5-15 話術(Side Ricardo)
「……ワーウィック。あのお方に穏便に俺のことを諦めてもらうには、どういう方法があると思う?」
リカルドはロズタイン王都を見下ろせる高台に佇み、近くに寝そべっている火竜に聞いた。
火竜ワーウィックは幼い少年の姿に人化することも出来るが、イクエイアスより一日に回数制限が課せられているし、上位竜から遠い距離を離れている異国のせいかいつになく周囲を警戒しているようだ。
通常の竜騎士の任務であれば、遠くても国境の防衛へ行く程度だ。しかも、国防に関わるような大きな戦いでないと竜騎士は呼ばれずに、小競り合い程度なら軍部が片付ける。国の中へ湧いた魔物を片付けることも仕事だが、それならば国内のみの移動になる。
本来ならばここに居るべきではない異国に居る自分を思い、リカルドはやはり苛々とした気持ちを隠せなかった。
(……はっきり言ったとしても無駄なんだから、向こうが諦めるのを待つしかないよ。どうやら、君は自分の立場を忘れているようだけどね。デュマース家の当主なんだよ。王族に逆らって一族郎党島送りになんて、なりたくないだろう)
「俺は……別に構わない。スイレンと二人で逃げることだって考えたんだ。それであれば、親しい親族も一緒に暮らせる」
(……君は良くても、皆は嫌なの! もうっ、本当に初恋をして、どうかしちゃったんじゃないの)
リカルドの言葉に抗議するかのようにワーウィックは伏せていた大きな顔を上げたが、彼の真っ直ぐな視線に押し負けたようにして大きな鼻息をついた。
それでも、ワーウィックはリカルドと共に来てくれるだろう。
長い長い寿命を持つ竜にとって、人の生は短い。だから、竜騎士と契約した竜は、たとえ契約を与えし騎士が竜騎士団を離れようが、彼らと共に居ることを望んでいた。
上位竜イクエイアスの眷属で雄竜は、生涯に一度は竜騎士と契約するように義務づけられている。ワーウィックのような年若い竜が多いのも、そのせいだ。
血気盛んな竜は竜騎士と連携して戦闘する喜びを知り、何度も同じように契約することもあるそうだが、それは稀な例だった。
「スイレンはそういえば、今日辺り大きな夜会を担当するんだったな……頑張っているだろうか」
リカルドから見ると、スイレンは花魔法を使ってお金を稼ぐことに、どこか拘っているように思う。
彼女はこの花魔法しか満足に扱えないとリカルドに自分を卑下していたこともあったので、祖国のガヴェアではあの魔法はあまり重用されていないのかもしれない。
けれど、リカルドはいつもそれを不思議に思うのだ。人に誇れるような素晴らしい能力を持っているというのに、何を卑下することがあるのだろうと。
昔の話を聞けば亡き両親の代わりに育ててくれていた叔母がとんでもない人だったようなので、もしかしたら素直で純粋なスイレンが思い通りになるように育てられていたのかもしれない。
そんなスイレンのことを思う度に、リカルドはあの時に自分が売られるように嫁入りしなければならないと泣いていた彼女を見つけることが出来て良かったと思う。
敵国に自分を売るという非道な裏切り行為をしたジャック・ロイドにも「彼女に会わせてくれて、ありがとう」と、笑顔でお礼を言ってやりたいくらいには。
(スイレンは頑張り屋さんだから、上手くやるんじゃない。花魔法をただ使う訳でもなくて、色々と工夫して演出を考えたりすることが嬉しいみたいだよ)
「そうか……俺もスイレンに色々と仕事の話を聞くけど、大変なこともありつつ楽しそうにやっているみたいだ」
リカルドが出会ったばかりの頃のスイレンは、あまり喋ることが得意ではないのかと思って居たら、彼女はただ単にその経験が少なかっただけのようだった。
最近は多くの仕事を通じて人と話すことが多くなって来たせいか、自分の言いたいことをリカルドへと伝えその上で楽しそうに冗談も言ったりする。
前向きに努力をしているスイレンは非常に可愛らしく、リカルドはそんな彼女を見るだけで満足出来るのだが、たまに焦る気持ちを抱くこともあった。
(まずいな……もしかしたら、喋るのが下手なのは俺だけじゃないか?)
リカルドはスイレンの話を聞き、そうなのかとただ頷くばかりで、楽しそうに話す彼女に上手い返しが出来ているとは言えない。
(……その通りだと思うよ。あの子は今まで親しく話す人が少なくて、あまり慣れていなかっただけで、色んな人と交流することを楽しんでいるみたいだし……口数を増やすために、口うるさい妹の相手でもしたら?)
口には出していないが危機感を抱いているリカルドの胸の内を読んだワーウィックは、呆れたようにそう言った。
リカルドはあまり話すことが得意でもないし、これまでに特段必要を感じなかったので話術を磨いたりすることもなかった。それもこれも、亡くなった両親が決めた元婚約者イジェマが居たからだ。
長年婚約関係にあった彼女と婚約解消するには、様々な困難が待ち受けていた。正直な話、ガヴェアで捕らえられるまでのリカルドは、惰性でイジェマとそのまま結婚しても良いとまで思って居たのだ。
デュマース家を継ぐ跡継ぎさえ二人ほど産んで貰えば、彼女が何処の誰かとよろしくやろうがそれはそれで良いと思っていた。貴族にはよくある事だ。
だが、リカルドはスイレンを見つけ、自分の国に連れ帰ったのだ。
「……俺はスイレンが初恋だし、婚約をしていたイジェマとは常に不仲だった……そういえば、これまでに女の子の喜ぶような会話を考えたこともない」
若い女の子と話す機会もなくはなかったのだが、リカルドが何処の誰であるかを知ると、誰もがそそくさを別れの言葉を口にして去って行った。
確かに絶世の美女と呼ばれていた貴族令嬢イジェマと張り合おうとするならば、その後の人生をすべて賭けるような勇気は必要なのかもしれない。
スイレンだけは、別だ。あの子はリカルド自身が結ばれたいと強く望んでいて、いくつもの難関を乗り越えることの出来る気力をくれた。
(君には、その必要がなかったからね……良いんじゃない。これから頑張ったら。リカルドが多少変なことをしても許してくれるよ。あの子は……君が本当に好きだからね)
「そうだな」
彼女との仲を惚気るでもなく普通に同意したリカルドに、ワーウィックはなんとも言えない顔をしたが、深夜で彼も流石に眠くなってきたのか大きな赤い目を閉じていた。
そんな様子を確認してから、リカルドはスイレンに次に会ったら何を言おうかと考えることにするかと思った。
ただ夜勤中を装うだけの無意味な夜になるかと思ったが、スイレンとの今後のことを考えればいくらでも時間は潰せそうだった。
◇◆◇
リカルドもヴェリエフェンディ王国の使節団としてロズタイン入りしているので、気が乗らないからとすべての催しに欠席する訳には流石に行かず、とある日の夜会には正騎士服を着用し出席していた。
最強と名高い竜騎士団が珍しいのか、リカルドと共に居る先輩数人と団長のキース含め、ヴェリエフェンディの一団へ視線は集まっていた。
(……知っている顔がひとつもないと、逆に気が楽かもしれない)
リカルドは竜騎士でありつつ広い領地を持つ貴族でもあるので、顔を合わせれば挨拶せねばならない関係性のある貴族も多く存在した。
だが、この異国であればすべて新しい顔に新しい名前だ。誰かと挨拶をしても、すぐに次から次へと初対面のロズタイン貴族から挨拶を受ける。
リカルドも彼らもお互い承知のことだが、今ここで挨拶しても、二度目は会うことのない人々ばかりだろう。
ただ単に、話の種に「あの竜騎士リカルド・デュマースと挨拶をした」と、彼らは言いたいだけなのだろうとリカルドは思っていた。
だからこそ、長い列を作り多少の時間を待ったとしても彼と挨拶を交わしたいと思っているのだ。
「リカルド・デュマース!」
遠くから自分の名前を呼ぶ声を聞き、さすがにここでは彼女から逃げ切れないだろうとため息をついたリカルドは覚悟を決めた。




