自分だけの道を切り開く
第5章 自分だけの道を切り開く
アレクサンダー、オットー、ネルソンの三人は、すでに訓練場の外に集まっていた。
アレクサンダーは二人を交互に見る。
「二人とも、もう注入を習得した。つまり、ヴィトラの基礎はすべて身につけたってことだ」
ネルソンの目が輝く。
「マジで? じゃあ、いよいよカッコいいやつを始められるのか?」
「ああ」
アレクサンダーは一拍置いた。
「だが、その前に一つ理解しておいてほしい。これからは、自分が何を鍛えたいのかを自分で選ぶんだ」
ネルソンが首を傾げる。
「どういうこと?」
「ある能力について本を読んだり、俺に聞いたりして、その仕組みを理解する。そして、それを自分で鍛えるんだ」
アレクサンダーは二人を見る。
「ここから先、お前たちはヴィトラ使いとしての自分自身の個性を作り始める。自分だけの能力を身につけていくんだ」
オットーが少し目を細める。
「つまり、ヴィトラ使いによって能力が違うのは、それぞれが自分で能力を作るからか?」
「その通り」
「全員が何かを作るのか?」
「そうとは限らない」
アレクサンダーは首を振った。
「新しいものを作らず、誰かがすでに作った能力を極めて、さらに発展させる人間もいる」
ネルソンが頭をかく。
「じゃあ、俺たちはどうやって欲しい能力を決めるんだ? それに、周りにその能力を使える人が誰もいなかったら、どうやって鍛えればいい?」
アレクサンダーは笑った。
「だからこそ、ヴィトラ協会がある」
両腕を広げる。
「ヴィトラ協会は、知識を共有することでヴィトラ使いを支援するコミュニティだ。ヴィトラ使いが新しい何かを発見したら、その能力について説明した本を書いて、協会に提出することができる」
「それで?」
「その能力を監督者の前で実演する」
アレクサンダーは自分のこめかみを軽く叩いた。
「監督者は、本に書かれた情報が実際に再現可能なのかを確認する。本人が実際に使えることを証明できれば、その本は協会の図書館に追加される」
オットーの目がすぐに輝いた。
「だからあの図書館にはあんなに本があるのか」
「その通り」
アレクサンダーは頷いた。
「中には、その本を一般向けにフィクションとして出版する人間もいる。お前がヴィトラの存在を知る前からヴィトラについて読んでいたのも、そのおかげだ」
オットーは黙り込んだ。
これまで読んできた本のことを思い出す。
すべての本に刻まれていた、評議会のシンボル。
今になって、その意味がはっきりと繋がった。
「じゃあ、自分がどんな能力を使いたいか決めるまでは、訓練しないのか?」
「基本的にはな」
アレクサンダーは人差し指を立てる。
「だが、ほとんどすべてのヴィトラ使いが近接戦闘で使う能力がある」
「それは?」
「昔ながらの身体強化だ」
アレクサンダーはニヤリと笑った。
「幸い、お前たちにとっては俺の専門分野だ」
ネルソンの表情が一気に明るくなる。
「マジで? じゃあ、まずはそれからだな」
「よし」
アレクサンダーは拳を鳴らした。
「俺が知っていることを全部教えてやる。俺の人生そのものと言ってもいい」
二人を指差す。
「直接教えてやるとはいえ、俺のレベルに到達するには一年くらいかかるかもしれないぞ」
ネルソンがあくびをする。
「一年も?」
「俺が今のレベルになるまでには何年もかかった」
アレクサンダーは肩をすくめる。
「まあ、自分で全部見つけなきゃならなかったっていうのもあるがな」
ネルソンがまたあくびをする。
「もう訓練始めていい?」
アレクサンダーはため息をついた。
「分かったよ」
歩き出す。
「まずは基本的な強化からだ」
数分後。
アレクサンダーが戻ってきた。
その手には巨大な岩があった。
地面の上を転がして運び、二人の前で止める。
「これからやることは簡単だ」
岩を指差す。
「まず、普通に殴れ」
続いて二人の拳を指差す。
「そのあと収束を使って、すべての生命エネルギーを拳に集中させて、もう一度殴る」
アレクサンダーは横へ退いた。
「オットーからだ」
オットーが岩へ近づく。
足を踏ん張り、拳を繰り出した。
ドンッ。
岩はほとんど動かなかった。
「次は収束」
オットーは生命エネルギーに意識を集中する。
それを拳へと集める。
そして、もう一度殴った。
ドォンッ!
岩に拳の形をしたへこみができた。
オットーはそれを見る。
「悪くない」
「ネルソン」
ネルソンが前へ出る。
同じ手順を繰り返す。
最初の一撃では、岩はほとんど動かなかった。
だが次の瞬間。
生命エネルギーを拳へ集める。
そして、二発目を叩き込む。
ドォンッ!
オットーのものより、明らかに大きな損傷が岩に刻まれた。
オットーは岩を見て、それからネルソンを見る。
「なんでこいつのほうが威力が高い?」
アレクサンダーがすぐに答える。
「拳の重さを決めるのは二つ。身体能力と、拳に込めた生命エネルギーの量だ」
ネルソンを指差す。
「ネルソンは元々お前より身体能力が高い。だから拳にもより大きな重さが乗る」
そしてオットーを見る。
「それに、ネルソンのVital Fieldの容量は、お前より少しだけ大きい」
「つまり、俺より多くのエネルギーをVital Fieldに蓄えられる?」
「その通り」
オットーの表情が真剣になる。
「じゃあ、俺はずっとネルソンより弱いのか?」
「いや、そうでもない」
アレクサンダーは笑った。
「Vital Fieldの容量を増やす方法はある」
オットーがすぐにアレクサンダーを見る。
「どうやる?」
「俺の言う通りにやれ」
オットーとネルソンは互いに顔を見合わせる。
「分かった」
二人は構える。
アレクサンダーが二人の前に立つ。
「Ductsを完全に開いて、Nucleus Vitaeから生命エネルギーを絶えず流し出せ」
「分かった」
兄弟はDuctsを開く。
生命エネルギーが流れていくのを感じる。
アレクサンダーが続ける。
「Ductsが開いているから、エネルギーが漏れ続ける」
二人の身体を指差す。
「普通なら、生命エネルギーの流れをコントロールできるようになれば、こんなふうにDuctsを開けっ放しにする必要はない。だが、今回はこの流れを別のことに利用する」
オットーは注意深く聞いている。
「Vital Fieldを、体を包むコートだと思え」
アレクサンダーは自分の体の周囲を示す。
「そのコートの表面は、ゴムのような性質を持っている」
続ける。
「Ductsを完全に開き、Vital Fieldが満杯になると、流れ込んでくる生命エネルギーがそのゴムのような表面を内側から押し始める。そして限界に達すると、エネルギーが漏れ始める」
ネルソンがゆっくり頷く。
「じゃあ、どうする?」
「流れをコントロールする」
アレクサンダーの表情が引き締まる。
「Vital Energyを使って、Vital Fieldの中にあるエネルギーに対して、常に内向きの力をかけるんだ。その力は、流れ込んでくるエネルギーが生み出す外向きの力より弱くする」
オットーは一言一言を追っていく。
「外向きの力のほうが少し強いから、ゴムの表面は破裂せず、ゆっくりと広がっていく」
アレクサンダーは笑った。
「そして、表面が広がるにつれて、Vital Fieldの容量も増えていく」
ネルソンの目が見開かれる。
「つまり、伸ばしてるってことか」
「その通り」
アレクサンダーは人差し指を立てる。
「この方法を『オス』と呼ぶ」
オットーが試してみる。
すぐに表情が変わった。
「……おお」
アレクサンダーを見る。
「すごく簡単だ」
「だろ?」
ネルソンも頷く。
「これ、かなり単純だな」
「難しくする必要はない」
アレクサンダーは笑った。
「重要なのは強さじゃない。継続することだ」
二人のVital Fieldを指差す。
「やること自体は簡単だ。だが、長時間続けるのは難しい」
オットーが動きを止める。
「分かった」
アレクサンダーを見る。
「それで、次は?」
アレクサンダーは後頭部をかく。
「それなんだが……」
少し言いよどむ。
「実は俺、分割の使い方を知らない」
ネルソンが口を開ける。
「マジで? アレックスが?」
アレクサンダーを指差す。
「でも、お前ヴィトラの達人だろ!」
アレクサンダーは笑った。
「俺は達人じゃない」
両手をポケットに入れる。
「エリートだ」
オットーがすぐにその言葉を拾う。
「ランクって何だ?」
「ヴィトラ使いには五つのランクがある」
アレクサンダーは指を折っていく。
「ビギナー、アマチュア、エリート、マスター、そしてレジェンド」
オットーは頷く。
「じゃあ、エリートのお前から見た俺たちは?」
「当然、ビギナーだ」
アレクサンダーは笑う。
「だが、次の訓練を終えればアマチュアレベルにはなる」
オットーが眉をひそめる。
「その次の訓練が、お前と俺たちを分けてるんじゃないのか?」
「どういう意味だ?」
「それを覚えれば俺たちも同じレベルになるのに、なんでお前はエリートなんだ?」
アレクサンダーは頷いた。
「戦闘だけに限れば、俺はアマチュアくらいのレベルだという意見には賛成だ」
ネルソンが瞬きをする。
「じゃあ、なんでエリートなんだ?」
「俺は戦闘に特化してるわけじゃないからだ」
アレクサンダーは自分を指差す。
「俺は戦う以外にも、いろいろできる」
一拍置く。
「例えば、実際に空を飛べる傘を持ってる」
オットーはアレクサンダーを見つめる。
「……確かにな」
「だろ?」
アレクサンダーは再び訓練場へ向き直る。
「まあ、分割が使えない分、俺は自分で別の方法を考えて補った」
ネルソンが興味を示す。
「自分で作った方法?」
「そうだ」
アレクサンダーは手を上げる。
「収束は、エネルギーの一〇〇パーセントを身体の一点に集めること」
そして指を広げる。
「拡散は、エネルギーを身体全体に均等に広げること」
兄弟を見る。
「じゃあ、この二つを組み合わせたらどうなる?」
自分の胸を指差す。
「生命エネルギーの六〇パーセントを身体の一箇所に集め、残りの四〇パーセントを体の他の部分へ均等に分配する」
オットーは考える。
「簡単そうだな」
「その通り」
アレクサンダーは頷く。
「だが前にも言った通り、エネルギー分配で難しいのは、やることじゃない」
真剣な目で二人を見る。
「速くやることだ」
一歩下がる。
「だから、これからお前たちには組手をしてもらう」
ネルソンがニヤリと笑う。
「やっとか」
「ゆっくりな」
ネルソンの笑顔が消える。
「ゆっくり?」
「スローモーションでだ」
二人を指差す。
「組手をしながら、相手の攻撃の威力と、どこに当たるのかを予測しろ。そして、その攻撃を受け止められるだけの生命エネルギーを、その場所に集中させるんだ」
オットーが目を細める。
「つまり、全身を強化するんじゃなくて……」
「攻撃される部分だけを強化する」
アレクサンダーが頷く。
「そして防御した直後、別の部位へエネルギーを集めて攻撃する」
ネルソンが拳を鳴らす。
「楽しそうだな」
「疲れるまで一日中やる」
アレクサンダーは続ける。
「それから十分休んで、また始める」
二人を指差す。
「エネルギーの分配が速くなってきたら、組手の速度も同じように上げていけ」
オットーが頷く。
「分かった」
「俺は人と会う予定があるから、あとで戻ってくる」
アレクサンダーは歩き出す。
「それまで続けてろ」
「分かった」
オットーはアレクサンダーが去っていくのを見送った。
「待て」
アレクサンダーが立ち止まる。
オットーが首を傾げる。
「これって、分割より難しくないか?」
アレクサンダーが振り返る。
「いや」
「なんで?」
「この方法も、他の二つの分配方法も、身体の中にある生命エネルギーは一つの塊のままだ」
アレクサンダーは二本の指を立てる。
「分割は違う。生命エネルギーそのものを二つ以上の別々の塊に分ける」
オットーは頷いた。
「なるほど」
アレクサンダーは二人を指差す。
「さあ、組手を始めろ」
そう言って歩いていった。
兄弟は互いに顔を見合わせる。
ネルソンが拳を構える。
「準備はいいか?」
オットーも構えた。
「来い」
二人は始めた。
最初、動きは恐ろしく遅かった。
ネルソンが拳を繰り出す。
オットーはその軌道を見つめる。
――右肩。
生命エネルギーをそこへ集中させる。
拳が当たる。
ほとんど痛みは感じない。
すぐに自分の拳へ生命エネルギーを移動させる。
反撃。
だが、動きはゆっくりだ。
ネルソンが防ぐ。
そして今度はネルソンも同じことをする。
何度も。
何度も。
二人は訓練を続けた。
---
午後六時頃。
ようやくアレクサンダーが戻ってきた。
だが、一人ではなかった。
後ろには三人の人間が続いている。
一人目は、身長が二メートルをゆうに超えていた。
二人目は肩幅が広く、腰には刀を差している。
着ているのは着物。
まるで侍のような姿だった。
三人目は、他の全員よりかなり小柄だった。
白いワイシャツに黒いスラックス。
そして眼鏡。
身長は一七〇センチほど。
体格もごく普通の、どこにでもいそうな男だった。
実際、アレクサンダーを含めても、この集団で一番小柄だった。
アレクサンダーは兄弟へ近づく。
そして足を止めた。
目が見開かれる。
――なんだ、このガキどもは?
本来なら、通常の戦闘速度に到達するまで何か月もかかると思っていた。
それなのに。
たった一日で到達している。
最低でも三か月はかかるはずだった。
アレクサンダーは、ネルソンの拳をオットーがかわし、生命エネルギーを移動させて反撃する姿を見つめる。
――このままの速度で成長し続けたら……。
アレクサンダーの表情が真剣になる。
――一週間で、俺より強くなるかもしれない。
そして、ようやく口を開いた。
「……すごいな」
兄弟が動きを止める。
「もう通常の戦闘速度に追いついたのか」
ネルソンがニヤリと笑う。
「マジで?」
「このペースで続ければ、数日でアスリート並みのレベルに到達するだろう」
ネルソンが拳を突き上げる。
「よっしゃ!」
アレクサンダーはため息をつく。
「今日はここまでだ」
ネルソンを指差す。
「ネルソン、お前はもう行ってオスの練習を始めろ」
そしてオットーを見る。
「オットー、お前とは少し二人で話したい」
オットーが眉を上げる。
「俺と?」
「客を連れてきた」
オットーはアレクサンダーの後ろにいる三人の見知らぬ人物を見る。
「……分かった」
ネルソンが肩をすくめる。
「じゃあな、オットー」
「ああ」
ネルソンはその場を離れた。
---
しばらくして。
ネルソンは寮の外で一人座っていた。
イヤホンから音楽を流しながら、オスの練習をしている。
身体の中に生命エネルギーを流し続け、内向きの力を一定に保つことに集中していた。
そのとき――
ピコン。
スマートフォンから通知音が鳴った。
ネルソンはポケットからスマホを取り出す。
画面を見る。
オットーからのメッセージだった。
開く。
そこには、たった三つの言葉だけが書かれていた。
――誘拐された。
その下には、位置情報が添えられている。
ネルソンは画面を見つめた。
イヤホンからは、音楽が流れ続けている。
「……は?」




