第29話「桐谷先輩の助言」
サッカー部に正式加入して二日目。
放課後のグラウンドは、今日も活気に満ちていた。
僕――早見孝介は、
準備運動をしながら周りを見渡す。
乃愛は、昨日よりもずっと落ち着いた表情で
ビブスを並べたり、ボールを運んだりしていた。
(……頑張ってるな)
そんな乃愛の横に、
昨日の先輩マネージャー――桐谷先輩が近づいていく。
「白石さん、昨日はお疲れさま。
初日なのに、よく頑張ってたね」
「えっ……あ、ありがとうございます……!」
乃愛は少し緊張している。
桐谷先輩は優しく微笑んだ。
「ねぇ白石さん。
ちょっとだけ、話してもいい?」
「は、はい……!」
二人は少し離れた場所へ移動した。
僕は練習前のストレッチをしながら、
なんとなく気になって二人の方を見てしまう。
(……何話してるんだろ)
桐谷先輩は、
乃愛の手元を見ながら言った。
「白石さんって……
早見くんのこと、好きなんでしょ?」
「っ……!」
乃愛は顔を真っ赤にして固まった。
「な、な、なんで……!」
「見てればわかるよ。
あの子を見る目が、すごく優しいから」
乃愛は俯いた。
「……昨日、ちょっとだけ嫉妬しちゃって……
先輩が孝介と話してるの見て……
胸が苦しくなって……」
桐谷先輩はくすっと笑った。
「それでいいんだよ」
「え……?」
「好きな人が誰かと話してたら、
胸がざわつくのは当たり前。
でもね――」
桐谷先輩は乃愛の肩にそっと手を置いた。
「“嫉妬した自分”を責めるんじゃなくて、
その気持ちを“強さ”に変えればいいの」
「強さ……?」
「うん。
“もっと頑張ろう”って思える気持ち。
“もっと近くにいたい”って思える気持ち。
それが恋を育てるんだよ」
乃愛は驚いたように目を見開いた。
「……先輩、すごいです……」
「ふふ。
私も昔、同じだったからね」
桐谷先輩は優しく微笑んだ。
練習が始まると、
乃愛は昨日よりもずっとテキパキ動いていた。
・ボトルの補充
・ビブスの管理
・メニューの確認
・怪我の応急セットの準備
「白石、すげぇな」
「昨日より動きが速いぞ」
「やる気出てるな〜!」
部員たちも驚いていた。
僕は走りながら、
その姿を見て思う。
(……乃愛、強くなってる)
昨日の嫉妬が、
今日の頑張りに変わっている。
その姿が、
胸に刺さるほど眩しかった。
練習が終わり、
片付けをしていると、
桐谷先輩が僕のところへ来た。
「早見くん」
「はい?」
「白石さん……
すごく頑張ってるよ。
あなたのために、ね」
「……え?」
桐谷先輩は意味深に微笑んだ。
「大切にしてあげてね。
あの子、すごく純粋だから」
僕は思わず息を呑んだ。
(……乃愛)
桐谷先輩は軽く手を振って去っていく。
帰り道。
乃愛は僕の隣で歩きながら言った。
「ねぇ孝介……
今日ね、先輩に言われたの」
「何を?」
乃愛は胸に手を当てて言った。
「“嫉妬した気持ちを責めなくていい”って。
“その気持ちを強さに変えればいい”って」
「……乃愛」
「だからね……
私、もっと頑張る。
孝介のそばにいられるように。
胸を張って“マネージャーです”って言えるように」
乃愛は僕の手をそっと握った。
「孝介のこと……
もっと好きになっちゃったから」
夕暮れの風が吹き抜ける。
僕は乃愛の手を握り返した。
「俺もだよ。
乃愛の頑張り、ちゃんと見てるから」
乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、
昨日よりも少しだけ強く見えた。




