【特別SS】鉢植えの花
「あれ……スイレン、何やっているの?」
「まあ。ワーウィック。おかえりなさい。この鉢植えに、お花を植えているのよ」
ワーウィックは人型になり何処かに出掛けていたのか、歩いて家にまで帰って来ていた。
ちょうど庭で作業をし種を蒔き終わったスイレンは、小さなスコップを手にしたままで立ち上がった。
雑貨店で買った小さく可愛らしい鉢植えの中には、ガーディナー商会での仕事中に余った種を貰って植えていた。
「え? お花の種を? スイレンは花魔法が使えるのだから、すぐに花を咲かせられるのに……?」
花魔法を使えるスイレンは、主に種から花を咲かせることと、魔法で出来た花を咲かせることが出来る。
なのに、わざわざそうして時間を掛ける理由がわからないと、ワーウィックは不思議そうにしていた。
「ええ。これまでに私は、花魔法を使って花を咲かせて来たけれど、本来ならばこうして土に植えて水をあげて咲かせるものだから、一度……こうして、土に植えて種から花を咲かせてみたかったの」
これまでの彼女には、それは叶わないことだった。
スイレンは祖国であるガヴェアに居た頃は、働いても働いても常に搾取されて、粗末な食事と住み処を与えられる程度、余裕のある生活などとても出来なかった。
けれど、今ならばリカルドと同じ家に住み、自ら仕事をして報酬も得ている。
こうして『いつかやりたかった事』が、ようやく叶う時がやって来たのだ。
「ふーん……今日は何だか、雰囲気が違うね。スイレン」
「……そうですか?」
スイレンは自らの身体に視線を落とし、いつも通りのように自分では思えたので、目の前に居るしたり顔のワーウィックに首を傾げた。
(何が言いたいのかしら)
不思議そうな彼女を見て、ワーウィックは楽しそうににやっと笑った。
「リカルドが、帰って来る日だからかな。スイレンは、あいつのことが本当に好きだからね。わかるよ。喜んでいるのが、全身から見て取れる」
「まあ、ワーウィック……」
顔を赤くしたスイレンは、言葉をなくした。
(リカルド様、今日帰って来る。それは、ずっと待っていたから、確かに嬉しいけど……)
そんなにも、誰かから見てあからさまなのかとスイレンは恥ずかしくなった。
「とは言え、居なかったのは今回は、三日間だけどね。竜騎士団行事とは言え、あいつも大変だよね……」
リカルドは三日前から一年に一回の竜騎士団の伝統行事で山ごもりするらしく、真面目な彼には珍しく嫌そうな態度を隠さないままで城へと向かっていった。
「そうですね。三日……ですけど」
リカルドが山へと行ってしまってから、たった三日。
ただ、それだけの間だと言うのに、スイレンは彼の帰宅が待ち遠しくて堪らなかった。
不在になれば、いつ帰って来るのかと、そのことだけを考えてしまう。
やけに時間が過ぎるのが遅く思えて……こうして鉢植えをわざわざ買いに行って、花の種を植えてみようと思ったのも、何かに没頭して少しでも気分を変えたかったからだ。
もし、リカルドに出会わなかったら、こんな気持ちになることなんて……きっとなかっただろう。
「僕も詳しくは知らないけど、人の常識からすると、変な伝統多いらしいよ。ヴェリエフェンディ竜騎士団。なんか、団員の結婚式には非番は全員参加とか……そろそろ誰かの結婚式あるらしくて、皆もお祝いの準備をしているね」
「あら……そうなんですね。おめでたいですね」
一生に一度の結婚式となると色々と準備も大変だろうし、高給で有名な竜騎士が結婚するというとなると、きっと華やかな席になるだろうとスイレンは素直に思った。
(結婚するのは、一体誰なのかしら。私も会ったことがある人なのかしら……)
これまでスイレンも、リカルドと同じ竜騎士何人かに会う機会があった。もしかしたら、その時に会ったことのある人なのかもしれないと思った。
「……うん。スイレンもリカルドの同伴者として一緒に出席するんだから、服とか早めに用意した方が良いんじゃない? そういう服も可愛いけど、結婚式に出るっていうと、また違うしさ」
お祝いの席は公式な場なのだから、普段着ではいけないとワーウィックが言えば、スイレンは頬に手を当てて困った。
「そ! それは……大丈夫でしょうか。私はその……」
今の関係のままで公の場でリカルドと一緒に居て良いものなのかとスイレンが戸惑えば、ワーウィックは呆れたような表情で頷いた。
「何言ってるの。リカルド自身がスイレンじゃないと嫌だと言い張っているんだから、もうそれはそれで良いんだよ。あいつは君と結婚するためなら、家を捨てて国を出ても良いとまで宣言したんだから」
「……それは……その」
スイレンは困ってしまった。自分が原因で、リカルドにそうさせたい訳ではない。自分のために、何かを捨てて欲しいなんて思えない。
(けど……嬉しい。リカルド様にそう思って貰っていること)
大好きな彼にそこまで愛されていると伝えられ、スイレンは自然と笑みがこぼれた。
「あ……うん。噂をすればだね。もうすぐ帰るみたい」
「え?」
不意にワーウィックは宙に目を向けたままで言い、スイレンは驚いた。
「リカルド。もうすぐここに着くって……山でいろいろあったのか、なんだか、うんざりしているみたい」
「そうなんですか!」
スイレンは手に持っていたスコップを素早く片付けて、魔法で出した水で軽く手を洗い、慌ててエプロンを外した。
そして、家の中に入ると鏡を見て、変なところがないか確認した。
(髪も……うん。服だって、大丈夫。今から着替えていたら、もうすぐ帰って来るのにお出迎えに間に合わないもの……)
本来なら夕方に帰ると伝えられていて、出来れば着替えてから待ちたかったが、帰宅が早まったことに対してはスイレンは喜んでいた。
(嬉しい……嬉しい。もうすぐ、リカルド様に会えるんだ……!)
鏡に映る自分の目がキラキラを輝いていて、そして、どうしても笑顔になってしまうこと。
それだけのことでも、スイレンがどれだけリカルドのことを好きか、よく表していた。
――――扉が開く音がして、待って居た人の声が聞こえた。
「……ただいま」
「おかえりなさい。リカルド様」
慌てて廊下に出て彼を迎えたスイレンを見て、リカルドは眩しそうに目を細めていた。
「ああ。ただいま。スイレン。色々話したいこともあるんだけど……とりあえず、君を抱きしめても良い?」
スイレンはリカルドの言葉に答えを返す前に、駆け出して彼の胸に飛び込んだ。




