生命エネルギーの流れ
第4章 生命エネルギーの流れ
朝日はすでに高く昇っていた。
ネルソンが寮から出てくると、オットーが外で本を読んでいるのが見えた。
「よっ」
オットーが本から顔を上げる。
「遅かったな」
「遅い?」
ネルソンは空を見上げた。
「まだ十時だぞ」
「いつもならもっと早く起きてるだろ」
「まあな。でも、アレクサンダーだってまだ来てないし」
オットーは本を少し閉じた。
「じゃあ、なんで遅かったんだ?」
ネルソンはニヤリと笑った。
「ローリと朝まで話してた」
「ローリ?」
オットーが眉を上げる。
「やるじゃん」
ネルソンが笑った。
「何だよ?」
「何を話してた?」
「いろいろ」
「例えば?」
オットーは本を置いた。
「全部話せ」
ネルソンはしばらくオットーを見つめ、それから肩をすくめた。
「分かった。まず、あいつ芸術家なんだ。今日の訓練が終わったら、スケッチブックを見せてくれるらしい」
ニヤリと笑う。
「すごくね?」
「はいはい」
オットーは再び本を手に取った。
「ヴィトラについて、俺たちの役に立ちそうなことは何か言ってたか?」
ネルソンが目を細める。
「やっぱりな」
「何が?」
「お前、女の話をするために俺と話したかったんだろ」
「分かってたなら、さっさと本題に入ればよかっただろ」
ネルソンはため息をついた。
「分かったよ」
オットーの隣に腰を下ろす。
「生命エネルギーは、俺たちの寿命そのものなんだって」
オットーの表情が変わった。
「どういう意味だ?」
「使い果たしたら死ぬ」
オットーはネルソンを見つめた。
「なんで最初にそれを言わないんだ?」
ネルソンは肩をすくめた。
「アレックスなら教えてくれたかもしれないけどな」
「たぶんな」
「まあいい。つまり、早死にするかどうかは俺たち次第ってことだ」
オットーが眉をひそめる。
ネルソンは慌てて両手を上げた。
「落ち着け。俺なりに分かりやすく説明するから」
「分かった」
ネルソンは息を吸った。
「生命エネルギーは俺たちの寿命――」
「それ、もう三回くらい聞いたぞ」
「今から説明するんだよ!」
ネルソンは頭をかいた。
「えーっと……つまり、ヴィトラを極めると、実は寿命を延ばせるんだ」
「説明しろ」
「ヴィトラ使いも普通の人間も、生命エネルギーを持ってる。というか、生きてるものなら全部持ってるんだ。植物だってそうだ」
オットーがネルソンを見つめる。
「つまり、普通の人間もヴィトラ使いと同じように生命エネルギーを持ってるのか?」
「その通り」
「で、結局何が言いたい?」
「だから!」
ネルソンは自分を指差した。
「普通の人間は封印のやり方を知らない。だから、一生のうちに大量の生命エネルギーを無駄にしてるんだ。だから普通の人間は平均して八十歳くらいまでしか生きられない」
オットーは黙って聞いていた。
「でも、封印を知っていれば生命エネルギーを温存できる。そうすれば、もっと長く生きられる」
「つまり、ヴィトラを極めれば寿命が延びる」
「まあ、そういうこと」
ネルソンは一度言葉を止めた。
「ただし、問題がある」
オットーが眉を上げる。
「ヴィトラを使うときに大量の生命エネルギーを消費すれば、それを使い果たすこともある」
「そして普通の人間より早く死ぬ」
「そういうこと」
オットーはしばらく黙った。
「つまり、生命エネルギーを使えば使うほど、死に近づくってことか」
「そう」
「覚えた」
オットーは再び本を手に取った。
「まあ、別にそこまで重要でもないな。死ぬまで七十年以上かかるんだろ」
ネルソンが笑った。
「どうせ最初は、生命エネルギーが尽きるまで不死身だと思ってたんだろ?」
「面白いこと言うな。自分をメンタリストか何かだと思ってるのか?」
「じゃあ当たってたんだな」
ネルソンは舌打ちした。
「お前、本当に馬鹿だな」
オットーはニヤリと笑う。
「他にヴィトラについて何か言ってたか?」
「いや。これだけ」
――薬のことは教えなくていい。
――別に何も変わらないしな。
オットーは頷いた。
「そうか」
「悪いな。せっかくの楽しみを邪魔しちゃって」
「誰が楽しみだって?」
兄弟が同時に振り返った。
そこにはアレクサンダーが立っていた。
片手を帽子のつばに添え、軽くそれを取る。
「よっ」
「おはよう」
ネルソンが答える。
アレクサンダーは笑った。
「どうやら、生命エネルギーを使うことの危険性については、もう理解しているようだな」
大げさにため息をつく。
「俺が説明して、お前たちの表情が変わっていくところを見るのが楽しみだったんだがな」
ネルソンが笑う。
オットーはただアレクサンダーを見つめていた。
アレクサンダーは再び帽子をかぶる。
「まあいい。今日は、Vital Fieldの中で生命エネルギーの流れをコントロールする方法を学ぶ」
「やったー!」
ネルソンが両拳を突き上げる。
オットーはため息をついた。
「いいから早く始めよう。退屈する前にな」
「そう焦るな。コントロール自体は簡単だ」
アレクサンダーは人差し指を立てた。
「難しいのは速度だ」
二人を交互に見る。
「生命エネルギーを体中に行き渡らせる方法は三つある」
「まず一つ目は、拡散だ」
ネルソンの顔がすぐに困惑へと変わった。
「拡散? マジで? これ、科学の授業か?」
アレクサンダーはネルソンを見る。
「ふざけるな。俺は真面目に話してる」
そして周囲の広いフィールドへ手を向ける。
「今日は一日中ここにいて、お前たちを指導する。拡散というのは、生命エネルギーを体全体に均等に行き渡らせる技術だ」
アレクサンダーは笑った。
「そして運のいいことに、お前たちは今まさにそれをやっている」
オットーは自分の体を見る。
「じゃあ、なんで説明した?」
「講義をしてるからだ」
ネルソンが鼻で笑った。
アレクサンダーは無視した。
「次は収束だ」
手を上げる。
「生命エネルギーを均等に広げるのではなく、Vital Field内にあるすべてのエネルギーを一点に集める」
人差し指を一本だけ立てる。
「今日やるのはこれだ」
一拍置く。
「簡単だ。生命エネルギーを流れる水だと思え。その水を、指先の一点に向かって流すんだ」
「分かった」
「分かった」
兄弟はすぐに取りかかった。
数分後。
オットーが目を開ける。
「終わった」
アレクサンダーが瞬きをした。
「もう?」
「楽勝だった」
ネルソンがニヤリと笑う。
「ほらな。言っただろ」
アレクサンダーは頷いた。
「だいたい最初はそんなもんだ。何でも最初は簡単で、上達も早い」
表情が少し真剣になる。
「だが、そのうち自分の成長がどんどん分かりにくくなっていく」
オットーがアレクサンダーを見る。
「じゃあ、三つ目をやろう」
「いや」
オットーが眉をひそめる。
「三つ目の技術は分割だ」
アレクサンダーは三本の指を立てる。
「生命エネルギーを複数の部位に、不均等に分けて配置する技術だ」
ネルソンが興味を示す。
「それ、なんかカッコいいな」
「実際、カッコいい」
アレクサンダーは手を下ろした。
「だが、今のお前たちには早すぎる。だからやらない」
ネルソンの肩が落ちる。
「えー……」
「次。そして今日最後にやるのは、注入だ」
アレクサンダーは地面から小さな石を二つ拾った。
「注入は、生命エネルギーを物体に流し込む技術だ」
二人に一つずつ石を渡す。
「これも簡単な作業だ」
オットーは手の中の石を見る。
「これだけ?」
「これだけだ」
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午後四時になる少し前。
オットーは、まだ同じ石を握っていた。
じっと見つめる。
何も起きない。
目を閉じ、もう一度試す。
それでも何も起きない。
目を開ける。
「……できない」
始めてから、もう四時間が経っていた。
ネルソンは何時間も前に終わっている。
もうここにもいない。
――たぶん、デートに行ってるんだろうな。
オットーは再び石を見下ろす。
「何時間もやってるのに……」
石を握り締める。
「それでも何も起きない」
息を吐く。
「……クソだな」
できないものは、できない。
明らかに上手くいっていないことに時間を使い続けても意味がない。
――もしかしたら、自分が得意なことに集中したほうがいいのかもしれない。
そのとき、アレクサンダーの腕時計が鳴った。
アレクサンダーが時計を見る。
「もう四時か」
体を伸ばす。
「俺は行かなきゃならないところがある。今日はここまでだ。続きは明日やろう」
オットーはすぐに顔を上げた。
「さっきも言ったけど、俺はこれに時間を使うつもりはない」
石を掲げる。
「明日は別のことをやろう」
「もちろん」
アレクサンダーは笑った。
「だが、お前はこれを覚えなきゃならない」
「なぜ?」
「この巨大な島から出る唯一の出口は、あの本館の中にある」
オットーの表情が変わった。
「そして、中に入るには注入が必要だ」
オットーは遠くにある建物を見る。
「……分かった」
そして石へ視線を戻す。
「でも、一人でやっても明らかに進展がない」
アレクサンダーを見る。
「やり方を教えてくれ」
アレクサンダーは笑った。
「俺は師匠であって、教師じゃない」
「何が違う?」
「師匠として、お前がなぜ苦戦しているのかを教えてやる」
オットーは眉をひそめる。
「なぜ?」
アレクサンダーはオットーをまっすぐ見つめた。
「お前が、他人との間に壁を作っているからだ」
オットーは黙った。
「人と関わろうとしない」
アレクサンダーは石を指差した。
「お前の性格は、ヴィトラの修練にもそのまま表れている」
オットーはアレクサンダーを見つめ返す。
「注入と人付き合いに何の関係がある?」
「全部だ」
アレクサンダーは笑った。
「注入は、人付き合いと同じなんだ」
オットーの眉がピクリと動く。
「つまり、ヴィトラは性格に左右されるってことか?」
「そうだ」
アレクサンダーは頷いた。
「そして、それがお前の問題だ」
腕を組む。
「どれだけ教えても、今のお前が突然これを上手くできるようになるわけじゃない。今のペースなら、何か月もかかるかもしれない」
「何か月?」
オットーの目がわずかに見開かれる。
「俺、何か月もここにいるのか?」
「幸い、そうはならない」
アレクサンダーは笑った。
「お前を助けられる奴を知っている」
「誰だ?」
「俺から連絡してみる」
アレクサンダーは背を向けた。
「明日は別のことをやろう。そして夜、そいつが来ると思う時間になったら、注入について教えてもらえ」
オットーは頷いた。
「分かった」
アレクサンダーが歩き出す。
「また明日」
「じゃあな。また明日」
オットーは手の中の石を見下ろした。
その日初めて、諦めることを考えてはいなかった。
代わりに考えていた。
――アレクサンダーは、一体誰に連絡したんだ?




