第14話 湾岸の夜明け前
国道357号線。
東京湾岸警察署と保安臨海署の管轄が重なる湾岸道路を、603号車は流していた。
7時台の駐車場に止まる一台のネイビーブルー。
その車内は、コーヒーの香りに包まれていた。
「朝になっちゃったネ~」
「……朝だね」
私の返答に、廣目の眼鏡越しの視線がサイドミラーから運転席へと移る。
(……何よ)
「なんか毘乃木さんさぁ、ホッとしてるよね……?」
「してない」
「いいや絶対してるっ!
アタシは犯人見つけらんなくてメチャ残念なのに〜!!」
「してません!」
(……嘘。実はホッとしてる。
だって事件化まで行ったなら、あとは一課の仕事。
時と場合によっては逮捕まで手伝うこともあるけどぉ〜)
私は欠伸をひとつ。
エッグマフィンを口に運びながら言う。
「……偽造ナンバープレートでそこら辺走ってるなんて、日本じゃ珍しくもないよ」
一拍。
「それに……昨夜、廣目がナンバー見たっていったって一瞬でしょう」
「でも、覚えてるもん!
毘乃木さんだってエンジン音、覚えてるでしょ?」
「あてにしないの。
人の記憶なんか曖昧なんだから」
「え〜」
⸻
前日前夜——。
いつも通りに車両を走らせていた私は、スマートルームミラーを一瞥した。
(……うーん。やっぱり)
「後ろの車、アタシ達のこと煽ってるよね?」
助手席の廣目と、顔を見合わせた。
「うん。めっちゃ煽られてる。気にしない風にしてたんだけど……車間距離が近いなぁ」
「……こういう時って日本どうすんの?」
「先に行かせる」
「えっ!?」
(声がデカい……)
足が自然に減速へと入る。
「わざと行かせて、交通警ら隊にしょっ引いてもらった方が早い」
「え〜超消極的〜」
「いやむしろ超積極的!検挙率にちゃんと貢献してる!」
こう言って譲る。
煽っていた白い軽バンが通り過ぎた。
その側面へ、一瞬だけ青い英字が流れた。
……読めない。
でも、何かのロゴみたいだった。
続けて、後続の車列も追い抜いていく。
その時、隣から「ナンバー覚えた」の恨み節が聞こえた気がした。
《江東 お 12-58》
⸻
麻布警察署 取調室——。
「本当に?」
「ホントです〜、顔も車種も覚えてませんよ!! マジで疑い深い刑事さんだなぁ〜」
疑うのが俺らの仕事だよ。
心中でそう毒づきながら、麻布警察署捜査一課の諸橋 駿は正面へ向き直った。
——沙与が以前逮捕した、あのヘラヘラする売人に。
「でも!車にアルファベットが書いてあって!!
会社名みたいな」
(アルファベット……?)
⸻
間もなく20時を過ぎる頃、沿岸付近を走行中の603号車。
不意に、
警務無線受信機の保安チャンネルがチカチカと光った。
『司令より各局。
臨海署管内、重傷傷害事案が入電中』
「「え?」」
⸻
湾岸エリアにある倉庫街。
飲食店が複数入るその一帯には、潮の匂いが漂う。
コンテナ群の隙間を抜ける夜風。
救急車の赤色灯が、濡れたアスファルトへ滲んでいた。
現着した時には、所轄の交番勤務が規制線を貼っているところで——その奥から、救急隊員がストレッチャーごとやって来た。
「道開けて!」
「通りまーすっ!!」
ヘッドギアで固定された男の顔は腫れ、口元に血が滲んでいた。
「……あ」
シューズカバーを付けるところへ、気づいた瑛梨が話しかける。
「ねぇ……この搬送者、夕方の煽り運転のヤツじゃない??」
「え。嘘……」
覗こうとしたその横から——
「——何、お前ら煽られたの?」
ヌッと現れた榊先輩と、「現着。特視604、初動入ります」とイヤモニで通達する眼鏡姿の久世先輩。
私は榊先輩から視線を外して言い訳を探した。
「ほんのちょっとだけですよ。
ーー初動捜査、始めましょう……廣目」
呼ばれた瑛梨が私の方を向く。
「証言、取りに行こっか」




