第6話「広がる噂、揺れる心」
翌朝。
教室に入った瞬間、空気が昨日よりもさらにざわついているのがわかった。
「白石さんと早見くんって、やっぱり付き合ってるの?」
「いや、まだじゃないらしいよ。でも絶対そうなるでしょ」
「白石さん、昨日めっちゃ嬉しそうだったし」
僕――早見孝介は、席に着きながらため息をついた。
噂は、もうクラスどころか学年にまで広がっていた。
そのとき、教室の扉が開いた。
白石乃愛が入ってくると、空気が一瞬で静まる。
乃愛は周囲の視線を受け流しながら、
いつもの“清楚な白石乃愛”の微笑みを浮かべて席へ向かった。
しかし、僕の横を通るときだけ――
ほんの一瞬、柔らかい笑顔を見せた。
その一瞬を、また誰かが見ていた。
昼休み。
僕が弁当を広げようとした瞬間、クラスの中心にいる男子――
佐伯が近づいてきた。
「早見。ちょっと話いいか?」
佐伯は、乃愛に好意を持っていると噂されている男子だ。
その視線は、明らかに敵意を含んでいた。
「白石さんと……どういう関係なんだ?」
「どういうって……」
「はぐらかすなよ。
お前、白石さんと一緒に帰ってただろ。
しかも手、つないでたって聞いたぞ」
周囲がざわつく。
僕は言葉を選んだ。
「……乃愛とは、幼馴染だよ。それだけじゃないけど」
その瞬間、佐伯の表情が変わった。
「“それだけじゃない”って……どういう意味だよ」
空気が一気に重くなる。
そのとき――
「孝介、ちょっと来て」
乃愛が僕の腕をつまんだ。
その仕草だけで、教室が静まり返る。
佐伯が驚いたように目を見開く。
「白石さん……?」
乃愛は佐伯を見て、はっきりと言った。
「佐伯くん。孝介を困らせるのはやめて」
その声は、いつもの“清楚な白石乃愛”ではなかった。
強くて、まっすぐで、揺らぎがない。
佐伯は言葉を失った。
乃愛は僕の手を取り、そのまま教室を出た。
屋上に着くと、乃愛は僕の手を離さずに言った。
「……ごめんね。
私のせいで、孝介が嫌な思いしてる」
「乃愛のせいじゃないよ」
そう言うと、乃愛は首を横に振った。
「違うの。
私が……孝介のこと好きって、隠せてないから」
乃愛は僕の胸に額を寄せるようにして、続けた。
「でもね……もう隠したくない。
孝介のこと、好きって言いたい」
その言葉は、昨日よりもずっと強い。
僕は乃愛の肩に手を置いた。
「俺も……乃愛が好きだよ」
乃愛は顔を上げ、涙をこらえたように笑った。
「……ありがとう」
乃愛は僕の手を握り直した。
「ねぇ孝介。
もし噂がもっと広がっても……
私の隣にいてくれる?」
「もちろん」
乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ……明日、ちゃんとみんなに言うね」
「え?」
「孝介のこと、好きだって」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
乃愛は続ける。
「逃げないよ。
だって、孝介は……私の“特別”だから」
夕日が乃愛の横顔を照らし、
その決意は揺るぎなかった。
――明日、何かが大きく動く。
僕はそれを確信していた。




