第36話「デートの余韻と噂」
水族館デートの翌朝。
僕――早見孝介は、
教室に入る前から胸がそわそわしていた。
(……昨日の乃愛、可愛すぎたよな)
水色のワンピース。
手をつないだときの温度。
クラゲの部屋で寄り添ってきたときの柔らかさ。
全部が頭から離れない。
席に着くと、
乃愛がそっと近づいてきた。
「お、おはよう……孝介」
「おはよう。昨日……楽しかったな」
「うん……!
私、ずっと余韻が残ってる……」
乃愛は頬を赤くしながら微笑んだ。
(……可愛い)
その瞬間――
教室の空気がざわっと動いた。
「ねぇねぇ、昨日さ……」
「見た? 駅前で手つないでた二人」
「やっぱ付き合ってるんじゃね?」
「水族館行ってたって聞いたぞ」
(……やっぱり見られてたか)
乃愛は一気に顔を真っ赤にして、
僕の袖をぎゅっとつまんだ。
「こ、孝介……どうしよう……
みんな見てる……」
「気にしなくていいよ」
「む、無理だよぉ……!」
乃愛は机に顔を伏せた。
そこへ、
クラスメイトの 七瀬真凛 が近づいてきた。
「おはよ、二人とも」
「お、おはよう……真凛ちゃん……」
真凛はニヤニヤしながら言った。
「昨日のデート、楽しかったみたいだね?」
「っ……!」
乃愛は机に突っ伏したまま動かない。
「水族館で手つないで、
帰り道もずっと一緒で……
あれはもう、完全にデートだよね」
「ま、真凛……!」
僕が止めようとすると、
真凛は肩をすくめた。
「いいじゃん。
クラスのほとんどは気づいてたよ?
“早見と白石って絶対両想いだよな”って」
乃愛はさらに真っ赤になった。
男子たちも寄ってくる。
「早見〜、やるじゃん!」
「水族館デートとかリア充かよ!」
「白石さん、めっちゃ可愛かったって聞いたぞ!」
乃愛は耳まで真っ赤にして、
僕の袖をぎゅっと握った。
「こ、孝介……助けて……」
「お前ら、からかうなって」
「いやいや、羨ましいだけだって〜!」
男子たちは笑いながら席に戻っていった。
休み時間。
乃愛は僕の机の横に座り、
小さな声で言った。
「……ねぇ孝介」
「ん?」
「私……
噂されるの、ちょっと恥ずかしいけど……
でもね……」
乃愛は胸に手を当てて続けた。
「孝介とデートしたこと、
誰かに知られるの……
嫌じゃないかも……」
「乃愛……」
「だって……
孝介と一緒にいたってこと、
ちゃんと“特別”なんだって思えるから……」
その言葉に、胸が熱くなる。
放課後。
部活へ向かう途中、
真凛が僕の横に来た。
「ねぇ早見くん」
「なんだ?」
「白石さん、今日すっごく幸せそうだったよ」
「……そうか」
「うん。
あの子、恋するとすぐ顔に出るからね」
真凛は少しだけ真剣な表情で言った。
「だから……
泣かせたら許さないから」
「……わかってるよ」
真凛は満足そうに笑った。
帰り道。
乃愛は僕の隣で歩きながら言った。
「ねぇ孝介……
今日、噂されて恥ずかしかったけど……
でもね……」
乃愛は僕の手をそっと握った。
「またデートしたいって思った」
「俺もだよ」
乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
「……孝介と一緒にいると、
毎日が特別になるね」
その言葉は、
昨日の水族館よりも胸に響いた。




