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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
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4の五 卒業するもの送るもの

二月十五日。

小雪のちらつく中で、四年生と仮卒の学生総勢七二名、加えて補助員に指名された学生や応援に駆けつけた学生も含めほぼ全校生徒が試験場の入り口の森に集まっていた。


中央に整列しているのが卒業試験に臨む生徒たちだろう。

学園指定の黒いマントと戦闘用の衣装に身を包みずらりと並ぶ学生たちの前に学園長であるイアハートが現れる。


挨拶は簡潔だった。


「卒業試験では二年前に三名の生徒が亡くなっている。ーーー助けは入らない。学校を卒業するとはそういうことだ。…健闘を祈る。」


イアハートは現役の黒竜団の団長だ。

国内外問わず数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろう彼の言葉には重みがあった。本当に「死」があり得るのだと生徒たちは悟った。

試験に向け浮き足立っていた学生たちの雰囲気がピリりとしまる。


イアハートが壇上から降りると、すぐにアルフの「では五分後に試験を開始する!」という声が響いた。


ライラたちが作戦会議のために集まっていると、「なんで杖持ちがいるんだ?」「色なしが紛れ込んでるぞ?」ーーー聞こえてくるのは耳障りな噂話。


デニスは鬱陶しそうに眉を潜め周囲を威嚇しているが、ライラがそんなデニスを宥めていた。

ライラの顔は涼しいままだ。ライラは滅多怒ることはない。

フェルは少し前に嫌そうな表情で「久々だねこの感じ」とコメントしていた。事情があって今はこの場にいないが。


仮卒の生徒たちはライラを初めて見たものも多い。

下級生であることを示す黄色や赤色のスカーフは「上級生を補助できるほどに優秀な生徒」というのが暗黙の了解だ。色なしでここにいるライラが特殊なのである。


アツムはそんな周囲の反応を見ておかしそうに笑った。

「この後のライラちゃんたちの活躍を見た後の奴らの顔をぜひ見たいね」と悪い顔で笑っている。

フェルは一時的にこの場を離れていた。クルミに作戦の最終確認をしに行ったらしい。なんでもーーー


「あいつ弱いから加減苦手なんだよね。ーーー魔石を消したらノーカンだってもう一回釘刺しとこ。」


ライラの奥の手であるクルミはフェル・ライラチームとは別行動で上位魔獣を狩ってくれるらしい。

「フェルが命令するんならしょうがないなあ。」ーーーと憎まれ口を叩きつつも、嬉しそうに尻尾を振ってライラを和ませてくれた。


クルミは攻撃に特化した魔獣ではなくどちらかといえば幻術が得意なのだが、「もやもや状態なら移動速度と探査総力はそこそこ高いから役に立つ。」というのがフェルの意見だ。見つけるのが早いため倒すのが遅くてもチャラらしい。


「お前が三体、ボクが七体。ーーーこれでいいよね?」


クルミは「魔石だけ残せっていうのが逆に大変だ」と文句を言いつつも了承してくれた。


フェルが戻ってきたタイミングで、ちょうどアルフから試験開始の合図があった。

一斉に卒業生たちが森へと走っていく。

その中で金色に光ってふわりと舞い上がったライラを見て何人かが驚きで足をもつれさせていた。


ーーーそういえば浮遊魔法はやめろって言われていたような…。


ライラは若干失敗したなと思ったが、どうせ自分の卒業試験の時には出し惜しみはできない。バレるのが少し早まっただけだと諦めることにした。


ライラとフェルは魔獣たちに「強い子みた?」などと聞きつつ上位個体を探して回った。フェルだけであれば転移魔法が使えるためあっという間に探し終わるのだろうが、今回はライラがいる。


「森の中では絶対にライラと離れない」ーーーこれがフェルの主張だった。ライラも魔獣に襲われればひとたまりもないとわかっているため反対はしなかった。


ライラたちは幸運にもワードウルフの群れを発見し、開始四時間ほどでノルマの七体を達成した。

そこで未だに魔獣と戦っているらしいクルミの元へと浮遊魔法で向かい、無事十個の魔石を獲得した。


実は頭上からドローンのような魔道具が試験の様子を中継していた。

観戦に来ていた在校生や保護者たちは、ライラたちのあまりに早い討伐時間にざわついていたのだがライラはそれを知る余地もない。


クルミに至ってはもやもやが薄すぎて魔道具に映らず、フェルがかなり遠隔攻撃できるのでは?と疑われ、中継会場をざわつかせていた。


ライラは事務局に魔石を十個提出し、クリアの証のブレスレットをもらった。

そして浮遊魔法でアツムたちの元へと運んでもらう道中でばったりとダスティンとジョーハンナに出くわした。

二人の手には五つずつの上位魔獣のものと思われる魔石が握られている。


ーーージョーハンナ様も五体倒されたのか!強いなあ。


ライラは内心で感心しつつも礼を示すために空中で胸を叩いて挨拶をする。

試験中でも律儀なライラに二人は少し呆れていた。


「ジョーハンナの遭遇運より早く討伐を終えるとは…やはりライラックの使役獣は格が違うな。」


ダスティンがこんなことを呟いていたのだが、ライラはすぐにフェルに運ばれて行ってしまったので聞いていなかった。


ライラがアツムたちと合流したのは開始五時間経とうかというタイミングだった。


「おかえりー!早すぎてまだ魔法陣完成してないよ。」


あははと笑いつつもアツムは粘土を整形する手を止めない。

デニスは未だに図面と格闘していた。ライラの姿を見て「お疲れ」と笑顔になった後、すぐさまペンを動かし始めた。


手持ち無沙汰になったライラは地面に三角座りしながらーーーアツムにダスティンたちとあったことを報告した。


「うっわあ。思ったより時間稼げてねえな…さすがジョーハンナ様。次々に上位魔獣に偶然遭遇したんだろうな。」


アツムは「やっぱり一位は無理か。」と苦笑いしていた。


建築魔法の完成時間はダスティンやジェイクのチームのメンバーの先輩たちには及ばないらしい。


「あの人たち建築魔法に人生かけちゃってるような人だから。」ーーーというのがアツムの意見だ。ジェイクとリサのコンビはそこまで火力がないので上位魔獣と邪竜の討伐に手こずると予想しているらしい。


「建築魔法の完成時間で俺たちがリードしてれば多分勝てる!」


アツムは事前にライラたちにそう漏らしていた。


試験場の森に一位の通過者の放送が流れたのは開始十時間が経過したときだった。


「一位、ダスティン!」ーーーアルフの声だ。特に驚いた様子もない。


アルフに続き、イアハートから期待通りに一番早く試験をクリアして見せたダスティンへの称賛のコメントが述べられる。試験中のライラたちの耳にもその音声はしっかりと届けられている。


やっと建築魔法が完成しようかというタイミングでの知らせに「はやすぎだろ!」とアツムは笑っていた。

デニスも「さすがはダスティン先輩!」と嬉しそうである。


「よーし、模型も魔法陣も完成したぞ。ーーーじゃあいくよ!…建築魔法が完成したらすぐに邪竜が飛んでくる手筈になってる。邪竜と戦うのが夜になるのは嫌だろうけど、夜明けまでは待てないからごめんな。」


アツムは夕焼けに照らされながらデニスとライラに謝罪の言葉を述べた。

ライラは「気にしないでください」と首を振っている。目線は地面に描かれた魔法陣に固定されたままだ。

デニスは「図面ちゃんと弾けてよかったあ」と胸に手を当てている。戦いよりもよほど心配だったらしい。


「足止めは任せてください。適度に赤と青の矢を飛ばして軌道を制限します。」


デニスの言葉にフェルもうなずく。


「じゃあボクは竜が直線で飛び始めたタイミングで魔力バーっと出して壁みたいなの貼っちゃおうか。…竜が止まるのが一番いいよね?」


アツムは力強いデニスとフェルの言葉に頷きながら笑った。


「俺、剣に魔力貯めるのにちょっとラグあるんだよねー。フェル、ボクが合図してからやってもらってもいい?」


「りょーかい。」


このやりとりの間、ライラはといえば真剣な顔で空中に書いた魔法陣が正しいかどうかを杖で指しながら確認していた。

巨大な青の魔力の球をアツムと同じ方向に放出する。

この試験でのライラの役目はこれだけだ。


ライラは内心で「わたし役立たずじゃない?」とひっそり落ち込んでいたりするのだが、アツムからしてみればライラの魔力量が想定よりもだいぶ多く、自分の魔力をほぼ建築魔法に使わずにすんだため大変助かっていた。


「じゃあいくよー。3、2、1、どーん!」


アツムの緩い掛け声で建築魔法が起動した。

ライラは自分の中の青の魔素がごそっと無くなり魔力の玉が飛んで行ったことに安堵の表情を浮かべていた。

そしてすぐに「わああ、すっごい!」と歓声を上げている。


アツムが作ったのはライラが見たことのない形の城だった。

というかアツムが「城を作っちゃうぞー」と事前に言っていなければ教会などと勘違いした可能性もある。


「ふふふーん、今の俺の最高傑作。姫路城二階建てバージョン!」


アツムは鼻歌など歌いながら、拡大の魔法陣に一人で魔力を注ぎ続けていた。

余裕そうに見えるが、全く無駄のない魔力操作に後輩二人は思わず見入ってしまう。


「アツムさんってふざけて見えるけどめちゃくちゃ凄い人だよな。」


みるみる巨大化していく城を見ながらデニスが呟き、ライラも笑ってそれに同意した。

フェルも「相変わらず器用に魔法使うねえ」と感心している。

アツムによって拡大された模型は「建物」として二十メータほどの大きさになった。


「白くて綺麗だね。」

「異国感あるな。アツムさんの出身国の建物か?」


呑気に会話する二人の耳にーーー遠くから竜の咆哮らしき声が聞こえてくる。

ライラはここでフェルによって「危ないから中ね!」と場内へと移動させられた。

コロンと転がった後で慌てて階段を上り窓らしき穴の開いた場所に駆け寄る。


外ではすでに戦闘が始まっていた。

時折飛んでくる魔法の残渣のようなものに「うお!?」などという悲鳴をあげつつライラはハラハラと外の様子を伺っている。


アツムは「まずはブレスを吐くまで様子見。」と事前に語っていた。


「卒業した先輩情報ではブレスがあまりにも強力なんで逃げた方が無難だって。しかもブレスの後は攻撃の手が弱まるらしいから、そこで畳みかけよう!」


ーーージョシュア様は何も考えずに突っ込んだろうなあ。


ライラは邪竜の魔法の球を避けている面々を見つつ、攻撃を全て無効化しながら真顔で邪竜を一刀両断しているジョシュアの姿が頭に浮かびクスリと笑った。


その時が来たのは邪竜が来てから一時間ほどすぎた時だった。


ブワ。


魔力の濃度が一瞬で高まる。

身体強化を使ってデニスとアツムが建物内に転がり込んだ瞬間、一面が真っ黒な魔素で覆われた。

ライラは「ひえええ」と情けない声を上げてしまった。

夜だから視認しずらかったが、周囲がより暗くなった気がした。

デニスとアツムが一階で「危なかったな」と顔を見合わせているとーーー外からフェルの少し苛立ったような声が聞こえてきた。


「アツムー!早くやっちゃってよ。ボクお腹すいたよ。」


そう言いつつ邪竜の放った黒の魔力をホコリでも払うようにどこかへと飛ばしたフェル。

当然彼は避難もしていなかった。「これくらいの魔力濃度でボクをどうこうできると思われても困る」と後で語っていたとか。


「休ませてくれないってかあ。ーーーデニス行くよー。」


アツムはクスクスと笑いつつ外へと走り出て行った。

デニスは「うす!」と元気の良い返事をしている。


魔力温存のために逃げてばかりいた先ほどまでと異なり大胆な攻撃が飛び始める。


「グギャア!」


デニスの火の矢にかすった邪竜が鳴き声を上げて、魔力のない方へと飛び立った。

フェルがアツムの方を見る。アツムも頷いた。


フェルが一際激しく発光しーーー宣言通り、「ブワーッと」魔力を放出した。


「ほら、お膳立てしてあげたよー。」


フェルはそう言いつつ邪竜の飛ぶ先に突如魔力の壁を出現させた。


邪竜は勢いを殺しきれなかったようで魔力の壁に激突。「ギャッ」と呻き声を上げている。


「みんなありがとー!」


邪竜が体制を崩した一瞬の隙を見逃すアツムではない。

眩いほどの青の魔力を込めた剣を振りかぶると、邪竜に視線を固定したまま地面を蹴り上げた。

次の瞬間には邪竜に肉薄している。


ライラは偽物だという邪竜が目を見開いた気がした。


アツムの「はあああ!」という声が響きーーースパーンと邪竜の首が落ちた。


スッと邪竜が消えーーー中からは「二番」と書いた一枚の魔法紙が出てきた。


「アツム=サクライチーム。討伐成功!…二番手はなんと一年生二人を含んだアツムチームだああ!」


興奮気味のアルフの声が聞こえーーーライラは建物の中で一人歓声を上げた。

ほっとしたような顔で地面にストンと降り立ったアツムにデニスが駆け寄っていく。

フェルはすぐにライラを迎えに行っていた。

ライラがアツムの元へと近寄よっていくと、アツムは「ライラちゃーん、最高だったよー!」といつも通りのノリで迎えてくれた。


「なんか元気そうですね?」というライラの問いにアツムは「戦場でへたり込むほどの攻撃出すような状況になったらまず死ぬよ?」と返され何も言えなかった。


アツムは後輩二人をねぎらった後で落ちてきた紙を拾い上げて何やら難しい顔をしていた。

ライラがアツムの手元を覗き込むとーーー「二番」と書かれた紙の裏側に建築魔法への評価と評論が書かれていた。


ついていた評価は最高ランクのA評価。

ライラは何が不満なんだろうと首を傾げていたが…同じく紙を覗き込んでいたデニスが呆れたような声を出している。


「まさかやっぱり三階建てにするべきだったかとかまだ悔やんでるんですか?」


デニスの指摘にアツムは鎮痛な面持ちで頷いた。


「だってこの批評見てよ。姫路城の美しさがぜんっぜん伝わってる気がしない。…ライラちゃんまだ余力ありそうだったもんなあ。失敗したかなあ。」


うーんと考え始めたアツムを見て、デニスが笑い出した。


「試験終わってもめちゃくちゃ余裕だなこの人。」


「え、何デニス?俺がかっこいいって?」


「いや、言ってないっす」と真顔になったデニスにアツムが抱きつきにいく。

「やめろ!ニュートに抱きつかれたくねえ!」と逃げるデニスを見て、ライラは冷静に思った。


ーーーほぼ一日中魔法使いっぱなしだったのにこいつら元気すぎでは?


三日後に行われた表彰式で、人生初のトロフィをもらったライラは思わずパーシヴァルに写真を撮って送ったりするのだった。


ーーーお前にしては頑張ったんじゃない?


ライラが寮の共有スペースでパーシヴァルから帰ってきた返信画面を見て、うへへへへとにやけているところを目撃したミシェーラが呆れたように笑っていた。


試験が終われば残すは卒業のみ。

卒業式までは二週間の猶予期間がある。


怪我を負った生徒は治療に専念するのだ。


就職活動をする生徒は一気に忙しくなるのだが…アツムは高等部への進学がすでに決まっている。

毎日暇そうにライラを呼びつけてはIGOの相手をさせていた。

そのぶん三、四年生の予習に付き合ってくれたり、過去問を渡してくれたりといい先輩でもあるのだが。


デニスとミシェーラは実家に呼び出されたと言って帰省して行った。

卒業式の日は戻ってくるらしい。


「アツムさんは帰省しないんですか?」


ライラがノータイムで盤上に石を置く。IGOには決まった戦略のようなものがあり、ライラは前世の記憶でそれらを使い分けていた。


「俺の実家遠すぎて、金かかりすぎるんだよねえ。…高等部卒業して就職先決まったら顔出そうかなあ…ほれ、新手。」


パチリと置かれた着手が予想外だったのかライラの手が止まる。

すぐに「まあ適当でいっか」と言わんばかりに次の手を打っていたが。


アツムはライラの手を見て呆れた顔になった。


「ライラちゃんーーーもうちょっと序盤研究したら?これじゃめちゃくちゃ俺有利なんだけど。」


「そこまでゲームに頑張れません」とライラは返しつつ、アツムの実家についてさらに問いかける。


「外国なんですよね?魔法飛行船でどのくらい?」


ライラの疑問にアツムは「三日、片道三十万ポン」と笑いながら応えた。


パチリパチリと二人の石を置く音が響く。


ライラはしばらく盤面を見ていたが…「すごく遠いですね。」と思い出したように感想を言った。


「話振っといて興味なさすぎない?」とアツムは笑っている。

再び沈黙が落ちーーーライラがポツリと言った。


「あえなくなるの寂しいなあ。」


迷子になった子供のような声だった。

アツムは驚いたように目を見開いてーーークシャリと銀色の頭を撫でた。


「いつでも魔力通信送っておいで。」


ライラはアツムの言葉に顔を上げーーーふにゃりと笑った。

初めてライラの目に魔素が流れるのを見たアツムは驚いたように目を見開き…ニヤリと笑った。


「デニスにライラちゃんに口説かれたって自慢しとこ。」





三月一日。

卒業生を祝福するように、空は澄んだ青が広がっていた。

季節は少しずつ春へと向かっている。漂う魔素にも赤が混じり始めた。


「はじまりのホール」と呼ばれる真っ白な煉瓦造りの建物がアメリアイアハート魔法学園の正門前に現れていた。

イアハートが卒業式の時のみ出すこの建物。

ライラと一緒に行動していたアツムは「これ、ル=コルビュジュの弟子の遺作!!楽しみにしてたんだよ!」と朝から大興奮していた。

大きさは普通の住宅ほどだろうか。卒業生しか中には入れないのだそうだ。

建物との記念写真を取っていたのはおそらくアツムだけであろう。


ひとしきりアツムとはしゃいだ後で、号泣するファンに囲まれたアツムを置いてライラはふらふらと歩き出し…予想外にも知らない大人たちに囲まれていた。


びっくりして固まっているライラに、代わる代わる皆が名刺を渡していく。

実はライラの使役術師としての実力が卒業試験を通して魔法界に知れ渡ることになったのである。

魔獣と意思疎通が図れて上位魔獣と契約できる使役術師というのは非常に貴重なのだ。


「エゲート殿下は非常にお目が高い…わたしの家でぜひ専属契約を結びたかったものです。」


口々にそう言いながら、諦めきれないのか「王宮勤務が嫌になったらぜひ」と名刺を残していくのだ。


ーーーわたし、パーシヴァル様の評判あげるのに役に立ってる!?


ライラが見知らぬ大人に囲まれ、とてつもなくご機嫌なところへデニスがやってきて不思議そうな顔をしていた。


「ーーーなんか助けない方がいい?」


ライラは少し考えていたが、黙って手を広げデニスに抱え上げられた。浮遊魔法はなるべく使いたくないのだ。

唖然とする大人たちを置いてデニスはその場からさっさと歩き去った。


「あれ、ブライヤーズの?」

「最年少騎士団長候補って言われてる?」


などとざわめく声が聞こえるが当然デニスは振り返らない。

ぎゅうと抱きしめるデニスの力がいつもより少し強くて、ライラは首を傾げた。


「なんか怒ってる?」


ライラの疑問にデニスは「怒ってはない」と首をふった。


「アツムさんとずっと仲良く遊んでたんだって?ーーーライラが寂しくなかったのは嬉しいけどさ、いっつもホリデーの間は俺じゃない誰かがお前のそばで過ごしてる。」


「なるほどやきもちね。」とライラが呟き、デニスが応えることなく口をへの字に曲げた。


ライラはふっと笑いーーーデニスはハッとさせられる。

ライラの声が切なさを含んでいて…ひどく大人びていたから。


「デニス、家族と過ごす時間は大切にしてほしい。ーーーいてくれるのが当たり前だと思っちゃダメだよ。ブライヤーズ家は戦闘職なんだから特にね。」


デニスはグッと黙り込む。

ライラには叶わなかった当たり前の幸せがデニスにはあるのだ。

しかし、デニスも言い分があった。


「ーーー家族よりもライラの方が先に消えちゃうんじゃねえかって心配になる。」


デニスはじっと赤い瞳をライラに向ける。

ライラはデニスに抱えられたままだ。

鼻と鼻がぶつかりそうな距離で二人の視線が交差する。


ライラは降参とでもいうように両手をあげた。


「否定はできない。ーーー肯定もしないけど。」


デニスは自分の予測がーーー外れて欲しかった予測が当たっていたのだとわかった。

泣きそうな顔になりーーー憎らしいほど穏やかな表情を浮かべているライラを睨みつける。


「お前がいなくなったら俺狂うと思うんだけど。」


デニスは人影の無くなった場所まで来ると、ライラを抱え込んだまま座り込んだ。

ライラの薄い肩にコツンと額をぶつけた。


ライラは首筋にあたるデニスの赤髪がくすぐったいのかクスクスと笑いながら、「いなくなるつもりはないよ?なんとなくどうにかなるんじゃないかなって思ってるし。」などといつも通りの調子でのほほんと応えた。


そろりとデニスの頭が動く。

戯れるように鼻先を首に埋めてきたデニス。

流れ込む魔力にライラがブルリと震える。

そして「あれ、ちょっとぐるぐる減った?」と首を傾げた。


「魔力のコントロールでだいぶマシになるって聞いた。」


デニスはそんなことを言いつつグリグリと鼻先をライラの首筋に押し付けている。

甘えるような仕草。

ーーーライラは魔力が入ってくる気持ち悪さに震えつつも、「はあ」とため息をつくだけで許した。

ライラにも理解できたからだ。

十三歳で身近な人を失うかもしれないというのはとんでもない恐怖に違いないと。


ーーーわたしはどこかおかしいんだろうなあ。怖いとも思わないし…どうにかなるって心の底から思ってる。


ライラが抵抗しないのをいいことにデニスが調子に乗ってきた。

カプリと甘噛み。

ライラは柔い痛みを感じ、直後、ずるりとデニスの魔力が流れ込んでくるのを感じた。


「ファッ!?」


がくりとライラから力が抜ける。

「おい…。」ライラが非難の意味を多分に含んだ視線をデニスに送る。


しばし睨み合う二人。

「仕方ないな」と言わんばかりの不満げな顔でデニスが顔を上げた。ライラが「こっちがその顔になりたいよ」と呆れている。


「デニスやりやがったな。力、はいらないーーーフェル、赤の魔法陣。出して。」


フェルは「もっと前に止めなよ」と呆れながらも慣れた様子で空間魔法の鞄を漁っている。

しかしライラは本当はデニスに微塵も怒ってなどいないのだろう。フェルの言葉に笑うばかりだ。


「デニスにはあげられるもの全部あげようって思ってるからね。」


ライラのこの発言に…デニスの顔は火をつけたように赤くなった。


「あ、王族が最優先だよ?それ以外ならいかにでも…。」


ーーなどと続けたライラは「もう黙れ、お願いだから」とデニスに手袋をはめた手で口を塞がれていた。


デニスはしばらく無言だったが…やがてライラの口を解放し恨めしげに金色の瞳を見た。


「お前、わかってて言ってるだろ。」


ライラはおかしそうに笑う。


「デニスの株はどんどん上がるからね。引き留めとかないと。」


クスクスと心底おかしそうに自分の腕の中で笑うライラを見てーーーデニスは「ハアアア」と特大のため息を吐いていた。


「ああ、閉じ込めてえ。」


ライラはそんな呟きを拾って「お、ヤンデレか?監禁は犯罪だぞ?」などとからかっている。


デニスは最高に愛しくて最高に憎い銀の頭にグルグリと拳を押し付けつつーーーもう一人の友人を助けに行くかと立ち上がった。

いくら愛想のいい彼女でも、そろそろ取り巻きから逃げ出したくなる頃かと思ったのだ。


ミシェーラを探す途中でたくさんのフィメルをはべらしている緑色の頭がチラリと視界に入り…デニスをヤキモキさせた張本人であるニュートには心の中で舌を出しておく。


[デニスー!ライラちゃんのこと気に入っちゃった♪卒業後は一緒にライラちゃんの下で働こうね!]


頭脳、器用さーーーそういった自分にないものを持っているアツムが送ってきたこのテキストを見てデニスは魔力通信を放り投げそうになった。

実家の廊下で頭を抱えていたところを上の兄が通りかかり「お前ついに頭おかしくなったか?」などと不審がっていた。

蹴りを繰り出した足はひょいと避けられた。


ーーーアツムはこのデニスの反応も含めて「面白そう」だと思っているのだが…デニスは真っ直ぐな性格なため、ひねくれたアツムの考えをいまいち掴み切れていないのだった。

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