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十六 図書館で告白 中

「ごめんなさい。言ったら困らせてしまうのはわかってたので、黙ってるつもりだったんですけど。つい」


 石井さんががっくりとうなだれる。

 彼女はきっと、取れるものなら素直にテストで一番を取ってしまうタイプだ。脈絡もなく、ふとそう思った。


 告白されたからには、やはり返事をしなければならないんだろう。

 なるべく傷つけないよう紳士的に。

 どう言うべきか。困った難問すぎる。

 ひとりで逃げやがって。恨むぞ小学生。


「えーと、石井さんが俺のなにをそんなに気に入ってくれたのかわかんないけど」

「顔です」


 急にしゃきっと背筋を伸ばして即答する。


「……あ、そう」

「高校のとき校内に出回ってた画像て一目惚れしたんです」

「画像? なんの?」

「なんの画像かはわからないんですが、恋愛方面で御利益があるとかいう謳い文句つきで販売されてました」


 これです、と携帯に保存されている画像を見せてくれた。

 写っているのは紛うことなく俺だった。

 去年だか一昨年だかの家族旅行の写真だ。撮影者はたしか妹。

 なんかいやな予感がする。てかいやな予感しかしない。


「高校どこ通ってたんだっけ」

「海の光女学園です」


 海の光女学園。忘れもしない我が妹の母校。

 聞かなきゃよかった。

 画像について深く追及するのはよそう。

 ちょっと頭痛くなってきたし。


「私、画像の男の人にずっと片思いしていたんですけど、今月のはじめごろでしょうか、そこの前の道を歩いていたとき図書館に入って行く嶋本さんを見かけて、あ、あの画像の人だって思ってこっそり追いかけたんです」


 タオルを持つ手に力をこめ、顔を上気させて興奮ぎみに語る石井さん。

 画像のショックで半ば他人事のように聞く俺。


「その日はしばらく遠目に観察して、もしかしたらまた会えるかもと思ってつぎの日も来てみたんです。そしたら本当にいて、うれしくってそれからは毎日図書館に通って遠くから見ていました」


 要するに、声を掛けられる何日も前から俺の日常は彼女に見られていたのか。なんてこった。


「折り紙を折ったり紙切りをしているときの真剣な表情とか、机の上で居眠りしてしまったときの寝顔とか、一生懸命お水を飲んでいるときの横顔とか、まさに私好みのかっこよさで何度隠し撮りしようと思ったことか」

「……」

「あ、思っただけで隠し撮りはしてませんから!」

「……」

「……あの、お茶飲みますか?」

「うん」


 頭の中を整理するためにお茶をすすっていると、マリさんから着信があった。

 タイミングが良いんだか悪いんだか。


 これを受ければ、十中八九怪しい商売のための勧誘に呼び出されるんだろう。

 妹から釘を刺されはしたが、話を聞くだけなら後々のネタにもなっていいんじゃないかという思いはあった。

 いままで勧誘なんてされたことがないから、一度くらいそういう経験をしておくのも悪くないんじゃないかと。


 そんな冷やかし気分で行ったとしても、あっさりと洗脳とかされてしまうものなんだろうか。

 向こうは海千山千の勧誘経験者を連れてくるのだろうし、俺みたいに単純な人間を騙すのは楽な仕事なのかもしれない。


 いや、そもそも百パーセント勧誘だって決まったわけじゃないし。

 マリさんが個人的に親交を深めたいと思ってくれている可能性もゼロではないし。

 電話に出てみないことには真相はなにもわからない。


 つらつらと考えごとをしつつ着信中の画面を眺めていたら、けっこうな時間が経過していた。

 メロディが鳴り止み、着信履歴だけが残る。


「電話、出なくていいんですか?」

「急用じゃないから」


 沈黙した携帯スマホをポケットにしまう。

 石井さんは驚いたようだった。


 そうだ、彼女に告白の返事をしないといけないんだった。

 話題が脱線したせいで危うく本題を忘れかけていた。

 成人男性による紳士的な返答とはどういうものだろう。手元に模範解答がないから本気で悩む。


 画像のくだりはすっぱり忘れて一度整理し直そう。


 話を聞くかぎり、彼女は俺の外見しか見ていないようだ。

 つまり中身を知ったら幻滅するパターンだ。

 だったらむしろ事前に中身をぶっちゃけてしまえばいいのか?

 石井さんが俺に興味を無くしてくれれば問題は解決するんだし。


 そうだ。難しく考える必要はない。

 これなら俺の心が折れるだけで石井さんには特段のダメージもないはず。

 OKこの路線でいこう。題して幻滅作戦。


「えーと、なんというか、俺はよくイメージと違ったって言われることが多いんだけど。あ、悪い意味でね。後からそう言われるのもアレだし、石井さんは俺の欠点や短所を知らないと思うから先に言っとこうと思うんだけど」

「はい」


 まず三浪の身であることを明かす。前回年齢を教えたのでバレバレだったかもしれないが。

 石井さんは表面上は笑顔でうんうんとうなずいている。


「高三のときに願書を出し忘れて受験できなかったところから人生が下り坂というかね。いやまあ下り坂っていっても俺自身は楽しい毎日を生きてるからいいんだけどね。ときどきもうこのまま永遠に浪人生っていうのもありかなって思ったりね」

「永遠の浪人生ってステキな響きですね」


 どこがだよ。まったくもってステキじゃないよ。世間に顔向けできないよ。

 大丈夫かなこの子。

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