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12/12

12 俺はまたドアを開けた

 ぱん、と一つの柏手が鳴った。


「嫌に騒々しいと思うたが、何事かかのう御子守の巫女よ」


 上方から男の声が言う。

 首元に近い肩には鞘がある。

 寸でのところで停まっているところを見ると、俺はどうやらこの声に助けられたらしい。


 見上げる先には二階から降りてくる人影は三つあった。

 袴姿の爺さんに、黒いスーツに身を包む女性。そして、登城先輩であった。


「いえ、何事でもありません」


 静かに言って、御子守京華は日本刀を腰へ納め、一礼を送る。

 頭を下げる姿を見せる相手は俺でなく、威厳漂う爺様へだった。


「孫からは聞いておる。そこの者が件の者なのであろう。孫の浅はかな行いのお陰で、そちの手を煩わせてしまっているようじゃのう。あいやすまぬな」


宗司そうし様が詫びる事ではありません。元はと言えば、私が賊に無様にも遅れを取ったのが原因。それ故、御役目の代行を引き受けてくれたユイ姉には感謝はあれど、責める事などどこにありましょうか」


「はっはっはっ。いやいや誠すまぬな。そちを貶めようとは思うておらなんだが、儂が言えば御子守としてはそう答えざるをえぬものよのう」


 俺にはよくわからんやり取りであるが、どうやらこの爺様の登場で風向きが追い風になったようだ。

 御子守京華を後にして階段を目指すも、後ろからの制止はない。

 一段また一段と足を運ぶ最中、周りは俺を見守るように静かだった。

 淡々と二階のフロアへ上がろうとしていると、登城先輩と目が合う。

 歩みを止めることなくそこへ寄れば、『三階へ』と言葉が漏れた。

 先輩とはいろいろ話したいことがあった。あったはずだったが、もうそれがなんだったのか考える余地がない。

 今はただ、俺は桜子に会わなくちゃいけない。その想いでいっぱいだ。

 口髭を撫でる爺様の前、会釈して通過する。

 その側で付き人のようにして佇む女性の前も。

 そして。


「なるほどのう、興味深い……」


 そんな言葉が三階へ行く俺の後ろで聞こえた気がした。








 三階フロアには幾らかの部屋があった。

 しかし迷うこともない。

 一つだけ、バタンと扉を閉める音を立てたものがあったからだ。


「様子はうかがってた……てことか」


 どこ辺りからとか思って、気恥ずかしくなるようなことを叫んだ気がするから思考停止。

 俺は行き着いたところにある濃い茶色の扉をノックする。


「おーい、桜子、俺だよ俺」


 返事がない。もう一度、こんこんと扉を叩いてみるも、反応なし。

 お前、箱入り少女だから留守ができない体質だろ―が、居留守意味ねーての。

 俺は……傍から見られたら誤解を受けそうだが、黄土色の真鍮ドアノブの下部に、いかにも鍵穴ですよ、と言わんばかりの物を発見したので、そこから中をのぞき見ようと試みた。


「……見えないな」


 映画や漫画のようには、いかなかった。


「なんでなのだ。なんで、スバルが私のお家にいる」


「ふおっ」


 扉の向こうから聞こえた突然の声に驚き、たちどころに背筋が伸びた。


「なんでって言われてもさ……」


 頬をぽりぽり掻いて、言葉を濁す。

 問われると、答え難い。


「京に怒られるぞ」


 返答をこまねいていた俺に、桜子のくぐもった声は言う。


「京……京華……さんね。ああーと、もう怒られる後つーか、殴られた後つーか……」


「そうなのか……」


「まあ、そういうことだ」


 そう言ってからしばしの沈黙。


「な、なあ、ここ開けてくんねーのかよ……」


 反応がない。そして、返事もない。どうやらただの扉のよう――、


「だっ、俺は扉とにらめっこする為にここに来たんじゃねんだかんな。俺は」


 ノブを回して扉を引いてみたら、手前にす、と動く。

 てっきり鍵が掛かっているものばかり――いやそれより、これって無理やり押し入るような感じじゃないのか。

 頭ではそう思ったが、腕はそのまま扉を押し引いていた。


 この光景を目に映すのは、何度目だろうか。

 水色のアンティーク調のクローゼット。その奥にはフカフカ感満載のソファがあり、そこにはちょこんとクマのぬいぐるみが居座っている。

 言うまでもなく、そこには、丈が長い若葉色のワンピースに身を包む、箱入り少女こと桜子の姿もあった。

 桜子は、羽織っている編み目が大きいカーディガンの、襟よりやや下辺りを両手でしっかり握りしめ、俺をじっと見据えてくる……。

 お前いつもじっと見てくるよな。

 今更だが、俺が会いに来たことを、こいつはどう思ってるんだ? と気になった。

 ほんと今更だったから、


「なんかお前、変な顔してんな」


 こんなことを言ってしまった。

 俺の素直な感想は、桜子の唇をきゅっと結ばせてしまう。

 喜怒哀楽を一度に表現したいのか、向けられていた顔には、いろんな表情が混在しており、それは総じて、”変”が妥当だと思ったんだからしょうがない。


「あうう」


 綺麗な顔を台無しにして唸る桜子。その後、俯き、だんまりになってしまった。

 あのさ……そんなにヘコまれたら、困るだろうがっ。

 自責の念に駆られ、なんとかしなくちゃいかんな、と焦り、脳みそをフル回転させた。

 俺、桜子になんか言わないといけなかったことあったよなっ。

 俺、結構な覚悟でここまで来たような気がすんだけどなっ。

 ああ、こんちきしょう。


「あのさ……こういう時は、元気してたか? とか声をかけてやるのが、セオリーなんだろうな」


 俺のことだ。きっと気の利いた台詞を言えてないだろう。

 そればかりか、空気を読み違えた寒いものだったのかも知れない。

 果たして正解だったのか、不正解だったのかすらも、わからない。

 わからないけれど――。


 桜子は潤む瞳ながらも、俺へ笑顔を見せてくれた。

 だから。


 これで良しとしよう。




本編は駆け足でしたが、ようやく区切りを迎えました。

次のお話からは、より能力=アテラレを描けたら良いなと思います。

読んで頂き誠、ありがとうございました。

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