【特別SS】風邪をひいた竜
朝、仕事に行ったはずのリカルドが、具合の悪そうなワーウィックを連れて帰って来て、今日は休日で一人寛いでいたスイレンは驚いた。
「えっ。ワーウィックが、風邪を引いたんですか?」
スイレンは疲れた様子で浮かない表情をしたリカルドの言葉を聞いても、それをにわかには信じられないという気持ちになった。
人化の術を使い人型になれば、幼い少年ワーウィックの本来の姿は、彼が元々持つ火属性に相応しく、真紅の美しい鱗で身体中が覆われた竜だ。
そんな竜ワーウィックが、大きな口でくしゃみをしているところを思い浮かべて、スイレンは何がどうなっているんだろうと困惑してしまった。
(竜って、風邪を引くことがあるね。本当に、知らない世界だったから、驚くことばかりだわ……)
初めて竜を間近に見た時も、ワーウィックやクライヴが人型になった時も、スイレンはただ驚くしかなかった。
だが、こうして竜だというのに、人がかかるような病気になってしまうなんて、思ってもみなかった。
「……ああ。俺も良く原理がわかっていないんだが、人型の時に病気になってしまうと、竜の姿に戻れないらしい。二日前くらいから、調子に乗って人型のままで眠っていたから、その時に風邪を引いてしまったんだろう。スイレンには悪いが家で寝かせておくから、何かあったら希望を聞いてやってくれないか」
「もちろんです! けど、リカルド様はお仕事大丈夫ですか?」
竜が竜化することが出来なければ、竜騎士としての彼の仕事はどうなってしまうのだろうと、スイレンが心配すれば、リカルドははあっと大きくため息をついて頷いた。
「まあ……竜化出来ないものは、もう仕方ない。遠征などは代わって貰って、俺は城で書類仕事でもして来るよ。スイレン。悪いけど、ワーウィックを頼む」
「はいっ。お任せください!」
リカルドは馬車で城へと向かい、それを見送ったスイレンは風邪の時は何が良いだろうと思い、酸味のある果物何種類かを絞りそれに蜂蜜を入れた果実水を作ることにした。
果実水ならば吐き気があっても飲むことが出来るし、甘みを足すために入れた蜂蜜は喉にも良い。
(懐かしいな……お母さんが生きていた時は、私が風邪を引くと良くこれを作ってくれていたなぁ……)
両親が生きていた遠い過去のことを思い返しながら果実水を作り、今は使っていない客室を用意するまでもないからと、リカルドのベッドに寝かされていたワーウィックを訪ねた。
「ワーウィック……大丈夫?」
「けほっ……スイレン。風邪って、こんなにしんどいの?」
スイレンを見て上半身を起こしたワーウィックは、熱が高いのか目は潤み、咳き込んでいた。
「風邪は病気だから、しんどくなってしまうのは当然よ」
「ぐったりして力も出ないし……けほっ……最悪だ」
何度か軽い咳をすると、チーンと鼻水を噛んでいた。
(嘘みたい……ワーウィックが、本当に風邪を引いてるわ)
リカルドの言葉を疑う気持ちはなかったが、本当に竜が風邪を引いていると思い、スイレンは目を瞬いた。
「はい。これを飲んで。喉にも良いし、体調が悪い今だって飲めるはずよ」
スイレンが爽やかな味の果実水の入ったコップを手渡すと、ワーウィックは何度か軽い咳をしてから受け取った。
「ありがとう……これ、美味しいね」
「柑橘の果物を、何個か絞っているの。それに蜂蜜を入れているのよ」
美味しい美味しいと飲んでいるワーウィックを見ながら、スイレンは彼の枕元に腰掛けた。
「今まで、知らなかったんだけど、僕たちは仮の姿の影響をそのまま受けてしまうらしいんだ。こんな風邪を引くなんて、生まれて初めてだよ。熱が出るって、こんな感覚なんだね」
「まあ……ワーウィック、熱が高いわ。何日か大人しく休んでいた方が良いわね」
喉を鳴らして果実水を飲むワーウィックの額に手を当てれば、確かにとても熱い。
「うん……迂闊だったよ。昨日、人型のままで、お腹を出して寝ていたんだ。午前中は大丈夫だったんだけど、ひどく寒気がしたと思ったら、咳が止まらなくなって……これだと、力が集中出来なくて竜化も出来ないし、もう最悪だよ」
初めて風邪を引いたとつらそうに言い募るワーウィックに、スイレンは苦笑して頷いた。
「大丈夫。軽い風邪なら、大人しく寝ていればすぐに治るわよ。ワーウィック。さあ……横になって、眠っている方が良いわ」
ワーウィックが飲み干し空になったコップを受け取ったスイレンは、彼に身体を横にするように促した。
「スイレン。頭が痛いし、喉も痛い。これだと、とても眠れないよ……人って風邪の時、どんな風に眠っているの?」
ワーウィックは初めての風邪にかかり、とても不安そうだ。
(高熱の時って、私はどうしていたかしら……裏小屋に住んでいた時は、薬を飲んで眠っていることしか出来なかったけど、お母さんが生きていた頃は……確か)
スイレンの花魔法は、種から開花させることも出来る。
一人で小屋に住んでいる時は、種を扱う商人から風邪や腹痛の際に良く効くという薬草を買い、それを煎じて飲んでいた。
けれど、今のワーウィックが必要なのは、薬ではないと思い、スイレンは何度か頷いた。
「……そうね。少し待ってて。ワーウィック。街まで出て、氷を買ってくるわ。今は食料保管庫にも、氷はあまりないはずだし……私。すぐに帰って来るから」
暑い時期をとうに過ぎて、それほどの量の氷を必要としていないので、追加で購入しなければならない。
スイレンはそう言えば、ワーウィックはきょとんとした顔で、彼女に言った。
「スイレン。何言ってるの! 氷が必要なら、クライヴが居るよ!」
「あっ……そうね。けど、クライヴは、お仕事中ではないの?」
ワーウィックは兄弟分のクライヴに、氷を出させようとしているようだ。
こうして風邪を引いてしまったワーウィックが、ここで休むことは仕方ないが、クライヴは今は城で何かしているのではないかと、スイレンは心配になった。
「大丈夫。大丈夫……今。呼んだ。氷って、どのくらいあれば良いの?」
どうやらワーウィックは、仕事中のクライヴを遠慮なく呼びつけたらしい。
(とは言え、私はこちらに向かっているクライヴに何も言えないものね)
クライヴに何も言えないなら、自分では止められないとスイレンはため息をつき、ワーウィックに必要な量を教えた。
「えっと……そうね。砕いて皮袋に詰めるから、小さな盤くらいあれば良いわ」
「うんうん。わかった……言っておいた。あ。スイレン、悪いけど氷を入れる盤を持ってきて窓辺に置いておいてくれる?」
意味ありげにワーウィックが微笑み、スイレンは首を傾げながら、彼の言った通りにした。
それから間もなく、庭に青い竜がザッと音を立てて降り立ち、大きな丸い目で窓から部屋を覗いたと思えば、ごとりと大きな音がして盥に小さな氷塊が入っていた。
青い氷竜クライヴはワーウィックに氷が必要だと呼ばれ、ただそれだけのためにやって来たのか、大きな翼を広げてすぐに飛び去ってしまった。
バサッバサッと大きな風切り音をさせて見るも間に飛び去るクライヴを見て、スイレンは呆気に取られた。
「もう……ワーウィック。クライヴは仕事を抜け出して、ここまで来てくれたのね?」
氷を割るための錐を使って、スイレンが砕いた氷を詰めた皮袋をワーウィックの額に載せると、嬉しそうな顔で頷いた。
「わー……氷が気持ち良い。クライヴは今待機中だから、急いで帰れば大丈夫だって」
何故か得意げな顔をしたワーウィックは、次に頭に敷く氷枕を作ってもらい、心地良さそうに眠ってしまった。
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久しぶりにリカルドが出て来ています~!会いたかった~!(本編も)
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