第32話「七瀬真凛の本当の目的」
昨日の出来事――
乃愛が“本気の嫉妬”を見せたあの瞬間から一夜明けた。
教室に入ると、
七瀬真凛が僕――早見孝介の席の前で待っていた。
「おはよ、早見くん」
「お、おはよう」
真凛はいつも通り明るい笑顔。
でも、その目はどこか探るようだった。
乃愛は少し離れた席から、
不安そうにこちらを見ている。
(……乃愛、まだ気にしてるな)
そんな空気を察したのか、
真凛は僕に小声で言った。
「放課後、ちょっと話したいことがあるの。
時間、いい?」
「え……ああ、いいけど」
乃愛の視線がさらに鋭くなる。
(……これは、また何か起きそうだ)
放課後。
真凛が指定したのは、
校舎裏の静かな場所だった。
「ごめんね、急に呼び出して」
「いや、大丈夫だけど……
話って?」
真凛は少しだけ真剣な表情になった。
「昨日のこと、白石さんに悪いことしちゃったなって思って」
「悪いこと?」
「うん。
わざと“二人きりで教えて”って言ったの」
「……やっぱり、わざとだったのか」
真凛は苦笑した。
「白石さんがどれくらい本気なのか、
知りたかったんだよね」
「なんでそんなことを?」
真凛は少しだけ視線を落とし、
そして――
ゆっくりと僕を見上げた。
「だって……
白石さん、すごく不安そうだったから」
「え?」
「早見くんのこと、
本当に大切に思ってるのに……
自信がなさそうに見えたの」
真凛は胸の前で手を組んだ。
「だから、あえて揺さぶってみたの。
白石さんが“どれだけ本気なのか”
自分で気づけるように」
僕は息を呑んだ。
(……真凛、そんなことを)
真凛は続けた。
「私ね、恋愛って……
“自信”がないと続かないと思ってるの」
「自信……?」
「うん。
白石さんは早見くんのことが大好き。
でも、自分に自信がないから不安になる。
そのままだと、いつか苦しくなるよ」
真凛は優しく微笑んだ。
「だからね、
白石さんに“気づいてほしかった”の。
自分がどれだけ早見くんを想ってるかって」
「……真凛」
「もちろん、ちょっと意地悪だったけどね」
真凛は肩をすくめた。
「でも、昨日の白石さん……
本当に強かったよ。
あれなら大丈夫だと思った」
僕は胸が熱くなった。
(乃愛……あの時、あんなに必死だったのは……
自分の気持ちに気づいたからなんだ)
真凛は少しだけ照れたように笑った。
「それにね……
私、早見くんのこと“気になってた”のは本当だよ」
「えっ……」
「でも、白石さんを見てたら……
私の出る幕じゃないなって思った」
真凛は軽く笑いながら言った。
「だから、私は二人を応援する側に回るよ」
「真凛……」
「ただし!」
真凛は指を立てた。
「白石さんを泣かせたら、
私が早見くんを奪いに行くからね?」
「えっ……」
「冗談だよ。
……半分はね」
真凛はウインクした。
(……この子、強いな)
そのとき。
「……孝介……?」
振り向くと、
乃愛が不安そうに立っていた。
「ご、ごめん……
話してるの見えて……
気になって……」
真凛は優しく微笑んだ。
「白石さん。
大丈夫だよ。
私はもう、早見くんを取ったりしないから」
「え……?」
「昨日のあなたを見て、
“この子には勝てないな”って思ったの」
乃愛は顔を真っ赤にして俯いた。
「そ、そんな……」
真凛は乃愛の肩に手を置いた。
「白石さん。
もっと自信持っていいよ。
あなたは、早見くんにとって特別なんだから」
乃愛は驚いたように僕を見た。
僕は頷いた。
「乃愛は……
俺にとって一番大切な人だよ」
乃愛の目に涙が浮かぶ。
「……孝介……」
真凛は満足そうに笑った。
「うん、これでいい。
二人とも、ちゃんと向き合えてる」
帰り道。
乃愛は僕の手を握りながら言った。
「ねぇ孝介……
私ね、今日気づいたの」
「何に?」
乃愛は胸に手を当てた。
「私……
孝介の“隣に立てる人”になりたい」
「乃愛……」
「ただ好きなだけじゃなくて……
ちゃんと自信を持って、
孝介の隣にいたいの」
僕は乃愛の手を強く握り返した。
「乃愛なら、絶対なれるよ」
乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう。
孝介、大好き」
その言葉は、
夕暮れの風よりも温かかった。




