第30話「初めての練習試合」
土曜日の朝。
学校のグラウンドには、いつもより緊張した空気が漂っていた。
僕――早見孝介は、
スパイクの紐を結びながら深呼吸する。
(……初めての練習試合か)
そこへ、
水色のリボンを揺らしながら乃愛が駆け寄ってきた。
「孝介、おはよう……!
今日、がんばってね」
「乃愛もな。
マネージャー、無理すんなよ」
「うん……!
でもね、孝介の試合、誰よりも応援するから」
乃愛は胸の前で手をぎゅっと握った。
その姿に、
緊張が少しだけ溶けていく。
ウォーミングアップをしていると、
桐谷先輩が僕の横に来た。
「早見くん、緊張してる?」
「まぁ、少しだけ」
「大丈夫。
あなたは走れるし、判断も速い。
それに――」
桐谷先輩は視線を乃愛の方へ向けた。
「応援してくれる子がいるんだから、強いよ」
「……はい」
胸が熱くなる。
試合が始まる。
相手は近隣の中学のサッカー部。
動きが速く、パスも正確だ。
(……強いな)
でも、負ける気はしなかった。
「早見、右サイド上がれ!」
「受けろ!」
「ナイス!」
僕は走り、
パスを受け、
相手をかわし、
何度もチャンスを作った。
そのたびに――
「孝介ーーー!!
がんばってーーー!!」
乃愛の声が、
グラウンドに響く。
(……聞こえてるよ、乃愛)
後半。
スコアは 1 - 1。
残り時間はわずか。
「早見、行け!!」
味方からのロングパスが飛んでくる。
僕は走り出した。
相手ディフェンダーが迫る。
(抜く……!)
フェイントを入れ、
一瞬の隙を突いて前へ。
ゴール前に出た瞬間――
「孝介ーーー!!
信じてるよーー!!」
乃愛の声が、
風を切って届いた。
(……行くぞ)
僕は右足を振り抜いた。
ボールは綺麗な弧を描き――
ゴールネットを揺らした。
「ゴーーール!!」
「早見、やった!!」
「ナイスシュート!!」
部員たちが駆け寄ってくる。
その後ろで、
乃愛が涙を浮かべていた。
「孝介……すごい……!
本当に……かっこよかった……!」
「泣くほどか?」
「だって……
孝介が頑張ってるの見て……
胸がいっぱいになっちゃって……」
乃愛は袖で涙を拭った。
「……私、もっと頑張るね。
孝介のそばで、ちゃんと支えられるように」
「乃愛はもう十分頑張ってるよ」
乃愛は照れながら、
僕の手をそっと握った。
片付けが終わったあと、
桐谷先輩が乃愛に近づいた。
「白石さん。
今日の応援、すごかったね」
「えっ……あ、ありがとうございます……!」
「早見くん、あなたの声で動きが変わってたよ。
……あの子、あなたのこと本当に大事にしてる」
乃愛は顔を赤くしながら俯いた。
「……私も、孝介のこと大事です」
「うん。
その気持ち、大切にしてね」
桐谷先輩は優しく微笑んだ。
(……やっぱりこの先輩、何か知ってる気がする)
乃愛は胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。
夕暮れの帰り道。
「孝介、今日のゴール……
本当にすごかったよ」
「乃愛の声が聞こえたからな」
「っ……!
そ、そんな……!」
乃愛は顔を真っ赤にして、
僕の腕にそっと寄りかかった。
「ねぇ孝介……
これからも、ずっと応援していい?」
「もちろん。
乃愛の声が一番力になるから」
乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ……
これからも、ずっとそばにいるね」
その言葉は、
今日のゴールよりも胸に響いた。




