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無能教師と呼ばれた俺は、見捨てられた問題児たちを卒業させる。だが彼らは全員、次代の化け物だった  作者: 井芹蒼


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第5話 優しい力ほど誤解される

包帯を裂く音だけが、旧演習場の隅で小さく響いていた。


セレナの前には、止血具と薬瓶と三体の人形。  派手な魔法陣も、轟音もない。


「出血が多い相手を先に」


俺が言う。


「でも、動ける人を後回しにしすぎると混乱が広がる」


「はい」


セレナは真剣な顔で頷き、地面に置かれた三体の人形へ視線を走らせていた。


顔色不良。  脚部損傷。  呼吸浅い。


人形の胸元には簡易魔道具が埋め込まれていて、時間経過で状態が変わる。  ノアの提案で作った即席の訓練だ。


「一番危ないのは?」


「……この子です」


セレナが中央の人形を指す。


「でも、左の子を先に落ち着かせないと、右の子が動いちゃうかも」


セレナは中央を指しかけて、すぐ左の人形のそばへ膝を寄せた。  先に見ているのは傷だけじゃない。  崩れそうな順番だ。


「この子には先に声をかけます。待っててって言えたら、それだけで持つかもしれないから」


「その判断は悪くない」


「悪くない、ですか」


「完璧じゃなくてもいい。理由を持って選べ」


セレナは何度か頷いた。  そのあと、包帯の端をつまんだ指先が一度だけ止まる。  自分へ痛みが返ると分かっている時の止まり方だ。  呼吸も、少し浅い。


「セレナ」


「はい」


「お前一人で全部助けるな」


彼女は一瞬きょとんとしてから、少し困ったように笑った。


「それ、訓練の答えとしてはだめじゃないですか」


「人としては正しい。教師の胃には厳しい」


「褒めてるのか怒ってるのか、分かりません」


「両方だな」


セレナは目を丸くして、それからほんの少しだけ笑った。


そのとき、演習場の外から鋭い悲鳴が上がった。


「誰か!」 「待って、動かすな!」


振り向く。  隣接区画だ。  Bクラスの搬送訓練をやっていたはずの場所から、何人かの生徒が駆け出してくる。


その中の一人は、足を押さえて地面に倒れていた。


支柱代わりの木杭が折れ、運搬用の簡易台車が横転している。たぶん固定不足だ。


「ヒナ、崩れそうな材木をどけろ! ノア、周囲の足場!」


指示を飛ばした瞬間には、二人とも動いていた。


ヒナが倒れた木材を蹴り飛ばし、ノアが足場の傾きを見て危険ラインを切る。


倒れているのは、見覚えのある顔だった。


剣術訓練場でヒナに伸された上級生の一人だ。  脚に深い裂傷。出血も多い。


「先生、止血布!」


セレナが叫ぶ。  俺は腰袋から布を放り、彼女は受け取ると迷いなく膝をついた。


「待て!」


怪我をした上級生の友人が、セレナの肩を掴みかけた。


「そいつ、ゼロ組だぞ!」


「知ってます!」


セレナが、珍しく強い声を出した。


「でも、このままだと危ないです!」


その一言に、場が止まる。


彼女は震えながらも、目を逸らさなかった。


「……治すと、痛いです」


セレナの手が、わずかに揺れる。


「でも、戻ります。お願いします」


怪我をした上級生は、顔面蒼白のまま歯を食いしばっていた。  数秒だけ迷い、それから小さく頷く。


「やれ……」


セレナは深く息を吸い、傷口へ触れた。


淡い光が広がる。  次の瞬間、上級生の身体が跳ねた。


「ぐ、あっ、あああっ!」


周囲が息を呑む。  友人たちは一歩引いた。  セレナ自身も、流れ込んできた痛みに顔を歪めている。


だが手を離さない。


出血が止まる。  裂けた皮膚が閉じていく。


そこで、上級生が混乱した声を上げた。


「なんだ、これ……俺の、足だけじゃない……」


上級生の喉がひきつる。  その顔を見て、周囲の生徒たちがざわついた。


「やっぱり変だ」 「呪いだろ、あれ」 「危なくないか?」


セレナの肩がびくりと震える。


傷は閉じた。  それなのに、引いたはずの血より先に、視線の方が冷えた。


そして、こういう時に限って、面倒な大人は来るのが早い。


「何の騒ぎです」


医務主任のガルドナー教諭だった。


事情を聞き終える前に、彼はセレナの手元と、怯えた上級生の顔を見る。


「……またですか」


その言い方に、セレナの顔から血の気が引いた。


「また?」


俺が問い返すと、ガルドナー教諭は眉を寄せた。


「この生徒の治癒は、以前から報告がありました。回復自体はする。ですが患者に強い精神負荷が出る」


「精神負荷で片づけるな。今、こいつは助かった」


「助かったから問題ない、ではありません」


その言い方ひとつで、周囲の視線がまた冷える。


「特別矯正クラスの生徒が、他クラス生徒に不明瞭な術を使用した以上、学院へ報告します」


その一言で、嫌な予感が形を持った。


セレナは手を引っ込め、俯いた。


「……ごめんなさい」


「謝るな」


そう返したが、周囲の目はもう治った足ではなく、さっきの悲鳴に張りついていた。



その日の放課後。


セレナは教室の隅で、ほとんど消えそうな顔をして座っていた。


ヒナは机を蹴りそうな勢いで苛立っている。  ノアは珍しく本を閉じたまま、窓の外を見ていた。


「……やっぱり、わたしがいるとだめなんです」


最初にそう言ったのは、セレナだった。


「だめじゃない」


「でも、みんな怖がって……」


「怖がったやつの理解が足りないだけ」


ヒナが吐き捨てる。


「あの場で治さなかったら、もっと面倒だった」


セレナはそれでも首を振った。


「でも、わたしの治癒って……本当に、痛いから」


「痛いな。ずいぶん遠慮がない」


俺が言うと、セレナの肩が強く揺れた。


「ご、ごめんなさい」


「謝るな。それでお前を切っていい理由にはならない」


沈黙。


セレナは唇を噛んだ。


「学院から呼び出しが来る」


ノアがぽつりと言った。


「医務主任が報告したなら、実技参加資格を見直すかも」


「そんなことできるの?」


ヒナが睨む。


「できる。危険技能の再審査扱いなら」


セレナが視線を落とす。  その沈み方だけで、十分まずい。


「セレナ」


「はい……」


「もし再審査になったら、話すのは俺だけじゃない」


「え?」


「お前が、自分で話す」


ヒナがこっちを見る。  ノアも無言で視線を向けた。


「……無理です」


セレナは即座に首を振った。


「人前で、あんなこと……」


「怖いのは分かる」


「分かるなら」


「でも、お前の力をお前抜きで判断させる方が、俺は嫌だ」


セレナは言葉を失った。  膝の上で、指先だけが絡まる。


「選ぶのはお前だ」


「……」


「黙るのも選択だ。話すのも選択だ。どっちでも、俺はお前を切らない」


セレナは俯いたまま、指先を強く握っていた。


「でも、もし話すなら」


俺は続ける。


「便利な回復魔法として誤魔化すな。怖いなら怖い、痛いなら痛いって、そのまま言え」


ノアが小さく目を細める。  ヒナは腕を組んだまま、壁にもたれた。


少しの沈黙のあと、セレナがかすれた声で言う。


「……考えます」


それで十分だった。



翌日。


案の定、学院から再審査の呼び出しが来た。


場所は小会議室。  集まっていたのは、医務主任ガルドナー教諭、ヴァルター、そして学院長ミレイユ。


思ったより大ごとだ。  顔ぶれが揃いすぎて、笑うしかない。


「結論から言います」


ガルドナー教諭が書類を置いた。


「ずいぶん手厚いな」


「歓迎ではありません」


「セレナ・ルクスの治癒技能は、使用時に患者へ過度の恐怖と苦痛を与える。よって査定参加に制限を設けるべきだと判断します」


「制限とは」


「原則使用禁止。どうしても使うなら、常時監督下でのみ」


セレナが隣で小さく息を呑んだ。  それは実質、外せと言っているのに近い。


「異議があります」


俺が口を開く。


「あの場でセレナが治癒しなければ、生徒は重傷化していた可能性が高い」


「それは結果論です」


「現場はその結果を拾う場所だ」


「拾えなかった場合を問題にしています」


そこで口を挟んだのは、意外にもミレイユ学院長だった。


「結果も教育現場では大事です」


ヴァルターは腕を組んだまま言う。


「問題は、その力が管理可能かどうかでしょう」


ヴァルターの声だけが妙に乾いていた。  もう本人より先に、分類の話になっている。


「セレナ」


俺は横を見る。


「ここで黙ってもいい」


会議室の全員が、わずかに空気を止めた。


「でも、話すなら」


セレナは膝の上で手を握りしめている。  白くなるほど強く。


「自分の言葉で話せ」


長い沈黙のあと。


セレナは震える息を吸った。


「……わたしの治癒は、痛いです」


小さい声だった。  でも、ちゃんと届く声だった。


「治すとき、怪我した人の痛みとか、怖さとかが、少し流れます。だから、びっくりする人が多いです」


ガルドナー教諭が眉をひそめる。  セレナは続けた。


「でも、治らないわけじゃないです。助からないわけでもないです」


そこで一度、言葉が詰まった。  それでも彼女は、逃げずに前を向く。


「……だから、わたしは、隠して使いたくないです」


か細いのに、会議室の真ん中だけは外さなかった。


「説明して、それでも使うかどうか、相手に選んでほしいです」


ミレイユが静かに頷いた。  ヴァルターは無表情だ。  ガルドナー教諭だけが、まだ厳しい顔をしている。


「言葉は分かりました」


医務主任は言った。


「ですが、実際の負荷がどの程度かは別問題です」


そのとき、会議室の扉が叩かれた。


「失礼します!」


入ってきたのは、昨日治療された上級生だった。  脚を引きずってはいるが、自力で立っている。


「俺も言わせてください」


ガルドナー教諭が眉をひそめる。


「君は呼んでいません」


「でも、治されたのは俺です」


彼は一度だけ、セレナの方を見た。  気まずそうに視線を外しかけて、それでも戻す。


「確かに、めちゃくちゃ痛かったです。正直、もう一回やれって言われたら嫌です」


セレナの肩が縮こまる。


「でも」


上級生は喉を鳴らした。


「使うな、とは言えません。助けられたのは本当なんで」


そして頭を掻きながら、ぼそっと足す。


「……昨日は、悪かった」


逃げずに言っただけで十分だった。


「証言は分かりました」


ガルドナー教諭が切る。


「ですが主観だけで、安全性までは測れません」


「なら、見せます」


俺は袖をまくった。


昨日の訓練で擦った前腕の傷がまだ残っている。  深くはないが、治癒の実演には十分だ。


「レオ先生」


セレナが驚いてこっちを見た。


「お前が嫌なら、やらない」


「……」


「選べ」


数秒。


彼女は小さく頷いた。


「……やります」


俺は手を差し出す。  セレナの指先が触れた。


すぐに、熱と鈍痛が神経を走る。  傷の浅さに対して、感覚は深い。


「痛い」


会議室の空気が張る。


「でも、戻ってる」


傷が閉じていく。  俺はゆっくり息を吐いた。


「これは攻撃じゃない。相手の痛みを、少しだけ共有する治癒だ」


ガルドナー教諭が腕を組み直す。  ミレイユは黙って見ている。


「怖いのは力そのものじゃない」


俺はセレナの方を見る。


「何も知らないまま使わせることだ」


セレナが、目を見開いたままこっちを見ていた。


しばらく沈黙が続いたあと、ミレイユが椅子にもたれた。


「結論を出しましょう」


金色の瞳が、順に全員を見る。


「セレナ・ルクスの治癒技能を一律禁止にはしません」


セレナが息を呑む。


「ただし使用時には事前説明と同意を原則とする。査定参加も認める。その代わり」


学院長は俺を見る。


「レオ先生。彼女に 無理をしない役割設計 をしてください。善意で潰れる子は、教育現場では珍しくありません」


「はい」


「ガルドナー教諭、異論は」


医務主任は不満そうだったが、最終的には頷いた。


「……現場管理を徹底するなら」


ヴァルターだけが最後まで無表情だった。  だが、完全に押し切れなかったのも事実だ。



夕方の帰り道。


セレナは、昨日までより少しだけ背筋を起こして歩いていた。


「先生」


「ん?」


「さっき、怖いって言ってもいいって、言ってくれて」


「ああ」


「少しだけ、楽でした」


彼女はそう言って、胸元で指を握る。


「今まで、治せるなら我慢しなきゃって思ってたので」


「我慢は必要な時だけでいい」


「……はい」


ヒナが横から口を挟む。


「でも、次また誰かがごちゃごちゃ言ったら、今度は私が黙らせる」


「言い方」


「黙らせる」


「もっとだめだな」


ノアが小さく息を吐いた。


「ヒナが前に出ると余計こじれる」


「何それ」


「事実」


また二人が火花を散らしかける。


そのやりとりを見て、セレナが小さく笑った。  歩幅はまだ控えめだが、列からは外れない。

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