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誰も残らない --ノーワン・バット --  作者: なつ
第一章 西崎順也の場合
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  2

 屋敷に着き、最初のホールに集まった。吹き抜けになっていて、小さな公会堂並みの広さがある。前方には暖炉と、その上には壁画が飾られている。あれは、ボッティチェリの春だ。有名すぎて、当然贋作であろうが。だが、この絵画のテーマはどう考えても愛であり、春らしさはない。それは彼が日本人だから一層そう思うのかもしれない。右に描かれた西風のゼフュロスと言われても、春らしさは感じられない。中央のヴィーナスや、愛欲、純血、愛にエロス。およそ愛に関するモチーフだらけだ。そのような絵画をここに飾るとは、よく分かっているじゃないか、と彼はほくそ笑む。

 暖炉の左右から階段が上に伸びていて、中空にホールを囲むように廊下が伸びている。この部屋にも、玄関を除いて四つの扉が見えていて、どうやら二階も同じ作りのようだ。それぞれが何の部屋なのか分からないが、充分な数の部屋がある。彼からすれば、部屋は二つあれば充分なのだが……いや、一人あまるから三つか。

「すいません、誰か、いませんかー?」

 スーツの男は、屋敷に入るときと同じように大きな声を出した。しかしやはり返事はない。当然だ。この屋敷に主がいないことなど明らかなことだ。考えるまでもない。

「おかしいですね、返事がないようです。約束の時間通りに到着したのですから、出迎えがあってもおかしくないというのに、何かあったのでしょうか?」

 しかし誰も答えない。答えてやる義理もない。男は肩をすくめてみせた。

「まあ、待っていても仕方がありません。部屋は、あとで確認するとしても、これでは話がやりにくくて、困りますね、簡単に自己紹介でもしましょうか」

「はぁ?」

「ああ、そんな反応しないでください。必要ないかもしれないですが、せめて名前くらいは決めておかないと。わたしは紺野健二といいます。紺野でも、何でも、好きに呼んでください」

「それじゃあ、紺野さん、どうして俺が自分の名前を明かさなければならないんだ、必要ないじゃないか。それに、それが本名かどうかも分からない」

「ええ、だから決めてしまいましょう、と言っているのです。便宜上でも構いません」

「わ、わたしは、広田、葵です」

 年上の女が突然名乗った。どうやら、この女は紺野の容姿にやられてしまったようだ。面白いものだ。だが、名前を知っておくというのは、後々役に立つかもしれない。

「それじゃあ、俺は西崎順也だ」

「僕は、アデルバード翼、ア、アメリカと日本のハーフ、なんだな」

 遠くから、丸くつぶれた声が聞こえた。いや、明らかにハーフの顔つきではない。が、誰もそこに突っ込まない。相手にする必要もないということだ。

「あたいは、はぐれ」

 小さな声で少女が言った。はぐれ? それは名前なのか?

「みなさん、ありがとうございます。広田さん、西崎さん、翼さん、はぐれさんですね。覚えました。主人の庵野さんの姿が見えないようですので、これから探しに行きたいと思うのですが、西崎さん、ご一緒できますか?」

「俺?」

「はい、他の方は少し休んでいてください」

「なんで俺なんだよ」

「わたしよりも体力がありそうですから。疲れていますか?」

「まあ、いいけどよ」

 ちらとはぐれの姿を見ると、すでに荷物を置きその場に座り込んでいる。広田ってのが、すぐ隣で立っているが、あれはそもそも疲れていた。少しはなれたところに、ボンと立っている翼は、まあ、問題外だ。それにあれが残ったとしても、はぐれに対しては何の影響力もないだろう。どうも先ほどから紺野にイニシアティブを握られているというのも、彼としては面白くない。もっとも紺野は頭のほうがよろしくないようだが。

 紺野が、玄関から近い位置にある左のドアへ進んだので、彼は荷物を置くとそれに従った。ドアに手を掛けると、手前側にスムーズに開いた。

 その先はまた広い部屋だ。中央に大きなテーブルがあり、きれいな白いシーツがかかっている。そして、すでに料理がその上に準備されていた。

「へぇ、これは驚きだ」

「そうですね。すぐに食事にしたいところですが、庵野さんを探すことを優先させましょう」

「てかよ、お前、庵野なんて、存在すると思ってるのかよ」

 ピタと紺野の動きが止まる。部屋を見渡し、それからゆっくりと振り返る。

「あれがいないことに対するみんなの反応を見る限り、最初からいないと知ってる人間が多いと思うね」

「どういう意味ですか、西崎さん」

「この招待状を貰った時点で、この可能性はすでに考えてあった、ということだよ」

「えっと、よく分からないのですが」

「おめでたい話だ。それにこのテーブルをよく見てみなよ、ご丁寧に席順まで指定されているぜ。しかもさっき名乗ったような名前が。椅子を数えてみろよ」

 テーブルの誕生日席に一つ、それから左右に二つずつ。最初から五つしか椅子は用意されていない。

「ちょっと待ってください。わたしには、意味が分かりません」

「たく、それくらい自分で考えやがれ。ここは要するにダイニングだな。右に部屋が続いているみたいだ。俺はそっちを見てくる、どうせキッチンだろうけど」

 まだ戸惑っているようだ。どうやら紺野という男は見かけだましのようだ。これなら、この連中の中で支配者になることはたやすい。

 案の定、隣の部屋はキッチンだった。料理を作っていたかのような痕跡があるが、誰もいない。この部屋を右に出ると、また最初のホールに繋がっている。他に扉は見当たらないので、左側はこの二つの部屋で終了のようだ。

 ホールに戻り、それから反対の扉へと移動する。途中、ホールの様子を伺うが、静かなものだ。女同士で、時折何かを話しているようだが会話までは聞こえない。翼はすでにぐてっと座り、頭をもたげている。

 反対の部屋は広いリビングだ。先ほどのキッチンとダイニングを足したくらいの広さがあり、玄関のホールよりも一回り大きい。中央にはソファーがあり、四方にある棚には、難しそうな本や、あるいはワインのような飲み物に食器類も多く置かれている。

「ここで待ってもらうほうが、休まるんじゃないか?」

「いや、しかし、主人の、許可を得ないと」

「まだんなこと言ってやがるのかよ、無知な男だな」

 いつの間にかただ後ろから付いてきているだけの紺野を無視するように、再びホールに戻ると、次は階段を上って二階に移動した。残る部屋は四つなのだが、ここに厄介な問題が発生した。

 すべての部屋の作りは同じものだ。寝台があり、それぞれにバスとトイレがついている。高級なホテルのようなものだ。鍵もついていて、内側からもロックできるようだ。ここが宿泊場所となるのだろうが、明らかに部屋が一つ足りない。しかも、入り口の扉にはダイニングのテーブルと同じようにプレートがついていて、そこに名前が書かれていた。

 西側の南に「広田葵」、西側の北が「はぐれ」、東側の南が「アデルバート翼」、そして北に「紺野健二」。

「俺の部屋がないじゃないか」

「失念したんですかね」

「まさか。ダイニングのテーブルには俺の名前もあったぜ」

「そ、そうですね」

「だとすれば、話は簡単だ。どこかの部屋に泊めてもらうしかないってことだな」

 なかなかな計らいじゃないか。プレートの大きさはすべて同じなのだから、「はぐれ」と書かれているプレートには空白がたくさんある。そこに自分の名前を書き加えてしまえば、いいだけのことだ。

「と、とにかく、一度ホールに戻りましょう」

「そうだな」



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