【特別SS】雪乙女コラボ
ガーディナー商会常連の顧客に花束を特別に頼まれて配達した帰り、スイレンはヴェリエフェンディ王都にある大通りを歩いていた。
(今日は配達が終われば仕事が終わりだわ……帰ったら、テレザさんを手伝って……それに、次の夜会での仕事の準備にも掛からなくては……)
スイレンは考え事をしながら道を歩き、目の前に居る女性に気が付いたのは、そのすぐ近くに来てからだった。
「あれは……アリスさん?」
リカルドの同僚ゴトフリーの恋人であると以前紹介された、黒髪の女性がいかにも困った様子で、きょろきょろと周りを見回していた。
「えー! もうっ……どうしよう!」
(もしかしたら、道に迷ったのかしら?)
ヴェリエフェンディは完全に区画整理された美しい芸術品のようなガヴェアの王都と違い、国が大きくなるにつれて王城を囲むような王都の円周は大きくなっていった。
なので、慣れない人は迷っても仕方ない作りになっているのだ。
「あの、こんにちは。何か困ったことでも、あったんですか?」
スイレンは周囲が見えていないアリスに近付いて、優しく声を掛けた。アリスは大きな紅茶色の目をまんまるにして驚き、その後、すぐにスイレンに抱きついた。
「わー! 嘘でしょう。こんな所でスイレンさんに会えるなんて!」
感動しているアリスの背中を叩き、スイレンは彼女が落ち着くまで待って、離れたところに質問をした。
「あの、アリスさん。もしかして……道に迷いました?」
スイレンの問いに、アリスは恥ずかしそうな表情で頷いた。
「そうなんです。今日は久しぶりに休みが被って彼とデート中だったんですけど、いつの間にかはぐれてしまって……自慢ではないですけど、私本当に方向音痴なんです。通勤に使う道以外は、友人か彼と一緒に居ないと迷ってしまって、だから、一度はぐれるとこんなことになってしまうんです」
涙目のアリスは本人に方向音痴の自覚はあるので、遠出する時は自分一人だけではないようにしていたらしい。
けれど、いつの間にかはぐれてしまったところをスイレンが見つけたという経緯だろう。
「そうなんですか。ゴトフリーさんも、心配されていると思います。もし良かったら二人の目的地が、私でわかる場所なら一緒に行きましょうか?」
「良いんですか!? ありがとうございます……是非、何かお礼をさせてください」
アリスは救世主を見つけたと言わんばかりに、手を組んでお祈りするようにした。
(とっても困っていたのね。私はあまり道には迷わないけれど、迷ってしまえば、きっと心細いわよね)
大袈裟に感謝されて苦笑してしまったものの、アリスにとっては困ったところを助けてくれるスイレンは頼れる存在に見えたのかもしれない。
「いえいえ。困った時はお互い様なので……それで、何処に行けば良いですか?」
「本当に優しくて、なんだか女神みたいに後光が差して見えちゃう……あ、デジデリオ菓子店っていうお店なんですけど……」
「……えっ?」
アリスが口にしたデジデリオ菓子店は二人が現在居る場所からは、かなり遠く距離がありスイレンは驚いてしまった。
(お菓子屋さんに向かっていたという事は、その近くに居たって事よね? ……王城を挟んで、反対側にあるお菓子屋さんだわ)
最近評判のお菓子屋さんだったので、ガーディナー商会でも従業員たちが浮かれて噂をしていた。スイレンもクラリスに会う時、お土産で持って行った事もあるので、何処にお店があるかは把握していた。
(いえ。私の知らない内に、この近くに支店が出来ているのかもしれないわ……あれだけ人気があるお店だもの)
「あの……ドルレアン通りにあるデジデリオ菓子店であっていますか……?」
もしかしたら、自分の知っている場所にあるお店ではないかもしれないとスイレンは思い恐る恐る聞くと、アリスは肯定の意味で首を縦に何度も振っていた。
「そこです! 一時間ほど歩いて来て、もう何処に居るかもわからなくなってしまって……今日はアレック……あの、ゴトフリーの竜なんですけど、アレックはお昼寝しているみたいで、何を言っても迎えに来てくれなくて……」
「そっ……そうですね。一時間も迷子に……? ゴトフリーさんもきっと慌てて居る頃でしょうし、私……ワーウィックに言ってみます!」
スイレンは慌ててしまった。まさか、自分が家出した時のように、王都の上空から竜が大捜索するということも有り得るかもしれない。
(ワーウィック。ワーウィック。アリスさんが迷子になったみたいなの。今私と一緒にモワナール通りに居るわ。これから、デジデリオ菓子店に一緒に行くから、リカルド様が居たらゴトフリーさんに伝えるようにして貰えないかしら)
ワーウィックは日中お昼寝をしていたと聞いたことはないし、これで仕事で城に居るはずのリカルドには伝わったとスイレンはほっとして息をついた。
「大丈夫です! これで伝わったと思います」
「ありがとうございます……ご迷惑をかけてしまって、すみません」
先に歩き出したスイレンにお礼を言ったアリスは、彼女に付いて歩き出した。
「……あの、もし答えづらかったら良いんですけど……どうして、ここまで?」
スイレンは純粋な興味が湧いて、目的地から一時間も歩いて王都の反対側まで来てしまったのか、アリスに聞くことにした。
「その……標識を見て来たはずなんですけど、焦って戻ろうとしたら、こんなことに……反省しています」
うなだれたアリスは一時間ほど迷っていたようだが、ここから歩いてデジデリオ菓子店に行こうとすると、遠いは遠いが、それほどまでに時間は掛からない。
彼女も彼とはぐれたと焦っていて、ぐるぐると同じ場所を回ったりしていたのかもしれない。
「いえ。デートの時にはぐれると、焦ってしまいますよね。私もきっと、そうなると思います」
これまで迷子になったことはないがスイレンはアリスの焦る気持ちに共感を示し、彼女はほっとして息をついていた。
「あの……リカルドさんって、どんな人なんですか? ゴトフリーからはとにかく凄い人っていう事しか聞いていないんですけど」
隣合って歩くアリスはおずおずとした様子で、リカルドについてスイレンに質問した。
「リカルド様ですか? ……どうでしょう。私も凄い人だとは思います。けれど、正直に言ってしまうと、私が最初に思って居た人とは違いました」
「そうなんですか!?」
アリスは驚き興味津々といった具合で、スイレンを見ていた。
「はい。無口だと思っていたのは……当時には婚約中の女性が居て、私にはまだ言えないことも多くて、言葉に出来なかっただけみたいです。それに、私は何でも努力なく出来る人なのかと思えば、そんなこともなくて、すごく不器用なところもあって……あと、信じられないくらい優しいです」
照れながら言ったスイレンに、アリスは感心して頷いていた。
「お話すごく興味深いです。実はゴトフリーはリカルドさんが完璧な人に思えて、幼い頃から劣等感を持っているみたいで……私にとってはゴトフリーが世界で一番なんですけど。けど、そんなリカルドさんにも、不器用なところがあったりするんですね」
「……そうですね。人それぞれ、何か悩みを持っているのかもしれないです……あ。良かったですね。アリスさん」
前から走ってくる人の姿が見えてスイレンは微笑み、その人が誰かを認識したアリスは何も言わずに走り出した。
(良かった。一時間も迷子になっていたなんて、ゴトフリーさん。心配していたと思うもの)
抱き合う二人を見て安心してほっと胸をなで下ろし、自らもリカルドに早く会いたいと思ったスイレンだった。




