5-21 主張
「僕は仕方ないと思っているよ……我が国の勝利のためには、僕とリカルドが必須で必要だからね。だから、その重要さゆえに夜会があった時に僕がエスコート出来なかったのも、ちゃんと仕方ないとわかっているんだ。ねえ、スイレン」
竜騎士団はリカルドと他数名のみ帰国が遅れて支度が間に合わず、クライヴにスイレンをエスコートする係を取られてしまったせいか、あれ以来ワーウィックはすっかり拗ねてしまっていた。
(気にしていないって言っているほど、気にしているのね……わかりやすいわ。ワーウィック、可愛い)
現在もあれから既に一週間が経っているというのに、ワーウィックは可愛く頬を膨らませて気に入らないことを全身で主張していた。
家でくつろぐ二人はいつものように家の居間で、テレザの作ってくれた焼き菓子を食べていた。
スイレンはこれまでに、小さな男の子と話したことが少なかった。家族と言えば亡くなった母の妹である叔母夫婦だけだったし、彼ら側は両親を喪ったスイレンを家族と思っていたかどうかはわからない。
とにかく、これまでは生花売りをしている時に、言われて買いに来る男の子と数言話せば良い方だった。
だが、ワーウィックは永き寿命を持つ竜でいうと年齢は何歳であるかはわからないが、精神年齢はこの少年の姿で間違っていないだろうと思う。
「そうね……今度もし、私が夜会に出る時はワーウィックの出番よね。楽しみだわ」
「そうだよ! ……いや、リカルドが居ればエスコートはあいつになるだろう?」
ぱっと顔を輝かせて一瞬後にワーウィックはスイレンが貴族の妻として夜会に出席するなら、リカルドを伴うのが当然であることに気がついた。
また渋い表情を見せるワーウィックに、スイレンはどうすれば良いのと苦笑した。
「もう……ワーウィックったら。どうしても嫌だったのね?」
「そうなの! だって、普通僕だよ! 居なかったから仕方なくの代役なんだ……前だってそうだよ。クライヴよりも僕の出番なのに。大事なところでいつも取られるんだ!」
スイレンが彼の気持ちに寄り添うように言えば、以前リカルドと彼が囚われてしまった時にクライヴが一緒に行ってくれたことを思い出した。
「けど……ワーウィックは、リカルド様の竜だもの。リカルド様と一緒に居るのなら、そうなってしまうわ」
「大体が、リカルドが囚われ過ぎなんだよ! これで何度目だよ!」
頭を抱えたワーウィックはそう嘆き、スイレンは確かに自分が知るだけでもリカルドが囚われたのは三度目だったわと頷いた。
「ワーウィック。そう言わないで。リカルド様だって、好きでそうしている訳ではないもの」
二度ほどガヴェアに囚われた際は、リカルドは本来なら機密情報だったものを漏らされて自分ではどうにもならない状況だった。
今回の三度目は、自分の結婚の自由を勝ち取るためだった。
「……まあね。リカルドは今回のことは流石に腹に据えかねたんだね。あいつは協力してくれた竜騎士団全員に、お願いしますと頭を下げて回っていたよ」
「え? リカルド様が?」
国をどんな危ない状況からも守り切り最強と謳われている竜騎士団が「竜騎士への王女の横暴はいい加減にしてくれ」と、全員で拒否する姿勢になったので世論もリカルドの主張へと傾いた。
そうなれば、彼に拒否されながらも無理強いしていることがあからさまになり、ただでさえ後ろ盾が弱いあの王女は諦めざるをえまい。
「そうそう。貴族は普通なら、頭を下げない。必要がないからね……それに、リカルドってなんでも出来るから、これまでは頭を下げられる側だったと思うよ。けど、今回は自分一人の力だけではどうしようもないからって、一人一人頭を下げて回ったんだ」
「そうなの……? けれど、そんなことをして大丈夫なの?」
スイレンはリカルドの立場を思って、心配になった。貴族であり国の英雄と呼ばれる彼が、下手に出るなど侮られてしまうのではないかと思ったからだ。
「何言ってるの。スイレン。竜騎士は高潔であることが求められる。僕もそうだけど、竜はその程度のことで誰かを侮るような人間とは、絶対に契約を与えたりしない」
きっぱりと言い切ったワーウィックに、そうだったとスイレンは微笑んだ。
「そうね……そんな人は、竜騎士になれないものね」
スイレンは今は幽閉の身にあるはずのジャック・ロイドのことを、不意に思い出した。
彼はワーウィックがリカルドを選び、リカルドさえ居なければ自分が英雄と呼ばれていたのにと恨んでいたようだった。
(あの人ももしかしたら、元々は高潔でありたいと思って居た人だったのかもしれない。けれど、どうしても自分の中では抑えきれない思いが溢れて来て、どうしようもなかったのかもしれない)
スイレンはジャック・ロイドのしたことは、許せないし許したいとも思えない。けれど、それはスイレンがリカルドの恋人だったからだ。彼側の人間だから、そう思ってしまう。
彼の家族や友人は、どうだろうか。それほどまでに精神的に追い詰められたのなら、罪を犯すことも仕方ないと理解を示すかもしれない。
「そうそう。だから、リカルドは大丈夫だよ。僕から言わせれば、そんな解決法があったのなら、何ヶ月も前にすぐにしろよと思っちゃうけどね」
ワーウィックはパリンと音をさせて甘い焼き菓子を噛みながら、肩を竦めた。
「仕方ないわ。リカルド様は色々なものをその手に抱えているし、私のことだけではないもの」
スイレンはリカルドが自分と結婚したいと言ってくれたと考えるだけで、それだけで天に昇るような心地になる。それが様々な要因から多少遅れたからと言って、彼と別れたいとは思わなかった。
「……ワーウィック。世の中には絶対に無理って思うようなことも、状況が変わって、時が解決してくれることもあるのよ」
リカルドに連れ去られるようにしてこの国にやって来たスイレンだって、今でも自分の身に起きた奇跡が信じられない。
何ら変わることがない毎日にも、いつか時はやって来るのだと信じることが出来る。
「ふーん……まあ、僕はスイレンが幸せなら、それで良いけどね。結婚式はいつするって言ってた?」
「リカルド様は早くしたいけど今は竜騎士団が忙しないから、落ち着いたら結婚式をしようって……竜騎士団って伝統で、結婚式はその日の当番以外は、全員出席なんでしょう?」
何十人も居るのにどうやって全員の予定を合わせるのかと、スイレンは不思議になってしまうが、伝統と言われればなんとかするのだろう。
「あ。うん……お祝いって言うか、皆で楽しく飲める特別な日なんだよ。それに、竜騎士目当てのたくさんの女の子も、どこからともなくやって来るのも伝統だよ」
「え? そうなの?」
目を瞬かせたスイレンに、ワーウィックはしたり顔で頷いた。
「スイレンは知らないと思うけど、竜騎士って本当に俸給が高いんだ。人数は少ないから、競争率は高いけど。たくさんお金を入れてくれる旦那が忙しくてほぼ家に居ないって、世間的には最高の旦那みたいだよ」
「私はリカルド様が家に居てくれたら、すごく嬉しいけど……」
照れて恥ずかしそうに微笑んだスイレンに、ワーウィックはわかっていないと手を横に振った。
「それって、新婚三年目くらいまでの感情みたいだよ。大事にした方が良い。スイレン。僕はそんな可愛い君よりかは、世間を知っているからね」
やっと出番を取られた夜会のことを忘れてくれたらしいとスイレンはほっと息をつき、お茶を満足そうに飲んだワーウィックを見て微笑んだ。




