第二章7「断るという選択」
全面的に自己責任でお願いします。
朝食を終えた優守は、いつものようにパソコンを開いた。
メールを確認する。
ココナラのメッセージ。
問い合わせフォーム。
講座販売サービスの通知。
数は多くない。
だが、最初の依頼を受けてから数カ月、少しずつ依頼を受けるようになり、確実に増え始めていた。
少しずつだが、人の目に触れ始めているらしい。
優守は順番に内容を確認していく。
そのうちの一通で手が止まった。
「月額五十万円で専属契約をお願いしたいです」
短い文章だった。
だが、その後に続く説明が曖昧だった。
会社概要は不明。
業務内容も抽象的。
契約条件も不透明。
詳しくはオンライン面談で、という内容ばかりだった。
優守は数分ほど画面を見つめる。
そして静かに閉じた。
断る。
それだけだった。
五十万円。
会社員時代の優守なら、飛びついていたかもしれない。
だが今は違う。
生活費のために働く必要がない。
だからこそ見えるものもある。
(説明できへん金は、いらん。それに絶対怪しいやろ、こんなん)
何をする仕事なのか。
誰と契約するのか。
どういう責任が発生するのか。
それが曖昧な時点で対象外だった。
優守は丁寧な断りの文章を作成し、送信した。
数分後には次の案件を見る。
こちらも似たようなものだった。
「AIを利用した新規事業への参加者募集」
高額報酬。
成果報酬。
将来的な権利分配。
魅力的な言葉が並んでいる。
だが詳細は書かれていない。
優守はため息をついた。
昔なら興味を持ったかもしれない。
だが今は違う。
必要がない。
必要がないからこそ冷静に見られる。
結局、その案件も断った。
午前中だけで三件。
どれも高額だった。
そして、どれも断った。
受けた案件はゼロ。
売上もゼロ。
それでも優守は特に気にしていなかった。
むしろ安心していた。
(断れるって、案外大事なんやな)
働いていた頃は違った。
給料のために働く。
生活のために働く。
断れない仕事もあった。
だが今は違う。
必要だから受けるのではない。
納得できるから受ける。
その順番になっている。
昼過ぎ。
教材の修正作業をしていた優守は、小さな違和感を覚えた。
検索結果に見覚えのある文章が表示されていた。
自分が作った教材の文章だった。
いや、正確には少しだけ表現を変えている。
だが構成も順番もほぼ同じ。
誰が見ても元が分かるレベルだった。
優守は画面を見ながら眉をひそめる。
保存。
スクリーンショット。
URL記録。
公開日時。
ページ情報。
必要な情報を淡々と集めていく。
怒りはあった。
だが感情で動く気はなかった。
こういう時ほど冷静な方がいい。
証拠をまとめ終えると、弁護士へメールを送る。
数十分後。
返信が返ってきた。
「まずは警告対応から進めましょう」
短い内容だった。
だが十分だった。
優守は小さく頷く。
(まぁ、そうなるわな)
自分の知識を商品として売る以上、守るべきものもある。
無料で公開している情報ならともかく、教材は違う。
時間を使い。
調べ。
整理し。
価値として形にしたものだ。
だから守る。
当然の話だった。
(無断転載はあかん。利用規約にも再配布禁止は明記してあるし、弁護士の先生にも相談済みや。あとは手順通り進めるだけやな)
優守は椅子に深く座る。
そして小さく呟いた。
「まぁ、必要なら対応するだけやな」
静かな声だった。
感情的ではない。
ただ方針を確認しただけだった。
夕方になる。
今日は特に予定がない。
教材作成も一段落した。
優守は冷蔵庫を開く。
中を確認する。
玉ねぎ。
じゃがいも。
人参。
牛すじ。
カレールー。
結論は一瞬で出た。
「カレーやな。肉じゃがもありやけど、ルーあるなら今日はカレーや」
鍋を出す。
野菜を切る。
牛すじを下茹でする。
手は自然に動いていた。
料理スキル。
読書で手に入れた能力の一つだ。
普段はあまり意識しない。
だが使うと違いが分かる。
火加減。
切り方。
下処理。
段取り。
すべてが妙に噛み合う。
まるで長年料理を続けてきた人間のようだった。
なにより隠し味や包丁の入れ方は、自分でもよく分からない領域に入っている。
もちろん考えれば説明できる。
だが普段はそんなことを考えながら料理していない。
気付けば自然に最適な手順を選んでいるのだ。
鍋から立ち上る香りを嗅ぎながら優守は苦笑した。
「これも十分チートやんな」
異世界との取引。
言語理解。
通販。
そちらの方が目立つ。
だが日常生活では料理スキルの方が役立っている気もする。
完成したカレーを皿によそう。
食卓につく。
一人分。
静かな夕食だった。
テレビもつけていない。
スマホも触らない。
ただ食べる。
それだけだ。
ひと口食べた瞬間、思わず頬が緩んだ。
(はぁ〜……うまい)
自画自賛ではない。
実際にうまい。
優守は食べることに集中した。
食後。
ふと、会社員時代の友人たちのことを思い出した。
連絡を取れば返事は来るだろう。
関係が切れたわけではない。
だが頻繁に会うわけでもない。
みんな忙しい。
仕事。
家庭。
子育て。
介護。
それぞれ事情がある。
学生時代のようにはいかない。
そのことを考えているうちに、自然と別のことを思った。
(大人になってから友達作るん、難しいよな)
会社なら同じ場所に集まる。
学校も同じだ。
だが大人になると違う。
わざわざ時間を作らないと会えない。
生活圏も違う。
価値観も変わる。
気付けば何年も会っていないこともある。
別に寂しいわけではない。
一人が嫌いでもない。
だが時々思う。
もし今から友達を作れと言われたら、案外難しいのではないかと。
AIの教材を作る方が簡単かもしれない。
そう考えて少し笑った。
「まぁ、縁があればやろ」
結論はいつも同じだった。
無理に作るものでもない。
自然にできるなら、それでいい。
優守は最後の一口を食べ終えた。
皿を流しへ運ぶ。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
今日も大きな出来事はなかった。
高額案件を断った。
教材を守る準備をした。
カレーを作った。
友達について少し考えた。
それだけだ。
だが、それで十分だった。
優守は食器を洗いながら、小さく息を吐く。
そして明日の予定を考え始めた。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




