十七 図書館で告白 下 《完》
「あとは親に見放されるレベルで頭悪いし、資格も免許も金もないし、労働意欲もないし、たいした趣味も特技もないし、集中力も忍耐力も自制心もないし、女の子がよろこびそうな店も知らないし」
過去に「イメージと違った」と詰られた点を列挙してみたが、考えれば考えるほどないない尽くしだ。
しかもまだまだたくさんあった気がする。なんだっけ。
やばい頭くらくらしてきた。
「ど、どうしたんですか!?」
「ちょっと自分のスペックの低さに絶望しかけて」
「がんばってください。あ、お茶のおかわりどうぞ」
「……どうも。あとなんか重要な項目ってある?」
「生年月日と血液型をぜひ」
それぞれ伝えると、石井さんはポチポチと携帯を操作しはじめた。
「わ! 見てください」
彼女の携帯をのぞくと、相性占いサイトだった。
思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
「相性ばっちりだそうですよ?」
「あのさ、そういう話をしてたわけじゃ」
ため息とともに空のコップを返すと、石井さんは静かに携帯を引っこめた。
「わかってます。でもあきらめろってことなら、むりです。なにを言われてもあきらめられません」
首を振ってきっぱりと断言する。
「いっしょにどこかへ行きたいというのも、迷惑なんだとわかったのでもう言いません。こうやってときどき図書館でお話しできればそれで満足です。だから、私のこと遠ざけようとしないでください」
「べつに遠ざけてるわけじゃないけど」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
あれ。また話が脱線しているような。
てか幻滅作戦がまさかの失敗に終わってしまった。
俺の意図が見事に見透かされていたようだ。
思ったより石井さんが手強い。
こうなったらしかたがない、恥を忍んで秘技『御両親』を使おう。
「えーと、ちょっと複雑な家庭の事情で、浪人中なのに彼女がいるなんて親にばれたら俺帰る家がなくなるかもしれないんだよね」
「それは困りますね」
「うん。我が家のスパイが優秀すぎて、俺の個人情報親に筒抜けだからさ」
決してうそをついているわけではない。
事実、妹から直々に念を押されたばかりだし。
なのに石井さんはなにかを探るようにじっと俺の顔を見つめてきた。
はじめて会った日のように。
「嶋本さんは私のこときらいですか」
「きらいじゃないよ」
美少女がきらいな男なんているわけがないじゃないか! と思う。
だいたい、きらいだったらこうして無い知恵絞ってぐだぐだ悩むこともなく、ゴメンの一言で終わるんだ。
せめて彼女が女子大生だったらよかった。
そのときはそのときで、妹の監視網をどうくぐり抜けようかと頭を悩ませるんだろうが。
いい加減石井さんの視線に耐えられなくなり、先に目をそらす。
彼女の真摯なまなざしも重たい空気も苦手だ。一方的に攻められている気分になる。
逃げられるものなら逃げ出したい。
やっぱさっきの電話に出るべきだったのか。
ポケットに手を伸ばしかけたところで石井さんが口を開いた。
「では受験が終わるまで待ってます」
「え」
「大学生になったら彼女にしてください」
「……」
大学生になったら。
最速で一年後。ずいぶんと気の長い話だ。
でもこの条件で先延ばしにすれば、そのうち石井さんの気も変わるかもしれない。
俺があと一年で大学生になれる確証なんてものもないし。
彼女が体感する一年は俺よりもいくらか長いらしいし。
あちこち目移りしやすいお年頃だし。
打算よりも安易な気持ちで、もし俺が無事受験に合格して大学生になったら、そのときは石井さんとつきあうと約束してしまった。
まあいますぐにどうこうってわけじゃないから問題ないだろう。
と思っていたら大間違いだった。
「それまでは私、見習いのポジションでがんばりますね」
「は、見習い?」
「正式な彼女になるまでの研修期間だと思っていただければ」
正式採用までの試用期間みたいな?
「それってなにするの?」
「いままでどおり、バイトのない日のお昼はお弁当を持って図書館に来ます」
「はあ」
石井さんの言う見習いとは、おためしづきあい的な謎制度の亜種なんだろうか。
本来白か黒しか存在しえないはずのところに、むりやりグレーゾーンを設けるような。
「だめですか」
「……だめってわけじゃないけど」
第一なにをもって可否の判断をしたらいいんだ。
話についていけない俺を置いてけぼりにしたまま、石井さんは勝手に話をまとめにかかる。
「じゃあこれからは見習いとしてよろしくお願いします」
「……あ、ハイ」
「見習い中に、私のことを好きになってもらえるよう努力します」
「……うん」
気がつくと、よくわからないまま強引にグレーゾーンの中に引っ張りこまれていた。
石井さんはおとなしそうに見えて意外と押しが強い子だったらしい。
実はテストで実力を隠すタイプだったとか?
恐る恐る隣を見たら、無邪気な笑顔があった。
「好きになってもらったら、図書館の外でデートとかもしてみたいです。私デートって一度もしたことないんですよ。最初に二人でプリクラを撮って、夏は海、秋はもみじ狩り、冬は雪山に行って、それからクリスマスとお正月も楽しみ! そうだ、来月は嶋本さんのお誕生日のお祝いをしたいので、当日は絶対図書館に来てくださいね!」
それって見習いでもなんでもなく、ふつうに彼女なんじゃないのか? という疑問は石井さんの笑顔ときらきら輝く天使の輪に気圧されてよく晴れた春空へと吸いこまれていった。
ああそうか、わかったぞ。
石井さんの押しが強いんじゃなくて、たんに俺が流されやすいだけなんだ。
清々しいほどにノーと言えない人間なんだな俺って。
なんか今年最大級の墓穴を掘ってしまった気がする。
「……俺一応受験生なんで、ぜんぶはむり……かも」
「そうでした! まずは受験勉強がんばってくださいね」
見習いさんが小さな両手をグーにしてかわいらしく応援してくれる。
応援してくれるのはうれしいが、今後いったいどの方向にがんばればいいのかさっぱりわからない。
とりあえず、旅行の土産にゾウの赤ちゃんの写真でも撮ってくればいいんだろうか。
学習室に戻ると、にやにやしながら透花が尋ねてきた。
「彼女できた?」
「見習いができた」
「見習いってなにー。彼女じゃないの? あれ、シマさんも勉強するんだ」
「俺にとってこいつはかなりの強敵だったけど、上には上がいたんだよ」
俺が英単語帳をめくる傍らで、書き取り中の透花がのんきに首を傾げる。
「ふうん? ろーにんせーは大変だねー」
「大変なんてもんじゃねーよ。俺が悪夢にうなされて四浪したらおまえのせいだぞ小学生」
こそこそと二人でしゃべっていたら前席のおっさんからにらみつけられた。
またしても俺だけ。なんで毎回毎回俺だけ?
「図書館では静かにしましょー」
透花からも注意された俺は、理不尽な世の中の仕組みを嘆きつつ昼寝に勤しむことにした。
〈了〉




