封印
第3章 封印
翌朝。
アレクサンダーは寮へ向かって歩いていた。
そして、建物の前に立つ二人の兄弟を見つけて足を止める。
二人とも目を閉じていた。
体も完全に動かしていない。
だが――明らかに何かがおかしい。
微かなエネルギーが、二人の体から絶えず漏れ出している。
アレクサンダーは笑った。
「朝早いな」
ネルソンが片目を開ける。
「残念ながらな」
オットーは集中したままだった。
アレクサンダーが二人へ近づく。
「今日の訓練は簡単だ」
ネルソンがもう片方の目も開く。
「簡単?」
「ああ」
アレクサンダーは二人を指差した。
「もう気づいていると思うが、君たちの生命エネルギーは常に体の外へ流れ続けている」
ネルソンは自分の体を見下ろす。
「じゃあ、どうやって止めるんだ?」
オットーが目を開いた。
「僕が読んだ本によると、ヴィトラには三つの要素がある」
アレクサンダーが笑う。
「その通り」
そしてオットーを見る。
「どうやら、ここには私以外にもヴィトラオタクがいるようだな」
オットーは頷いた。
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてるよ」
アレクサンダーは三本の指を立てた。
「三つの要素は、Nucleus Vitae、Ducts、そしてVital Fieldだ」
ネルソンの表情から、さっそく自信が消える。
「もう難しそうなんだけど」
アレクサンダーは無視した。
「まず、Nucleus Vitae。簡単に言えば、生命エネルギーを蓄える貯蔵庫だ。バッテリーだと思えばいい」
自分の胸を軽く叩く。
「人間は皆、生まれたときから一定量の生命エネルギーをNucleus Vitaeに蓄えている。その容量を増やすことはできない。そして、生きている間に生命エネルギーを使えば使うほど、そこに蓄えられている量は減っていく」
ネルソンはゆっくり頷いた。
「つまり……バッテリー」
「その通り」
アレクサンダーは二本目の指を立てる。
「Ductsは、Nucleus VitaeとVital Fieldを繋ぐ経路だ。Nucleus VitaeからVital Fieldへ生命エネルギーを運ぶ」
ネルソンがまた頷く。
「分かった」
アレクサンダーは最後の一本を立てる。
「そしてVital Fieldは、実際に使用している生命エネルギーが存在する場所だ」
ネルソンの表情が無になった。
遠くを見つめる。
明らかに頭が処理能力の限界を迎えていた。
アレクサンダーが少し間を置く。
「理解したか?」
ネルソンの目は虚ろなままだった。
「……全然」
オットーがクスクスと笑う。
ネルソンが振り向く。
「何がおかしい?」
「アレクサンダーは君に全部説明してくれた」
オットーは自分を指差す。
「僕はもう知ってたけど」
そしてネルソンを指差す。
「分かってないのは君だけ」
ネルソンが眉をひそめる。
「そりゃ分かるわけねえだろ! お前は最初から知ってたんだから!」
オットーは笑った。
「いや」
「じゃあ説明してみろよ」
オットーは少し考える。
「分かった」
地面に落ちていた小さな石を拾う。
「モバイルバッテリーと、充電器と、スマートフォンがあるとする」
ネルソンが頷く。
「おう」
「モバイルバッテリーがNucleus Vitae。エネルギーを蓄えておく」
「なるほど」
「充電器がDucts。エネルギーを運ぶ」
「なるほど」
「そしてスマートフォンがVital Field。そこにエネルギーが供給されて、使われる」
ネルソンの目が見開かれる。
「ああ」
頷く。
「分かった」
アレクサンダーが笑った。
「よし」
説明を続ける。
「では、古いスマートフォンを想像してみろ」
ネルソンが頷く。
「バッテリーは完全に満タンだ。それなのに充電器を繋ぎっぱなしにしている」
「うん」
「スマートフォンは、電気を受け取ることを突然やめるわけではない。だが、充電器から送られてくるエネルギーを有効に使う場所がなくなり、無駄になる」
「それで?」
アレクサンダーはネルソンを指差した。
「どうする?」
ネルソンは考える。
「……充電器を抜く?」
「その通り」
ネルソンの顔が明るくなる。
「つまり、Ductsを閉じればいいんだな」
アレクサンダーが頷く。
「その通りだ」
オットーがネルソンを見る。
「ほら。学習してる」
「うるさい」
アレクサンダーは笑った。
「Ductsを通る生命エネルギーの流れを止めることを、封印と呼ぶ」
ネルソンの表情が真剣になる。
「封印……」
「今日、君たちがやるのはそれだ」
アレクサンダーは二人を見る。
「目的は単純。生命エネルギーが体の外へ流れ続けるのを止めること」
「それだけ?」
ネルソンが尋ねる。
「それだけだ」
アレクサンダーは寮へ目を向けた。
「双子の件で少し用事がある。明日また会おう」
そして足を止める。
「封印は、それほど難しいものではない。明日までにはできるようになっていることを期待している」
ネルソンは自信満々に答えた。
「分かった」
「何か問題があれば、ローリに聞くといい」
オットーが首を傾げる。
「ローリ?」
アレクサンダーは笑った。
「彼女なら力になってくれる」
手を振る。
「また明日」
アレクサンダーは歩き去っていった。
オットーはその後ろ姿を見送る。
そしてネルソンを見る。
「ローリって誰?」
ネルソンはオットーを見つめる。
「二号室の女の子」
「知ってるの?」
「当然だろ」
オットーが眉を上げる。
「もう知らない人と話したの?」
「いや」
「じゃあ、なんで名前を知ってるの?」
「アーニーに聞いた」
オットーの表情がさらに困惑する。
「……アーニーって誰?」
ネルソンはオットーを見つめる。
「本気で言ってる?」
「何が?」
「一号室の奴だよ」
「奴?」
「そう」
ネルソンは寮を指差した。
「男の双子の方」
オットーが固まる。
「待って」
寮を見る。
「一号室にいる二人って、双子なの?」
ネルソンが頷く。
「そうだよ」
「アレクサンダーが言ってた双子って、あの二人?」
「そう」
ネルソンはオットーを見つめる。
「よく今まで何も気づかなかったな」
オットーは肩をすくめる。
「知らない人間には興味がない」
ネルソンはため息をついた。
「お前、たまには外に出て人と関われよ」
オットーは無視した。
「それはともかく」
再びフィールドへ向き直る。
「訓練に戻ろう」
---
その日の夜十一時。
ネルソンは眠ろうとすることを諦めていた。
体がおかしい。
痛いわけではない。
ただ――慣れない。
一週間前まで存在すら知らなかったものを、一日中操ろうとしていたのだ。
やがてネルソンは寮を出た。
夜の空気は冷たい。
月明かりの下、広大なフィールドが静かに広がっている。
すると、草の上に誰かが座っていることに気づいた。
ローリだった。
一人で座っている。
ネルソンは近くの自動販売機を見る。
歩いていき、金を入れる。
ガコン。
コーラが落ちてくる。
続いてファンタも落ちてきた。
二本の飲み物を持ち、ローリのところへ歩いていく。
「コーラとファンタ、どっちがいい?」
ローリが顔を上げる。
「ファンタがいい」
ネルソンはファンタを渡した。
「コーラ派だと思ってた」
自分の手にある缶を見る。
「まあ、実は自分用にファンタ買ったんだけどな」
ローリが笑う。
「じゃあ、コーラもらう」
「いやいや」
ネルソンは手を振る。
「大丈夫。俺はこれでいい」
彼女の隣に腰を下ろす。
「コーラ飲むのも久しぶりだしな」
ローリが彼を見る。
そして笑った。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
手を差し出す。
「私はローリ」
ネルソンも笑う。
「いい名前だな」
握手する。
「俺はネルソン」
そして、彼女の隣を見る。
「ここ、座っていいか?」
「もちろん」
ローリは少し横へ移動する。
「隣に座ってもいいよ」
ネルソンが笑う。
「ありがとう」
腰を下ろす。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
やがてネルソンがローリを見る。
「それで……」
ローリがファンタを一口飲む。
「うん?」
「ヴィトラについて、どれくらい前から知ってる?」
ローリは少し考えた。
「ずっと前から」
ネルソンの目が見開かれる。
「ずっとって?」
彼女は頷く。
「生まれたときから」
「生まれたときから?」
「私の師匠が、小さい頃から教えてくれたの」
「どれくらい小さい頃?」
「五歳くらいから瞑想を始めた」
ネルソンは彼女を見つめる。
「マジか……」
手元の飲み物を見る。
「何年もやってるんだな」
そして笑う。
「俺なんて一週間前までヴィトラって何なのかすら知らなかった」
ローリは微笑んだ。
「それにしてはすごいよ」
「本当か?」
「私は、自分の中にあるエネルギーを感じられるようになるだけで、子供の頃のほとんどを費やしたから」
彼女はネルソンを見る。
「あなたは一週間でできた」
ネルソンがニヤリと笑う。
「まあ……」
頭を掻く。
「ちょっと助けてもらったけどな」
ローリの表情が変わる。
「助け?」
ネルソンが頷く。
「ああ」
「薬?」
ネルソンの笑顔が消える。
「知ってるのか?」
ローリは頷いた。
「あれは禁じられた方法だから」
「そうそう」
ネルソンは声を落とす。
「誰にも言うなよ?」
ローリは彼を見る。
「どうして禁止されているのか知ってる?」
ネルソンは肩をすくめる。
「評議会がズルだって考えてるからだろ?」
ローリは首を横に振った。
「違う」
ネルソンが眉をひそめる。
「違う?」
「危険だから禁止されているの」
ネルソンは少し背筋を伸ばした。
「……危険?」
ローリはフィールドを見る。
「ヴィトラを使える人間があの薬を飲むと、一時的にVital Fieldの容量が増える」
ネルソンは注意深く聞いていた。
「それによって生命エネルギーを感じ取りやすくなり、より早く自分の中にあるエネルギーを認識できるようになる」
「それが俺に起きたことか」
「そう」
ネルソンは頷く。
「でも、危険なんだろ?」
ローリの表情が真剣になる。
「ヴィトラをすでに使える人間なら、普通は問題ない」
少し間を置く。
「でも――」
ネルソンは黙って待つ。
「ヴィトラを使えない人間の場合……」
ローリは言葉を切った。
「結果は二つある」
「一つ目は、ヴィトラを使える人間と同じように、一時的に能力が引き上げられる」
ネルソンが頷く。
「じゃあ、二つ目は?」
ローリはネルソンをまっすぐ見つめた。
「死ぬこと」
ネルソンの笑顔が消えた。
手にした缶が、突然ひどく重く感じられる。
「……何?」
ローリの声は静かだった。
「だから、その薬は禁止されたの」




