「俺が君にあげられるもの」 ダスティン視点
魔法学園の卒業パーティーは「宮殿」と呼ばれるイアハートのコレクションで行われる。
そのドイツ式だとかいう建物は非常に美しく、荘厳でありーーー王族として王宮で生まれ育ったダスティンから見ても「なるほど、宮殿だな」と納得できる造りだった。
ダスティンはそんな宮殿の前へと魔力プレートをつけ、停留場へと使用人に運ばせているところで…懐かしい声に呼び止められた。
ダスティンは予想外の相手に驚きで目を見開いた。
停留場に使用人を連れて立っていたのはかつての婚約者、ダイアナだった。
彼女はダスティンからの婚約破棄の申し出の後、学園に来ていないと聞いていたのだが…どうやらダスティンと最後に話すべく久々にこの場所へと足を運んだようだった。
「少し話したいのだけど。」
ダイアナの声は緊張を帯びている。
ダスティンはチラリと腕にはまった時計を見た。
ーーーミシェーラはいつも時間ちょうどにしかこない。…十五分くらいならいけるな。
「少しだけなら。」そう言って頷いたダスティンにダイアナはほっとした顔を浮かべた。
二人は人目を避けるべく少し会場から離れた。
人気のない場所で、それぞれの使用人に指示を出してしばらく人を寄せないようにする。
二歩分ほどの距離を開けて向かい合う二人。
ダイアナは美しいフィメルだ。
ダスティンは今でもそう思っている。
じっと黙って立ち、かつての婚約者を見つめているとーーー俯いていたダイアナが顔をあげた。
少し上目遣いに長身のダスティンを見上げてくるダイアナ。
庇護欲をそそる彼女の仕草にダスティンはどこか冷めたものを感じた。
ダスティンは親の決めた婚約者に親愛以上の感情を持ったことがない。
もともとダスティンの母親の親戚がすがってきて、決められた婚約。
対等な約束ではなかったのである。まして本人同士の気持ちも繋がっていない。
それはダイアナもよくわかっていた。
だから、婚約破棄の手続きは驚くほどスムーズに進められたのだ。
ダイアナのアーモンド型の瞳からは悲しみや後悔が読み取れた。
そんな…見ようによっては泣き出しそうとも取れる表情を向けられ、書面で行われたやり取りはダイアナを傷つけたのかもしれないとダスティンは他人事のように思っていた。
「ーーー十五分しかない。あと十分でわたしは戻るぞ。」
ダスティンの冷酷ともいえる宣言にダイアナは怯えた顔になった。
しかし、意を決したように口を開く。
「どうしてミシェーラなのですか?」
凛とした表情を見てーーーダイアナも変わったとダスティンは感じた。
ダスティンは嘘が嫌いだ。
だから、真摯な対応を心がけて…真実をダイアナに伝える。
「初恋だったんだ。ーーーベタだと笑ってくれていい。」
クシャリと表情を崩したダスティンを見て、ダイアナも少し表情を和らげた。
二人の間にあった張り詰めた空気が消え…長い時間を過ごしてきた幼馴染みとしての顔が戻る。
「いつのことですか?」
ダイアナの問いにダスティンは気まずそうに頰をかいた。
「ーーー八歳のとき。」
ダスティンの呟きにダイアナは呆れたような顔になった。
「ミシェーラが五歳の時ってこと。それはまた随分一途ね…。」
ダスティンはダイアナに笑われて気まずくなったのか口を曲げていた。
ダスティンがミシェーラを初めて見たのはミシェーラが五歳の誕生日パーティーの時だ。
すでに「先読みの占い師」として王族と同格の待遇を受けていたミシェーラは、誕生日を王宮で祝われる存在だった。
ダスティンは大人たちに媚びへつらわれながら大きな椅子に座ってニコニコと笑い続ける少女を見て、幼心に「お人形みたいで守ってあげたいな」と思った。
ミシェーラの容姿の良さは美しいものを詰め込んだ王宮の中でも、当時から一線を画していたのだ。
会場中がミシェーラを見ていたとダスティンは記憶している。
そんな中で、幼い少女に向けられるのは好意だけではなかった。
ダスティンはあとから知ったのだが、誕生日パーティーの直前にミシェーラは大事な予知を外していたらしい。
「役立たずだな。」
「伝説ばかり先行してみな騒ぎすぎなんだ。…どうせビリンガム商会の新しい宣伝方法だろ。」
本人に聞かせるつもりがあるとしか思えない距離で囁かれる悪意。
思わずダスティンはミシェーラを見た。
しかし少女は囁き声の大人たちをちらりとも見なかった。自分の前に立つ目の前のマスキラに向かって変わらず笑っていた。
ーーー本当に人形みたいだな。
ダスティンはもう一度そう思った。ダスティンは幼いニュートだったし、ミシェーラの内心など知るよしもなかった。
次にダスティンの記憶に上がるのは出会いから二年後。彼が十歳の時だ。
何かのお祝いの席でーーーミシェーラを取り巻く大人たちの目に浮かぶ色が変わっていることに気がついた。
よく聞いていれば口々にささやかれる話の内容も変わっている。
「古代遺跡の場所がわかったらしいぞ。」
「黒竜さまの守りも強化されたとか。」
「それミシェーラ様…先読みに関係あるのか?」
「でもミシェーラ様のアドバイスがあったって。」
「どうせビリンガム商会のやり口だろ」ーーーそう主張する大人もいたが、圧倒的にミシェーラを称賛する声が増えていたのだ。
大人に囲まれたら埋もれてしまうような小さな子供であるミシェーラを見る目には畏怖の念さえ浮かんでいるようにダスティンには映った。
ミシェーラが「伝説の存在」であると、理解し始めたのだろう。
ようやく人々も黒竜の加護を認識したのだ。
ミシェーラの存在がいかに重要かを。
そんな周囲の変化にもかかわらず、ミシェーラは何一つ変わっていないように思えた。
ニコニコとお人形のように笑っている。
ダスティンは周りの大人の反応を「大袈裟だなあ」と思っていた。
まだダスティンも子供だった。黒の子も役割者でもなかったダスティンは無邪気で明るい普通の子供だった。
「黒竜」だの「先読みの占い師」の重要性などよくわからなかったのだ。
そんなことよりもミシェーラのお人形のような外観の方がよほどダスティンの興味を引いた。
「可愛い子だなあ」と思い胸をときめかせつつもーーー側近を引き連れ、挨拶をしようとミシェーラのそばに歩み寄っていったダスティン。
ちょうどその時、パーティーの途中にもかかわらず、ミシェーラが急にストンと眠りに落ちてしまったのだ。
周囲が慌てる中で、王族として教育を受けていたダスティンはすぐミシェーラの症状を医者に見せるべきだと判断した。
側近に目配せしつつ、野次馬を蹴散らし、ミシェーラの使用人とともに控え室へと運ばれるミシェーラに付き添った。
医者を待っていると、横たえられたミシェーラは意外にもすぐに目を覚ました。
パチリと桃色がかった赤い瞳が開けられーーークシャリとその顔が悔しげに歪められた。
「また忘れた!ーーーわたししか絶対にできないのに…!!」
悔しげに白いシーツを握りしめる少女からダスティンは目が逸らせなくなった。
ーーーダスティンがそこまで語ったところで、時間切れになった。
ダスティンとしてはもう少し話したかったのだが、ダイアナが呆れ顔で「もう十分すぎるほどわからされたわ…。」と話を打ち切ったのだ。
ダイアナはこのまま退学届を出して学園を去るらしい。
彼女が「幻影人形」を倒せなかったことを知っているダスティンは残念には思うものの引き留めはしなかった。
ダイアナは悲しげに笑って「あなたがそんな風にフィメルのことを語るって知らなかったわ」と最後にこぼして去っていった。
ダスティンは何も言わずにダイアナを見送った。
早足で正面玄関へと戻りーーーちょうど滑り込んできたピンクゴールドのプレートにダスティンは思わず笑みをこぼす。王族よりも目立つプレートに乗り、それに違和感を抱かせないのは彼女くらいなものだろう。
ミシェーラとダスティンの間にいた生徒たちが打ち合わせでもしたかのようにはけていく。
皆の視線を集めながら、ダスティンはミシェーラへと早足のまま歩み寄っていった。
待ちきれないと言わんばかりに、エスコートしてきた護衛騎士には目もくれず、真っ白なレースのはめられた手を受け取ったダスティン。
手を握っただけで、ダスティンの心を浮かれさせるのなどミシェーラくらいのものだ。
ダスティンの目には、自分の贈った衣装に身を包んだミシェーラが本物の天使に見えた。
ミシェーラに笑いかけられると、心臓がうるさいほどに反応する。
それがたとえ明らかによそ行き用のものであっても…自分に向けられれば特別なものに見えるのだ。
しかし、ダスティンはせめてものプライドで「普通」を装う。
ミシェーラに少しでもかっこいいと思ってもらいたいから。
すかさず屈んで愛の言葉を囁くのも忘れない。
「今日も綺麗だ。ーーーわたしの送ったドレスはお眼鏡にかなった?」
ダスティンの内心など知らないミシェーラは、いつも通りのダスティンの様子にーーーやや強張っていた表情を、呆れたものへと変えた。
「ダスティン様に贈られればなんでも嬉しいですわ。ーーーって、こっちは『元婚約者襲来』っていう恐ろしい連絡が来てたんですけど。」
少し責めるような色の乗ったミシェーラの瞳を見て、ダスティンはいたずらっぽく笑った。
「やきもち?」
「…からかわないでください。気になるに決まってるじゃないですか。ダイアナさんは、その、知らない仲じゃないですし。」
暗い表情になったミシェーラを見て、ダスティンはしまったなと思った。
「ーーーミシェーラがそんな顔するなら門前払いすればよかった。」
ダスティンお言葉にミシェーラが「ちょっと、そんなこと望んでません!」と周囲に聞こえない程度の叫び声をあげた。
ダスティンはそんなミシェーラを見ておかしそうに笑う。
ーーー君がそう言うってわかってたから話を聞きに行ったんだよ?
ダスティンは王族としては自分が落ちこぼれだと思っている。
しかし、自分に魅力がないとは思っていなかった。
むしろ自身が異性からどう見られるのもわかっていたし、それを利用することも厭わなかった。
詰まるところ、元婚約者などかけらも興味がなかったのである。
主席の卒業が叶い、ミシェーラのパートナーとしてダンスパーティーに出ることのできるダスティンにとって人生最高の日。
正直言ってしまえば「なんで今日出てきたんだよ」という気分だった。
「でもミシェーラはダイアナと話して欲しいかと思って。ーーー違った?」
ダスティンの問いかけにミシェーラがこくんと頷いたのを見てーーーダスティンは安心したように笑った。
ダスティンはミシェーラの腰にそっと手を回して会場内へとエスコートする。
二人が歩く宮殿の中には眩いばかりのシャンデリアが天井には浮かび、入口から会場へと続く通路には真っ赤な絨毯が敷かれていた。
はしゃぐ学生たちの間をダスティンがするすると抜けていく。
入り口の受付で、魔法剣術部の後輩たち(と一部卒業し損ねた同学年の生徒)にダスティンは囲まれた。
その間もしっかりとミシェーラの横は譲らないダスティンに向けられるのは惜しみない祝福と…紛れもない嫉妬だ。
「主席卒業おめでとうございます!ミシェーラちゃんのパートナーになれてよかったっすね!」
「おめでとうございます!ミシェーラちゃんと握手してもいいっすか!」
ワイワイと大柄のマスキラに囲まれ…ミシェーラが萎縮してしまわないかとダスティンは心配していた。
しかし、彼の予想とは裏腹にミシェーラは終始笑顔だった。むしろ喜んでいるようにさえ見えた。
輝かんばかりの笑顔で部員たちの顔ーーーよりは少し下、がっしりとした胸筋や腕の筋肉を見ているミシェーラを見て、少し離れたところで騒ぎを静観していたデニスが「ミシェーラちゃんこんなところでも…」と呆れていた。
ダスティンが散々からかわれ、ようやく解放された時にはすでにパーティー開始直前だった。
会場は白とクリーム色でまとめられている。
右手奥には楽団が、中央にはダンスのためのスペースがある。
左手には美味しそうな料理がビュッフェスタイルで並べられていた。近くには休憩スペースもある。
ダスティンの後ろに続いて会場へと足を踏み入れたミシェーラはパアアと顔を輝かせた。
「わあ!皆様素敵な衣装ですね。素晴らしいですわ。」
主役である卒業生たちはニュートもフィメルもマスキラも…一人残らずドレスやタキシードなどの正装に身を包む。胸に一番お気に入りのサークルストーンをつけるのも忘れてはいけない。
シャンデリアの光をサークルストーンや衣装に縫い付けられた魔石が反射することで、会場中がぼんやりと輝いているようにも見えた。ダスティンははしゃぐミシェーラを優しい眼差しで見ながら、中央のダンススペースへとミシェーラをいざなう。
ひときわ目を引く二人だ。
自然と道が開く。ミシェーラは周りの衣装に目を奪われているようだがーーー揃いの衣装に身を包んだ二人に叶うものはいない。誰もが称賛の目を向けている。
なんとか間に合ったと内心でダスティンはほっと息をつく。
そしてーーーミシェーラの方を見た。渦巻のつむじが目に入る。
始める前に話しておきたいことがあったのだ。
彼女は少しそわそわとしているようだ。この後注目を浴びるであろう出来事に緊張しているのかもしれない。
ーーーミシェーラは外交で大人と対等にやり合っていると聞くが、これくらいの場所で緊張したりするのだな。
「それが自分のせいであればいい」ダスティンがそんなことを思っていると、視線に気がついたミシェーラが不思議そうにダスティンを見上げる。
ざわめく会場の中心で、二人の視線が交わった。
ダスティンが話しておきたかったこと。
「何を話したんですか?」ーーーそう聞きたくても口に出せないのであろうミシェーラのためにダスティンは自ら語ってやることにする。
「ダイアナにはね…ミシェーラを選んだ理由について聞かれたから君の魅力をとうとうと語ってきたよ。」
ダスティンがにやりと笑う。
ミシェーラは信じられないとばかりに目を見開いた。
「冗談だと言ってください…。」
ミシェーラの耳の先がわずかにだか赤くなっているのを見て、ダスティンはクスリと笑った。どうやら照れているらしい。
ーーー二人きりの時にいくら愛を囁いても照れないのに。こんな他の奴らが大勢いるところででそんな反応を見せるなんて…このまま何処かへ連れ去りたいな。
穏やかとは言い難い内心をダスティンはお首にも出さず、ミシェーラに王子らしく、優雅に微笑みかける。
「ミシェーラ、わたしが嘘とお世辞が嫌いなことはよく知ってるだろ。」
ミシェーラが「知ってます」と笑う。
そこでタイミングよくパチリと会場の照明が落とされた。
パーティーの始まりだ。
ダスティンはミシェーラの頭をひとなでするとスッと背筋を伸ばした。
副校長の声でダスティンとアツム、ジェイクの名前が呼ばれる。
スポットライトが三人とそれぞれのパートナーを照らした。破れんばかりの拍手と称賛の声の中、「それではダンスの準備を」ーーーこんな時でも変わらない、神経質そうな声で副校長が三組へと準備を促す。
高等部への入学試験免除の推薦権が得られる上位三名。
彼ら彼女らがファーストダンスを踊るのがアメリアイアハート魔法学園での伝統だった。
ダスティンなどはなんとも思わないが、アツムはらしくもなく緊張した顔になっていた。
ジョーハンナが少し引きつった笑みを浮かべている。口元だけわずかに動いていたのでおそらく「足は踏むなよ」と釘でもさしているに違いない。
〜〜〜〜♪
曲が始まった。
緊張するアツムとは対照的にダスティンは余裕そうに周りを観察しながら、するするとダンスのステップを踏んでいた。
ミシェーラは未だに少し表情が暗いがダンスの動きはスムーズだ。
ミシェーラが動くたびにふわりと衣装の布が流れ、シャラリシャラリと宝飾品が上品な音を奏でる。
流れるようにワルツを踊るミシェーラとダスティンを見て、あまりに絵になる二人にため息をついているものまでいた。
ダスティンは誇らしい気持ちになった。
自分が贈った青みがかったシルクサテンのドレスに身を包んだミシェーラは本当に美しい。
ダスティンは今日勝負に出るつもりなのだ。
勝算は高くないとわかっている。
それでも、公式の場で自分のパートナーを承諾してくれている…今この時ほどのチャンスが今後訪れる保証などない。
ファーストダンスが終わり、他の卒業生たちもダンスに加わる。
一気に賑やかになった会場。
ファーストダンスの役目を終え、ミシェーラの顔から緊張が抜けたあたりで…ダスティンは曲の合間を狙ってミシェーラを端の方へと連れていく。
不思議そうな顔になったミシェーラの前でスッと腰を下ろし膝を立てたダスティン。
二人は人気の少ない位置に移動していたのだがーーー終始目を惹きつけてやまないコンビだ。一挙一動が注目されていると言っても過言ではない。
次のダンスの準備をしていたものまでが動くのをやめ、一瞬で静まり返った会場。
音楽だけが虚しく鳴り響いている。
ファーストダンスの後ですぐに輪から外れていたジョーハンナだけが変わらずグラスを傾けていた。呆れた顔だ。
横にいたアツムは笑い出しそうな表情になっている。
ーーーあいつらは後で締めよう。
ダスティンは密かに決意しーーー完全に表情がなくなり真っ青になっているミシェーラを見上げた。
ーーーあ、これはダメだな。
ダスティンは始める前から結果がわかってしまったが…それでもやろうと思った。
口に出すのが大事なのだ。心は動かせる。
それほど大きくない声量、しかしよく通るダスティンのテノールが会場に響き渡る。
その声に羞恥などはない。ただ優しい色が乗っている。
「君は十歳で側近として認められた。これはすごいことだ。『伝承上の存在』『ビリンガム商会の策略』…いつの間にかそんなことを言う人はいなくなったね。みんなが君を称える。敬う。…でも、悔しそうな顔が忘れられないんだ。」
ここまで一息で口にすると、ダスティンはミシェーラの瞳をじっと見つめた。
赤い瞳にはーーー堪えきれなかったのだろうか。涙が浮かんでいる。
「顔色が悪い日。痩せていく時期…もうやめたい時もあるよね。頑張らなくていいって…言ってあげられなくてごめんね。ーーー高嶺の花。断られるかもって思った。でも、この学園で普通の女の子みたいに笑う君を見て、勇気を出して近寄ってみようって思ったんだ。」
ミシェーラが声にならない声で「だめ」という形に口を動かしたのがわかった。
ダスティンの続く言葉がわかりーーーそれを断らなければいけないと理解できたから。
それでもダスティンは止まらない。
今この瞬間にしか言えない言葉があるのだと彼は知っていたから。
「君のサークルストーンをわたしに贈らせてください。」
会場からは悲鳴とも歓声ともにつかぬ声が上がった。
それもそのはず、サークルストーンを贈ることには大きな大きな意味がある。
自分の魔力を込めた魔石を送る行為は、ブリテンにおいて結婚の申し込みを意味するのだ。
しかし、湧き立つ周囲とは対照的にミシェーラはその瞳から涙を流していた。
彼女はうなずけないのだ。
「ーーーダスティンさま…知っているでしょう。先読みの占い師の立場はあまりに重いの。…ただの王族のあなたじゃ足りないのよ。」
ミシェーラは必死に感情を乗せないように、その言葉を発した。言外に断りの返答だ。
しかし、ダスティンは言葉には出せないミシェーラの本心を感じ取った。
ダスティンだけでなく会場の生徒たちもわかったかもしれない。
ミシェーラの瞳からかこぼれ続ける涙と、自分の言葉に斬りつけられるかのような痛みを伴った表情がしっかりと見えていただろうから。
シンと静まり返った会場。
いつの間にか演奏者たちまでもが二人に見入っている。
痛いほどの沈黙の中ーーーダスティンは予想通りだとでも言うように不敵に笑った。
「でもわたしはミシェーラがどう思ってるのかが大事だと思うんだ。先読みの占い師じゃなくてミシェーラにサークルストーンを送りたいから。」
屁理屈のようなダスティンの言葉に…ミシェーラは涙を拭うこともせず、クスリと笑みをこぼした。
空気が変わった。
二人の間に優しい沈黙が流れる。
「二人で他国に嫁ぐことになるかもしれませんよ?」
ミシェーラの声に色が戻った。
ダスティンの表情もパッと明るいものになる。
「その時はその時だろ。ーーーとりあえずわたしは今が良ければそれでいい。」
ダスティンのあんまりな言い分にーーー今度こそ堪えきれなかったのだろう。ミシェーラが「ばかね」と呟いた後、声を上げて笑った。
会場のマスキラーーーはもちろん全員がミシェーラの笑顔に魅了された。
ダスティンは同じくミシェーラに見惚れながらーーー現状に少し舌打ちしたくもなった。自分以外が見ていい顔じゃないと思ったのだ。
ミシェーラはひとしきり笑った後でーーーいたずらっぽく言った。
「今は黒竜の儀のことしか考えられないの。」
「別にいいよ?でも持っておけよ。王族のサークルストーンは何かと役に立つ。」
そこまで言うとダスティンはスッと立ち上がってミシェーラの使用人を手招きした。胸につけるサークルストーンだ。こうした公の場でダスティンがつけるのはあまりよろしくない。
有無を言わさず渡された青のブローチを見て、ミシェーラは呆れ顔になった。
「ダスティン様…『贈らせてくれ』って言っておいて既に作ってあるって、断らせる気はなからなかったでしょう?」
そんなことを言いつつも、ミシェーラの瞳が喜びに輝いているのを見てダスティンはほっとしていた。
そして…今までの自信に満ちた顔を引っ込め、彼がたまに見せる不安げな、年相応の少年らしい顔になった。
「わたしが君にあげられるのは身分くらい。だってなんでも手に入るだろう?…少しでも、一人で戦い続ける君の役に立ちたい。」
ミシェーラは諦めたように笑った。
そして大切そうに胸に飾られたストーンを握りしめた。
「ありがとうございます。ーーー大切にしますわ。」
この瞬間、会場の生徒たちはまるで打ち合わせでもしたかのように一斉に魔力の花火が打ち上げた。
放出された魔力の量を見たイアハートが呆れ顔で天井を開けている。
「おめでとう!ダスティン!」
「二人の幸せを願っています!」
「ダスティン様、最高にかっこいいです!」
「ミシェーラちゃん、一生応援してる!」
一気に明るくなった会場を見て驚いたように二人は顔を見合わせた。
そしてはにかみながら手をふった。ありがとうと笑って。
ミシェーラは「承諾」したわけではない。
受け取っただけ。
それが彼女にできた精一杯でありーーーダスティンもよくわかっていた。
今は時期ではない。
でも、彼の言葉はミシェーラの心に届いた。
「黒竜の儀が終わるまでは持っていて。」
ダスティンはそういい残して学園を卒業した。
ミシェーラは最後までストーンを返したがっているそぶりを見せたが…受け取られるはずもない。
ダスティンの押しの強さの勝利だった。
この公開告白はアメリアイアハート魔法学園の伝説として語り継がれることとなる。
告白したいマスキラは青緑の宝石をモチーフにした贈り物を、フィメルであればピンク色の宝石を身につけるようになったのだ。
これにて一年生編完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
次話より、ライラはいよいよ三年生になります。
噂の留学生やあのジョシュアも学園に乗り込んで来ます。
黒薔薇団のメンバーになったライラは変わらずのんびりと過ごせるのか…?
物語は佳境へーーー次章も応援よろしくお願いします!




