーや」


そういうことで、巡視しつつ東品川三丁目へ向かう。


俺は、京急本線の立会川駅周辺を流していたネイビーブルーを左折させた。


「堀宮、ウォッチの地図出せる?」


「はい」


堀宮がスマートウォッチを操作すると、地図が車両のディスプレイへ反映された。


「小川って……ここですかね?」


東品川三丁目周辺。


運河へ流れ込む細い水路と、公園らしい緑地がいくつか表示される。


「うーん、公園そばの小川だとぉ……三つくらい候補がありますね」


「そやな。拾得者の詳しい住所はまだ湾岸署から折り返し来てへんからなぁ。でも、散歩コースなら自宅から近いとも限らんし」


「犬って、毎日同じ道を行くとは限らないですもんね」


「そう。飼い主が決める場合もあるし、犬が行きたがる方に行く場合もあるし」


俺は普通に言ったつもりだった。


けれど、堀宮が少しだけこちらを見る。


「……班長、詳しいですね」


「そうか? 普通ちゃう?」


瞬きしながら返すと、堀宮は「普通……ですかね」と曖昧に笑った。


「犬、飼ってました?」


「実家な。……ええから地図を見なさい」


堀宮が何か察した顔をした。


班長、犬好きなんだ。


そんな目線に、俺は気づかないフリをした。


その時、見覚えのある番号から着信が入る。


拾得者の件やな。


俺は車両を路肩に寄せた。


「もしもし、岡本です。拾得者の件ですか。はい」


堀宮がすぐにメモ帳を開き、ボールペンを構える。


『いつもの散歩ルートからの寄り道だったようです。場所は、橋ノ海公園。交番へ届けられたのが午前3時半ごろです』


堀宮のペンが走る。


散歩コース:いつもは別ルート


今回は寄り道


場所:橋ノ海公園・小川


拾得時刻:午前3時半より前


交番届出:午前3時半ごろ


俺はそれらを横目で確認しながら、寄り道した理由を聞いた。


『いつもは別の散歩ルートなんですが、今日は犬が急に橋ノ海公園の方へ行きたがったそうです。飼い主の方は、たまにはいいかと思って付いていったと』


犬が行きたがった。


匂いか。


光か。


それとも、水音に混じった何かか。


いずれにしても、飼い主の男性が選んだ寄り道ではない。


なら、拾得者側の作為は薄い。


「犬が咥えてきた正確な場所は? 飼い主さん、見てました?」


『小川沿いの草むらです。橋から見て上流側ですね』


大体の状況が掴めてきた。


「連絡ありがとうございます。失礼します」


通話を切り、俺は堀宮を見る。


「ってことやから、橋ノ海公園に行くで」


「はい!」


――



午前4時46分。


橋ノ海公園。


東品川三丁目の北側にあるその公園は、運河沿いの静かな水辺に面していた。


船着場のある水面が、午前5時前の薄明かりを受けて、まだ眠たそうに揺れている。


そこから脇へ入ると、遊歩道沿いに細い小川が流れていた。


……ここか。


綺麗な場所やな、と思った。


けど、こういう場所ほど、夜は物を捨てやすい。


朝になれば、散歩の人が来る。


釣り人もいる。


通勤前に歩く者もいる。


けれど、午前3時台なら別や。


水音が小さな音を消す。


草むらが小さな物を隠す。


人目の少なさと、見つかりにくさ。


その二つが、都合よく重なっている。


「……少し選んでる感じあるな」


周辺を目視していた堀宮が、その呟きに反応する。


「選んでる?」


「あぁ」


俺は小川へ視線を落とした。


「適当に放ったにしちゃ、ここは場所が良すぎるわ」


「良すぎる、ですか?」


「そう。良すぎ。ドラレコを完全に消したいなら、もっと雑にできる」


俺は橋と、小川沿いの草むらを順に見た。


「道路脇のゴミ箱でも、目の前の運河でもええわけよ。

けど、持ち去った奴はそのどれも選ばず、ここにした」


「……ここにする理由があった?」


「水に濡らしたい。けど、流れすぎても困る。人目につきにくくて、車を短時間停められて、なおかつ手を汚さんと放れる場所。そういう条件で探したら、この場所になるんとちゃうかな」


「確かに午前3時台なら、この近辺って人目がグッと減りますもんね」


「そうそう。せやけど、人目が減るだけなら他でも構わへんし」


「ワン!」


「「ん?」」


二人揃って顔を上げた。


「レオっ、夜廻りさん達がびっくりしちゃうでしょ!」


リードを引く左手の甲に、四葉の蒙古斑が見えた。


拾得者の男性か。


橋の街灯が、スポーツキャップを被った男性の姿と、その足元にいるチョコ色のラブラドール・レトリバーを浮かび上がらせている。


ラブラドールなら、そら拾ってくるわ。


そう思ったが、保安官としての仕事へ意識を戻す。


「すみません。東京保安の岡本です。

先ほどの拾得物の件で」


「あ、はい。交番に届けた者です。すみません、レオが吠えて」


「いえ。届けていただいて助かりました……もしかして、散歩の続きでしたか?」


「あ。いいえっ、交番に届けたあと……少し落ち着かなくて。ちょっと気になって確認しに戻ってきた感じです」


「あぁ、そうでしたか」


名刺を渡す。


その下で、レオと呼ばれた犬が尻尾をぱたぱたと振っていた。


湿った鼻先が、俺の靴先を少しだけ嗅ぐ。


「レオ」


飼い主の男性が、小さくリードを引いた。


「すみません。人が好きで」


「いえ」


そう返しながら、俺は視線を小川へ戻す。


「確認だけさせてください。レオくんが咥えてきたのは、あちらの草むらで間違いないですか」


「はい。確かにあそこだったと思います。ここの小川は、向こうから桜並木で……」


説明しながら、男性が一瞬だけ上流側を振り返った。


「散る前に見納めしとこうと。ただ、レオがドラレコを見つけたから、結局はなしになりましたけど」


堀宮が、ほんの少しだけこちらを見た。


見るな。


「先に草むらへ行った感じですか。それとも、何か光って見えました?」


「僕は光ったのは見てないです。レオが急にぐいっと草むらの方へ行って……」


男性はリードを持つ手で、小川沿いの草むらを示した。


「それで、何か咥えて戻ってきたんです。この子、キラキラした物が好きで。だから普段みたいに石でも拾ってきたのかなって思ったんです」


「……けど、それはドラレコだったと」


「はい」


次に聞くべきは距離やな。


「咥えてから、ここまでどれくらい移動しました?」


「ほんの数メートルです。僕がこの辺りにいて、レオがあそこへ行って……3メートルくらいかなぁ」


堀宮のメモ帳が捲れる音がした。


「ドラレコは水に浸かってました? それとも草の上に乗ってました?」


「どうでしょう。あの時は、レオの方ばっかり見ていたので、ドラレコ自体がどうだったかまでは。

でも、受け取った時には、だいぶ濡れていました。

泥も付いていて……レオが鼻でつついて、咥えた感じです」


濡れと泥。


それに、鼻でつついた。


乾いた草の上ではない。


少なくとも、水際か泥のある根元にあったと見ていい。


「レオくんが鼻を入れたのは、草の根元の水際ですか?」


俺の問いに、飼い主は記憶を辿るように少し上を見る。


「ええ。ちょうど水が溜まっているところです。草の下に入り込んでいたみたいで」


俺はひとつ頷き、最後の質問へ移った。


「その時、またはその前後でも構わないんですが、人や車の影って見ましたか?」


「うーん、すみません。レオに気を取られていて、人や車がどうだったかは……エンジン音も聞かなかった気がします」


「分かりました。謝らなくても十分です。ご協力ありがとうございました」


そう言って頭を下げた時、レオがもう一度だけ尻尾を振った。


……賢い子やな。


そう思っただけで、口には出さない。


「堀宮」


去っていく男性とレオの後ろ姿を見送りながら、俺はバディを呼んだ。


「はい。水際、泥付き、草の根元ですね」


「せや。次は……そこへ、どう入ったかや」

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