4-11 散歩
「まさか……こんな風に時間が解決してくれるとは、俺は思い付きもしなかった。本当に予想外のことばかりな、冒険になってしまったな」
出入口を抜けてもうすっかりと夜に冷えてしまった砂浜から夜明け空を見上げつつ、リカルドはそう言った。二人が少しだけでも眠ろうかと相談していた時に、水場があった場所の水は干上がり出口へと続く道が出来ていた。
二人が居た上層部分は確かに飲むことが出来る真水だったのだが、奥に続いていた場所には海水を湛えた水場があり、そこからこうした砂浜へと続く道が出来ていたのだ。
天井付近にある風穴を誰かに見つけて貰って出るしかないと思い込んでいた二人は、思わぬ脱出経路が現れて驚いた。
「……そうですね。私も、外に出られた今が信じられなくて。なんだか不思議な気持ちです」
久しぶりに外の新鮮な空気を吸ったスイレンは苦笑しつつ、リカルドの言葉に頷いた。
ようやく慣れ始めたヴェリエフェンディでの日常から離れ、無人島での非日常。そして、洞窟の中に閉じ込められた一夜からの、呆気ない脱出。
リカルドと出会わなければ、どれもこれも味わうことのなかった経験だ。
二人は手を繋いで、広い無人島を取り巻く白い砂浜を歩いた。お互いの靴はもう片方の手に持っていて、粒子の細かな乾いた砂浜を歩けば、すぐに風に攫われてしまう足跡が残った。
「……スイレン。今、こんな時に、言うことではないかもしれないけど……俺たちの婚約についての書類なんだが、受理されるには、多分時間が必要だ。いくつかの難しい問題を、解決しないといけない。俺も、出来るだけ抗議したんだけど……本当にごめん」
リカルドはこの事実をスイレンに伝えるタイミングをずっと計っていたのか、慎重な口調で切り出した。
「リカルド様は悪くないです。謝らないで。私。待てます。ずっと……だから、大丈夫です」
スイレンは、首を横に振った。彼が苦しい立場に追い込まれていた事は、この前に書類を止められていると聞いた時からスイレンも理解はしていた。
リカルドは貴族だから、王族の意向に対しあからさまに逆らう訳にはいかない。何か言いたい事があったとしても、言える範囲は制限されていてすべては許されていない。この事態を一番辛いと思っているのは、きっと彼自身なのだ。
「スイレン……」
「リカルド様が……この旅行に行く前まで。凄く忙しかったのは、貴族院に抗議したり……色々と根回しをしていたからでしょう? 竜騎士の仕事だって忙しいのに、非番の時だって、走り回っていた。私はリカルド様にそうして貰えるだけでも、嬉しいんです」
(一生一緒に居られなくても、それほどまでに愛してくれた。努力してくれた。もし、リカルド様とこの先結ばれなくても……十分過ぎるくらいの、愛情を貰った)
リカルドは複雑な表情で、健気に微笑んで見せたスイレンの言葉を聞いていた。
「……ごめん。スイレン。俺にとっては君が一番、大事な存在だ」
「私にとっても、そうです。だから、気にしないでください。時間がかかったとしても……きっと、いつか上手くいきます」
そして、黙ったままで砂浜を歩いた。海側の空に広がる朝焼けの薄紫色は、スイレンはリカルドを奇跡的に救出することが出来た時にも見たことを思い出した。
(どんな不運だと思う時にも、くさらず前を向いていたら……そう言っていた。あの時にリカルド様が、言った通りだわ。世継ぎの姫様の意向を変えることは、きっと難しい。けれど、さっき洞窟を出られたように、思い込んでいた解決方法とは違う道が見つかるかもしれない。辛いと落ち込んでいるより、私は今自分に何が出来るのかを考える方が、有意義だわ。リカルド様とこれからも、一緒に居られるように……私は、私で努力しなきゃ)
何も言わずに彼の手を強く握りしめたスイレンに応えるように、リカルドは黙ったままで手を握り返した。
◇◆◇
「ねえ。なんで、僕を連れて行ってくれなかったの?」
早朝に目を覚まし二人が別荘から離れた砂浜を歩いていると聞き、迎えに来てくれたワーウィックはすぐさま竜から人型に姿を変えて抗議した。リカルドからスイレンを奪うようにして、彼の代わりに手を繋いだ。
「……そうやって、いつも騒がしいからだ。ようやく番だって得たんだから、少しは大人しくなってくれ」
こうしたワーウィックの動きも予測済だったのか、リカルドは冷静に返した。スイレンも、自分を慕ってくれる可愛らしい少年の姿をしたワーウィックには甘い。リカルドの代わりに手を繋がれても、全く嫌な気持ちはしなかった。
「全然、納得はいかないね。今日も一緒に行こうよ。エディも、昨日だけでは物足りないみたいだから」
「勘弁してくれ。俺は行かない。せっかくの休暇なんだから、今日は絶対寝る」
散々洞窟を歩き回っていたリカルドは、冗談ではないとばかりに憮然として言った。ワーウィックはそんな彼の反応に眉を顰めたものの、スイレンを見上げて言った。
「スイレン。今日は、じゃあ僕と泳ぎに行こうよ。君の恋人は部屋で眠るそうだから、代わりに僕が相手をするよ」
「ふふっ……良いわ。せっかく無人島に来たんだから、一度だけでも泳いでみたかったの。嬉しい」
リカルドには他の男性の前では水着になって欲しくないとは言われていたものの、ワーウィックなら大丈夫だろうと微笑んだスイレンに慌てて近付いて来たリカルドは彼女の腕を取った。
「俺も行く」
「……リカルド様?」
「何してるの。リカルド。君は今日は、部屋で寝てるんでしょ。せっかくの休暇なんだし、ゆっくりと過ごしなよ」
思惑通りに獲物が引っ掛かったと言わんばかりに、ふふんと生意気に笑ったワーウィックは得意気だ。
「お前。本当に……明日なら連れて行っても良いかと思っていたけど、そういう事ならもう良い。エディと一緒に洞窟に行って来い」
ふいっと先に歩き出したリカルドに、ワーウィックは慌てた。
「リカルド。言い過ぎた。ごめん。けど、僕だって一緒に行きたいんだ!」
「俺は居なくても、エディと行けば良いだろう」
「僕は、エディじゃなくて、リカルドと一緒に行きたいんだって! リカルドー」
甘えるようなワーウィックにリカルドはつれない様子だが、これまでの彼らを傍で見て来たスイレンには、すぐに仲直りしてどっちも希望する時間を共に過ごすことになることは、もうわかっていた。
(竜って自分の竜騎士のことが、本当に好きなのね。リカルド様も、ワーウィックの我が儘を言っても結局は受け入れているし……少しだけ、やきもちを妬いてしまうかも)
じゃれ合うように進む二人に続いて歩き出したスイレンは、微笑ましい光景に思わず声を立てて笑ってしまった。




