第28話「先輩マネージャー"桐谷"」
サッカー部に正式加入して初めての練習日。
放課後のグラウンドは、部員たちの声で賑やかだった。
僕――早見孝介は、
準備運動をしながら周りを見渡す。
(乃愛、ちゃんとやれてるかな)
そのとき。
「早見くん、だよね?」
振り向くと、
長いポニーテールの女子が立っていた。
二年生の先輩マネージャー・桐谷先輩。
落ち着いた雰囲気で、
笑顔が柔らかい。
「今日から正式加入なんだって?
よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
桐谷先輩はにこっと笑った。
「走るの速いって聞いてるよ。
期待してるからね、早見くん」
その言葉に、
少しだけ照れた。
その様子を、
少し離れた場所から見ていた乃愛。
(……あの人、誰だろ)
先輩マネージャーが孝介に話しかけ、
笑顔で何かを言っている。
孝介も、
いつもより少しだけ緊張した顔で返している。
乃愛は胸の奥が、
きゅっと締めつけられた。
(……なんで、こんな気持ちになるんだろ)
桐谷先輩は綺麗で、
落ち着いていて、
マネージャーとしても慣れている。
(私なんて……まだ全然できてないのに)
乃愛は胸の前で手をぎゅっと握った。
練習が始まると、
僕は走り込みやパス練習に集中した。
その間、
桐谷先輩が僕の動きをじっと見ているのに気づく。
「早見くん、フォーム綺麗だね。
中学で何かやってたの?」
「いえ、特には……」
「そうなんだ。
でもセンスあるよ。
すぐレギュラー狙えると思う」
「そ、そんな……」
褒められて悪い気はしないけど、
どこか落ち着かない。
その視線の先――
乃愛が、少し寂しそうにこちらを見ていた。
(……乃愛?)
練習が終わり、
乃愛はビブスを畳みながら小さくため息をついた。
(孝介……先輩と楽しそうだったな)
そこへ僕が近づく。
「乃愛、今日どうだった?」
「えっ……あ、うん!
楽しかったよ!」
笑顔を作っているのがわかる。
「……乃愛、何かあった?」
「な、なんでもないよ……!」
乃愛は慌てて視線をそらした。
(……わかりやすいな)
僕は乃愛の手をそっと取った。
「乃愛。
俺、先輩と話してただけだよ」
「……うん、わかってるよ」
「でも、乃愛が一番だよ」
「っ……!」
乃愛の顔が一気に赤くなる。
「そ、そんなこと言われたら……
余計に……」
「余計に?」
「……余計に好きになっちゃう……」
乃愛は胸に手を当て、
小さく呟いた。
帰り際。
桐谷先輩が僕に声をかけてきた。
「早見くん、今日よかったよ。
これから一緒に頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いします」
そのとき、
桐谷先輩はちらっと乃愛を見て微笑んだ。
「白石さんも、よろしくね。
……可愛い後輩が入ってくれて嬉しいな」
乃愛は驚いたように目を丸くした。
(……先輩、気づいてる?)
桐谷先輩は何かを知っているような、
そんな目をしていた。
帰り道。
乃愛は僕の袖をつまんだ。
「ねぇ孝介……」
「ん?」
「今日ね……
ちょっとだけ、胸が苦しかったの」
「先輩のこと?」
乃愛は小さく頷いた。
「……私、嫉妬したのかな」
「嫉妬してくれたの?」
「うぅ……言わせないでよ……!」
乃愛は顔を真っ赤にしながら言った。
「でもね……
孝介が誰と話してても、
私が一番そばにいたいって思っちゃうの」
僕は乃愛の頭を優しく撫でた。
「乃愛が一番だよ。
それは変わらない」
乃愛は嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう。
孝介、大好き」
夕暮れの風が、
二人の距離をさらに近づけていった。




