第31話「七瀬真凛」
サッカー部の練習試合から数日。
教室はいつも通りのざわめきに包まれていた。
僕――早見孝介が席に着くと、
前の席の女子がくるっと振り返った。
「ねぇ早見くん、昨日の試合の話聞いたよ。
すごかったんだって?」
その子の名前は――
七瀬真凛。
同じクラスで、
明るくて人懐っこくて、
男女問わず人気のあるタイプ。
「いや、そんな大したことじゃ……」
「またまた〜!
だってクラスの男子が言ってたよ?
“早見、マジでエース候補”って」
真凛はにこっと笑い、
僕の机に身を乗り出してくる。
「ねぇ、今度試合あったら見に行っていい?」
「え、ああ……別にいいけど」
「やった!」
その瞬間――
後ろの席から、
じぃぃぃぃ……っと視線を感じた。
振り返ると、
白石乃愛が固まっていた。
(……な、なにあれ……)
乃愛は胸の奥がきゅっと締めつけられた。
真凛は可愛い。
明るい。
誰とでも仲良くなれる。
そして――
孝介と同じクラス。
(……私より、ずっと話しやすいよね)
乃愛は自分の胸に手を当てた。
(なんで……こんなに苦しいの……?)
昨日の嫉妬とは違う。
もっと強くて、
もっと不安で、
もっと“怖い”気持ち。
放課後。
サッカー部の練習が始まる。
乃愛はマネージャーとして準備をしながら、
ちらちらと孝介の方を見る。
そこへ――
「白石さん、今日もよろしくね」
真凛が現れた。
「えっ……七瀬さん?」
「うん!
今日、練習見に来ちゃった。
早見くんの走り、見てみたくて」
乃愛の胸がズキッと痛む。
(……なんで来るの……?)
真凛は悪気なく笑っている。
「白石さんってマネージャーなんだよね?
すごいなぁ。
早見くんのこと、いつも近くで見てるんだ」
「そ、そうだけど……」
「いいなぁ。
私も近くで見たいな」
乃愛の心が揺れる。
(……やだ)
練習が始まると、
真凛はフェンスの近くで孝介をじっと見ていた。
「早見くん、かっこいい……」
その声が乃愛の耳に届く。
(……っ)
乃愛は胸の前で手をぎゅっと握った。
(なんで……
なんでそんなに孝介を見るの……?)
孝介は気づかず、
練習に集中している。
でも乃愛には、
真凛の視線が刺さるように感じた。
練習が終わり、
孝介が水を飲んでいると――
「早見くん!」
真凛が駆け寄ってきた。
「今日の走り、すごかったよ!
やっぱり運動神経いいんだね!」
「あ、ありがとう」
「ねぇ……
今度、個人的に走り方教えてくれない?」
「え?」
「私、運動苦手だから……
早見くんに教えてほしいなって」
その瞬間――
「……っ!」
乃愛の心が大きく揺れた。
(……二人で?
孝介と……?)
胸が苦しくて、
息が詰まりそうになる。
真凛が孝介の腕を軽く引っ張る。
「ねぇ、いいでしょ?
ちょっとだけでいいから」
「え、いや……」
孝介が困っているのを見て、
乃愛は思わず声を出した。
「だ、だめっ!!」
真凛と孝介が同時に振り向く。
乃愛は顔を真っ赤にしながら、
震える声で続けた。
「孝介は……
そんな簡単に“二人きり”で教えたりしない……!」
真凛は驚いたように目を丸くした。
「白石さん……?」
乃愛は胸に手を当て、
必死に言葉を絞り出す。
「孝介は……
私の……大切な人だから……!」
孝介は一瞬固まり、
そしてゆっくりと乃愛を見つめた。
真凛は少しだけ驚いたあと、
ふっと微笑んだ。
「……そっか。
白石さん、そういうことなんだね」
乃愛は息を呑む。
真凛は優しく言った。
「ごめんね。
ちょっと意地悪しちゃったかも」
「え……?」
「二人のこと、なんとなく気づいてたから。
白石さんがどれくらい本気なのか、
知りたくなっちゃって」
乃愛は顔を真っ赤にしたまま固まる。
孝介は乃愛の肩に手を置いた。
「乃愛……ありがとう。
俺も、乃愛が大切だよ」
乃愛の目に涙が浮かぶ。
「……孝介……」
真凛は二人を見て、
どこか満足そうに微笑んだ。
「うん。
やっぱりお似合いだよ、二人とも」




