4の十六 見つからない探し物と暗躍するふたり
「まずい、クロが…。」
一年生の実技授業に特別講師として参加していたジョシュア。
「まずい」と呟きながら、突如連れてきていた黒飛竜に向けて跳躍した。
口調とは裏腹にジョシュアに慌てた様子はない。
一方のアルフは顔色を真っ青にしていた。
「一年生!シールド用意!!!」
アルフの緊迫した叫び声。
黄色いスカーフの新入生たちが慌てたように「PROTECTION!」と叫んで魔力を光らせている。
どっかーん!
爆発が起きた。
一瞬で競技場の芝生が吹き飛ぶ。
土煙が上がり、生徒たちが呆然と爆発の中心を見ているとーーージョシュアの困ったような声が聞こえてきた。
「クロ、外でくしゃみするときは口を覆わないとダメだと教えただろう?」
視界が晴れると黒飛竜の頭の上に乗っているジョシュアが生徒たちの目に入った。
一年生たちは何が起きたのかわからなかったのだろう。皆一様にぽかんとしている。
生徒たちに怪我がないか確認していたアルフはーーージョシュアの方へと歩いていった。黒飛竜の足元に立ったアルフを生徒たちが密かに羨望の目で見ている。
大半の一年生からすると飛竜など怖くて近寄りたくもないのだ。
アルフはそんな生徒たちの声を代弁するべく顔を上げてジョシュアの方へ向き、心底困った顔になりつつも上空に向けて声を張り上げた。
「ーーーシャーマナイト様!執務が長引いても、その、黒飛竜を交通手段とされると…その、我々にはいささか刺激が強いと言いますかぁ!」
アルフが言葉を濁してジョシュアに苦言を呈すも、ジョシュアは「?」という顔だ。涼しい顔で飛竜の背に乗っていたオズワルドが呆れた顔でジョシュアに向け何やら補足説明をしている。
ジョシュアは一つうなずくとぽんっと飛んで地面に降り立った。
その、まるで重力など存在しないかのような動きに生徒たちからはどよめきが上がる。
ジョシュアはアルフに向けて「すまない」と言った。
「今日だけはクロと来る必要があったのだ。ーーー次回からは連れてこない。わたしの意見と同じで、はずれだったようだし。」
ジョシュアの発言にアルフは「はあ」と困り顔のままだ。
それもそのはず、ジョシュアの話には主語がまるでない。
もう少し説明してほしいというアルフの顔を完全に無視してジョシュアが一年生たちに歩み寄って行った。
「ーーークロのくしゃみで驚かせて悪かったな。花粉の季節だから大目に見てくれ。…さあ、みんな立って。」
全員がなんとも言えない顔になる中でーーージョシュアは生徒たちの魔力をじっと見つめ、一人考え込んでいた。
ーーーどの学年にも、黒竜の器らしき生徒はいなかった。
パーシヴァルやフェルが接触できない一年生の中に役割者がいないか、ジョシュアはより丁寧に確認するために今日飛竜まで連れてきていた。
しかし、飛竜もジョシュアと同じで「竜の気配は感じない」とのことだった。
ーーー魔法を使うところを見ればわかると思ったのだが…まさか、ここにきてまだ能力に覚醒していないのか?
ジョシュアは魔力を見るのが得意だ。
その証拠に黒竜の儀の関係者は今まで全て見抜いてきた。
そんなジョシュアが二月かけて念入りに学園在籍生徒全員の魔力を調べたのだがーーー黒竜の器らしき生徒は見つからなかった。
ジョシュアの心にジリジリと焦りが押し寄せてくる。
タイムリミットまでもう二年もない。
「そもそも黒竜の器は特別な能力がないし、魔力では判定できない可能性もある…。」
はあ、とため息をついたジョシュアのことを慰めるように黒飛竜がコツンと優しく頭をぶつけてきた。
ジョシュアがふっと表情をゆるませる。
「そうだな、まだ諦めるには早い。」
どっかーん!という爆発の音は、実技場から離れた部活棟まで聞こえていた。
慣れた様子で生徒たちがマントの裾を掴みーーー魔力の余波が飛んでこないのを確認するとまるで何事もなかったかのように活動に戻っていた。
ライラは午後の授業が次週になったのをいいことに、久々にIGO部へと顔を出していた。
ライラと行動を共にしているシリルも一緒である。
フェルは今いない。というのも、フェルはライラの代わりに「先輩
をやってくれていた。
晴れて飛び級して三年生になり、しかも黒薔薇団メンバーということでライラの元には日々様々な困りごとがやってくる。
その一つが「〇〇くんが行方不明になりました!」というものだ。
道が生き物のように動くこの学園では、しょっちゅう行方不明者が出る。
ライラが徒歩で通るのは変わらない道ランキング上位の図書館棟への道くらいなので、迷ったことはないのだがーーークリケット場や植物園など道がしょっちゅう変わる場所へ向かう生徒たちは、慣れるまでかなり苦戦することになる。
この日もライラの三年生の教室の扉の前で待ち伏せするように、黄色のスカーフをつけた一年生が泣きそうな顔で立っていたのだ。
「ライラック先輩…ポールが迷子になっちゃったみたいで。」
ライラはこういうときハッキリと面倒臭そうな顔をする。
そしてその顔に下級生は怯む。
沈黙のままにしばし見つめ合うライラと下級生。
このままでは拉致があかないと思ったのか、ひょっこりと横からミシェーラが顔を出した。
学園のマドンナの登場に下級生の顔がパッと明るくなった。
先ほどの泣きそうな顔とは大違いである。
ミシェーラはそんな下級生たちの反応にクスリと笑った後でーーーライラの方を呆れ顔で見た。
「黙ってても何も解決しないじゃないの。…迷子になっちゃったってことは探してほしいのよね?」
ミシェーラに問いかけられて下級生はブンブンと首を縦に振った。
しかしライラはいまだに「面倒だ」と言わんばかりの顔だ。
「ーーーわたしじゃない人に頼んでよ。」
ライラはそれだけ言ってひょいとミシェーラを抱え上げると、フェルとともに歩き去ろうとしたがーーー「待ってください!!」とマントの裾を下級生に掴まれた。
「お願いしますよ…頼めそうなのなんてライラック先輩くらいなんです。」
ライラが「離せ」というも、下級生は意外にも頑固だった。
「お願いします」と言いながらも決してライラが歩き去るのを許さない。
そんな押し問答を教室の入り口でしているとーーー下級生の手元を狙ったとしか思えない位置に、ビュンッと赤魔法の玉が飛んできた。
「ヒイイ」と言って下級生がマントの裾をはなす。
「フェル、証拠隠滅!」
突然現れ、下級生に向けて魔力の玉を飛ばしたデニスの声に、フェルが「イェッサー!」と応えて赤魔力の球をパクリと食べた。
デニスはスタスタとライラとミシェーラの元へと近寄りーーー慣れた仕草でライラからミシェーラを受け取り、ついでのようにライラのほおをするりと撫でた。
そして、下級生に向き直るデニス。
「ライラに何の用だ?」
迫力あるデニスの登場に下級生は再び涙目だ。
それでも健気に「ポールが迷子になって困っている」と主張している。
デニスは事情を聞くとーーーピリピリとしていた空気を霧散させて言った。
「ーーーそれはライラがやるしかねえな。だってミシェーラちゃんは王宮呼び出し、俺とジョージは部活だし。」
ライラが「ええええ」と抗議するも、デニスは「だってライラは課題やるくらいしか予定ないだろ?」とライラを言いくるめてしまった。
「ーーーそれに、この髪の色じゃ他の黒薔薇団の目立つ先輩に話しかけづらかったんだろ、そこはお前がわかってやれよ。」
デニスの一言にライラがうぐっと口籠った。
ーーーそう、ライラのところに相談に来る生徒の大半が色なしとはいかないまでもかなり魔力量の少ない生徒だった。
そして彼らは自分の魔力を消費するのを嫌うのでプレートに乗りたがらない。
結果的に迷子になったり、道端でトラブルに巻き込まれる確率が高い結果になっていた。
デニスに説得されーーーミシェーラに頭をよしよしと撫でられたライラは下級生の方へと向き直った。
そして目線を合わせるようにかがむ。
「ポールは探してあげるけど、二回目はないからね?ーーー本当に困ったとき、結局は自分の力で戦わないといけない。この学園はそういう場所。」
ライラはそう言って真っ青な下級生の目をじっと見た。
下級生はライラの言葉にハッとした顔になったがーーーすぐに、こくりとうなずいた。
「ーーー強くなります。」
そう言って拳を握りしめた下級生を見てライラがフッと笑った。
そして下級生と共に歩き出す。
ライラとフェルとその後にトコトコと続く下級生の背中を見送ったデニスとミシェーラ。(実はシリルもいる、ずっと気配を消して魔力通話をいじっていた。)
二人はどちらともなく顔を見合わせて笑った。
「ーーーあんなこと言って、結局迷子になった生徒いつも探してあげてるよな?」
「ーーー噂になってるものね。誰のことでも助けてくれるライラック先輩。」
なんだかんだとお人好しのライラだ。本人としては黒竜や王族の頼み以外は断りたいのだがーーー現実はそうも言ってられないのだった。
黒薔薇団加盟時に「持つべき我らは弱き者の助けになれ」という制約文も書かされている。本人の自覚は別としてフェルの存在によって立派に持つべき者になっているライラは日々先輩として後輩の悩みに応えているのだ。
魔力通信も使い、ライラはポールのことは無事発見した。
しかし、ポールの行きたい場所が非常にややこしい場所だったのでフェルを貸したのだ。
シリルが部員の一人とIGOをするのを横目にせっせと魔法陣の課題を書きつけていたライラの元へーーーススススっと青髪のニュートが近づいてきた。
ストンとIGOのクリスタル盤の正面に座ったニュート。
「ライラックくん手空き?ボクとどう?」
暇な者同士が自由に手合わせするのがこの部の風潮だ。
ライラは「いいよ」とうなずいて課題を横にどけた。
パチリパチリと石を並べながらーーーライラの対戦相手がふと顔をあげた。
「そうだ、部長、助けてよ。」
短い一文から「面倒ごとの予感」をハッキリ感じ取ったライラは「部長じゃないし嫌だ」ときっぱり断った。
しかし、ニュートの方は「この一局に勝ったらいうことを聞くってことで。」などと勝手なことを言い始める。
「は!?ーーーそういう条件つけるなら初めから言えよ!おかしいと思ったんだよ、いつもより二子分多くハンデ頂戴なんて言うから!」
ーーー実力差以上のハンデを与えすぎたせいもあり、あっさり敗北を期したライラは、ふてくされた顔になりながらも「で、話って?」とニュートを見た。
「もうすぐ予算編成の時期でしょ?ーーー単刀直入に言えば毎年予算配分のないこの部に予算をもらってきてほしい!君の薔薇の権力で!」
この通りだ!と言って突然息の揃った土下座を始めた部員たち。
「え、無理、面倒」とライラが断ろうとするも、部員たちもひかない。
「頼むよお、うちの役に立たない部長と違ってライラックにはエゲート様へのコネがあるだろお。」
「そうだよ〜エゲート様に直談判しようとしたはいいけどキラキラオーラに負けて戻ってきた部長と違ってライラックは立派な側近じゃん。」
ライラは自分の部活の部長をボロクソに言う部員たちとーーー散々な言われようにも関わらず、「そうだそうだ!」となぜか一緒になって土下座する側に回っている部長を見た。
「いやですよ、わたしにメリットがないですし。」
ライラが足に群がってくる部員たちを足蹴にしているとーーー試合が中断して暇そうにしていたシリルがボソリと言った。
「ーーーそもそも、予算がついてないってことは金がいらないってことでしょ?どうして急に資金が必要になったの?」
シリルの言葉にーーー部長が「よくぞ聞いてくれた!」と嬉しそうな顔になって立ち上がった。
ライラもようやく皆が足元に群がってくるのをやめたのでほっとした顔になっている。
「備品が古くなってるから買い換えたいし、部員数が増えたから盤席がもっとほしいんだ。それにーーーアツム先輩とライラックが立て続けに入って、部員数がグッと増えた。きちんと新歓に出たり知名度を上げればもっとIGO部に入る生徒が増えるかなって。そうすれば…。」
部長はそこで言葉を切った。
皆の注目が部長に集まる。
グッと拳を握りしめ、きりりと表情を引き締めた部長。
ーーーこの人のこんな顔見たことない。
ライラが密かに驚いているとーーー部長はビシッと壁の方を指差した。
そちらにあるのはチェス部だ。
ライラは部長の行動の意味がわからず眉を潜める。
「ーーー万年わが部の部員数の少なさをバカにしてきたチェス部にギャフンと言わせることができる!黒薔薇団のライラック、噂の留学生シリルがいる今年がチャンスなんだ!」
「そうだそうだ!」
「あいつらにいつまでもいい顔させるな!」
ワイワイと盛り上がりを見せる部員たちにライラが冷たい目を向ける。
予想以上に下らない理由だったからだろう。
ーーー備品を買い足したいのも嘘ではないんだろうけど、どう見ても後半が本音だよね?チェス部に部員数で勝ちたいだけだよね?
普段おとなしい人間のここぞと言うときの頑固さは目を見張るものがある。
「嫌だ面倒くさい」を連呼するライラ本人の意思を無視して、予算交渉役にライラは任命された。
ハアアアとため息をつきつつもライラは広告費と備品代を獲得するため…特別寮に戻ることにしたのだった。
◯
ライラが特別寮に帰った頃ーーー実はパーシヴァルはミシェーラの家にいた。
そして、お客様の相手をしていた。
「1、2、3、4、5、6ーーー六人で会ってる?」
赤とレースで色取られたファンシーな部屋にはーーー黒いスーツの男たちが倒れ伏していた。
その数六人。
皆魔法使いなのか、手には魔石のついた武器を持っていた。
ミシェーラに素早く回収されたが。
ミシェーラは一人のお客を魔法で縛り上げつつ、右手に持っていた武器を繁々と眺めているーーー新種の武器だわと呟く顔は宝石でも見せられたかのように生き生きとしている。
パーシヴァルの方に目を向けることもなく「六人であってると思います。」と歌うように応えた。
可憐な少女たちに一瞬にのされた刺客たち。
パーシヴァルに「誰の差し金か吐け」と蹴られているマスキラが憎々しげに吐き捨てる。
「お前らのせいで、カルロッサ組に目をつけられて…。」
そう言って憎悪のこもった目でミシェーラを見上げた。
「お前ら」とはミシェーラの生家ビリンガム商会のことを。
そして「カルロッサ組」とは今回パーシヴァルがこの厄介な貴族たちを排除するために手を組んだ裏組織のことだ。
聞きたいことが聞けたと判断したパーシヴァルが首にトンと首刀を落とした。
がくりとマスキラから力が抜ける。
パーシヴァルは動かなくなったマスキラを色のない目で見た後にーーーぱちんと指を鳴らした。
次の瞬間天井に吊るされたシャンデリアがパカリと開いて、全身黒ずくめの魔法使いが三名降りてきた。
パーシヴァルもミシェーラも彼らの登場に一切驚いた様子はない。
それもそのはず、パーシヴァルとミシェーラはこの暗部と呼ばれる魔法使いと一緒に日々仕事をしているのだ。
パーシヴァルは短く「こいつら王宮の牢に放り込んでおいて」と床のマスキラたちを指差した。
暗部の魔法使いたちは返事をすることもなくーーー声を聞かれないためだろうーーー命令通り、マスキラを抱え上げると再び天井の穴へと消えた。
ミシェーラは荒れた室内に洗浄魔法をかけている。
割れた窓は戻らないわと残念そうに呟いた後で、部屋から人払いしてあった使用人たちを呼んだ。
使用人たちは慣れたもので、割れたガラス破片を掃除し、こぼれた紅茶を入れ直して去って行った。
ミシェーラがこの可憐な令嬢ーーーフィメルの格好をしたパーシヴァルを呼ぶ時は大抵こういうことが起こるのだ。
ミシェーラがすでに国政に関わっているーーーしかも裏の部分にどっぷりと使っていることをミシェーラの使用人たちはよく理解していた。今更愚かな質問をして主人であるミシェーラの立場を悪くしたりしない。
ミシェーラの使用人たちの「秘密保持契約」にパーシヴァルが目をつけたのはパーシヴァルが裏の代表として動き出した一年ほど前からだ。
そもそもミシェーラの生家であるビリンガム商会はグレイトブリテンの財政界で圧倒的な存在感を示す存在であり、当然の結果として裏組織とも関係が深かった。
ミシェーラの父親に接触し、うまく貴族を先導させてミシェーラを狙わせる…正攻法では尻尾を出さない貴族相手にパーシヴァルが仕掛ける攻撃手段の一つだ。
ミシェーラの父親は自分の娘をおとりとするような作戦に当然渋い顔をした。
しかし、当のミシェーラが「ヘマタイト王のためならば」と任務を快諾したために渋々協力しているのだった。
パーシヴァルも当初はうまくいくとは思っていなかったのだが…この作戦は予想以上に悪徳貴族や他国のスパイの洗い出しに役立っていた。
魔力権力ともに最高クラスのパーシヴァルと財政面では右に出るもののいないビリンガム商会のコンビ。
裏世界では最悪なところが手を組んだなどと言われていたりする。
ビリンガム商会と仕事をするようになったパーシヴァルが感じたことは一つ。
「金の力って怖いよなあ。」
しみじみと紅茶に口をつけるパーシヴァルにミシェーラが「口調がマスキラ調に戻ってますわよ」と苦笑する。
「悪いことをするにはお金が必要ですからね…ウチが感知しないなんてことはありえないんです。」
違いねえと笑ったパーシヴァル。
ニヤリとミシェーラを見る。
「ーーーそれにしても今回はびっくりするくらいうまくいったな。…ミシェーラを誘拐して身代金でも取ろうと思ったのか。」
ずっと反王族派として暗躍していた貴族の尻尾をつかむことができたせいか、ご機嫌なパーシヴァルの言葉にミシェーラが肩を竦める。
とても今しがた狙われたとは思えないような余裕ある仕草だ。
「向こうの貴族もまさか罪状が王族への謀反になっているとは考えないでしょう。ーーー誰かさんは可憐なフィメルにしか見えませんもの。」
ミシェーラの言葉にパーシヴァルが渋い顔になる。
「可憐なフィメル」と言われるのは心外らしい。
ミシェーラを狙った誘拐現場にパーシヴァルが潜入する。
そこで直接貴族を捕らえるもよし。
今回のように王族への攻撃で吊し上げるもよし。
パーシヴァルの容姿を生かした作戦だ。
「落ちこぼれ王子」として名高いパーシヴァルがこんなところでドレスを着て紅茶を飲んでいるとは誰も思わないのだろう。
パーシヴァルは嫌そうな顔をしながらもいまだに見破られたことのないこの変装をよく利用していた。
「俺の顔がもっと地味だったら変装のレパートリーが増えたのに」などとため息をついて「呆れた悩みですこと」とミシェーラを呆れさせるパーシヴァル。
生半可な変装ではパーシヴァルの美貌は隠せないのだ。
パーシヴァルに刺客の一人が攻撃も忘れ見惚れていたことを思い出し、ミシェーラがクスリと笑みをこぼした。
静かに紅茶を飲んでいた二人だがーーー「それで。」とパーシヴァルが話をふった。
「学園の新入生はどんな感じ?怪しいのいそう?」
パーシヴァルの問いかけにミシェーラがこてりと首を傾げる。
「ご依頼のあった期日はまだですよね?」
ミシェーラの疑問にーーーパーシヴァルがちっと舌打ちした。
「ライラの体調がまた悪化してるーーーシリルとは別に黒竜の儀への妨害計画があるとみていい。悠長なことを言ってる場合でもなくなった。」
パーシヴァルの言葉にミシェーラも表情を曇らせる。
「学園の新入生の中には、プロイセンの息のかかった生徒が二人潜り込んでいました。一人は泳がせていて、もう一人はライラの周りをうろついていたのでお話ししておきましたわ。」
うふふと笑ったミシェーラ。
「お話し」とは物騒だなとパーシヴァルも笑いをこぼす。
「ジョシュア様の方はどうなんです?器は見つかりそうですか?」
ミシェーラの問いにパーシヴァルは首をふった。
「未だに探してるみてえだけど、一周していなかったって言ってたから望み薄だな。」
そうですか…とミシェーラも残念そうに言った。ジョシュアとパーシヴァルが探して見つからなかったのだから、黒竜の器はいないのかもしれないミシェーラは思った。
「逆にプロイセンが狙っている生徒がいたら、そいつが怪しいんだよなあ。」
魔法大国ならブリテンにはない始祖竜の情報があるかもしれないとパーシヴァルはこぼす。
再び飛び出したプロイセンの名に、ミシェーラはこの前シリルと会話したときのことを思い出した。
「先読みの能力とは関係なく、とある情報筋からプロイセン女王の暗殺計画のことを聞いたのでシリルさんにぽろっと告げてみたんですよね。…顔色変えて何処かへ消えたので、プロイセン上層部も一枚岩ではないのかなと思いましたけど。」
ミシェーラの言葉にパーシヴァルが呆れた顔になった。
「お前…やってんな」とミシェーラにパーシヴァルが言うと、ミシェーラが「えへへ、ちょっとした戯れですわ」と照れたように笑う。
パーシヴァルが内心で「こいつだけは敵に回さないようにしよう」決心しているとーーーミシェーラが「そもそも」と真剣な顔に戻った。
「突然主席魔法士を送り込んでくるなんておかしいですよね?ーーー王族の一斉虐殺と代替わりの後でプロイセンは相当ばたついているはずなのに。一番の戦力で裏切りの心配も少なそうなシリルをなぜ女王はこちらへ送ってきたのでしょう。」
ミシェーラの疑問にパーシヴァルは「さあな」と肩を竦めた。
「プロイセンの考えてることは知らないがーーージョシュアはシリルを味方に引き込めないか探ってる。…シリルは女王バカだから無駄だとは言っておいたけど。」
そのタイミングでパーシヴァルの魔力通話がピロンと着信を告げた。
机に無造作に置かれていたために、着信者の名前がミシェーラにも見えた。
パーシヴァルが嬉しそうに画面をタップするのを見て、ミシェーラが呆れたように言う。
「ーーー少し離れているだけでやりとりするくらいなら…レイモンドさんのこと、やっぱり黒竜の儀に連れて行ってあげたらどうですか。」
ライラを関係者にできたのだ。レイモンドを黒竜の儀の関係者にすることなどパーシヴァルにとっては造作もないはず。
しかし、パーシヴァルはいつもどおり首を横に振る。
「あいつを危ないことに関わらせたくねえ」ーーーパーシヴァルはいつもこう述べるのだがーーーミシェーラは本当の理由を偶然知ってしまっていた。
レイモンドは今は母親の姓を名乗っている。
彼の母親は白の人間だ。
そのためほとんどの人間は気がついていないのだが…レイモンドの父親はーーー反逆者の息子として国外追放となっている。祖父が反国王派の旗頭だったのだ。
レイモンドの祖父の罪状は国家転覆未遂罪。
死刑になってもおかしくないほどの大罪だ。
実際にレイモンドの父親は、直接謀反に参加していなかったにも関わらず爵位を剥奪、まだ幼い子供と妻を残して国外追放となった。
パーシヴァルはレイモンドの身辺調査をした際にこの事実を知ってしまったのだろう。
ミシェーラが以前聞いた時ーーーこう漏らしていたのだ。
「レイモンドはーーー俺が守ってやれるようになるまで表には出せねえ。」
散々虐げられてきたパーシヴァルだからこそーーーレイモンドにはそうした思いをして欲しくないのだろう。
だから、レイモンドがどんなに頼んでも「黒竜の儀」の参加メンバーにレイモンドを登録することはなかった。
レイモンドは自分の父親がまさか反逆罪で国外追放になっているなど知らないのだろう。レイモンドの母親が語った「交通事故で死んだ」という嘘を完璧に信じていた。
だからパーシヴァルは「自分を黒竜の儀に連れて行ってくれないなんてひどい」と抗議するレイモンドに「危ないからダメだ」などと言って、甘やかす。
それがパーシヴァルなりの優しさでーーーミシェーラは不器用な人だなと思う。
だって、秘密は永遠には隠せない。
古参の魔法使いは事情を知っている。王宮に出入りするようになればレイモンドもいつかは真実を知らされるだろう。たとえそれをパーシヴァルが望まなくても。
「ーーー隠し通せる嘘なんてないですよ。」
ミシェーラが呆れたように言っても、パーシヴァルは「ハッ」といつもの馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「王宮の人間は人を傷つけることに何の躊躇いもねえ。ーーーレイモンドがあいつらの標的にされる必要なんてない。」
パーシヴァルはそう言ってーーーミシェーラの方を見た。
「だいたい、お前には言われたくねえよ。ーーーダスティンを邪険にしてるの、わざとだろ。」
ミシェーラは肩を竦めただけで何も答えなかった。