6-7 偽装
青竜から話を聞き慌ただしく出立の準備を済ませたスイレンは、クライヴと共にエグゼナガルが捕らえられているだろうガヴェアの王都へとやって来ることになった。
あの巨体をどう動かしたのかは知らないが、魔法大国と呼ばれるこの国でも高位の魔法使いたちが何をどこまで出来てしまうのかは、スイレンにもわからなかった。
(ああ。ガヴェア……王都は、本当に久しぶりだわ)
ほんの少し前まで、街自体が芸術品と呼ばれるほどに整然と整えられた美しい街を、花籠を持って練り歩き生花を売っていた。
以前、リカルドとの婚約のための書類を取りにガヴェアの端、辺境の街へと赴いたことがあったが、スイレンが生まれ育ったガヴェアの王都へと再度やって来たのは、攫われるように去ってからこれが初めてのことだった。
あの時にも思ったことだが、スイレンは祖国ガヴェアのことを、もう他人事のように思ってしまっていた。過ごした時間は比較にならぬほどに大きく違うのだが、スイレンは無意識のうちに選んでしまったのだ。
愛するリカルドの居る国こそが、自分の国であると。
「スイレン。こっちこっち。ここのはずだよ。もう少しで迎えに来るはずだから……」
少し先を歩いていたクライヴが手招きをしたので、スイレンは小走りになって駆け寄った。そして、不意に曲がり角から現れた背の高い男性とぶつかってしまった。
「わ! ごめんなさい! え……びっくりしました!」
「ごめんごめん。おい。クライヴ。お前、わざとじゃないよな?」
そこに居たのは、先んじてガヴェアへと潜入調査中をしているブレンダンだった。
質問を受けたクライヴは否定せずに肩を竦めて微笑んでいるので、どうやら契約した竜騎士と頭の中で会話出来る彼が悪戯を仕掛けたようだ。
ガーディナー商会の跡継ぎ息子である彼は、常には細部にも拘った洒落た服を着用しているのだが、今は地味な色合いで統一した服を身に纏っていた。
そのせいかブレンダンは生来何もしなくともひと目を引く美男子ではあるのだが、今は不思議と存在が薄くなったような気がしてスイレンは何故だろうと思った。
「……ああ。ごめん。スイレンちゃん。もしかしたら、いつもとは違うように見えるかもしれないけれど、これは特殊な魔導具を使っているんだ。自分ではわからないんだけどね」
そう言って苦笑したブレンダンは袖を下げて、手首にはめられた青い金属製の腕輪を見せた。何か違うと思えばこの魔導具の力で、いつもと違う彼になっていたようだ。
潜入調査中の身の上のため、見目が良い彼が目立たないようにしているのだろう。
「あ……そうなんですね。クライヴも……」
さきほど心に浮かんだ疑問はそういうことかだったと得心したスイレンは、すぐ隣に居たクライヴの顔を見てから、ブレンダンに微笑んだ。
「うん。ブレンダン。これを見て」
同じような仕草でクライブは袖を下げて、細い手首に巻かれたブレンダンのものより色が濃い紺色の腕輪を見せた。
「……ふーん。これが、世にも珍しい高位竜からもらったという魔導具か。竜の気配を完全に消せるなんて……どういう構造なんだろう」
よく見えるように身をかがめたブレンダンは、顎に手を当て興味深そうにクライヴの紺色の腕輪を眺めた。
クライヴが現在人化していると言えど、正体はまぎれもなく恐ろしい竜だ。本来ならば、彼の存在はガヴェア王都周辺に張り巡らされた非常に強力な魔法障壁に出入りを邪魔をされてしまうはずだった。
いまそれが作動していないのは、自らがここには共に来ることが出来ないライデンヴァーガルが、せめてもの手助けにとクライヴへ腕輪を授けてくれたためだ。
「まあね。スイレンのものの方が、高性能だけどね」
「あ……はい。私のものは、確かに飛ぶことが出来ますね」
クライヴから向けられた視線に頷いたスイレンが以前にもらった腕輪は、姿を消すことが出来て背中に羽根を顕現させ飛行することだって出来る魔導具だった。
スイレンは使用する機会なくリカルドが塔に捕らえられたあの時以来使用したことはないのだが、世にも珍しい高位竜に授けられた魔導具であることは間違いなかった。
「スイレンちゃんのおこぼれで良いものをもらっておいて、不満そうにするなよ。クライヴ」
「そういうわけではない。そういう意味での不満はない。ただの事実だ。スイレンの可愛い姿を見られなくて、可哀想だな。ブレンダン」
「あのな……ああ。もう良い。ここで立ち話するのもなんだから、僕らが潜伏している宿屋へと行こう」
大人びた言いようの少年に呆れたように息をついたブレンダンは、スイレンに自分に続くように促した。
「スイレンちゃんの仕事は、大丈夫だったの? うちでの仕事はまあ良いとして、親父が香水作りがどうのと言っていたようだけど」
ジョルジオから話を聞いていたのか、ブレンダンはスイレンが花魔法を使って調香師ジュリアンの仕事を手伝うことを知っていたらしい。
「出発までに時間がないから、急ぎでどうにかして終わらせたんだよ。僕も大変だったんだよ。郊外の調香師の家と、スイレンの家を往復して花を配達していたんだから」
「ふふふ。クライヴには、とてもお世話になったものね」
得意そうに言ったクライヴに、スイレンは微笑んだ。
あの後、すぐにイクエイアスの元へ行き、ガヴェアへの潜入しエグゼナガルを救い出すことになり、あまり時間なく、スイレンは請け負っていた花を咲かせる仕事を必死でこなすこととなった。
薔薇の花をスイレンが種から咲かせては、ある程度の量が溜まると待機しているクライヴが、大きな布に包まれた花を持ってジュリアンの家へと運び込んでいた。
すると、想定していた量に到達するより先に必要量が抽出出来たと告げられ、なんとか仕事を終わらせ旅支度をしてからクライヴと共にガヴェアへとやって来たのだ。
「ああ。そうなんだ。間に合って良かったね……厄介な顧客は、どこにでも居るものだね」
花を咲かせることだけを頼まれたスイレンよりもジュリアンの事情を知っているらしいブレンダンは歩きながら微笑み、先にある宿屋を指さした。
「怪しまれないように、一度宿替えをした。僕はイルドギァから魔導具を仕入れに来ている商人で、あとから観光のために妻と子どもが合流すると言ってある。すまないが、二人も話を合わせておいてくれ」
「……え? あ。はい……! わかりました」
(つ……妻。いえ。そうよね。仕方ないわ。私たちがここにいる本当の理由なんて、誰かに言えるわけがないもの)
男女と少年の三人連れでは、家族でなければ何なんだと聞かれることも多くなってしまうだろう。ブレンダンが言った通り、夫婦と子どもなのだと伝えれば、それが一番に自然な姿なのではないだろうか。
それに、これは何かの遊びで来ているわけではない。
ブレンダンにとっては竜騎士としての任務の一環でもあるし、スイレンにとっては恩人救出のための潜入なのだ。
なんだか恥ずかしいとか、スイレンとブレンダンが辿ったこれまでの関係性なんて、国の大事に比べればどうでも良くなるような話だった。
「……僕が? 二人の子ども? ……見えるかな。なんだか、心配だよ」
「いや、大丈夫だよ。髪と瞳は、祖父譲りって言っておけば良い」
髪や目の色が両親とは違っても、隔世遺伝は起こりうる。ブレンダンが何気なく言えば、クライヴは首を横に振った。
「いや、違うよ。僕とスイレンが恋人同士に見られてしまうかもしれないだろう?」
「ああ……まあ、そういう時は僕が責任を持って誤魔化すから、心配しないでくれ」
苦笑して答えたブレンダンと真剣な表情のクライヴが冗談を言っているのかどうなのか判断が付かず、スイレンは彼らと歩きながら曖昧に微笑んだ。
(こうなってしまっては、仕方ないわ……リカルド様には、あとでこういうことがあったからとちゃんと説明しないと……もう、妙な誤解はされたくないもの)
ブレンダンはスイレンに好意を持っていることを隠さないし、リカルドもそれを知っている。誤解されるような行動はなるべくなら取りたくない。
だが、今回ばかりは仕方ない。潜入調査をしている竜騎士はブレンダン以外にも居るらしいが、気心が知れていて頼りになるというのなら彼が一番だった。
彼の竜クライヴが居なければスイレンは単身でガヴェアには来られなかったし、姿を消し飛行することが出来る魔導具を持っていても、救出する対象のエグゼナガルが居る場所に来なければ意味はない。
「あ……ブレンダン様。昇進されたとか……おめでとうございます」
スイレンは事前にクライヴから昇進祝いの話を聞いていたのだが、彼とこんな場所で会うとは思って居なかった。
宿屋の扉の手前でそう言ったスイレンに、彼は嬉しそうに微笑んで頷いた。
「え! ……あ。クライヴか。ありがとう……それと、スイレンちゃん。伝えるのを忘れていたんだけど、一応、僕ら家族ってことになっているから、同室にはなるんだけど……うん。クライヴが居るし、僕もそんなに部屋には居ないと思うから……これは、本当にごめん」
そう言った彼は、『朝日亭』と大きく書かれた木製の扉を開き、上部に付けられた涼やかな鈴の音が鳴った。




