第2話「乃愛の“特別”の意味」
翌朝。
教室に入ると、すでに席に着いていた白石乃愛が、
僕――早見孝介の方をちらりと見た。
その一瞬だけ、昨日の“素の乃愛”が顔を出した気がした。
けれどすぐに、周囲の視線を意識したように、
いつもの“清楚な白石乃愛”へと戻る。
「おはよう、孝介くん」
丁寧で、落ち着いた声。
クラスメイトが聞けば「さすが乃愛さん」と言いそうな完璧な挨拶。
でも僕にはわかる。
ほんの少しだけ、声が揺れていた。
昼休み。
弁当を食べ終えた頃、乃愛がそっと近づいてきた。
「孝介、ちょっと……屋上、来てほしいの」
その声は、周囲に聞こえないように抑えられていた。
僕は頷き、乃愛の後をついていく。
屋上の扉を閉めると、乃愛はふぅっと息を吐いた。
「やっと……普通に話せる」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
「学校だと、どうしても“ああいう私”になっちゃうんだよね。
みんなが期待してるから」
乃愛は風に揺れる髪を押さえながら、
少し寂しそうに笑った。
「昨日のこと、覚えてる?」
乃愛が僕の目を見て言う。
「孝介の前の私は……特別って言ったこと」
もちろん覚えている。
忘れられるわけがない。
「……あれって、どういう意味なんだ?」
僕がそう尋ねると、乃愛は少しだけ頬を赤くした。
「孝介の前だとね、気を張らなくていいの。
昔から知ってるから……安心するのかな」
乃愛は視線を落とし、靴先で地面を軽く蹴った。
「それに……孝介が、私をどう見てるのか……気になるし」
その言葉は、まるで告白の一歩手前のようで。
僕の心臓は、嫌になるほど大きな音を立てた。
そのとき、屋上の扉がガチャッと開いた。
「白石さーん! 探したよ!」
クラスの女子が顔を出した。
乃愛は一瞬で“清楚な白石乃愛”に戻る。
「ごめんね、ちょっと風に当たってただけ」
完璧な笑顔。
さっきまでの乃愛とは別人のようだ。
女子が去ると、乃愛は僕の袖をそっとつまんだ。
「……ねぇ、放課後。
昨日の続き、したい」
その声は、誰にも聞かせない“乃愛の声”だった。
放課後。
乃愛は僕を見つけると、自然に隣へ並んだ。
「今日も一緒に帰ろ?」
昨日よりも距離が近い。
肩が触れそうで、触れない。
その曖昧な距離が、逆に意識させてくる。
「孝介ってさ……
私のこと、どう思ってるの?」
まただ。
昨日と同じ問い。
でも、今日の乃愛は昨日よりも真剣だった。
「……乃愛は、どうしてそんなこと聞くんだよ」
僕が返すと、乃愛は少しだけ歩みを止めた。
「だって……
孝介の答えで、私……変わっちゃうかもしれないから」
その言葉は、まるで告白の予告のようで。
僕は息を呑んだ。
乃愛は続ける。
「明日、時間ある?
ちゃんと……話したいことがあるの」
夕焼けの光が乃愛の横顔を照らし、
その表情はどこか決意を帯びていた。
僕は迷わず頷いた。
――白石乃愛は、僕に何を伝えようとしているのか。




