3の一 「これだからブライヤーズは。」
星形の魔石のライトが中に浮かび、マジックキャンデーの屋台には、多くの人が並んでいる。
国王の挨拶で始まった式典は、夜の八時になった今もまだまだ終わりそうにない。
ライラとフェルは、大量にもらったマジックキャンデーを食べながら一番端のベンチに腰掛けていた。
学園へ戻るプレートが出るのが夜の九時なのだ。
それまでの間、ライラは時間を持て余していた。
ボーッと空を見上げ、時折、幸せそうな家族を見て目を細めるライラ。
フェルはそんなライラをじっと見つめていたがーーーふと思い出したように、その場から消えた。
そして、ライラがフェルがいないことに気がつく前に、戻ってきていた。
頬いっぱいに、きのみを詰めたクルミも一緒にだ。
ライラは突如現れたクルミに目を瞬かせた。
不思議そうな顔のライラ。
フェルは言い訳でもするようにボソボソと喋る。
「ライラ、こいつの見た目が好きって前に言ってたじゃん。ーーー寂しそうな顔してるから、ちょっとでも頭数増やそうかなって。」
フェルのわかりにくい優しさにーーーライラは破顔した。
そして、クルミを手の平に乗せてしげしげと眺め始めた。
クルミはいやそうな顔をしているが、フェルが睨みを聞かせているからだろう。逃げ出したりはしなかった。
そんなライラたちに、近づく二つ影があった。
フェルは一瞬警戒を見せた後ーーーああ、お前らか、と呟いた。
クルミを目の高さにあげていたライラの背後から、わっという声を上げて魔力を弾けさせる一人のマスキラ。
ライラは、ぎゃあ!?と言って飛び上がったがーーーすぐに、魔力を読んだらしい。
不満げな声を上げた。
「ーーー帰って来てるなら教えてくださいよ!レイモンドさん。ーーーそれと、あ、パーシヴァル様!」
呆れたような顔で、レイモンドの後ろから顔を出したのは紫色の瞳をサングラスで隠したパーシヴァルだった。
髪色で王族だとバレないためだろう。頭には深く帽子をかぶっている。
レイモンドを押し除け、パーシヴァルの元へと走り寄ったライラ。
膝を折ろうとして、止めろと蹴られている。
「ーーーばれるだろーが。何のために変装してると思ってんだ。」
「え!?パーシヴァルさまの素晴らしさは布切れ如きじゃ全く隠せていませんよ?」
「ばっか、名前呼ぶんじゃねーよ。ーーーパー様って呼べ、今日だけ。」
「あ、あだ名呼び!?きゃー!」
「騒ぐんじゃねえ!!」
蹴られたり、叩かれたりとなかなかに乱暴な扱いを受けても、それさえも嬉しくてしょうがないと言った様子でだらしない表情をしているライラ。
しかし、ライラは空に流れる魔石を見てハッとした顔になった。
「あれ、魔力の壁、パーシ…パー様がいなくても大丈夫なんですか?」
まさかサボり!?と言ったせいでパーシヴァルに蹴られている。
「俺は昼間の担当。ジョシュアと交代なの。サボりとか人聞き悪いこと言うんじゃねえ。」
レイモンドは言い争う二人を見て、「久しぶりだわこの感じ」と苦笑いしている。
あいさつのためずっと足を折ろうとしていたライラが背筋を伸ばして立ったことでーーー目線がだいぶずれていることに気がついたパーシヴァルが驚いている。
「お前、たけのこ並みに背伸びるな?」
目を見開き、ライラを見上げるパーシヴァルを見て、ライラは「上目遣いかわいいなあ」などと思っている。
知られたらパーシヴァルは確実に不機嫌になりそうなので、口に出すことはしなかったが。
「え?そうですか?ーーーうーん、確かに魔力量も伸びてますし、身長測ってみようかな?」
うーんと首を傾げるライラ。
レイモンドはそんな二人のやりとりを見ていたがーーー周囲に注目されていることに気がつき、パーシヴァルにそっと耳打ちした。
積もる話もありそうな二人に気を利かせたレイモンドの提案により、ライラとフェルはパーシヴァルの離宮へと向かうことになった。ライラは始めーーー
「あの、ものすごく行きたいのですが、明日は授業ですし。バスの時間がーーー」
ーーーと断ろうとしたのだが、何時になってもレイモンドが寮まで送ってくれるというのでありがたくお邪魔することにしたのだ。
サークルストーンが青く光り出して以来、ライラはどこか元気がなかった。
だからフェルは安心した。
パーシヴァルが現れて以来、ライラは非常に楽しそうだ。
自分ではここまでライラを笑顔にできないことに、寂しさを感じはしたが。
居眠りを始めていたクルミを森に返した後で、プレートに乗って離宮へと移動したライラたち。
調度品の少ないパーシヴァルの離宮の中で、思い思いに寛ぎながら話に花を咲かせている。
フェルはパーシヴァルが、自分の師匠にライラを合わせることを快諾したため、空中で喜びの舞を舞っていた。
「これで、爺からのうるせえ連絡が減るかも。」
ーーーといった具合にパーシヴァルはニヤリと笑っていたのだが、この場に彼を注意する大人はいない。
ライラは「パー様!パー様!」と無駄に名前を連呼し、パーシヴァルにうざがられていた。
レイモンドはそんな二人を見て笑っている。
ライラがいる間はレイモンドもゆっくりできるのだ。
パーシヴァルの世話を全てライラに任せ、ぐだーっと机に伸びている。
パーシヴァルはぶつぶつと文句を言いながらも、ライラが持っていたマジックキャンデーをずっと食べている。
好物らしい。
ライラが色なしなので、味がハッカなのもツボにハマったそうだ。
味を調整するため、全ての袋をライラに開けさせている。
「いつも濃い味のキャンデーしか渡されなかったから新鮮でうまい。」
ーーーという、ライラを若干バカにしたような発言をしていたのだが、ライラはパーシヴァルが喜んでくれるならなんでもいい、とうなづいていた。
「青属性の俺が買うといつもブルーベリー味だから飽きたんだって。パーシヴァル様は自分の赤属性のいちご味は好きじゃないとかいうし。ーーーというか、こんなに大量の飴どうしたの?」
レイモンドはパーシヴァルの前に積み上げられた、大量のマジックキャンデーの山を指差し言った。
ライラは、説明してませんでしたっけ?と首を傾げた。
「わたしが一人だって知ったミシェーラとデニスが持たせてくれたんです。ーーーわたしが食欲ないって断ったら、これなら日持ちするだろって。」
あははーと笑うライラに向けて、パーシヴァルが魔力の玉を投げつけた。
ライラはあまりに突然の攻撃に固まっていたが、危なげなくフェルが防いでいる。
何するんですか!?というライラを無視し、眉間のシワを深くしたパーシヴァルが短く問いかける。
「食欲ないってーーーそれだけ身長も魔力量も伸びてるのに、食べれねえの?」
三者の注目を集めたライラはーーースーッとわざとらしく目を逸らした。
モゴモゴと口を動かしているライラの代わりに答えたのはフェルだ。
「ーーー薬の量を増やしてから、ますます食べなくなったよね?前だって食は細かったのに。」
「薬の量を増やした!?ーーーおい、聞いてねえぞ。」
ライラは目を釣り上げたパーシヴァルに捕まった。
説教を受けているがーーー若干ライラは嬉しそうなので、おそらく効果は薄いだろう。
どこまでも、ブレないライラを、レイモンドが呆れたような顔で見ている。
そして、レイモンドはフェルに手招きした。
ふよふよと近寄ってきたフェルに、小声で尋ねる。
「ジョシュア様の魔力荒れ、よく大丈夫だったね?ーーー俺、絶対呼び出されると思って、空間転移の申請進めてたのに、どうにかなったって連絡きてびっくりしたよ。」
フェルはレイモンドに向けて当たり前じゃん、と言い放った。
「そもそも、ボクがいればどうにでもなったよね。ーーーまあ、ライラがジョシュアに会えて嬉しそうだったから言わなかったけど。」
レイモンドは「うわー」とフェルに向け、非難の声を上げたが、フェルはチロチロと舌を出すだけだ。
ーーーそういえば、この魔獣が一番読めないんだったよ。
はあ、とレイモンドがため息をついたところでーーーライラの悲鳴が上がった。
なんだなんだとレイモンドとフェルが近づいていくとーーーライラは薬を没収されそうになっていた。
「パーシヴァル様、薬減らしたら授業についていけなくなりますよぉ。」
泣き真似するライラにも、パーシヴァルは容赦がない。
「十三歳は一日一錠まで。そもそも、なんでジョシュアは了承のサインしてんだ。ーーー悪化してきたら、シャロンのところへ行け。あいつは治癒魔法の第一人者だ。体に負担なく、治療してもらえる。」
パーシヴァルの思わぬ提案に、ライラは泣き真似をやめーーーえ?と間抜けな声を上げた。
「シャロンってーーーあの、図書館棟のオネエのことであってます?」
おう、とパーシヴァルはライラに頷き返しつつーーー横に立っていたレイモンドに指示して、命令状を作らせていた。
「うわー、せっかくの休みなのに人使い荒いわー。」
ーーーなどと文句を言いつつも、ものの数分で戻ってきたレイモンドの手には、一枚の紙が握られていた。
パーシヴァルはレイモンドの作った命令状にサッと目を通した後、魔力で署名をしている。
ほれ、といって差し出された紙は、その数の少なさから国が保護している治癒魔法士に向けたものだった。
「これ出せば、あいつも真面目に治療してくれるから。」
そう言ったパーシヴァルの顔はライラを心配するものでーーーライラは泣きそうになってしまった。
ふにゃりと下手くそに笑ったライラをパーシヴァルが小突く。
それが全く痛くなくてーーー今度こそライラは泣いてしまった。
ライラが帰った後、パーシヴァルはレイモンドに髪を乾かしてもらいながらーーー難しい顔をしていた。
レイモンドはそんなパーシヴァルを見てーーー少し面白くなさそうな顔をした。
一瞬で隠されたレイモンドの表情をーーーパーシヴァルはバッチリと見ていたらしい。
ニヤリと悪い顔で笑った。
「ヨユーねえなあ?俺がライラのことを考えてると嫌なの?」
レイモンドは黙ったままバツの悪そうな顔をした。
パーシヴァルはそんなレイモンドを見て笑みを深める。
最近のパーシヴァルは、「契約の魔術師」であることを公言し、その有能さを隠すことがなくなったせいか、多方面から口説かれまくっていた。
スタージュエリーだって、部屋に箱が入りきらないほど届いた。
去年なんて両手で数えるほどしかなかったのに、だ。
レイモンドはそんな周囲の変化に苛立っているのだ。
以前よりも余裕のなくなった側近を見てーーーパーシヴァルは毎日、非常に楽しそうにしている。
「もっと大きいサークルストーンが欲しいならやるけど?」
なあレイモンド?と妖艶に笑ったパーシヴァル。
レイモンドは一瞬だけその表情に見惚れーーーすぐに真っ赤になって、うずくまってしまった。
「ーーーこんの、小悪魔王子。顔が良すぎるんだよ、色気をしまえ色気を!」
「それ悪口になってなくねえ?」
けらけらと笑うパーシヴァルにレイモンドはきっと一生勝てない。
でも、レイモンドは一向に背の伸びないパーシヴァルを見て、安心しているのだ。
以前、何度か聞かれたため、レイモンドが小さいフィメルが好きなのを、パーシヴァルはよく知っている。
「ふうん」
と自分で話題を振っておきながら、パーシヴァルはつまらなそうに聞いていたがーーーそれ以降、パーシヴァルの背は1センチも伸びていない。
ーーー二人きりの時に、こんな顔で笑いかけられたら…勘違いしても、誰も責められねえよ。
「ーーーいつから落とされたんだろ。」
レイモンドのつぶやきに、パーシヴァルは愉快そうに笑うのだった。
◯
式典翌日の学園。
ライラが教室に入るなり、デニスが駆け寄ってきた。
ライラが式典の夜を一人で過ごしたと思っている彼は、昨日はずっとそのことが気がかりだったそうだ。
フェルに、「パーシヴァルといたからそれは大丈夫ー!」と言われて、拍子抜けしていたが。
「なら元気って…いう風には見えねえな。顔色悪くねえ?次の授業、ライラ免除じゃん。なんで家で寝てないわけ?」
薬を取り上げられたからです!ーーーと言えないライラは、ふらふらと自分の席の方へと歩いていく。
帰ればいいのに、と呆れ顔をしながらも右手を取って先導するデニスにーーーライラはついに足を止め、もたれかかった。
「ーーーデニス、その無駄にある筋肉を使って私を運ぶのだ。」
デニスは一瞬驚いた顔をしたがーーーすぐに呆れ顔に変わり、文句を言いつつも本人の希望通り、ライラを横抱きにした。
一旦は席に座らせーーー今日の担当だったフレイザーが出て行った後で、再びライラを抱え上げた。
ホームルームの後は移動教室だったが、ぐったりと身を任せるライラをデニスは危なげなく運んでいく。
ミシェーラがいる前で、ライラは弱った姿を見せないようにしているのか、格好をつけたがりのライラがデニスをわかりやすく頼ってきた。
そのことにデニスはにやけそうになったがーーーすぐに、寄せられた頬の熱さに眉を潜めた。
周りの生徒が二人を指差して、何事かとどよめいている。
デニスにからかいの声をかけてくるものもいるが、「今はちょっとパスな」ーーーと軽くあしらっていた。
ちなみに、フェルの浮遊魔法は、普段は使用しないことになっている。
フェル自身が浮いているのであまり意味はないかもしれないが。
フェルが自分以外に浮遊魔法をかけると、金色に発光するため、目立ちすぎるということになったのだ。
腕の中で若干苦しそうにしているライラを見て、デニスはため息をついた。
ライラは、出席する必要がないデニスが免除にならなかった授業にも出席しているのだ。
彼も父親に掛け合ったため、いくつかは試験だけで良いと言われていたが、さすがにライラたちほどの免除科目は認められなかった。
そんなデニスに付き合って、ライラも授業に出ていた。
今までは楽しそうに見えていたから放っておいたのだがーーーこんなに弱っている日は休めと言いたくなる。
帰れと言ったが、フェルが昼間に医者に行くと断言していたので、デニスは渋々ライラを運んでいる。
ーーーフレイザーに言われたこと気にしてるんだろうな。自分は成績優秀じゃないから、できるだけ授業に出なきゃとか思ってんだろ?
二、三年生合同の専門科目の教室に着くと、デニスは一番後ろの長椅子を確保し、ライラを膝枕してやった。
抵抗するかと思ったのだが、すんなり寝かされる様子に、デニスはますます心配になった。普段のライラだったら絶対に拒否するだろう。
「こんなに、細くて、体も強くないのに頑張りすぎんなよ。ーーーはあ、俺の体力、ライラに分けてやれないかな。」
ライラは最近痩せたようにデニスは思う。
夕食を食べずに寝るとよくフェルがこぼしているので、そのせいだろうか。
デニスはそんな独り言をこぼしながら、ライラの額に張り付く銀髪を払ってやっていた。
後ろにいる二人と一匹をチラチラ見る生徒はいても、話しかけるものはいない。
教室にいる二、三年生たちは、はじめは突然現れたデニスとライラの二人を遠巻きにしたり、わざと聞こえるように悪口を言ってきたりした。
それに対して、二人が無反応だったためーーーある生徒が、ライラのカバンをわざと投げ飛ばしたことがあった。
次の授業の日、ライラは笑顔のデニスの迫力に負け、この授業を欠席した。
免除になっている科目なので、欠席自体は問題ない。
デニスの静かな怒りを感じて、一体何するつもりだこいつ、と若干不安にはなったが。
ライラの欠席している授業で、三年生たちは、思い知ることなる。
怒らせてはいけない人物がいる、という事実を。
まず、デニスは教室に入るなり、前回ライラのカバンを投げ飛ばした生徒たちが前方に固まっているのを確認しーーー彼らの集まっていた長机にガンッと音を立て、かかとから蹴りを落とした。
その衝撃で割れた机を見て、周りにいた生徒たちは恐怖から後ずさっていた。
しかし、ライラに危害を加えた生徒はニヤニヤするばかりである。
「あらー、小さな騎士くんじゃない。いつものお姫様は学校これなくなちゃったの?俺たちがいじめすぎちゃった?」
周りの生徒がアハハと笑ったがーーー次の瞬間、デニスから発せられた魔力の圧で喋れなくなった。
彼らは、マグマの中に放り込まれたかのような…熱くてたまらないのに、恐怖で足がすくむという奇妙な体験をしていた。
「お、おい、こいつやべーよ。お前だろ!やれって言い出したやつ。」
ガーン!
こそこそと責任をなすりつけ合い始めた生徒たちを、再びデニスが黙らせた。
机を粉砕することによって。
木製の机の裏には鉄のポールが伝っているのだが、見事に真っ二つになっている。
身体強化の賜物なのだがーーー今まで、まともに喧嘩もしたことがない生徒からすると、初めて強者に向けられた殺気に、黙り込む以外のことができなくなっていた。
冷や汗が止まらない。
今すぐ走って逃げ出したい。
そんな思いになっている三年生たちを、デニスは温度のない瞳で見回した。
「あのさ、ライラに危害を加えるんじゃねえよ。文句があんなら俺に言え。こうやって、正面から相手してやるからーーー他の奴らもだぞ、陰口言ってんのはわかってんだからな。」
デニスの声に合わせて、魔力の威圧の範囲が広がった。
どこかおかしそうに傍観していた生徒たちの顔にも緊張が走る。
わかってしまったのだ。
わからされたというべきかもしれない。
自分たちとの格の違いを。
魔法は基本が才能だ。努力の部分もあるが、はっきりと生まれた時から優劣が決まっている。
デニスは天才だった。魔力量的にも兄弟の中では一番だった。
そして何より、人を従わせるカリスマ性のようなものが彼にはあった。
騎士団長であるデニスの父親はそれを見越して彼を騎士団長に据えたいと考えるようになっていたのだ。
そんな持って生まれた才能に、兄たちの特訓とマスキラ化も合わさり、今では一年生にして、並の生徒では太刀打ちできないような実力になっている。
もちろん、三年生には、デニスと同等以上の実力を持つものもいた。
しかし、そんな生徒はデニスの守っているものに手を出すような愚かな真似はしなかった。
デニスが入ってきた途端、教室から出て行った生徒がいたのはそのせいだ。
バカな同級生に巻き込まれるのはごめんだったのだろう。
赤魔法は情熱の魔法。
怒りで威力は倍増するーーー魔法使いの中では常識だ。
真っ赤な頭に真紅の瞳。
赤の魔法使いとして理想の姿で存在するデニスを怒らせるのは、バカの所業だった。
「ライラのカバンを投げたお前、それを見て声を上げて笑ったお前ら。顔と名前は覚えた、騎士団への就職は諦めろ。」
騎士団はグレイトブリテン王国での、軍事のトップだ。
騎士団への就職を諦める、それは魔法使いの戦闘職としての将来を断たれたにも等しい。
一人の生徒が、真っ青な顔色になりながらもデニスに言い返す。
「お、お前なんかに俺らの将来に口出す権限なんてないだろ!父親が騎士団長だからって、お前はただの一生徒だ!」
デニスは、そう言ったニュートの生徒を見下ろして、はっと笑った。
「そうだよ、今の俺には何の権限もない。ーーーでも、俺は騎士団長になる。父様には十八でなるって言ってある。ーーー私怨だろうと何だろうと言われたって構わない。ライラに手を出すやつは、俺が許さねえ。」
デニスはそういうと、周りの生徒を見回した。
びくっと震えたのは、騎士団への就職を希望している生徒だろうか。
十三になったばかりのデニスを笑うことができたものはいなかった。
彼の言葉には不思議な説得力があったのだ。
ーーーああ、デニスは間違いなく将来騎士団のトップに立つだろう。
この場にいる全員がそう思った。
そして、ライラに手を出してはいけないことを察し、すでにデニスに目をつけられた彼らに同情した。
その後、デニスが机から足を下ろすと、なぜかミシェーラが数人の使用人をつれて現れ、さっさと机を修復して去っていった。
「加減しすぎじゃない?デニス?」
「やっぱ?殴ってやろうかと思ったんだけど、父様に禁止されてるからな。」
その後、笑っているようで全く笑っていないミシェーラに睨まれ、三年生の教室は再び凍りつくことになる。
何事もなかったかのように回復された教室に入ってきた教師は、やけに静かな生徒たちを見て首を傾げたという。
そんなことがあってから、あの場にいた生徒だけでなく、全学年に、デニス=ブライヤーズは怒らせるな、というのが共通認識になった。
逆に面白がって、デニスに喧嘩を売りにくるものもいてーーーデニスは、ライラやミシェーラがいなければ、そういう生徒とも仲良く遊んでいた。
上級生との戦闘で、彼の実力は日々ますます成長しているのでデニスにとっても悪いことではなかった。
授業に出るだけで伸びているライラからすると、授業にも出て課題も余裕でこなし、上級生の喧嘩も買えるデニスは違う意味で化け物だったが。
「うう、デニス、あと何分?」
ライラがうっすらと目を開けた。
その目にはーーー若干眠いのだろうか、涙の膜が張っている。
「あと、二分。ーーーほら、そろそろ起きれるか?」
うううと唸りながら手を伸ばすライラをしょうがないななどと言いながら、引っ張り起こすデニス。
その赤い瞳の甘さにーーー近くに座っていた生徒は苦笑いしている。
当のライラは唸るばかりで、全くデニスの方を見ていないのだが。
ーーー怒った時とのギャップがありすぎるだろ!!
内心のツッコミは、デニスに届くことはない。
実はクルミは魔獣界のアイドル的存在です。