4の四 パートナー争奪戦
卒業試験の準備に並行してーーー学園内ではもう一つの戦いが行われていた。
卒業式後におこなれるダンスパーティーのパートナー争奪戦である。
ーーーとはいえ、パートナーは何もフィメルとマスキラの組み合わせである必要はない。多くの生徒にとっては仲の良い友人同士で単純にダンスを踊って楽しく騒ぐイベントだ。
しかし、やはり理想のカップルというものは学生たちの憧れだった。
当然人気の集まる生徒も存在しーーーその筆頭と言われているミシェーラはあえて自由登校となっている学園に顔を出していなかった。
結果として「ミシェーラちゃん登校予定日」というのが魔力通信で共有されるという事態が発生していた。
親衛隊員たちでは対応しきれなかったのだ。あまりにも情報が拡散されすぎた。
そしてその登校日である今日ーーー黒薔薇団の打ち合わせのために校門をくぐろうとしたミシェーラは彼女にしては珍しいほどにわかりやすく嫌そうな顔をした。
「ーーー聞いてはいたけど、みんな暇なのかしら。」
はあ、とため息をつき憂い顔になったミシェーラ。
ライラたちは「建築魔法の練習」のために現地で集合することになっていたので不在だった。
クーガンも苦笑いしている。
親衛隊たちも…自分らもパートナーの申し込みをする気なのだろう。
普段は彼女を守る側だが今日は囲む方に回っていた。
ーーーこれは遅刻ね。
なぜか統率が取れた様子で一列に並び始めた生徒たちに応対するべくミシェーラは仕方なくプレートを降りた。
クーガンはミシェーラのアイコンタクトを受けて黒薔薇団へと連絡を入れている。
「み、ミシェーラ=ビリンガムさん。わたしは入学式で君を見た時からずっと憧れてて…ダメ元できました!パートナーになってください!」
「俺は初等部の時から親衛隊入ってます!同じ時期に在学できるなんて嬉しくて…」
「ずっと好きでしたああ!」
ーーーミシェーラは全ての生徒…三十名近くいた。全員と対話して申し出を断った。
卒業候補生の半数近くが来ていることになる。他にもリサやジョーハンナなど人気がある生徒はいるのだが…人当たりがよく、(ダスティンから申し出は受けているものの)はっきりとしたパートナーがいないミシェーラに人気が集中してしまっていた。
「お前がいくなら俺もいく!」となった生徒が多かったのだ。卒業するから記念にと考えている生徒も多い。便乗勢などと呼ばれる生徒だ。
その証拠として断られてもなぜか嬉しそうな顔になって去ってくものが大半である。
ミシェーラはなんとか笑顔で全員を捌き切りーーー小一時間遅れて指定された四年生の教室へと到着した。
「人気者は大変だねえ」とニヤニヤするデニスをスパーンと叩いておく。
ミシェーラは開いていた席へと座りーーー教壇に立っていたダスティンと目があったため胸に手を当てることで謝罪の意を示しておいた。
会議の内容は次年度への引き継ぎだった。
数回に分けて行うもので、今回は役職だけ決めようと集められていた。
そして黒板に書かれた役割を見て、ミシェーラは吹き出した。
ミシェーラはちょうど隣でうなだれているライラの方を向く。
「ライラ、なんで雑用係?」
ライラはノロノロと顔を上げーーー「今日もミシェーラはかわいいね」とふにゃりと笑った。
会話が成立していないがいつものことである。
話し続けているダスティンに気を遣いながらーーーライラの前に座っていたデニスがこっそりとメモを回してくれた。
[ダスティン先輩とアツムさんの嫌がらせ]
ミシェーラはメモを読んで呆れ顔になった。
ダスティンは基本誰にでも優しいのだがライラにだけは風当たりが強い。
それにアツムが悪ノリしたのだろう。
ーーーまあ、パーシヴァル様が代表ならライラを甘やかしまくるでしょうけど。雑用なんてほとんどやらせないんじゃないかしら。
代表はパーシヴァルになっている。副代表はレイモンドだそうだ。二人ともこの場にはいないがーーーミシェーラはパーシヴァルがダスティンと同じように代表となり、生徒のために問題解決に奔走する姿は想像できないなと思った。
他に、部活動発表会はデニス。最強位決定戦はビバリー、ミーティアウィークはジェイクの弟のジョージが担当者となっていた。全てのイベントに関する広報係がジョーハンナらしい。
ミシェーラは彼女のセンスに憧れているクチなので今からイベントのチラシや飾り付けが楽しみになった。
ミシェーラは役職についていなかった。事前にダスティンに頼んでおいたのだが本当に免除にしてもらえたようだ。
来年度は黒竜の儀の活動がますます活発化しそうなので内心ミシェーラはほっとしていた。
それにしても一年生にメンバーが固まりすぎている。三年生に至っては一人もメンバーがいない。
学年によって当たりと外れがあるなどと言われてしまうのはこういうところからきているのだろう。
ミシェーラがボーッと黒板を見ているとダスティンの話が終わった。
要約すれば来年のプロイセンからの留学生の対応についてダスティンは危惧しているらしい。卒業後の学園のことまで気にしているあたり真面目だなと思う。
解散となった会議。結果的にミシェーラが登校してやっていたことといえば、申し出を断っていた時間の方が長くなる結果になってしまった。
ライラとデニスとともに退出しようとしたミシェーラを、呼び止める声がある。
ミシェーラはピクリと止まりーーー少し緊張を乗せた面持ちで振り返った。
そそくさと他の生徒が退出していく。
ジョーハンナは「余裕のないマスキラは嫌われるわよ」と呆れ顔でダスティンを見ていた。
教室で二人きりになったダスティンとミシェーラ。
「とりあえず座ろうか」とダスティンが言ったため、向かい合って座った二人。
口を開いたのはダスティンだ。
「ーーーミシェーラがわたしの名前の入った黒薔薇のピンを刺さないから『断ったんじゃないか?』という噂が流れている…今日の騒ぎもそのせいだろう。なんでピンを刺してくれないんだ?」
迷惑だったか?と尋ねるダスティンの顔は悲しげで、ミシェーラは慌てて首を振る。
ミシェーラは夏明けに渡されたピンをいつ胸元へと戻せばいいのかわからなくなってしまっていただけだった。
というのも普通は年明けからパートナーの申し込みが始まるのだ。
ダスティンが盛大にフライングしただけなのである。
ミシェーラがためらいがちにそのことを伝えるとーーーわかりやすくダスティンはほっとした顔になった。
「嫌がられていたわけではなかったのか」と無邪気に笑うダスティン。
ミシェーラはダスティンがーーー筋肉も含めてタイプど真ん中だ。
スーッと不自然に視線をダスティンから外すミシェーラ。
口元は何かを堪えるかのようにひくついている。
そんな反応…つまり見るものが見れば珍しく年相応に恥じらっているとわかるミシェーラを見てクーガンが後ろでニコニコと笑っていた。
「じゃあ今刺してくれ。ーーーミシェーラのことだ、迷っていたなら持ち歩いているだろう?」
ダスティンに促されーーーミシェーラはクーガンへと向き直った。
クーガンがとても良い笑顔でダスティンの名前が入ったピンを差し出す。
「俺がつけてもいいか?」
ダスティンはそう言ってミシェーラから薔薇のピンを受け取ると丁寧な仕草でサークルストーンのすぐとなり、彼女のマントの左胸の位置につけた。
ミシェーラの胸に輝くピンを見てニコニコと笑うダスティンとは対照的にーーーミシェーラの表情には少し陰りがあった。
ダスティンはそれに気がついたのだろう。ミシェーラと視線を合わせるように椅子を立って屈んだ。
彼女の手をとってーーー赤い瞳を覗き込む。
「ミシェーラは何が不安なんだ?ーーー俺のことは嫌いじゃないだろう。」
断定するように言ってニヤリと笑ったダスティン。
ミシェーラは「自分で言わないでください」と呆れ顔になった。
否定されなかったことが嬉しかったのかダスティンの笑みが深まる。
しばし沈黙が落ちーーーダスティンに見つめられたミシェーラが観念したように言った。
「わたしは恋とかわからなくて…お役目で精一杯で。だから、人気者のダスティン様を独り占めしていいのかなって。」
ミシェーラの言葉に、ダスティンは首を傾げた。
そして「いいに決まってるだろう」と言った。
なおも言い募ろうとしたミシェーラの口に人差し指を当てる。
「俺は欲しいものは我慢しないって決めてるんだ。…たとえミシェーラであろうと俺の希望に口は出させないぞ。」
ダスティンはそう言ってニヤッと笑った。ミシェーラはダスティンの手を退けさせーーーわざと拗ねたような顔を作る。
ダスティンの一人称が「俺」になると気を許されているような気がして、速くなってしまった鼓動が悟られなければいいと内心願いながら言葉を紡ぐ。
「ーーーずいぶん自己中心的な言い分ですね。」
ミシェーラのトゲのある言い方にもダスティンはおかしそうに片眉をあげただけだった。
「いい子ちゃんなマスキラなんてつまんないだろ?ちょっとくらい強引じゃないと。ーーー俺の欲しいものは人気だから周りへの牽制にもなるし。」
その日の夕方、ミシェーラのSNSのアカウントにダスティンとのツーショットが上がってものすごい勢いで拡散されることになる。
「片手抱っこしてもらえるの夢だったの!ーーーやっぱダスティン様いい筋肉してるわ。」
寮の部屋の共有スペース。
ミシェーラの運び入れたふかふかソファの上、ライラの膝の上ではしゃぎながら学園のアイドルは今日のやりとりを嬉しそうに語る。
ライラも負けずにニコニコとしている。ミシェーラが嬉しそうなのが嬉しいらしい。
そしてひとしきり自慢を終えたミシェーラが、「そういえば」と切り出した。
「ジョーハンナ様のパートナーってアツムさんらしいよ。」
「…。!!???」
翌日、ライラは開口一番アツムに「ジョーハンナ様とパートナーって本当ですか!?」と詰め寄った。
アツムは楽しそうにライラを抱き上げて高い高いしていた。
「軽すぎてウケるー。」などと笑っている。
あまりにいつも通りなアツム。
ライラの問いには「そーだよ?ピンまだ渡していないんだけどなんで知ってるの?」と楽しそうに言った。
ーーーあのジョーハンナ様のパートナーの座を射止めておいて全く自慢げじゃないとか…これがイケメンの余裕か!
ライラがスンという表情になったのを見てアツムは声を上げて笑った。
遅れてやってきたデニスも、ライラからアツムのパートナーの話を聞いて衝撃を受けていた。
「もう決めてるとは言ってたけど…まさかアツムさんだったんすか。」
「付き合ってるんですか?」とデニスはライラが聞きたくても聞けなかったことをあっさりと聞いた。
ライラが内心ドキドキしながらアツムの方をみるが「いいや付き合ってないよ?」とアツムは全く表情を変えることなく言った。
「ジョーハンナ様がパーティ出たいって言ってたから『じゃあ俺と出ます?』って誘ってみたんだよね。『ーーー及第点。』って言ってオッケーもらった。お互い見目のいいパートナーの方がいいよねってことで交渉成立したみたいな?」
ーーーか、軽いな!
「ファンの子から選ぶと角が立ちそうだったからラッキー」と笑うアツムは他のマスキラから刺されればいいとライラは思った。
自分もデニスという不動のパートナーがいることをすっかり棚にあげた逆恨みである。
デニスは苦笑いしつつもーーー「アツムさんって恋愛とかに興味なさそうっすね」と発言し、アツムに蹴られていた。
「その通りだけど後輩に言われると腹立つわ。ーーーまあ、ぶっちゃけ新しい知識仕入れて試してみる方が楽しいかなあ。」
「俺、学問と結婚したい」ーーーなどと真顔で言うアツムは根っからの研究者肌なのだろう。ライラは平凡な人間として「人気があるのにもったいないな」と感じてしまうが…まあ、その辺は本人の価値観なので他人が口を出すことではない。
微妙な顔になったライラをアツムがチョップした。器用にも肌が触れない位置を選んでいる。
「痛いです」とライラが抗議するも「ライラちゃんにだけは俺のことをどうこう言われたくない」と渋い顔をされた。
「何も言ってませんけど!?」
「顔が言ってたね。こいつおこちゃまだなって。」
ライラはーーー当たらずも遠からずなことを考えていたためグッと黙り込んだ。
デニスは確かにと苦笑いしている。
「ライラは学園中から『なんでニュートなんだ?』って言われてますもんね。」
ーーー何それ!?初耳なんだけど?
あんぐりと口を開けるライラをおいて、デニスとアツムが頷き合っている。
「デニスのアプローチを全スルーしてミシェーラちゃんに抱きつかれても動じることなくにこにこしてて…あのシャーマナイト様の側近になったのにまだニュートだ!…ってね。」
ライラは知らなかったのだが、ジョシュアはその美貌から「三日同じ空間で過ごすとニュートがフィメルになる」とまで言われているらしい。
「シャーマナイト様が在籍した間やたらとフィメルが多かったらしいぞ?」
デニスが真剣な顔で言うので少し笑ってしまったライラだった。
しかしーーー
「デニスはかっこいいなあって思いますし、ミシェーラもかわいいなあって思いますし、ジョシュア様もパーシヴァル様も綺麗すぎてすごいなあって感じですけど…自分とどうこうなるって想像が全くできないんですよねえ。」
デニスはライラからの「かっこいいと思っている」という想定外の流れ弾に撃沈していた。
表情を隠すためかそっと顔を両手で覆った後に蹲み込んでいる。
そんなデニスの様子に気付いているのだろうが、アツムはライラの方を見たまま「なんとなくわかる」とうなずいている。
そしてうずくまっているデニスに「そういえばさ」とアツムが何か思い出したように言った。
「プレートの申請そろそろ出せば通るんじゃない?ーーー毎朝申し込みの上級生巻いてくるの大変でしょ?」
ライラは一瞬なんのことかわからず首を傾げた。
そんなライラにおかしそうな顔でアツムが説明してくれた。
「デニスって時間とかきっちり守るタイプなのに毎朝ギリギリかちょっと遅れてくるじゃない?おかしいなと思って調べたら上級生の子と追いかけっこしてるんだって。面白いよね!」
ライラは「ああなるほど」とうなずいた。
デニスも最強位決定戦で黄色い歓声を浴びていたうちの一人だ。
「人気があるのも大変だねえ。」
などと言ったライラの頬を、顔をあげたデニスがグイッと引き伸ばしていた。
腕のリーチの長さにライラが驚いている。届くと思わなかったらしい。
「お前だけには言われたくねえ!お前が全く俺に興味ないから上級生の先輩たちが一向に諦めてくれねえんだよ!」
ライラは「痛い痛い」と涙目になりながら「デニスが王族だったらオッケーしてるよ」という残酷な返答をしている。
ガーンという表情になったデニスをフェルが「ライラに乱暴すんな!」と吹っ飛ばしていた。散々である。
飛んでいったデニスを見ながらアツムがライラに問いかける。
「じゃあライラちゃんはデニスと卒業式のパートナーにならないの?」
しかしライラは「いや、なりますよ。」と応える。
意味がわからないという表情になったアツムにライラはなんでもないことのように言った。
「デニスには本当に感謝しています。ーーー王族が最優先ですが、それ以外の場合はわたしの持ちうる全てをデニスにあげようと思っているくらいには。」
ふふふと笑うライラを見てアツムがニヤリと笑った。
「小悪魔だねえ。」
ライラも笑顔でやり返す。
「今更デニスにいなくなられたら困りますから。…なけなしの魅力全て使って引き留めないと。」
ふふふ、と笑い合っていた二人だがライラが突然ポンと手を打った。
「わたし実はもう一個奥の手がありまして…今回アツムさんのためにこっそり使うので、卒業後も仲良くしてくれませんか?」
ライラの奥の手とは普段隠しているクルミのことだ。
愛玩動物のような見た目のクルミもれっきとした上位魔獣である。魔石集めに使わない手はない。王族との取り決めもあるので、あくまでこっそりとにはなるが。
ライラの申し出にアツムは「打算的なの嫌いじゃないよ」と笑った。
「ーーー半日で魔石集めてきてくれたら将来ライラちゃんの下で働いてあげる。」
アツムの予想以上の「対価」にライラは驚きで目を見張った。
「そこまでしてもらうことじゃありませんけど?」
ライラは訝しげな顔になるが、アツムは笑顔を崩さない。
「ライラちゃんの周りでは面白いことが起きるって確信があるもん。権力者の受けも良さそうだし。ーーーよろしくね!俺なかなか有能だから役に立つよ!」
ライラは納得がいかなそうに首を捻っていたが「まあ先のことだから今は真剣に考えなくていいか」と無理やり自分を納得させたようだった。
ちなみにフェルはこの会話を聞いて「よく言ったぞ!いいぞアツム!」と喜んでいた。フェルはアツムのことがそこそこ気に入っているらしい。浮遊魔法の指導相手に指名していたくらいだ。
そうこうしているうちに戻ってきたデニスにライラが「早めにブローチ作ってよ」と言っているのを聞いてアツムが吹き出した。先ほどの「引き止める」発言。有言実行である。
「なんか最近血迷ったマスキラが数人くるんだよね。ーーーだからさ、虫除けがわりにね?」
「ーーーは?初耳なんだけど。学年と名前教えて。」
「いや、覚えてないよ?」
「思い出すんだ、いますぐに!髪と目の色でもいい!ーーーブローチは実はもうある。帰りにつけるわ。」
「いやもう作ってあんのかよ、気が早すぎだろ!」というアツムのツッコにはデニスに意図的にスルーされた。
どこからか情報を聞きつけたジョーハンナの親衛隊がアツムに向かって手袋を投げつけてくるようになるのはこのやりとりの一週間ほど後である。




