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第13話 七十二人を救った罪

 王宮の拘置房には、硬い寝台と、水の入っていない水差し、それから外側にしか取っ手のない扉があった。


 犯罪者へ水を飲ませない決まりなのか、単に担当者が忘れたのかは分からない。事故調査をしていた頃なら、こういう小さな不備を見つけた瞬間に責任者を探していたが、今は俺自身が不備の一部として収容されている。


「右手を出してください」


 白石が椅子を寝台のそばまで運び、俺の手首を取った。


 拘束具は外されている。アルフレッドが治療を認めたため、日没までは白石が立ち会うことになったらしい。神殿側の衛兵は不満そうだったが、彼女が「治療を妨害して患者が死んだ場合、あなたの名前を記録に残します」と言うと、黙って扉の外へ下がった。


「まだ痺れていますね」


「昨日よりは動きます」


「動くことと、治っていることは違います。頭痛は」


「少し」


「吐き気は」


「ありません」


「嘘ですね」


「なぜ分かるんです」


「水を一口飲んだ後、しばらく嚥下を我慢していました。吐きそうな人がよくやります」


「患者の嘘を見抜く技能でもあるんですか」


「看護師を何年もしていれば、嫌でも覚えます。痛くないと言い張る人、薬を飲んだふりをする人、家族に心配をかけたくないから笑う人。嘘には、その人なりの理由があるんです」


 白石は俺の手へ布を巻きながら、顔を上げなかった。


「あなたの嘘は、自分が止められたくないからでしょう」


「今は止められています」


「そういう意味ではありません」


 指先を押される。右手だけ、感覚が一拍遅れて伝わってきた。


「今日の査問で、ローデンはあなたの処刑を求めるそうです」


「誰から聞きました」


「オルバス神官長の従者が、わざと聞こえるところで話していました。私たちを怖がらせたいのでしょう」


「処刑は難しいと思います」


「なぜ、そんなに他人事みたいに言えるんですか」


「七十二人を救出した直後に、その指揮を執った人間を処刑すれば、三十四人の証人と合わせて百人以上が王国に反感を持つ。召喚された四人も納得しない。王国側に得がありません」


「損得の話をしているのではなく、あなたが怖くないのかと聞いています」


 俺は答えられなかった。


 怖くないわけではない。


 首を落とされるのも、火刑にされるのも嫌だ。そもそも、この世界へ来た理由すら教えられていない。美羽に謝る機会もないまま死ぬことを考えると、胃の奥が冷たくなる。


「怖いですよ」


「でしたら、最初からそう言ってください」


「怖いと言ったところで、状況は変わりません」


「変わらなくても言っていいんです。人間は、役に立つことだけを喋って生きているわけではありませんから」


「それは、俺には難しい」


「知っています。だから練習してください」


 白石が布を結び終えたところで、扉が開いた。


 真田、滝沢、岸本の三人が入ってくる。全員、昨日より疲れた顔をしていた。


「黒部さん、本当に処刑されるんですか」


 真田が挨拶もせずに尋ねた。


「まだ決まっていません」


「決まってからじゃ遅いでしょう。俺たちも査問で話します。換気口を開けたのは七十二人を助けるためだったって」


「事実だけを話してください。俺を庇うために話を足さないこと」


「そう言うと思いました」


 岸本が壁にもたれた。風魔法を長時間使った影響なのか、顔色が悪い。


「黒部さんって、自分だけが大人だから責任を取らなきゃいけない、みたいな顔をしますよね。そういうの、見ている側は結構腹が立つんですけど」


「あなたたちが責任を感じる必要はありません。俺が計画し、指示した」


「でも、風を出したのは私です。真田先輩だって、自分で送風輪を回した。滝沢先輩も結界を使った。私たちは命令されたら何でもする人形じゃありません」


「人形だと思ったことはない」


「だったら、責任まで勝手に取り上げないでください」


 岸本の目には涙が滲んでいた。ただし泣きたいというより、泣きそうな自分に腹を立てている顔だった。


「私、怖いんです。処刑なんて聞きたくないし、王様の前で話すのも嫌です。できるなら部屋に戻って、何も知らないふりをしたい。でも、怖いから何も言わなかったら、あとで自分がもっと嫌になる。だから話します。黒部さんを助けるためだけじゃありません。私が、自分を嫌いにならないためです」


「分かりました」


「止めないんですか」


「止めても行くでしょう」


「行きます」


「なら、質問されたことへ正確に答えてください。推測は推測だと分ける。分からないことは分からないと言う。それで充分です」


「本当に、最後まで先生みたいですね」


「教員経験はありません」


「そういう意味じゃありません」


 岸本は泣きそうなまま笑った。


 滝沢は、しばらく黙っていた。


「俺は、正直に言うと迷っています」


 彼は自分の手を見つめながら続けた。


「黒部さんを助けたいとは思う。でも王国に逆らって、勇者じゃなくなったらどうなるのかも怖い。元の世界に戻る方法も、王国しか知らないんでしょう。家族に会えなくなるかもしれないのに、格好いいことばかり言えません」


「言わなくていいんです」


「でも、それだと俺だけ卑怯みたいじゃないですか」


「危険を怖がることと、卑怯であることは同じではありません。話せる事実だけ話せばいい。俺を庇う必要も、ローデンに合わせる必要もない」


「それで黒部さんが死んだら、後悔すると思います」


「後悔しない選択肢は、たぶんありません」


 滝沢は嫌そうに顔を歪めた。


「もっと安心することを言ってくださいよ」


「俺も探しているところです」


「見つかったら、査問が始まる前に教えてください」


 結局、安心する言葉は見つからなかった。


     *


 査問は王宮中央の謁見広間で行われた。


 玉座には国王が座り、その右手にアルフレッド、左手にオルバス神官長とローデンが並んでいる。左右の長椅子には大臣や貴族たちが座り、俺たち召喚者を珍しい動物でも見るような目で眺めていた。


 ガレンも出席しているが、剣を預けさせられ、衛兵二人に挟まれていた。


 救出された鉱夫たちは広間へ入ることを許可されなかった。「身分の確認ができていない」という理由だった。命を救われた当人の言葉より、椅子に座っていた人間の都合が優先されるらしい。


「異邦人、黒部修司」


 オルバス神官長の低い声が広間に響いた。


「汝は王国の許可なく禁足区域へ立ち入り、百五十年前より封じられていた黒門の封印具を取り外した。その結果、《喚声獣》が活動を再開し、王宮地下に重大な危険を生じさせた。相違ないか」


「黒門の換気口から黒い楔を抜くよう命じたことは事実です。ただし、それは封印を破るためではなく、東作業坑に取り残された七十二人へ空気を送るためでした」


「目的を尋ねているのではない。行為を認めるかと聞いている」


「行為だけを切り離せば、何でも罪にできます。剣で人を斬ったという事実だけでは、殺人か救助か判断できない。誰を、なぜ、どの状況で斬ったかが必要です」


 貴族たちがざわめいた。


 国王は不快そうに眉を寄せたが、止めなかった。


 ローデンが一歩前へ出る。


「では状況を含めて確認しましょう。黒い楔を抜いた後、《喚声獣》は七十二名のいる工具庫へ幻影を送り込み、さらに救助隊の記憶を読み取って精神を惑わせた。もしあの魔物が王宮地上部まで達すれば、王族や大臣へ成り代わり、国家そのものを混乱させるおそれがあります」


「だから門は開けず、換気口だけを再封鎖しました。現在、魔物は黒門の内側に残っています」


「完全に封じられた保証は?」


「ありません」


「つまり、七十二名を助けるために、王都全体を危険に晒した可能性がある」


「その危険を作ったのは、作業員を門の内側へ入れた人間と、換気と灯りを意図的に止めた人間です」


 俺はローデンの左手を見た。


「《事故鑑定》で見た限り、換気口へ楔を打った人物は左手の小指が銀色でした」


 広間の視線が集まっても、ローデンは動じなかった。


「能力による幻覚を証拠にするのですか」


「証拠ではなく、調査すべき情報です。あなたの義指、黒い楔に付着した金属粉、地下で焼かれた書類を比較すればいい」


「黒い楔は、王家が管理してきた封印具です。私が職務上触れたことがあっても不思議ではない」


「なら、いつ、どこで、何のために触れたのか記録を出してください」


「今ここで、私の査問を始めるおつもりですか」


「あなたが関係ないなら、記録を出せば済みます」


 ローデンの微笑みが、わずかに薄くなった。


「そこまでだ」


 国王が口を開いた。


「今は黒部修司の処分を決める場である」


 誰の責任かを調べるより、処分しやすい人間を処分する。それがこの査問の目的なのだろう。


「勇者様方からも証言を伺いたい」


 オルバスが言った。


 最初に前へ出たのは真田だった。


「黒部さんの指示がなければ、俺たちは何をすればいいか分かりませんでした。聖剣があっても、七十二人のところまで行けなかった。黒部さんは魔物と戦っていませんけど、誰よりも人を助けました」


「あなたは異世界から召喚されたばかりであり、王国の法をご存じない。黒部殿に利用された可能性もあります」


 ローデンの言葉に、真田は露骨に顔をしかめた。


「俺たちが何も知らないのは事実です。でも、何も考えていないわけじゃない。黒部さんは、危険も失敗した場合のことも説明しました。俺は自分で納得して送風輪を回したんです」


「まだ若いあなたが、経験豊富な大人に逆らえなかったのでは?」


「あなたたち、俺たちのことを勇者と呼んだり、何も知らない子供と呼んだり、都合に合わせて変えますよね」


 真田の声には、抑えきれない苛立ちが混じっていた。


「魔王と戦わせるときは世界の希望で、黒部さんを助けようとしたら判断のできない子供ですか。どちらかにしてください」


 謁見広間が静まり返った。


 岸本も前へ出た。


「風魔法を使ったのは、私の意思です。怖かったし、失敗したくなかった。でも黒部さんが、できるとは言わない、必要だから手を貸してほしいと言いました。もし、それが罪なら私も同じ罪です」


「岸本さん」


 俺が止めようとすると、彼女は振り返って俺を睨んだ。


「責任を勝手に取り上げないでって、さっき言いましたよね」


「共犯だと言う必要はありません」


「必要があるかどうかは、私が決めます」


 十七歳の少女に言い返され、俺は黙るしかなかった。


 滝沢も続いた。


「俺は黒部さんを全面的に信用していたわけじゃありません。今も、何を考えているか分からなくて怖いところがあります」


「もう少し言い方があるでしょう」


 真田が小声で言った。


「正直に話せと言われたんだから仕方ないだろ」


 滝沢は一度息を吸い、国王へ向き直った。


「信用できなかったからこそ、説明を聞きました。黒部さんの計画には、危険になったら止める条件があった。誰かを犠牲にして成功したように見せる計画じゃなかった。だから従いました」


 最後に白石が前へ出る。


「医療担当者として証言します。黒部さんが換気口を開かなければ、七十二名のうち多数が死亡していました。全員が助かったのは、偶然ではありません」


 オルバスは苦々しそうに四人を見た。


 王国にとって困るのは、俺一人を切り捨てることで召喚者全員が反発することだ。かといって無罪にすれば、黒門を王宮地下へ残していた責任や、無登録労働者を使っていた事実が表に出る。


「法に従えば、封印を破壊した者の刑は死罪です」


 ローデンが言った。


「功績があるからと罪を見逃せば、今後、善意を理由に禁足区域へ立ち入る者を止められません。王国と民を守るため、例外を認めるべきではありません」


「例外を認めないのであれば、無登録労働を命じた人間と換気を止めた人間も同じように裁いてください」


「その件は、別途調査します」


「便利な言葉ですね。処分したくない相手には、いつでも使える」


「無礼だぞ!」


 貴族の一人が怒鳴った。


 国王が片手を上げ、広間を黙らせる。


「アルフレッド。そなたはどう考える」


 それまで沈黙していたアルフレッドが、ゆっくりと前へ出た。


「死罪は適切ではないと考えます」


 ローデンが振り返った。


「しかし、この者は――」


「七十二名を救った者を即日処刑すれば、地下労働者だけでなく、王都の民にも不信が広がる。さらに四人の勇者が反発すれば、召喚の意義そのものが損なわれるでしょう」


「では無罪放免にすると?」


「それもできない。黒門へ干渉し、《喚声獣》の活動範囲を広げたことは事実です。そこで、古い王国法に残る《封鎖管理刑》を適用することを提案します」


 聞き慣れない言葉だった。


 ガレンが顔色を変えた。


「正気か、アルフレッド」


「何です、その刑は」


 俺が尋ねると、アルフレッドは淡々と答えた。


「王国には、現在も十二か所の封鎖迷宮が存在する。内部の魔物や遺物を破壊できず、扉と結界によって封じている施設だ」


「十二か所?」


「記録上は十二か所。しかし北西辺境には、公式記録から外された第十三封鎖迷宮がある。四十三年前に管理機能を喪失し、現在は周辺一帯が立入禁止となっている」


「そこへ俺を送ると」


「管理人としてな」


 真田が怒鳴った。


「それは役職じゃなくて、追放でしょう!」


「名称は重要ではない。黒部殿には、第十三封鎖迷宮の封印維持、内部調査、事故防止を命じる。任務を果たせば、封印へ干渉した罪を償うことになる」


「歴代の管理人はどうなりました」


 アルフレッドは、ほんの少し間を置いた。


「直近の七名のうち、死亡が確認された者は四名。残り三名は消息不明だ」


「生還者は」


「いない」


 つまり、処刑場が王都から辺境へ変わるだけだ。


 ローデンは反対しなかった。


 俺が第十三封鎖迷宮で死ねば、彼にとって都合がいい。万が一、迷宮を立て直せば、王国は危険な施設を管理できる。どちらへ転んでも、王国側には損がない。


「黒部修司」


 国王が玉座から俺を見下ろした。


「封鎖管理刑を受け入れるか。拒むならば、法に従い死罪を審議する」


「受け入れる前に、三つ条件があります」


「罪人が条件を出すか」


「俺一人を処刑すれば、ここにいる四人が王国を信用しなくなる。救出された百六人も黙ってはいない。条件を聞く程度の価値はあると思います」


 国王は不快そうだったが、否定しなかった。


「申してみよ」


「一つ。救出された作業員を、無登録労働と横流しの罪で処罰しないこと。管理側の命令記録を先に調査してください」


「二つ目は」


「焦げた木札と黒い楔を、アルフレッド殿の管理下に置くこと。神殿へ渡さず、勝手に処分させない」


 ローデンの目が細くなる。


「三つ。俺の指示に従ったガレンと、四人の召喚者を処分しないこと」


「自分自身の助命は求めぬのか」


「辺境へ送ると、もう決めているのでしょう。なら、残る人間の扱いを決めた方がいい」


 国王はアルフレッドを見た。


「可能か」


「作業員については恩赦とし、管理責任者の調査を優先する。証拠品は私の直属保管庫へ移します。ガレン隊長は一時停職としますが、刑事責任は問わない。勇者四名への処分は不要です」


「よかろう」


 国王が立ち上がった。


「黒部修司に封鎖管理刑を命じる。明朝、王都を出立し、北西辺境の第十三封鎖迷宮へ赴け。任務を放棄し王都へ戻った場合、死罪とする」


 槌の音が広間へ響いた。


 俺の追放が決まった。


     *


 翌朝、王都西門には囚人輸送用の馬車が用意されていた。


 ガレンは停職中にもかかわらず見送りへ来た。腰の剣は取り上げられているが、代わりに使い込まれた短刀と縄を俺へ差し出す。


「持っていけ」


「罪人に武器を渡していいんですか」


「管理人に必要な道具だ。聞かれたらそう答える」


「今、罪人か管理人かで揉めたばかりなんですが」


「都合のいい方を使え。王国の連中もそうしてる」


 ガレンは俺の胸へ短刀を押しつけた。


「死ぬなよ。お前が死ぬと、俺の停職が無駄になる」


「心配の仕方が相変わらず雑ですね」


「丁寧に心配してほしければ、戻ってこい。練習しておく」


 白石は薬と包帯を詰めた鞄を渡してきた。


「私も同行を申し出ましたが、許可されませんでした。神癒の技能を持つ者を王都から出せないそうです」


「その方がいい。証人と証拠を見ていてください」


「また人に役割を押しつけるんですね」


「頼んでいます」


「頼めば何でも引き受けると思わないでください」


「引き受けませんか」


「引き受けます。だから腹が立つんです」


 白石は俺の右手を取り、包帯の状態を確かめた。


「《事故鑑定》を使った後、吐き気や痺れが出たら必ず休んでください。迷宮に医療設備があるとは思えません」


「努力します」


「その返事は信用していません。紙に書きましたから、毎朝読んでください」


 鞄の一番上には、薬の使い方と休息条件が細かく記された紙が入っていた。


 真田は何か言おうとして、何度も口を閉じた。


「黒部さん。俺、王様にもう一度話してみます。魔王を倒したら願いを聞くと言われているので、そのときに――」


「まだ魔王と戦ってもいないでしょう」


「だから倒します。倒して、黒部さんを呼び戻します」


「無理に約束しなくていい」


「俺がしたいんです。黒部さんは、約束すると破れなかったときに苦しくなるから、最初からしない方がいいと思ってるんでしょう。でも俺は、破るかもしれなくても約束したい」


 若い人間の言葉だと思った。


 同時に、俺がとうに失くしてしまった考え方でもあった。


「では、待っています」


「そこは『必ず戻る』じゃないんですか」


「戻れるか分かりません」


「最後までそれですか」


「嘘をつくよりはいい」


「本当に面倒くさいなあ……」


 真田は泣きそうな顔で笑い、俺へ手を差し出した。


 握手をした直後、岸本が細い布を渡してきた。送風口へ結んだ目印の残りらしい。


「風の強さを見るのに使ってください。黒部さん、魔法より、こういう布の方を信用するでしょう」


「役に立ちます」


「お守りだと言ってるんです。役に立つかどうかだけで受け取らないでください」


「……大切にします」


「最初からそう言えばいいんですよ」


 滝沢は何も渡さなかった。


 代わりに、馬車へ乗り込む直前、周囲を気にしながら小声で言った。


「俺、査問で怖いって言いましたけど、黒部さんを助けたくないわけじゃありません」


「分かっています」


「本当に?」


「怖いのに証言した。それで充分です」


 滝沢はようやく頷いた。


 門の外では、マルタとルカ、それからジェスクが待っていた。


 マルタは焼いたパンと干し肉を包んだ袋を渡し、何も言わず頭を下げる。泣いている顔を見られたくないのか、最後まで顔を上げなかった。


「黒部!」


 ジェスクが怒鳴った。


「俺たちの証言が終わる前に死ぬんじゃねえぞ! お前がいないと、ローデンの野郎が全部作り話だと言い出す!」


「それは困りますね」


「困るなら生きろ! 辺境だろうが迷宮だろうが、勝手にくたばるな!」


 相変わらず命令だけは大きい。


「善処します」


「約束しろ!」


「できない約束はしません」


「最後まで可愛げのない野郎だな!」


 御者に促され、馬車へ乗った。


 最後にアルフレッドが近づいてくる。彼の手には、黒い鉄で作られた古い鍵と、一冊の薄い管理記録があった。


「第十三封鎖迷宮の管理鍵だ」


 受け取った鍵は途中で折れており、先端部分が失われていた。表面には、黒い楔や王宮地下の門と同じ尖塔の刻印がある。


「壊れています」


「四十三年前、最後の管理人が消息を絶った際に回収された。完全な鍵は迷宮内部に残されているらしい」


「壊れた鍵だけ渡して、管理しろと?」


「あなたは、壊れた物の方が得意なのだろう」


「誰から聞きました」


「あなた自身の行動から判断した」


 アルフレッドは馬車から離れる前に、声を落とした。


「第十三封鎖迷宮を、ただの処刑場だと思わない方がいい。王宮地下の黒門と同じ刻印がある理由を知りたければ、生き延びろ」


「あなたは、何を知っているんです」


「確かなことは何も。だから、あなたを送る」


「ずいぶん正直ですね」


「嘘をついても、あなたは壊れた鍵へ聞くだろう」


 アルフレッドが離れ、馬車が動き始めた。


 俺は掌の鍵を見た。


 折れた断面へ指が触れた瞬間、《事故鑑定》が勝手に反応する。


 暗い地下。


 尖塔の刻印が並ぶ巨大な扉。


 血だらけの手で鍵を握る、顔の見えない男。


『これは、迷宮を閉じるための鍵ではない』


 男は誰かへ訴えていた。


『管理人を、中へ入れるための鍵だ』


 次の瞬間、無数の鎖が暗闇から伸び、男の身体を引きずり込んだ。


 視界が馬車の中へ戻る。


 右手の痺れを堪えながら、俺は遠ざかる王都を見た。


 役立たずとして捨てられた先には、この王国が四十三年間放置してきた、第十三封鎖迷宮が待っている。


 そして俺は、そこへ入るための壊れた鍵を渡された。


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