5-16 気づき(Side Ricardo)
「何か私にご用でしょうか。殿下」
胸に手を当て目を伏せたリカルドは務めて平静を保ち、王女カトリーヌの呼びかけに王族に対する礼を以て対応した。彼女は自らの目の色に合わせたのか、派手で煌びやかな金色のドレスに身を包んでいた。
他国の王族の訪れを知り、隣国の英雄リカルドを取り囲んでいた一団は嘘のようにパッと散った。
(何の用でここに来たかはわかっては居るんだが、どうか違っていてくれと思ってしまうな……)
夜会の席に王女に呼びかけられ、何度となく踊って欲しいと乞われたリカルドは違う用件であってくれれば良いと心から願っていた。
背の高いリカルドの仏頂面を見上げてカトリーヌは微笑み、彼の予想外なことを言い出した。
「リカルド・デュマース。私と一緒にロズタインの王族に挨拶をして欲しいのよ。彼らも世にも珍しい竜騎士と詳しく話してみたいのだとか……」
「殿下……それは……」
これはどう答えるべきかと迷い、リカルドは言葉を止めた。察しの悪いリカルドにも、なんとなくカトリーヌのわかりやすい意図が読めてしまったからだ。
(まずいな……ロズタインの王族に彼女のパートナーのように誤解されてしまっては、あまり良くない)
自国であれば世継ぎの王女カトリーヌの我が儘にリカルドが振り回されてしまったんだろうで収まることも、ここは異国だ。
彼女がぺらぺらと真っ赤な嘘を並べても、その場でそれは誤解だとは言いづらい。外部の人間の前で、継承権第一位の王女の顔へ泥を塗ることになってしまう。
「おいおい。何を言っている。カトリーヌ。それでは、俺が着いて来て居て良かったではないか! 格好の出番だな。王族で竜騎士なんだ。珍しいだろう。リカルドより、俺が適任だと思うが?」
不意にリカルドの肩に手が乗って振り返れば、キースは彼に後ろへ下がるように顎で示した。
「……キース」
眉を寄せた低い声で彼の名前を呼んだカトリーヌは、折良く現れた自身の叔父の子にあたるキースを見た。
竜騎士団団長キース・スピアリットの王位継承権は低い。元王弟の息子とて、一度臣下にくだった身だ。
だが、従兄弟同士で結婚した両親を持ち、王家の血の濃さを思えばカトリーヌにとっては自分の地位を脅かす男でしかなかった。
「そういった理由であれば、別にこのリカルドでなくても良いだろう。なんなら、別の竜騎士でも良いではないか……リカルドは口下手で面白いことを言わない男だということは、お前とて流石にわかっているだろう」
「……団長。それは余計では?」
「間違いない事実だろう。生意気なひよこは、今は黙っておけ」
リカルドは気にしていることを人前で言われて抗議したが、キースにいなされて、それもそうだと黙ることにした。
カトリーヌは思惑通りにいかない現状に苛々としているのか、二人をじっと睨み付けて眉を寄せて無言で去って行った。
「……おいおい。どっか行くんなら、何かは言えよ。俺はあいつと同じ王族だぞ。しかも、年上だ。あれが我が国の世継ぎの王女とは信じられん……流石に甘やかし過ぎじゃないか」
「……お姫様は、大体そうなんじゃないですか」
危ないところを助けて貰ったのでキースの質問に自分なりに真剣に答えたリカルドだったが、上司はそんな部下を見て呆れたように息をついた。
「姫は姫でも、色んな姫が居るだろう……まあ、我が王は子育てを完全に間違えたことに変わりはない。女王にさえならなければ……いいや、彼女と誰かを結婚させて王妃に据えるのも、到底無理だと思わないか」
「……団長が王位を継いだら良いじゃないですか」
「俺は国を背負うような重い立場は逃げられるなら、逃げたい……逃げられるならな」
そそくさとカトリーヌが去って行く背中を眺めていたキースは肩を竦め、視線を戻してリカルドを見た。
「ありがとうございました」
そういえばと思い返し、リカルドが頭を下げればキースは大きなため息をついた。
「いいや。気にするな……しかし、異国に来てまで我が国の英雄リカルド・デュマースに迫ろうとは……あの子には、他に何かやることがあるんじゃないか」
「英雄の名を、ブレンダン辺りに変えることは出来ないですか。戦場での働きは俺と同程度です。俺は前線で戦うだけなので」
「親友を、代理に立てるのか? それも良いかもしれない。ブレンダン・ガーディナーなら、あの王女も上手く手懐けられると思わないか」
冗談のつもりで言った言葉にまた冗談で返されたので、いつもの厳しい団長キースではない返答を聞いてリカルドは不思議に思った。
「団長……ブレンダンに何か恨みでも?」
「いいや、あいつは早々に結婚するべきだと思うんだ。あっちに行けば女官がブレンダンが来たわと騒ぎ、こっちに行けばメイドたちが本当に格好良いと騒いでいる。俺は城で働く人の心の安定のために、あいつは早く結婚させた方が良いと思うんだ」
リカルドの質問にキースは腕を組み、大真面目に女性受けの良い部下について語った。
「ああ。団長の彼女が、あいつを褒めたりしたんですか?」
何気なく思ったことをそのまま返したリカルドはその時のキースの顔を見て、背筋が凍る思いを味わった。
◇◆◇
(えー……今日も夜勤なの。僕、あんまり昼に寝るの好きじゃないんだけど)
竜騎士が来るのならと城の中庭に専用の小屋を用意されていた竜ワーウィックは、柔らかな藁の上にのんびりと寝そべり、自分を呼びに来たリカルドに抗議をしていた。
しかし、ワーウィックだってわかっているはずだ。王女の誘いから逃げ回るために、リカルドは夜間は部屋に居ないようにしているということを。
「悪い。帰ったらスイレンに魔法の花を出してくれるように言ってやるから」
ワーウィックはスイレンの出してくれる魔法の花が大好きで、本来ならば大気中にある魔力を食べて生きる竜なのだが、彼女の魔力は人でいうお菓子のような甘い味がするらしい。
(ねえ。それって、何の交換条件にもならないの知ってる? 君が頼んでくれなくてもスイレンは僕がお願いしたら、ちゃんと出してくれるんだからね……え。リカルド、僕が寝ている時に何かあったの?)
のっそりと身体を起こしたワーウィックは、今夜は苛々せずどことなく落ち着いて見えるリカルドを見て不思議に思ったようだ。
「いや……王女はもうそろそろ帰りたいと言って居るらしい。予定を切り上げての帰還になるから、各方面大幅に調整が必要になるようだ」
元々は自国へ訪問していた使節団と共にロズタイン入りしたカトリーヌだが、母の祖国と言えど異国ではすべてが思い通りになるとは言いがたく帰りたいと何度も口にして、好意的な国だとしても王族として外交をするにはあまり良くない状態だ。
状況が悪いと判断した臣下たちは、いくつかの重要な予定などを早められないかと、帰還の予定を早めるためにはどうすれば良いかと夜にも関わらず会議しているようだった。
決断せねばならないことが多いので、夜を徹して話し合わなければならないのかもしれない。
(へー……彼女の予定では君と近くで過ごして距離を縮めるためだったのに、全く話せもしないからつまらなくなったんじゃない?)
我が儘放題をしているカトリーヌのことだからそんなことだろうとワーウィックは言い、リカルドは彼の言葉を否定出来ずに大きく息をついた。
「行きたいと言ったり帰りたいと言い出したり、なんなんだろうな……早く帰りたい……」
スイレンは自分の家という絶対安全な場所に居るはずだが、それでも心配だった。彼女を国に連れ帰ってから、今回の護衛任務のように長い時間を離れたことはなかったからだ。
(スイレンも、リカルドを待ってると思うよ……あの子は本当に可愛いよね)
「ああ。スイレンは、世界一可愛いな」
何気なく自分が言った言葉にリカルドはそんなつもりなくさらりと惚気たので、ワーウィックは今までなんでだろうと思っていた疑問の答えを閃いた。
(……ねえ。リカルド。僕わかったよ! 君が貴族なのに褒め言葉が下手なのって、そういうことを今までに誰にも感じたことがなかったからじゃない? 一度でもそう誰かに感じていれば、こうして褒めれば良いのかとわかっているはずなのに、それが出来なかったということは……そうだったんだよ! そうだったんだ!)
どうでも良いことに気がつき何かとても素敵な発見をしたかのように目を輝かせたワーウィックの背に鞍を取り付けつつ、リカルドは何を興奮しているんだかと呆れた。




