第9話「佐伯の影、そして揺らぐ日常」
翌朝。
教室に入ると、昨日とは違う空気が流れていた。
「白石さんと早見くん、ついに付き合ったらしいぞ」
「マジか……でもお似合いだよな」
「いや、佐伯は絶対納得してないだろ」
ざわつきの中、僕――早見孝介は席に着いた。
そのとき、教室の扉が開く。
白石乃愛が入ってきた。
昨日よりも自然体で、
僕を見ると、ふわりと微笑む。
「おはよう、孝介」
その声は、もう“清楚な白石乃愛”ではなく、
僕だけに向けられた“恋人の乃愛”だった。
周囲がざわつく。
しかし――
その中に、ひときわ強い視線があった。
佐伯だ。
昼休み。
僕が弁当を広げようとした瞬間、佐伯が近づいてきた。
「早見。ちょっと話がある」
乃愛が心配そうに僕の袖をつまむ。
「孝介……行かないで」
「大丈夫。すぐ戻るよ」
そう言って席を立つと、佐伯は無言で廊下へ向かった。
二人きりになった瞬間、佐伯は低い声で言った。
「……お前、本気で白石さんと付き合うつもりなんだな」
「当たり前だろ。
乃愛が好きだから」
佐伯は拳を握りしめた。
「……白石さんは、俺のことを知らないだけだ。
お前より俺の方が、ずっとふさわしい」
「それは……乃愛が決めることだろ」
佐伯は僕を睨みつけた。
「……後悔するなよ」
その言葉は、ただの嫉妬ではなく、
何かを“企んでいる”ような響きがあった。
放課後。
乃愛は僕の隣に並び、手をつないだ。
「孝介……佐伯くん、何か言ってた?」
「まぁ、ちょっとな。でも大丈夫だよ」
乃愛は不安そうに僕の手を握り返す。
「……私、怖い。
佐伯くん、最近……目が怖いの」
乃愛の声は震えていた。
「大丈夫。俺が守るから」
そう言うと、乃愛は少し安心したように微笑んだ。
「……ありがとう。
孝介がいてくれるなら、大丈夫」
しかし――
その帰り道の途中、
僕たちの背後から視線を感じた。
振り返ると、電柱の影に佐伯が立っていた。
乃愛が怯えたように僕の腕にしがみつく。
「孝介……」
「大丈夫。行こう」
僕たちは歩き出したが、
佐伯の視線はずっと僕たちを追っていた。
翌朝。
教室に入ると、空気が重かった。
「ねぇ……見た?」
「白石さんの靴箱……」
「誰かがやったんじゃないの?」
嫌な予感がした。
乃愛が靴箱の前で立ち尽くしていた。
中には――
破られたプリントと、
「気をつけろ」と書かれた紙切れ。
乃愛は震えていた。
「孝介……怖いよ……」
僕は乃愛の肩に手を置いた。
「大丈夫。絶対に守るから」
そのとき、背後から声がした。
「……何かあったのか?」
佐伯だった。
その表情は、心配しているようにも見えるし、
何かを隠しているようにも見えた。
乃愛は佐伯を見て、怯えたように僕の腕を掴んだ。
佐伯はその様子を見て、
ゆっくりと笑った。
「……大変だな、早見」
その笑みは、明らかに“普通”ではなかった。
乃愛は震えながら言った。
「孝介……私、どうしたらいいの……?」
僕は乃愛の手を握り返した。
「大丈夫。
俺が絶対に守る。
何があっても、乃愛を離さない」
乃愛は涙をこらえながら頷いた。
しかし――
佐伯はその様子を見て、
静かに呟いた。
「……守れるなら、守ってみろよ」
その声は、
これから何かが起きることを予感させるものだった。
僕たちの日常は、
静かに、しかし確実に揺らぎ始めていた。




