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無能教師と呼ばれた俺は、見捨てられた問題児たちを卒業させる。だが彼らは全員、次代の化け物だった  作者: 井芹蒼


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第4話 最低評価の勝ち方

月末実技査定の種目選択日は、学院全体が妙に騒がしかった。


中央棟の掲示板前には、朝から人が群れている。  上級生も下級生も、教師まで足を止めて、張り出された一覧を眺めていた。


俺たちが近づくと、人垣の端がわずかに割れる。


「来た」 「ゼロ組」 「ほんとに出るんだ」


聞こえないふりはできるが、気持ちのいい声ではない。


掲示板には、今月の暫定学級評価と実技査定の概要が並んでいた。


Sクラス、Aクラス、Bクラスと順に評価点が並ぶ中で、ゼロ組だけは順位ではなく、灰色の文字で 特別矯正クラス・暫定審査対象 と書かれている。


順位にも入れてもらえない。  分かっていたが、紙で見ると露骨だった。


「うわ」


ヒナが露骨に嫌そうな顔をした。


「最下位ですらないじゃん」


「最下位はまだ順位表の中だ。欄外よりは喧嘩しやすい」


「慰めになってない」


セレナは掲示板の下段を見ていた。


「しゅ、種目……四つ、あるんですね」


そこには、実技査定の四種目が並んでいる。


対人戦闘  対魔殲滅  護衛・搬送  複合災害対応


どのクラスも、この中から一つを選んで月末の査定に出る。  基本点は同じでも、何で差がつくかは種目ごとに違う。


ノアが一目で下段に視線を止めた。


「複合災害対応」


「気になるか」


「気になるというか、普通のクラスはあまり選ばない」


「なぜだ」


「点の配分が散るから。個人の強さで押し切りにくい」


なるほど。  つまり上位クラスほど、純戦闘寄りの種目を選びやすい。


そのとき、背後から落ち着いた声がした。


「当たり前でしょう」


振り向くと、数人の生徒を従えた女子生徒が立っていた。


長い淡金の髪を高く結い、紺と白のSクラス制服を皺一つなく着こなしている。顎の角度まで隙がなく、そこだけ空気が張って見えた。


Sクラス首席、アデル・ヴァルム。


昨日まで名前だけしか知らなかったが、掲示板前で空気が一段変わるあたり、学院内での格はよく分かる。


「査定は競技ですもの。勝つために、最も点の出る種目を選ぶ。それだけの話です」


ヒナがすぐに眉を上げた。


「へえ。わざわざ教えに来てくれたの?」


「いいえ。ただ」


アデルはゼロ組の札を見たあと、俺を見る。


「中途半端な希望は持たせない方が親切かと思って」


言い方は丁寧だが、中身は容赦がない。


セレナの肩が小さく縮こまる。  ノアは無表情のまま掲示板から目を離さない。


「ゼロ組が査定に出るのは自由です」


アデルは続けた。


「ですが、場を選び間違えれば、生徒を余計に傷つけるだけでは?」


周囲の生徒たちが、息を潜めて様子を見ている。


ここで感情的に返せば、ゼロ組は面白い見世物になるだけだ。


「助言どうも。朝からずいぶん世話がいいな」


俺は掲示板から目を離さずに答えた。


「その忠告、ありがたく使わせてもらう」


アデルが初めて、わずかに眉を動かした。


「どういう意味ですか」


「勝つ場を選べって話だろ。いい忠告だ」


俺は下段の種目一覧を指で叩いた。


「ゼロ組は 複合災害対応 を選ぶ」


ざわりと空気が揺れた。  アデルだけが、今度はすぐに口を開かなかった。  ノアの視線はもう掲示板の文字ではなく、その向こうにある見えない導線を追っている。  セレナも下段の文字を見たまま、小さく息を吸った。


「逃げた」 「やっぱり」 「対人も対魔も無理だからだろ」 「いや、あれ一番ごまかし利かない種目だぞ」


好き勝手言っている。  ヒナの目が一瞬で冷えた。


「先生」


声に棘がある。  案の定だ。


「それ、私たちが正面からじゃ勝てないって言ってるのと同じだけど」


「正面から殴り合う査定が、お前たちの強さを一番よく見せるとは思ってない」


「言い方」


「気に入らないか」


「気に入るわけないでしょ」


周囲の視線が集まる中で、俺はわざと落ち着いて答える。


「じゃあ聞く。今のゼロ組が、学院最上位の連中と同じ土俵で勝負して、勝てると思うか」


ヒナは即答しなかった。  木刀の柄を、指先で二度叩く。


「……個人なら、負けない」


「知ってる」


「でもクラスだと違う、って?」


「そうだ」


ヒナは不満そうに唇を曲げたが、否定はしなかった。


ノアが、そこで初めて口を挟む。


「複合災害対応なら、戦う強さだけじゃなくて、地形把握と護衛、判断も見られる」


「そうだな」


「僕たち向きではある」


「ある、じゃなくて」


ヒナが横から睨む。


「ノア、先生側につくの早くない?」


「事実を言ってるだけ」


「うわ、腹立つ」


「でも」


ヒナが木刀の柄を指で弾く。


「私一人が前で勝って終わるなら、ゼロ組で出る意味ない」


セレナがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……複合災害対応って、怪我人を助けるのも、点に入るんでしょうか」


「入る」


「そっか……」


「じゃあ……わたし、後ろで見てるだけじゃなくて済みます」


セレナはそれ以上言わなかった。  胸元で握った指先に、さっきより少しだけ力が入る。  それで十分だった。  この種目を選んだ理由は、そこにある。  ゼロ組は、一人の派手さじゃなく、教室として取りこぼさない形で勝ちにいく。


「レオ先生」


アデルが、もう一度こちらを呼んだ。


「その種目は、力で押し切れないクラスほど綻びが露呈します。体裁を整えるには、いちばん向きませんよ」


「だったら好都合だ」


「……好都合?」


「見苦しいと言われるのには慣れてる」


周囲が一瞬だけ静まる。


俺は種目表から手を離し、アデルへ向き直った。


「でも、見苦しくても勝つ方が、綺麗に負けるよりましだろう」


アデルは数秒だけ黙った。  やがて、ほんの少しだけ口元の笑みを消す。


「なるほど」


賛同ではない。  ただ、頬に乗っていた薄い笑みは、もう消えていた。


「でしたら、月末に」


「ああ」


「見せてもらいましょう」


Sクラスの一団が去っていく。  人垣も、潮が引くみたいに散っていった。


残った空気は決して軽くない。  だが、少なくとも笑われるだけの場では終わらなかった。



その日の午後、ゼロ組の教室。


黒板には大きく種目名を書いた。


複合災害対応


ヒナが腕を組んだまま、不機嫌そうに眺めている。


「で」


「で?」


「先生の言い分は分かった。でも、まだむかつく」


「助かる。分かりやすい」


「逃げたみたいで」


「見せ方を間違えたら、そう見える」


「間違えてるじゃん、今」


「だから月末でひっくり返す」


ヒナはむっとした。


「簡単に言う」


「簡単じゃない。面倒な方だ」


「先生、それ自分で面倒増やしてる自覚あるよね」


「ある」


ノアが本から顔を上げる。


「でも、理屈は合ってる」


「ノア」


「純戦闘だと、ヒナが前に出る。僕が補助。セレナは後ろ。それで形にはなる。でも、上位との差は残る」


「複合災害対応なら、相手の派手さより、事故をどれだけ減らしたかで点が動く」


「で?」


「先生が一番嫌ってる、切り捨ての発想が減点になる」


セレナが小さく息を呑む。


「そういうことだ」


俺は頷いた。


「手前で泣いてる一人に引っ張られて、奥の二人を遅らせるか。崩れかけた通路に一人で突っ込んで、助ける側が潰れるか。そういう判断まで点になる。強い一人が暴れて終わり、じゃない」


「……」


「ヒナ」


「何」


「お前の剣は、対人でも対魔でも強い。でも、俺が今ほしいのは 一番速く斬れる剣 じゃない」


「じゃあ何」


「一番速く、守る場所へ届く剣だ」


少しだけ、教室が静かになった。


ヒナは視線を逸らしたまま、机の端を指で叩く。


「……ほんと、そういうことだけはすぐ言う」


「褒めてるのか」


「知らない」


その横で、セレナが小さく手を挙げる。


「わ、わたし、怪我人の優先順を考える練習、したいです」


「いいな」


「えっと、誰から助けるか、間違えたくないので……」


その言葉に、ノアが少しだけ顔を上げた。


「じゃあ僕が状況を作る」


「え?」


「負傷者配置と崩落ルートと、制限時間。複数条件があった方が本番に近い」


セレナが驚いたように目を丸くする。  ヒナはそれを見て、肩をすくめた。


「もう決まりじゃん」


「いいことだ」


俺は黒板の端に、新しく書き足す。


今週の目標: 守る順番を間違えない


「査定まで、あと三週間」


「短くない?」


ヒナが言う。


「短い」


「無理じゃない?」


「無理かどうかは、最後に決める」


ノアが小さく笑った。


「それ、先生の口癖になってきてる」


「気づいたか」


「遅いよ」


セレナは黒板を見つめたまま、ぽつりと呟く。


「守る順番……」


声は小さいのに、その四文字だけ妙に重かった。



三日後。


複合災害対応の初回公開訓練は、予想通り見物人だらけだった。


旧演習場の外に、生徒がずらりと並んでいる。  教師たちまで腕を組んで見に来ていた。


「人気者じゃん」


ヒナがうんざりした声で言う。


「見世物だろ」


ノアは即答だった。


「その認識で合ってる」


だが、今日はそれでいい。  見られるなら、見せ方を選ぶだけだ。


「始めるぞ」


演習場の中には、崩落を模した木材、煙幕、負傷者役の人形、そして誤誘導用のダミー標識が配置されている。


派手さはない。  だが、間違えれば一気に崩れるタイプの課題だ。


「目標は一つ。全員を助ける、じゃない」


三人がこちらを見る。


「最終被害を最小にする」


セレナの肩が少し強張った。  ヒナも、ノアも、言葉の重さは理解している。


全員を抱えて走れたら楽だ。  だが、崩れる通路は待ってくれない。


笛を鳴らした。


煙が上がる。  木材が崩れ、人形が倒れ、悲鳴を模した魔導音声が演習場に響いた。


「右奥二名、左手前一名、中央崩落予兆」


ノアが即座に拾う。


「ヒナ、手前無視。奥の通路開けて。セレナは中央の見極め」


「了解」


ヒナが走る。  セレナは一歩目で迷った。  だが、すぐに踏み止まる。


「……中央、まだ崩れます。今は行っちゃだめ」


「理由」


俺が問う。


「この子はすぐ死なない。でも奥の二人は、木材が落ちたら危ない」


声は震えていた。  だが判断は揺れていない。


そのとき、見物人の中から小さなどよめきが起きた。 「中央を捨てた」 「違う。先に奥を通した」  中央の人形へ走らなかったことだけは、誰にでも分かる。


「そのまま続けろ」


俺が言うと、セレナははっきり頷いた。


ヒナが奥の通路の倒木を払う。  ノアが崩落タイミングを読み、誘導線を引く。  セレナは中央の負傷者に視線を残しながら、助かる順番を組み直す。


前より、ずっといい。


結果は完璧じゃなかった。  一人は救出に十秒遅れたし、誘導にも無駄があった。  だが訓練が終わったとき、見物席は最初の空気と少し違っていた。


「……思ったより」 「ちゃんとしてた」 「ゼロ組っていうか、普通に強くない?」


ヒナがその声を聞いて、わざとらしく肩を回す。


「聞いた?」


「聞こえた」


「悪くない」


そう言いながらも、彼女はまだ満足していない顔だ。  それでいい。


ここで満足するには早い。


演習場の端では、ヴァルターが記録表を見ていた。  そして少し離れた場所には、Sクラスのアデルもいる。


彼女は俺たちと目が合うと、静かに口を開いた。


「なるほど」


「感想は」


「思ったより面白い土俵を選びましたね」


それは半分褒め言葉で、半分は警戒だ。


「複合災害対応は、誤魔化しが利きません」


「知ってる」


「なら」


アデルは演習場を一瞥した。


「月末までに、あなたたちが本当にクラスになるかを見せてください」


アデルが去るのと入れ違いに、ヴァルターが記録表を閉じた。


「救出遅延一件。誘導の無駄が二回。月末までに潰せ」


初めて口を開いた声は、感想ではなく査定だった。


「できなければ、今日の見世物が少し上出来だっただけで終わる」


十分だ。  笑いだけで片づけられる位置からは、もう半歩出た。  だから次は、本当に数字を変えないといけない。

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