4の十五 たまにはこういう時間もいい
特別寮の談話室。
テーブルの上には大量のプロイセン産白ビールの瓶とジョッキ、艶々と光る苺のタルトやいつまでもホカホカと湯気をあげる鳥の丸焼きなど…大量の飲み物やご馳走の類が所狭しと並べられていた。
大きな四角い木製のテーブルを囲んで、ライラ、パーシヴァル、シリル、デニスーーーといった黒薔薇団のメンバーが集まっていた。
いつもと違うのはその輪にジョシュアやアルフ、イアハートが混ざっていることだ。
アルフの呼びかけで急遽開催が決まったこの親睦会。
まあ、あり大抵にいえば部活動交流会の打ち上げだった。
幹事であるアルフは正面のパーシヴァルの方を向いてずっと号泣している。
彼は打ち上げの開催が決定した時からずっとこの調子だ。
というのもーーー
イアハートとパーシヴァルの対戦の後、悔しげに選手控え室のロッカーを蹴り付けていたパーシヴァルにアルフが走り寄ったのだ。
発した言葉は「特別寮の親睦会をやらないか!」というもの。
その場にいた魔法剣術部の面々は「絶対断られるだろ」と苦笑いだったらしい。
しかし、しかめっつらだったパーシヴァルから発せられたのは意外な言葉だった。
「先生がやりたいならいいよ。ーーー色々迷惑もかけたし。」
パーシヴァルのこの言葉でーーーアルフは泣き出してしまったのだ。
「こういう瞬間があるから教師になってよかった」などといってロッカールームで号泣し始めたアルフ。
慌てふためく部員たちを残し、パーシヴァルはマイペースにもレイモンドに「帰ろうぜ」と声をかけていた。
「先生、時間決まったら連絡して。」
ーーーパーシヴァルは魔法剣術部の部長になっていたため、アルフも連絡先を知っていたのだ。
スタスタと歩き去っていくパーシヴァルをレイモンドが笑いながら追いかけていった。
そんなわけで、「どんだけ泣くんだよ」とイアハートにまで突っ込まれてもアルフはずっと泣いている。
よっぽど嬉しかったらしい。
パーシヴァルは特別寮に入った瞬間、「疲れた」と呟いてレイモンドに抱え上げられていた。
すっかりいつも通りの様子で、「あれとって」、「これ代わりに食べて」などとレイモンドに甘えまくっているパーシヴァルが目に入っているだろうにアルフは「お前は立派になったよ」とパーシヴァルの前で言い続けている。
パーシヴァルはアルフの言葉をずっと無視しているように見えたがーーーレイモンドが「本当にこういう会に参加するなんて珍しいですね」とアルフに同意した際にはヘニャリと眉を下げた。
「俺も王族だから…ジョシュアを支えるには俺ももっと愛想良くしなきゃって思ったんだよね。」
そう言って困った顔でジョシュアの方を見たパーシヴァル。
本当に立派になったなとまるで親のようにシリルやイアハートまでが感心する中ーーー名前の上がったジョシュアといえば、ライラと一緒にパーシヴァルの今日の活躍の映像を再生していた。
どこから引っ張り出してきたのかスクリーンを前に椅子を並べて腰掛けている二人。
リモコンをはじめとした機器類を握っているのはライラだ。
魔道具ではないカメラに関してはライラの方が詳しかったのだ。
打ち上げに参加したはいいが、少食な(というか食事を必要としない)ジョシュアは暇を持て余していたのだ。
そんなジョシュアのにスッと無言でカメラを差し出したライラ。
「これの再生方法はわかるか?」「わかりますよ」「もっと大きい画面で見たい」「…フェル、あの機械運んで!」ーーーこうしたやりとりの後で、ジョシュアはいい助手を手に入れたとばかりにライラを横に座らせた。
そして真顔でライラに向かってーーー
「今のところもう一回見たい」
と呟き、ライラも嬉しそうに「名シーンですよね!」などと巻き戻してやったりしている。
そんな二人を見てパーシヴァルはゲンナリした顔になった。
レイモンドはクスクスと笑っている。
「まだ開会式じゃないっすか。ーーーあの調子だと最後まで見終わるのはいつになるやら。」
「あいつらバカだな」そんなふうに言ったパーシヴァルがひどく優しげな目をしており、どちらが年上だかわからないなと周囲は思った。
ライラを見ていたのはパーシヴァルだけではない。
自然と集まる形になったデニス、ミシェーラ、シリルの三人も…パーシヴァル対イアハート戦について語りながら、ずっと視線はライラたちの方へと向いていた。
何かと二人とフェルを含めたこの三人は見ていて飽きないのだ。
二人とも表情に乏しく一見全く楽しそうではないのだがーーー目だけは爛々と輝いていた。ジョシュアもいつも吸っている魔煙にさえ手を伸ばさないあたり、真剣度がうかがえる。
「ライラ野菜も食べなよ!」
「ジョシュア、ここまだ開始十分だってわかってる?」
ーーーなどと魔獣であるフェルが一番常識的な発言をするところも笑いを誘う。
一向に食事類に手を伸ばさないライラの口へとパンなどを詰め込んだりしているフェル。
ライラは押しつけられたパンを慌てて押し込みーーー「ふがふが」などと言いながらも画面を凝視したままだ。
「浮遊魔法の無駄遣い…」と呟き、呆れ顔をしつつも半笑いでライラたちを見守るシリル。
ミシェーラは終始クスクスと笑っている。
デニスだけは全く笑ってなかったが。
「なーんか仲良さげ。」
つんと口を尖らせた後でーーー豪快にビールジョッキを傾けている。
魔法使いは幼くとも貴重な戦力であるために早く社会に出るせいか、飲酒に関する法律がなかった。
つまり、学生であろうとビールが飲めるのだ。
しかし、はじめはここにこれほど大量のビール瓶などなかったのだ。
「das schlagtdern Biden aus!《いくらなんでもひどい話だ!》」
ーーー突如叫び声を上げていなくなったシリル。
彼は数分後に大量のプロイセンビールを持って戻ってきた。
「宴会するのにビールがないなんてあり得ないだろ!」
ーーーと憤慨しながら気前よく酒を用意したのだ。お金を払うと大人組はいっていたが、シリルが真顔で「金なら有り余ってるんでどっちでもいいっす」などと言ったため、ジャンジャン飲んでやろうということになった。
「ビール狂いのプロイセン人めと言ってやりたいところだが、ただ酒はうまい!ご馳走になる!」
アルフがそう言って嬉しそうに瓶を抱え込んでいた。
「実家は金持ちなのか?」と純粋に問いかけるアルフからシリルはささっと逃げだしていた。
デニスも平然と自分の分として確保してきた瓶を並べ、すでに何本か開けている。
マスキラ化したために身体的に早熟なデニスは家では兄たちと一緒によく飲むのだと語っていた。「こんな高級品じゃねえけどな」と笑ったデニスは全くもって十三歳などには見えない。
今の拗ねた顔は年相応のものだったが。
ブスッとした顔のデニスに目をやったミシェーラがおかしそうに言った。
「今日は散々だったわよねーーー蹴られたところ大丈夫?」
ミシェーラの問いかけに、理不尽なパーシヴァルの扱いを思い出したのだろう。
不機嫌な顔をさらにしかめさせた。
「蹴られたのも痛かったけどさ…あれ絶対八つ当たりなんだよ!俺、練習でレイモンドさんとペア組まされたんだけど俺らが魔法の練習する度にエゲート様に超睨まれんの!誰か代わってくれよって誰かか何度言ったことか。」
はあとため息をつくデニスに二人から同情の視線が向けられる。
「醜い嫉妬だね。」
とつぶいやたシリルにミシェーラがコクコクとうなずく。
「先輩たちもこういうときは調子いいんだよなあ。『お前しかいないよ!』なんて言いやがって。確かに俺とレイモンドさんが一番魔力量的によかったんだけどさ。」
ぶつぶつと愚痴るデニスを見ていたシリルが、ポツリと言った。
「そんなに気になるなら邪魔しに行けばいいじゃん。」
ほれと相変わらず開会式を再生している二人を指差す。
デニスは思っても見なかった提案に真っ赤な瞳をめいいっぱい見開いている。
しかしーーーデニスは首をふった。
そしてどこか諦めたように笑うのだ。
「いや、ライラにあの顔させられるのはシャーマナイト様だけだし邪魔できねえよ。」
切ない顔になったデニスにーーーシリルは「なんで?」と首を傾げた。
「お前顔もいいし実力もあるしーーーいいマスキラじゃん。なんでそんなに自信ないの?」
嫌っている相手に直球で褒められてデニスは固まっている。
そしてなんともいえない顔になってシリルを見返した。
「褒めてもあんたが怪しいって言ったこと撤回しないっすよ?」
じとっとした目を向けるデニス。
しかしシリルは動じた様子もない。「ああそう」などと頷いている。
俺のことはいいからさ、としつこくデニスをけしかける。
しかしデニスは乗り気になれないらしい。
タジタジになっているデニスを哀れに思ったのか、ミシェーラもデニスへと助け船を出していた。
「最強の魔法使いで完璧王子って言われてるシャーマナイト様相手だとデニスでも尻込みしちゃうわよねえ?」
ミシェーラの言葉に、我が意を得たりとばかりにデニスが頷いている。
しかし、シリルは逆に顔をしかめさせた。
「確かに学生時代から腹立つほどジョシュアは人気あったけど…観賞用って扱いだったぞ?実際に喋ってみるとあいつめちゃくちゃ抜けてるじゃん。」
ジョシュアに対しても全く恐れることのないあけすけな批評に…デニスは「シリルって本当何者だよ」と半目になっているが…ミシェーラは確かに、と頷いている。
「でも、なんかライラとは気が合いそうですよね。」
ミシェーラのこの発言で、デニスは「グフっ」と声を上げて机に突っ伏していた。
「ミシェーラちゃん可愛い顔して言うねえ。」
シリルが苦笑いするもーーーミシェーラはそうですか?と笑っている。
「まあ、恋愛っていうよりは趣味の合う友達って雰囲気ですけどね。ーーーデニスに甘えてるときのライラの方がよっぽどカップルに見えるわよ。」
ミシェーラの励まし(?)を受けデニスは何かを決心したようだ。
ライラの好きそうなジュースをつかんで二人の元へと突撃して行った。
その瞬間を見計らってミシェーラに向けてシリルが鑑定を使っていた。
彼は勘のいいデニスを追い払いたかったのだ。
すでに一度忠告を受けているシリルはもう二度と鑑定したことを疑われるわけにはいかなかった。
魔力の動きに敏感なライラが同室で終始そばにいるミシェーラは、なかなか一人にならないため、シリルは今か今かと機会を伺っていたのだ。
大胆にも王族や教師全員が揃っているこの場で鑑定を成功させたシリルはミシェーラの鑑定結果を見て内心笑みを深めた。
ーーー先読みの占い師かあ。名前的に未来が見える感じ?…だとしたらめちゃくちゃ強力な役割だな。国が大事に大事に保護しているのも頷ける。
クッとビールを飲むことで口元に浮かんだ笑みを隠しながらシリルが考えているとーーーミシェーラがぼそっと言った。
「なんか、いいなあ。」
ワイワイと言い争いを始めたデニス、ライラ、そんな二人を無視してマイペースに映像を見続けるジョシュア。
デニスはライラへと、ライラはジョシュアへとはっきりと好意を示しており…そんな彼らがミシェーラにはとても輝いて見えたのだ。
ミシェーラも年上で外国人であるシリルだからこそ普段は心の奥底にしまってあるつい本音が口に出てしまった。
しまったという顔になったミシェーラを見て…シリルはボソリと言った。
「緑のイケメン王子がいるじゃん。」
ミシェーラは「他国の学園のことをよく調べてますね」と苦笑いしたがーーーふと寂しそうな顔になった。
まるで迷子のように不安げに視線を彷徨わせーーーシリルを見つめた。
シリルは黙ってミシェーラを見つめ返している。
無言の後でーーーミシェーラは俯いた。
そして喧騒にかき消されそうな小さな声で呟く。
シリルはもちろんしっかりと聞き取ったが。
「小さい頃からずっと必死で魔法の練習をしてきてーーー愛だの恋だの言われてもピンとこないんです。」
ミシェーラの不安げな声にーーーシリルはふっと笑った。
ミシェーラが驚いたように顔を上げる。
そのときシリルは何か思い出しているかのように遠くを見ていたがーーー笑みを浮かべたままミシェーラへと向き直った。
そして、ポンポンとミシェーラの頭を二回叩いた。
触れるか触れないかの不器用なーーーそれでも優しさが伝わってくる仕草の後で、不思議と人を安心させるような笑みを浮かべてミシェーラを見る。
「わかるよ、夢中になってるときは俺もそうだった。」
シリルはそう言った後で、軽く異世界でプロ棋士を目指していた話をした。
ミシェーラは首を傾げていたが、要点は伝わったらしい。
頷いた彼女を見てーーーいたずらっぽくシリルは笑った。
「真っ直ぐ目標に向かって生きてるミシェーラちゃんみたいな子は、絶対いい恋愛ができるよ。だから焦らないで大丈夫。ーーーいざそのタイミングが来ればね、悩む余裕なんてなくなるから。」
ミシェーラはシリルがひどく優しげな顔をしているのを見て「女王」を思い出しているのかなとぼんやりと思った。
プロイセンだけでなくブレイトブリテンも当然ながら敵国のことは調べている。
ミシェーラはヘマタイト王に付き合って外交まで行ったのだ。
「最年少の主席魔法士」の情報など当然耳に入っていた。
彼がプロイセンの女王に傾倒しているというのも有名な話だったのだ。
ーーープロイセン王は完璧王子と呼ばれるシャーマナイト様とは正反対のお方よね。
現プロイセン王は歴代の王と比較して魔力も少なく、さらに弱肉強食を絵に書いたような軍事国家においては致命的な「フィメル」の王なのだ。
相当苦労しているだろうな、と苦い顔で語っていたヘマタイト王の顔を思い出す。
ヘマタイト王も若い頃はーーーというかジョシュアが生まれるまでは黒の魔力が大変弱いために苦労したという。
ミーティアウィークで今ほど手厚い防御をできなかったのは魔法使いの間では有名な話だ。
似た境遇である王同士、プロイセンの若き女王のことが他人事に思えなかったのだろう。
ーーーあなたも、国を守りたいのね。
ミシェーラは敵国の首席魔法士とこんな風に話している今がとても奇妙なものに思えた。
クスリと笑ってぶどうジュースを継ぎ足す。
「ーーーミシェーラちゃんが飲むと一流のワインみたいだね。」
真顔でそんなことを呟くシリルをチラリと見てーーースッと真顔になった。
ちりっと二人の間を緊張感が走る。
ミシェーラはそんな空気をわざと作り出した上でーーーにこりと笑って見せた。
そしてカマをかける。
「ーーープロイセンで近々よくないことが起きそうね?」
ピタッと動きを止めたシリル。
若干青ざめた彼を見てーーーミシェーラはさらに畳みかけた。
「女王の近辺、もう少し警備を増やした方がいいんじゃなくて?」
シリルはここで我慢しきれなくなったらしい。
無言で立ち上がるとスタスタと何処かへ消えてしまった。
ミシェーラはまんまと騙されたシリルに内心で舌を出しつつ、「やっぱりばれていそうね」と苦笑いした。
ーーー鑑定魔法が使えるって時点で怪しいとは思ってたけど、すでに見られた後ってわけか。
ぽちぽちと魔力通話でヘマタイト王にメッセージを送る。
「鑑定されてました」ーーー主語が抜けていようが、これだけで十分に伝わるだろう。クーガンへと魔力通話を渡しつつミシェーラは再びジュースを口につけた。
「先読みに赤竜と女王がちらつくけど…肝心の器は全然見えないのよね。」
はあ、とため息をついたミシェーラ。クーガンが少し離れたところから心配そうにミシェーラを見ている。
「なーに深刻な顔してんの。」
突然背後からかけられた声にミシェーラはびくっとなった。
今の呟きを聞かれていたらどうしようとさーっと青くなったミシェーラを見て、デニスがなんかあいつにされたのか?と首を傾げた。
ミシェーラは「なんでもないわ」と笑って首を振る。
デニスはミシェーラの真意を問うようにじっと瞳を見つめた後でーーー感情を読み取るのを諦めたのか、はあっと特大のため息をついた。
「幸せ逃げるからやめてくれる?」
ミシェーラがデニスにため息ばかりつくなと注意をする。「やっぱ俺には冷たいな」とデニスは口を尖らせつつも、ミシェーラの横へと座った。
そしてーーーなぜか呆れ顔になって言うのだ。
「ミシェーラちゃんって本当に真面目だよなあ。ーーー親睦会でくらい仕事のこと忘れろよ。…なんか知らないけどシリルとやり合ってただろ?」
図星を突かれたミシェーラは気まずそうな顔で目を逸らした。
デニスがミシェーラの飲んでいたジュースを見て「俺も同じの飲もー」と紫色の液体を嬉しそうにコップに注いでいる。
小さなコップはデニスの大きい手で持つとひどく違和感がある。
「なんだこれ!めちゃくちゃうまいじゃん!」
びっくりしました!と顔全体で表すデニスを見てーーーミシェーラが吹き出した。
もっと飲んでいい?とデニスがチラチラと見てくるため、笑いながらクーガンに指示をしてありったけの在庫を持って来させる。
「絶対高いだろこれ、でもうめえ。」
彼もなかなかにおぼっちゃまなはずなのだがーーーマスキラばかりな家計のせいか高級食品などまず買わないらしい。
そう言いながらまたチキンを頬張り出したデニスを見て確かに全員がこの量食べるとなったら質より量になっても仕方ないなとミシェーラも納得した。
机に所狭しと置かれていた料理はほぼなくなりかけていた。
シリルとミシェーラは食が細く、大した量を食べていない。
ライラに関しては席についてさえいない。そんな状況で四人分あるはずの料理が綺麗さっぱり消えているのだ。
つまりデニスが四人分平らげているということになる。
というかクーガンがちょくちょく食堂に顔を出して料理を足しているので実際はもっと食べているかもしれない。
「デニス坊ちゃんはお肉がお好きですよね?」
クーガンが笑いながら頼まれていたぶどうジュースと一緒に肉料理を運んで来た。
ローストビーフのような見た目の魔獣の肉を使ったり新しい料理にデニスは目を輝かせた。
「クーガンさん最高っす。ーーーそれ、俺が食べていいんですよね?」
ミシェーラをチラリと見てデニスが断言する。
長い付き合いの二人だ。ミシェーラが呆れているように、デニスも相変わらずほとんど食べないミシェーラを呆れ顔で見ている。
「ちょっとは食べれば?うまいよ?」
そう言ってデニスが赤みがかった肉を切り分けてくれるが、ミシェーラは「いらない」と突き返している。
うまいのにもったいないなあと言いながらも、綺麗な所作でパクパクとデニスは料理を平らげていっている。
ものの数分でなくなった大皿を見てーーー「デニスばりの筋肉を維持するにはこんなに食べないとダメなのか」とミシェーラが謎の感動を覚えていると…デニスが満足そうに腹をさすりながら言った。
「さっきの話の続きだけどさ、俺もライラもーーーこう見えて心配してるんだぜ?」
デニスの発言にーーーミシェーラは驚きの表情になる。
「え、わたしってライラに心配されてるの?」
今も?と聞くミシェーラに今も、とデニスが頷き返す。
「あんな浮かれてるように見えてーーーシリルが出て行った途端に俺に耳打ちしてきたからな。『ミシェーラを一人にすんな!今すぐ戻れ』って。」
とりあえずいっぱい食って笑わせてこいって無茶振りされたんだぜと顔をしかめるデニスにーーーミシェーラは天を仰いだ。
ずっと気にかけられていたらしい。
シリルは警戒対象なので当然なのかもしれないが…それでも。
「勝てないわ。ライラにもデニスにも。」
困ったような、それでも嬉しそうな顔で笑ったミシェーラを見て…デニスは真剣な表情になった。
「ミシェーラちゃんはとりあえずもうちょい肩の力抜け。ーーーライラを見習ったらいいと思うぜ?あいつ何があっても王族とか黒竜さまがくれば一瞬でご機嫌になるからな。」
あれは一種の才能だ、と呟くデニスにミシェーラはぷっと吹き出した。
「他人ごとみたいに言ってるけどデニスだってライラに話しかけられれば嬉しそうになるじゃない。」
デニスはこの指摘に渋い顔になった。
ライラと同じと言われるのは心外だと呟いている。きっとライラも逆の立場であれば同じようなことを言うに違いない。
クスクスと笑い出したミシェーラを見て、デニスも釣られたように笑った。
そしてーーー悪い顔になって笑う。
「とはいえ一人になったらどうせミシェーラちゃんはまた仕事のことばっか考えるんだろうからーーー俺は秘策を用意しました。」
へへへと笑うデニスにーーーミシェーラは思わずと言った様子で立ち上がった。
「ダスティン様に連絡したの!?何言ったのよ!」
即座に秘策について言い当てられたデニスは「なんでわかったんだ!?」と目を白黒させていたがーーーすぐにまたニヤリとした顔になった。
「留学生とミシェーラちゃんが仲良くなってますって。ーーーあの人めちゃくちゃ焦ってたぞ。」
くくくと笑っているデニスをミシェーラが睨みつける。
「卒業式の後なんとなく気まずくて連絡とってなかったのに、なんてことしてくれてるのよ!」
プリプリと怒り出したミシェーラをデニスはまあまあ聞けって、となだめた。
「俺もダスティン先輩から散々急かされてたんだよ。『ミシェーラちゃんになんで返信してくれないのか聞け』って。ーーー電話無視してるんだって?結構傷ついてたぞ。」
デニスはダスティンのことが純粋に好きだった。
だから、ミシェーラとの関係を応援しているのだ。普段なら断っているミシェーラへの伝言もタイミングを見計らいつつ、こうして伝えている。
卒業式の後、結局サークルストーンを押し付ける形になったダスティン。
連絡を無視されていると聞いたときはこれはダメかもとデニスなりに心配していたのだがーーーおろおろとし始めたミシェーラを見てほっと安心する。
「ーーーもう付き合えば?」
デニスが笑いながら言うも、ミシェーラは無理無理と首を振っている。
「デニス!ダスティン様に連絡無視したことなんて言えばいいかな?」
「いやだから知らねーよ。ーーー俺を巻き込むな!当事者同士でやってくれ!」
「俺だったら無視しないからわからない」という身もふたもないデニスの回答にむうっとミシェーラが頬を膨らませる。
「ーーーライラに告白しようとしてたマスキラ病院送りにしてたことバラしてやる。」
ミシェーラが反撃とばかりに立ち上がり、今度はデニスが慌て出す。
「それは勘弁して!でもダスティン先輩との話に俺は巻き込まないで!俺同学年ずるいって結構恨まれてんだよ。」
「俺もお前と同じ歳に生まれたかった」と真顔でダスティンに言われるたびにデニスは呆れ顔になっている。ものすごくどうしようもないことを恨めしげに言われても困るのだ。
「お前はライラックと同学年だからそんなことが言えるんだ。」
ーーーと睨まれてしまえばデニスは口をつぐむしかない。
学年が同じなのをいいことに散々好き勝手している自覚があったのだ。
そのタイミングでデニスの携帯にダスティンから着信があった。
デニスは真顔になった後でーーー通話ボタンを押し、ミシェーラへと携帯を放り投げた。
「通話中になってるけど相手誰?」「ダスティンさん」「えっ!?」
おろおろしているミシェーラにヒラヒラと手を振ってデニスはライラたちの元へと戻る。今度はデニスはいないほうがいいだろうという彼なりの気遣いだ。
背もたれごとライラにがばっと抱きついて「任務完了」とささやいたデニスを、ライラが一瞥することもなくーーーそれでも慣れた手つきで赤い頭を撫で回した。




