4の十四 男子三日会わざれば刮目してみよ
パーシヴァル=エゲートについて新入生を除き、在校生や卒業生は皆口を揃えてこんなことを言うのだ。
「魔力はあるけどやる気がない。」
「王族の落ちこぼれ」
「宝の持ち腐れ」
今年度に入って復学したパーシヴァルだが始めは授業をさぼっていたこともありーーーおおよそ見方は変わってなかった。
この部活動交流会までは。
学園関係者たちは皆が驚きの表情を浮かべている。
特に卒業生たちをはじめとしたパーシヴァルと過ごす機会が多かったものほど自分が見ている光景が信じられないといった顔になっている。
魔法剣術部のパフォーマンスは二部構成。
はじめに、赤色と青色チームに分かれて模擬戦争。
次に各学年の代表選手が一騎打ちを行うーーーこれが例年の流れ。
しかし、今年は違う。
なんと第一部はパーシヴァル対、残りの部員全員。
第二部はパーシヴァルを除いた部員たちによる一騎討ちの後ーーーパーシヴァルとイアハートの交流試合が組まれていた。
当日発表されたこのサプライズ演出にーーーライラは白目を剥いていた。
ミシェーラはそんなライラを見て呆れ顔だ。
デニスがミシェーラにだけ「ライラが失神しそう」とちょっとしたネタばらしをしていたのだが、その意味をやっと理解していた。
「まさにパーシヴァル様の晴れ舞台!ここで、失神するなんていうもったいないことはできない!」
カッと目を見開いたライラ。
シリルが若干血走った目になっているライラに引いているが、ライラは今まさに行われている登場パフォーマンスに釘付けになっている。
アルフのサプライズ発表の後、会場からは不安げな声が上がっていた。
「あいつそんな大役引き受けるようなキャラだったっけ?」
「途中で逃げ出しそうじゃね?アルフまた突っ走った?」
ヒソヒソと囁かれた言葉たち。
しかし、パーシヴァルが氷竜に乗って現れた瞬間ーーー皆がその美しさに目を奪われた。
アイスブルーの氷竜に立って乗っているパーシヴァル。
飛行する竜の背中の上…足場は不安定だろう。
しかし、パーシヴァルはなんてことないように立っている。
すごく安定しているように見えるが…「バランス感覚がなきゃあんなのやれねーよ…俺絶対無理」とシリルは呆れ顔になっていた。
いつの間にか天井のドームが閉じられている。
パーシヴァルの登場の後…ファンファーレが鳴り止み、照明が落とされた。
「ーーーやるぞ、スヴォロフ。」
パーシヴァルのアルトが会場に響く。
主人に応えるように氷竜が「がう!」と吠えるとーーーぐんぐんと光度をあげていく。
「俺がやるからにはーーー最高にアートにしてやるよ。」
パーシヴァルはそう言いながら氷竜に乗って水を撒くような調子で上空へと魔力を放出していく。
しかし肝心の魔力は一切目に見えない。
「失敗かーーー?」観客がざわめく。
混乱し始めた真っ暗な会場で、唐突にパーシヴァルのカウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1、ーーー。ゼロ。」
ーーーシャララララララララン。
会場のBGMに合わせ、赤、青、黄ーーー虹色の魔力のカーテンが観客の頭上に現れた。
それだけではない。
次々とパーシヴァルは魔法を放つ。まるで空中のキャンバスに巨大な絵でも書くかのように楽しそうに線を描くパーシヴァル。
「きれい…」
ほうっとミシェーラが簡単のため息を落とす。
「オーロラみてえ」シリルの言葉にライラは内心で激しく頷いていた。
上空に絵を描くのに満足したらしいパーシヴァルは観客の高さまで降下してきた。
パーシヴァルが一度腕を振ると、何十体という魔力でできた竜が観客席へと飛び立つ。
文字通りパーシヴァルの魔法で埋め尽くされた会場。
パーシヴァルは会場中の視線を集めたままーーーふっとカメラに向けて笑った。
「お前ら、出番だ。」
次の瞬間、氷竜ごとパーシヴァルが消えた。
パーシヴァルと氷竜は同時に亜空間魔法を使ったのだろう。
悲鳴のような歓声が会場中から上がった。
「かっこよすぎる…。」
と号泣するライラを見てーーーミシェーラは確かに、と頷いていた。
突如明るくなった会場。
突然消えたパーシヴァルにざわめく会場。
ポップな登場曲が流れ出し、二つある入り口から部員たちがわっと飛び出してきた。
ペガサスに乗ったデニスが歩兵、弓兵、騎馬兵から構成される二つの集団の片方を先導しているのを見て「あれ、四年生は?」とミシェーラが首を傾げる中、ライラは涙を流し続けていた。
フェルは「まだ試合始まってもないのに」と呆れている。
「推しがかっこよすぎる。生きててよかった…。」
普段だったら大袈裟なと笑うところだが…ミシェーラは「かっこよすぎたのは否定できないわ」と頷いている。
シリルはめちゃくちゃ真剣な顔でパーシヴァルの残した魔法の魔力の残渣を凝視していた。
完全に主席魔法士の顔になっている。黒魔法に興味津々のようだ。
開会式はデニスとレイモンドが赤と青の巨大な魔力の玉をぶつけ合って、派手な爆発音を上げたところで幕引きとなった。
四年生を差し置いてデニスが集団を率いていた理由…今更説明する必要がないかもしれないが、一応言及しておこう。
デニスが他の部員より強くなってしまったのだ。
アルフはその辺りさっぱりしている。
レイモンドの他に誰を立たせるかという話し合いの場で…「強いものが頭だ!」と叫び今回の編成を決めてしまった。
反発が起きそうなものだがーーーデニスは十四歳にして不思議と上に立つオーラのようなものがあった。
上級生たちからも不満の声は上がらなかった。「まあ、あいつの下ならいいか」と納得顔だったのだ。
ライラがやっと泣き止んだところでーーー第一演目のために、パーシヴァルを先頭として部員ら全員が競技場へと出て来ていた。
「試合開始の前に、パーシヴァル=エゲートから開会の挨拶があります。」
アルフの放送の後、タンッとパーシヴァルが地面を蹴りーーーアルフの座っている中央の放送席へと降り立った。
会場からはどよめきが上がる。
「なんて身のこなしだ!」という声よりも多かったのがーーーあのパーシヴァルが開会の挨拶!?…という声だ。
「信じられん。」
「あれ本当にエゲート様か!?」
「影武者かなんかじゃないのか?」
ザワザワとどよめく会場。
聞こえてくるささやきにシリルがくつくつと笑いをこぼしている。
「あいつどんだけ信用ないんだよ」とおかしそうだ。
しかしパーシヴァルがマイクを受け取るとーーーしんっと静まり返った。
皆がパーシヴァルの一挙一動に注目する中で…パーシヴァルが目の前のカメラへとまっすぐ視線を向けた。
「魔法剣術部の演目に今日は来てくれてありがとう。保護者の方、卒業生の皆様お忙しい中お集まりいただきましたこと、部員を代表して感謝申し上げます。」
この、決まり切ったセリフを言った時、なぜかざわつく会場。
何も知らない新入生たちは怪訝そうな顔だが…在校生からしてみれば、パーシヴァルが「部員を代表して感謝する」などと想像もできなかったのだ。
しかし、パーシヴァルの挨拶は終わりではなかった。
「俺らなりに楽しんでもらえるように演目を考えたからぜひ最後まで見ていってください。イアハート学園長倒しますんで。」
会場のどこかへと視線を向けーーーニヤリと笑ったパーシヴァル。
そして真顔に戻ったパーシヴァルはぽんっとアルフにマイクを投げ返した。
再び勢いをつけて会場へと戻ったパーシヴァル。
破れるような歓声が会場を包み込んだ。
ミシェーラも思わずと言った様子で立ち上がって拍手していた。
シリルは「あいつ言うようになったなあ」と完全に保護者目線で頷いている。
シリルはジョシュアから頻繁に聞かされていたので、本人と対して面識がないにもかかわらず非常にパーシヴァルについてはよく知っていたのだ。
ライラはもはやまともな言葉を発することを諦めたらしい。
「無理、え、無理…」と呟きながらパーシヴァルを見つめ続けている。
興奮冷めやらぬ中で、第一演目の模擬戦争が始まろうとしていた。
中央に立っているパーシヴァルを挟み込むようにして二手に分かれた部員たち。
両チームの先頭に立っているのはレイモンドとデニスだ。
そこでようやくライラがデニスの存在に気がついたらしい。
まだ涙で濡れている金色をパチリと瞬かせーーー「デニス三年生なのにすごいね」と呟いた。
ミシェーラが今更気がついたのかと呆れているが…すぐさまライラの興味はパーシヴァルへと戻っていた。
ミシェーラはライラと会話を成立させることを諦め、隣に座るシリルへと話題をふった。
ミシェーラはシリルがプロイセンの主席魔法士だと知らされている。
そのため、どっちが勝つと思いますか?と結果が当然わかっている前提で話しかけている。
シリルもミシェーラの質問に対してさも当たり前のように答えた。
「あれは化け物だよ。人間が敵う相手じゃない。」
ミシェーラの方を見ることなくーーー見られないと言ったほうが正しいかもしれないがーーー真剣な表情で睨み合う部員たちを見下ろしているシリルが放った「化け物」という言葉にミシェーラがびくっとなる。
しかしシリルはミシェーラから答えを求めていないのか、ボソボソと語り続ける。
「俺も散々言われてきたけどーーー並ばれたか?あいつ見ないうちに魔力量だけじゃなくて質まで格段に成長しやがったな。」
シリルの言葉にミシェーラが「えっ!?」と叫んだ。
信じられないような言葉が聞こえたからだ。
こんなことを聞いてもいいのかしら?と内心首を傾げつつーーーシリルに尋ねる。
「今のはエゲート様がシリルさんに並んだという意味ですか?」
ミシェーラの質問に対して「そうだね」とあっさりうなずくシリル。
ぽかんとミシェーラが口を開けているが、気にした様子もなく淡々と分析を続ける。
「この国は黒の魔素の割合が多いよね。だからブリテン領土では黒の王族がアドバンテージを握ってるんだ。…だから並ばれてると思う。」
プロイセンでは流石にまだ負けないと言ったシリルの表情が少し悔しげでーーーミシェーラは吹き出した。
ーーー恐ろしい人なんだろうけど…こういう素直なところ、憎めないのよねえ。
会場では対戦開始の太鼓が鳴り響いた。
わー!と声を上げながら、パーシヴァルへ向け生徒たちが動き出した。
はじめに歩兵を突撃させ、ペガサスに乗った生徒たちは大規模魔法の準備をしている。
観客たちの声援が場内に響き渡る中ーーーはじめにパーシヴァルの元へと最前線にいる歩兵たちが押し寄せようとして…次々に戦線離脱し始めた。
この、模擬戦争のルールは単純だ。
兵士たちは左手に持った風船のような黒い魔道具を持っており、それが割れたら退場になる。
相手の大将の風船を割ったチームが勝利ーーー今年の場合は、パーシヴァルの風船を割れば勝利となる。パーシヴァルは全員の風船を割るそうだ。
ライラは「パーシヴァル様大丈夫かなあ」と心配していたのだがーーーすぐに杞憂であったと判明する。
両者に実力差があり過ぎたのだ。
というのも、次々に風船が割られ、糸で引っ張られるように陣地へと戻されていく歩兵たち。パーシヴァルは虫でも払うように手を振っている。
ここまで一歩も動いていないパーシヴァル。
あっという間に歩兵はいなくなった。
正確に風船へと魔法の斬撃を飛ばせなければ大怪我につながりかねない。
しかし、アルフが黙っているということはーーーパーシヴァルならこの入り乱れた状況でも生徒を怪我させないと判断されたということだ。
歩兵がいなくなった途端、埋め尽くさんばかりの魔力の矢がパーシヴァルへと降り注いだ。
これにはライラも落ち着いていられなかったようだ。
ヒイっと悲鳴をあげたが…横にいるシリルに「大丈夫だから座って見てな」と諭されている。
シリルの言葉の通りパーシヴァルは「シールド」と呟いて全ての矢を無効化していた。魔力欠乏でへたり込んだ弓兵の風船を射的のようにパーシヴァルが割っていっている。
ここで、一気に戦場の人数が減った。
「黒魔法は使わないのかな?」
ほっとした表情になったライラがふと疑問を口にする。
答えたのはずっとムシャムシャと魔石を頬張っていたフェルだ。
「お腹いっぱい〜」と満足そうに呟きながら、ライラの頭の上に降り立った。
「黒魔法って強力な代わりにすっごく燃費が悪いんだよ。ーーー開会式でも魔楽器を使ってたみたいだし…この後イアハートと戦うって言ってたから黒の魔素は温存してるんじゃない?」
フェルの説明にライラはなるほど、と頷いた。
シリルも「ジョシュアはなんでもないような顔で連発するけどあいつがおかしいだけだからな」と何故か不機嫌そうに補足している。
そこでいよいよずっと準備していた大規模魔法の準備が整ったらしい。
デニスとレイモンドが顔を見合わせあった後ーーー同時にものすごい量の魔力が騎馬兵たちから放たれた。
「竜だ!」
会場で誰かの叫び声が上がった。
現れた赤と青それぞれの魔力でできた地竜の登場に会場は一気に盛り上がる。
そして地竜と並走してデニスとレイモンドもパーシヴァルの元へと走っていっている。
いわば四方向からの攻撃にーーーパーシヴァルはこの日一番の笑みになった。
「大規模魔法って派手で俺好き。」
きれいな顔笑ったパーシヴァルはーーー左右に腕をかざした。
轟音を立てる二体の竜に向かって一言…
「反魔法。」
パーシヴァルの放った魔法は、竜の動きをピタリと止めた。
次の瞬間急に方向転換した竜を見て、風船を割られ、待機上でへたり込んでいた弓兵や騎馬兵の生徒たちが真っ青になった。
ーーーしかし、彼らの表情は次の瞬間驚きに染まる。
竜たちは方向転換した後、何故か空中に向かって飛び上がりお互いを飲み込むことで消えてなくなったのだ。
完璧な魔力制御のなせる技である。
自分にあたるのを防ぐだけでなく、部員たち、観客全てを巻き込まないようにパーシヴァルは魔法を無効化して見せた。
レイモンドだけはこの瞬間に「同じ魔力量にするんじゃなかった」と舌打ちしていたのだが。
そして息つく間もなく対戦は最終局面を迎えていた。
魔法剣を振りかぶりながら同時に斬りかかるデニスとレイモンド。
ここでパーシヴァルが初めて動いた。
大画面を見ていた観客は、突如パーシヴァルが消えたように見えただろう。
そして次の瞬間デニスが「ボヘエ!」と言う叫び声を上げていた。
くの字に曲がったデニス身体。
次の瞬間、現れたパーシヴァルによってデニスの風船は「パーン!」と割られていた。
「俺だけ攻撃されるっておかしくないすか!?」
なんで!と叫びながら飛ばされていくデニスに会場中から笑い声が上がる。
その間にパーシヴァルは頭上から迫っていた、全体重を乗せたレイモンドの攻撃を剣で受けていた。
パーシヴァルがここにきて剣を抜いて見せたことで観客からは歓声が上がる。
キーン!という金属音が鳴りーーー衝撃で吹っ飛ばされたのは何故か体格の良いレイモンドの方だった。
魔法剣術部では力の差以上に乗せている魔力量が勝敗にものを言う。
シリルがパーシヴァルが絶対に勝つと言ったのもこの辺にある。
「くっそ。」
舌打ちしながら受け身を取ろうとしたレイモンド。
しかし、パーシヴァルの方が早かった。
流れるような魔力操作でーーー剣に魔力を流したまま身体強化を行った。
ライラにはパーシヴァルが消えたようにしか見えなかった。
ーーーパーン!
吹っ飛んでいる最中だったレイモンドの風船が割られた。
試合終了。
風船を失ったレイモンドは待機場へと戻されるはず…だったのだが、何故か舌打ちしたパーシヴァルがレイモンドに繋がれた魔力の糸を切ってしまった。
ーーーあの魔力の糸って切れるものなの!?
ライラが内心動揺するもーーー当の本人は満足そうに笑っている。
「よっしゃ、切れた。」
シーンと静まり返った会場。
ぽかんとする観客をよそにーーーパーシヴァルはレイモンドを抱えると、空中を蹴って地面へと降り立った。
レイモンドは真っ赤になって顔を覆っている。
パーシヴァルにか抱えられのが恥ずかしかったのだろうか。
そんなレイモンドに傷がないかパーシヴァルが心配そうな顔でペタペタと触って確認している。
ーーーあ、間違いなくエゲート様だ。
これまでまるで別人のように変わった姿を見せつけていたパーシヴァル。
観客たちはどこか戸惑いを隠せずにいたのだがーーー突然始まった二人のやりとりを見て、どこかほっとした表情になっている。
アルフが放送席で頭を抱えている。
「おい、エゲート!勝手なことするな!」ーーーそんな叫びも、パーシヴァルは鼻で笑って見せた。
「あんな糸で引っ張ってレイモンドが怪我したらどうするの?ーーー俺の勝ちは間違いないでしょ。風船も割ったし。」
マイクで流れたパーシヴァルのアルト。
なんとも言えない空気になった会場でーーー声を上げたものがいた。
その勇者は…デニスだ。
パーシヴァルに蹴られたお腹をさすりながら…不満顔で中央に立っているパーシヴァルの元へと跳躍した。
ミシェーラはそのデニスの動きを見て「意外と大丈夫そうだな」と冷静に思った。
「さすが筋肉の鎧で覆われているだけのことはあるわ。」と真面目に呟いてシリルを笑いのツボに落としていた。
デニスは「ちょっとひどくないっすか!」とパーシヴァルに詰め寄る。
「俺だけ蹴らないでくださいよ!レイモンドさんだけお姫様抱っこって!」
流石に俺も怒りますよ!と口を尖らせるデニス。
パーシヴァルはレイモンドに片手を添えたままーーー嫌そうな顔になって答えている。
「お前速すぎてあんま手加減できなかったのは謝る。ーーーでも、俺がレイモンドを特別扱いするのは今に始まったことじゃねえだろ。」
「開き直ったぞあいつ!」ーーーそんなヤジが飛び、会場は一気に歓声に包まれた。
「パーシヴァル!」という声のほかに「デニスいいぞもっと言ってやれー!」という声も聞こえる。
笑いに包まれた会場を見てデニスは毒気を抜かれたようだ。
「もーいいや、シャロンのとこ行こ」と呟いて会場から消えていった。
レイモンドは苦笑いしながらーーー少し寂しそうな顔になっている。
魔力欠乏時に見られる体の震え。隠すように右手をギュッと握りしめた。
よろけたところをパーシヴァルに支えられたのだ。
同等量の魔力を使ったにもかかわらず余力がありそうな様子で会場から消えていったデニスを見て唇をかみしめたレイモンド。
パーシヴァルが言った「デニスには手加減できなかった」という言葉が刺さっていたのだ。
そんなレイモンドを見てパーシヴァルが慰めるようにポンポンと腕をたたいた。
「お前もまだ伸びるよ」そう言いたげな紫の瞳に…首を振る。
レイモンドは実力者だ。だからこそ身にしみて感じるのだろう。
二つ年下のデニスにすでに追い抜かれているということは、今後はその差は広がっていく一方だ。十五歳で魔力の伸びはほぼ止まる。レイモンドは既に十六歳だ。
偶然にも似たようなやりとりはライラたちのいる観客席でも行われていた。
「パーシヴァル様最高…。」とうっとりと呟くライラを横目にシリルが楽しそうな表情になっている。
「何か気になることありました?」とミシェーラが聞くとーーーシリルはこくりと頷いた。
「赤頭ーーーデニスって言ったっけ。いっつも絡んできてうざいやつだとしか思ってなかったけどあんなにやるんだね。正直ノーマークだった。」
十四歳であれは将来が楽しみだと手放しで称賛するシリルを見てーーーミシェーラも笑顔になった。
その笑顔を少し視界に入れてしまったらしいシリルが真っ赤になっていた。
「デニスは十八歳で騎士団長になるって頑張ってるんですよ。」
ミシェーラの言葉に、シリルは真っ赤な顔のままで頷いた。
「ーーーその目標は妥当かもね。少なくともあの身体強化と剣術は口先だけで身につくものじゃなかったよ。」
シリルはそこでふと真顔になり、ミシェーラは首を傾げた。
シリルはグレイトブリテンの現状を見て、内心で「今グレイトブリテンと戦争になるとまずいかもしれない」などと考えていたので、流石に口にはできなかったのである。
無言で首を振ったシリルを見てミシェーラは不思議そうな顔のままだった。
ーーー例外はいるとはいえ…二十歳以下の質があまりにも良すぎる。本当に作戦実行するのか?
パーシヴァル、ジョーハンナ、デニス、それにミシェーラ。卒業生ではジョシュアを筆頭にダスティン、アツム、ジェイク、リサーーー世代に一人いれば当たりともいえる才能を持った魔法使いがあまりにも多いとシリルは感じていた。
去年の卒業試験を偵察に来たときに、舌を巻いたのだ。
ブリテンの若い世代にここまで実力者が揃っているのは…正直予想の範疇を超えていた。
シリルの脳裏に浮かんだのは当然「黒竜の加護」という言葉だ。
ジョシュアの後に生まれた魔法使いの質が非常に良いのではないかというのがシリルの読みだった。
実際、外交で会うようなブリテンの魔法使いは正直パッとしないと感じていたし、女王をはじめとするプロイセンの大多数が同意見だったのだ。
ーーー今生まれてる子供の魔力は下がってるって聞いたけど…黒竜の儀に関係する世代に力を集めたわけか。
「黒竜は赤竜さまと違って策士だな。」
突如そんな呟きをしたシリル。
逆サイドに座っていたマサルと談笑していたミシェーラは「今何か言いましたか?」と首を傾げていたが、なんでもないというようにシリルは手を振って答えた。
ーーーますます、作戦を成功させて黒竜の儀のタイミングをずらさせないと。
プロイセンより先にグレイトブリテンに代替わりされては困るのだ。だからこそシリルがわざわざ潜入している。
シリルが感じているなんとなくの違和感で作戦を中止できる段階では既にない。
竜の代替わりの直後は加護が最大になるというのが大方の見方だった。
敬愛する女王の治世の間に「最強の魔法大国」の名を隣国に明け渡すなどシリルは耐えられなかった。
選択肢などない。
たとえ、それが友人らを裏切る行為であっても。
最近何が正しいのか、何が間違いなのかわからなくなっていても。
主席魔法士になった時からシリルは私情を捨てると決めている。
だからーーー目の前でフェルに向かってデレデレと笑っているライラを見て、ちくりと心が痛んだのには気がつかないふりをした。




