4-10 夜
洞窟の中に空気の流れがあるのなら、出口はあるはずだし近いだろうという彼の読みは確かに当たっていた。どこかから吹いて来る風を頼りに目指して歩けば、その風穴は天井付近にあった。
どう考えても手が届かなさそうな風穴を何も言わずに見上げていたリカルドは、ワーウィックを通じて心の中で他のメンバーと連絡を取り合っていたようだった。
やがて彼は首を緩く振って、後ろで待っていたスイレンを振り返った。
「スイレン。ごめん。今日は、ここで夜を過ごそう。洞窟から出るのは、すぐには無理みたいだ。朝になれば皆が手分けして、この穴の位置を探してくれると言っていたから。そうすれば、あの場所からロープを降ろして助けに来てくれると思う。不幸中の幸いで、真水が飲める水場がすぐ近くにあって、助かったけど……スイレン。お腹すいてない? 大丈夫?」
リカルドが万が一のために携帯していた乾燥食料を先程二人で分け合って食べたので、元々食の細いスイレンは、それほどお腹をすかせている訳でもなかった。
「……私は大丈夫です。数時間ここで過ごしたら戻れるなら、気にしないでください」
足元が見えない夜に山中を歩き回ることは危険なので、朝になってから探索するとした彼らの判断は正しいとスイレンも思った。それに、リカルドの仲間たちが優秀なことは良く知っているので、必ず助けに来てくれることを疑いもしていない。
「竜が俺たちの気配を探っても、何か洞窟内にある変な魔力が干渉して、正確な位置が割り出せないみたいなんだ。ごめん。俺たちが、何も考えずに興味本位で入り込んだけど。まさか、洞窟内にあんな仕掛けがあるなんて……よくよく思えば注意を払うことも、していなかった。もし、これが業務中だったら、団長に怒鳴られるくらいでは済まない。こんなことになって、本当にごめん」
落ち込んだ様子のリカルドは、スイレンが座っていた岩の上に腰掛けて息をついた。あの時に洞窟へと入った全員が、ほんのお遊びの冒険だと思っていた。スイレン自身も、そうだった。リカルドだって、その日の内には必ず帰れると思っていたのだろう。
上を仰ぎ見れば風穴から見えた外は、もう暗くなってしまっていた。何処からか夜行性の梟のホウホウという鳴き声も聞こえて来た。
二人が洞窟を彷徨って歩き回っていた間に、もう夜に近い時間になっていたということだろう。
「ふふっ……団長さんって、凄く厳しいんですね。ワーウィックやクライヴも、口々に怖いって言っていたから……」
スイレンが今までに一度だけその姿を目にしたことのある竜騎士団団長キース・スピアリットの外見は、わかりやすい恐ろしさや厳しさなどは感じさせなかった。異性が彼を見てしまえば思わず息をついてしまうような、魅力的な美青年だ。
けれど、団長という組織を纏める存在なのだから、部下にただ優しくすれば良いというものでもない。数多く居る部下達に、集団の規律を守らせ厳しくあるのも、彼の大事な勤めなのかもしれない。
「怖いって、いうか……うん。団長は、鬼かな」
リカルドは言葉を選ぶようにして、微妙な表情でそう呟いた。その理由を深く聞いてはならないような気がして、スイレンは黙ったままで周囲を見渡した。
洞窟内には見渡す限り、ゴツゴツとした岩場が広がっていた。
「……今夜は、ずっと起きていた方が良さそうですね。ここでは流石に横になって、眠れないですし」
柔らかなベッドなどある訳もなく剥き出しの岩場は、硬くて冷たそうだ。冬場ならは、防寒用のマントなども持っていただろうが、今は季節も夏場で服も最小限の薄着だ。
これでは座ったままで夜を過ごすしかないだろうと思ったスイレンに、リカルドは不思議そうな顔を向けた。
「俺は、別にここで横になって眠ることも出来るよ。魔物退治の時に、こういったところで寝て野営することも、良くあることだから。スイレンは慣れないと思うし身体が痛いかもしれないから。俺の上で眠れば良いよ」
厳しい訓練に耐えうる鍛え上げられた肉体を持つリカルドは、こうした洞窟の中で一晩明かすことくらいなんてことないという、あっけらかんとした様子だ。
「えっ……でも、私。ダメです。重いですし……」
遠慮しようとしたスイレンが身を引くと、隣に座っていたリカルドがその手を引いた。それほど力を入れた様子もないのに、ふわっと抱き上げられてスイレンは慌てた。
「もし、俺がスイレンを重く感じるようなら、竜騎士なんてしていられないから」
そう苦笑したリカルドは、向かい合うようにしてスイレンを座ったままの膝に載せた。思いがけない体勢に、なってしまった。
(……近い)
リカルドの整った顔がすぐ間近にあって、スイレンは咄嗟に彼から離れようと慌てた。まさか洞窟から出られなくなったというこの状況で、甘い雰囲気になるなんて、今まで思ってもいなかったからだ。
「リカルド様……降ります。私……」
「……スイレン。夜明けまでの数時間、寝ないでおくという手もあるよ。軽い運動を、することも込みだけど……」
リカルドの大きな手は既にスイレンの背中へと回り、抜け出そうともがいてもこれでは難しそうだった。
「リカルド様……」
スイレンが困ったようにそう呟いてもリカルドの茶色い目に乞われれば、どうしても拒めない。彼のことが好きだから。
◇◆◇
「立てる……? 大丈夫?」
足を地面に当てた途端に、ふらっとしたスイレンをリカルドは慌てて支えた。
「大丈夫っ……です。ありがとうございます。リカルド様」
また軽い動きで抱き上げようとした彼の動きを止めて、スイレンは真っ直ぐに立った。
「ほら。俺の腕に、捕まって……なんだか。変な感じだね。ここに来たのは本当に事故だったけど、スイレンと居られるなら悪くないな」
「もう。リカルド様。私たちって、今。洞窟から出られずに、遭難してるんですよ」
この事態を全く恐れていないリカルドに、スイレンは呆れたように息をついた。
「確かに、そうなんだけど。朝になれば、絶対に助けて貰えるし……なんなら、ワーウィックは竜たちで洞窟を端から全部破壊していけば良いんじゃないかと、提案していたから。そうすれば、間違いなく助かるよ。流石に、最終手段だけどね」
「まあ……」
なんとも物騒なワーウィックの提案に驚いたスイレンは、ここに集まった彼らならそうした途方もない解決方法も可能なのかと溜め息をついた。




