6-13 潜入口
ガヴェアへと買い付けへきた商人の家族を演じて数日経ったある日のこと、三人で出掛けてた時、ブレンダンが城の近くで店を構えている青果店の商人と商談を始め、クライヴがスイレンの手を引っ張った。
「ねえ。スイレン。こっち……」
その時、彼が意味ありげな視線を向けたので、スイレンは任務のことだと悟った。
(クライヴ? けど、ブレンダン様が……)
ブレンダンは機嫌良く目の前の商人と話していて、クライヴとスイレンの二人がいきなりいなくなれば驚くのではないかと思った。
戸惑いながらスイレンがクライヴの後に続くと、彼は立ち止まって振り返ると紺色の目でスイレンを見上げた。
「うん。ブレンダンも承知だよ。僕たちは商談が長引いたので、暇になり王城の近くを散歩することにした……だって、商談が長いからね。外国から来ているので、王城へと近付いてはいけないことを知らないんだ……」
もし、スイレンとクライヴが誰かにここに居ることを咎められたら、そういうことにしよう……という、話だろう。
「わかったわ……クライヴ。いまが、ちょうど良いと思ったのね」
クライヴは目を細めて頷き、城の方向を見た。
ガヴェアの王都はそれ自体が芸術品だと称されるほどに美しい街並みなのだが、中心に位置する城は文字通り主役となっていた。まるでお伽噺の舞台となりそうなほどに美しい城だ。
スイレンは幼い頃からずっとこの王都で過ごしてきて常に視界にあるほどなのだが、それでもやはり精緻な彫刻がそこかしこに施されたガヴェアの王城を美しいと感じる。
(あのお城の中に、エグゼナガル様が居る……そういうことよね。どうやってあんな身体の大きな竜を連れてきたのかしら……? ううん。それは、魔法でどうとでもなるわよね……王都の中でも、特別な許可さえあれば、魔法を使えるはずなのだし……)
姿を消せる魔法であったり姿を変える魔法など、ガヴェアでも禁呪とされている魔法はいくつかある。けれど、魔法大国と呼ばれるガヴェア側の人間であれば、規則を決める側なのだ。どうとでもなるだろう。
捕らえた竜の巨体を人の居ない時間帯に、空へと浮かべて、王城へと秘密裏に運び込む。
それは、数十人の魔法使いが協力して行うことではあるが、出来ないことではないだろう。
「うん……居るね。あの時に感じた気配だ。僕も事態は理解出来ていたのだが、上位竜が捕らえられるなど半信半疑だった……けど、理解出来たよ。あの城の中に囚われている」
「そうなのね……やっぱり」
スイレンはクライヴの言葉に頷いた。
クライヴは一度エグゼナガルの実物を、この目で見たことがあるのだ。彼が気配を感じて間違いないというならば、そこに黒竜が居るということだろう。
二人は城の周囲を物珍しそうに見上げ、出来るだけ自然に歩いていた。そして、衛兵たちも女一人子ども一人だからと油断しているのか、特に呼び止める様子はない。
「……リカルド様も、近くに居るの?」
スイレンが小声で尋ねれば、クライヴは苦笑して頷いた。
「ああ。もちろん。護衛だからね。けど、スイレンには何処に居るか言わないよ。気になって仕方ないと思うし……」
にっこり微笑むと、王城を見上げてスイレンに指を差した。
無邪気な子どもがあまり見ることのない城を指さして、母親に何かを言っている。周囲から見れば、そんな姿だ。
「あれを見て。スイレン。城壁に見張りが出入りする扉がある……僕の目から見るとあそこには、城に張られた魔法障壁の効果は薄そうだ。見張りの交替時間に、姿を消して空を飛行出来る君なら、あの扉から城へと入ることが出来るかもしれない」
スイレンは視線を上げれば、クライヴの言った通り、見張りをする衛兵が居る足場に、彼らが行き来する出入り口が見えた。
(ああ……本当だ。あの場所であれば、扉が開いた瞬間であれば、私も潜入出来るかもしれない)
「わかったわ……やってみる」
スイレンは手をぎゅっと握りしめた。今の自分は、姿を隠して飛行することが出来るのだ。それは、人化することが出来る竜、クライヴにも出来ることではない。
(このために、来たんだもの……出来るわ。そして、エグゼナガル様を救ってみせる)
◇◆◇
「……首尾良く、潜入口が見つかったみたいだね」
ブレンダンは宿屋の部屋へと戻り、周囲を確認してから微笑み話し出した。彼はスイレンとクライヴとくだけた口調で話す前には、いつもそうする。
諜報活動に慣れていて潜入先では、常にそうしているのだろう。
彼が買い付けに来たただの商人を演じている時は、決して、竜騎士ブレンダン・ガーディナーではなかった。
「僕が近くで見たところ、魔法障壁があの場所だけ薄かった。おそらくは、見張りの視界を確保するためにそうしているんだろう……それに、竜が与えた魔法具で、姿を隠して空を飛行出来る人間が居ることも想定はしていない。潜入するならあの場所が良いと思う」
クライヴは真面目な表情で頷き、子どもらしくない動作で足を組みながら椅子に腰掛けた。
「はあ。僕が何かの理由で、王城に入れれば良かったんだけどね……想像以上に、警戒されているな……まあ、戦いが今にも始まりそうな現状を考えれば、それは当然のことかもしれないが」
ブレンダンは頭に手を置いて、ため息をつきながら言った。
「今は外国の商人は……城には、入れなさそうなんですか?」
王城では数え切れない人数が働いていて、消費される食料や備品だって膨大な量に及ぶだろう。そのはずなのに、一人が忍び込めないとはあまり考えがたかった。
(ブレンダン様は商人の一団へくっついて城へ入れないか、ずっと思案していたようだった……けれど、それは叶わなかったということよね。だから、今日はクライヴが城へと近付いて、潜入口を探っていたんだ)
ブレンダンはスイレンを潜入させるなら、自分もどうにかして城へと入り込もうと思って居たようだった。
おそらくは、これまで努力した結果それがどうしても出来ないので、スイレンの単独潜入へと切り替えるしかなかったのだろう。
「そうだね。ガヴェアの王都の商人に尋ねても、まったく糸口が見つからない。元々、出入りの商人たちには厳重な身元調査があるみたいなのだが、数ヶ月前からより一層厳しくなったようだ……まあ、戦争の準備だろうね。僕らはいつも通りの小競り合いはある程度で、まったく気が付いてなかったけどね」
「私……大丈夫です。この腕輪のおかげで、姿は見えないですし。必ずエグゼナガル様が今どんな状態なのかを掴んで、救出出来るようにします」
スイレンは胸に手を当てて言った。彼女とて一人で上位竜を救い出せるとは思ってはいない。ブレンダンやクライヴ、そしてリカルドたちと協力しての大仕事になるだろうと考えていた。
(けれど、竜騎士の潜入が難しいなら、私なら一人でも行ける……役に立てるわ)
スイレンの決意に満ちた表情を見て、ブレンダンはクライヴを視線を合わせて息をついた。
「うん……わかっている。そして、おそらくは、もう時間がない。本格的な戦いが始まれば、上位竜同士の戦闘になる可能性だって考えられる。ガヴェアがどんな状況でエグゼナガルを捕らえているのかも……僕らは知らなかったからね。スイレンちゃん。お願いだから、無理はしないでね……何処にいるか、どんな状況なのかがわかれば、すぐに帰って来て欲しい」
ブレンダンの声音は懇願するような響きだった。彼だって自分が共に行ければと考えていたのだろう。
「大丈夫です。私……一人でも大丈夫です。それに、すぐ近くには頼りになる人たちもいるから。何かあればすぐに逃げてきますね」
スイレンは胸に手を当てて微笑み、ブレンダンとクライヴの二人は目を合わせて同時に息をついた。




