6-5 頼み事
ヴェリエフェンディ王城の地下にある守護竜イクエイアスの棲み処は、彼の意向なのか昼日中でも灯りは少なく薄暗い。
スイレンは彼の姿を見れば、そんな環境を好む理由が、なんとなくわかるような気もするのだ。
ほんのりと自ら白く発光する巨体を持つ上位竜、その姿は常に神々しいまでに美しかった。
「……イクエイアス様。言いつけ通り、スイレンを連れて来ました」
少年の姿をしたクライヴは群れのリーダーであるイクエイアスに頭を下げて、つい彼の姿に見蕩れてしまっていたスイレンは慌てて彼に習った。
(クライヴ。ご苦労だった。スイレン。悪いが君に、頼みたい事がある)
頭に響く声が直接聞こえて、内容を不思議に思ったスイレンは首を傾げた。
(イクエイアス様が、私に頼みたい事? もしかしたら、花魔法で何かするのかしら?)
イクエイアスのような上位竜は万能な存在として広く知られていて、スイレンのような人の子に頼み事をするなどあまり考え難い。
だが、スイレンが得意な花魔法は魔法大国ガヴェアに住んで居る住人たちでも、適正がないと使えない古い魔法で遺伝的な要素が強いらしい。
魔法を使うことの出来る人があまり居ないヴェリエフェンディでは、これで生活出来るほどにまで珍しいのだから、花魔法を使用しての頼み事ではないのかと考えたのだ。
(いや、違う。君に縁がある、青い上位竜のことだ)
(あ……ライデン様)
心を読み取ることの出来るイクエイアスは、スイレンの疑問を読み取ってそう答えた。
ライデンヴァーガルという上位竜はスイレンを気に入ってくれて、魔法の羽根を使用出来る不思議な能力まで与えてくれた。野生の竜は人と関わることすら珍しく、だというのに、彼は目の前に居るイクエイアス同様に世界に何匹も居ないという上位竜だ。
自分がどれだけ幸運に恵まれて居るのか、スイレンにも良くわかっていた。
(私の対になる存在エグゼナガルのことを、覚えているだろう)
(……はい!)
スイレンがあの恐ろしい黒い上位竜のことを、忘れるはずなんてなかった。あの時の特殊な状況も含めて、きっと一生忘れられないはずだ。
敵国の魔法使いに捕らえられたリカルドを救うために、死を覚悟して目の前で跪き祈ったのだ。そうしたら、気まぐれに願いを叶えてくれた。
(あれと一緒だ。おそらくは、彼の対になる存在が、ガヴェアに力を貸している。だから、君に力を借りたいんだ……あまりに、急で情報が少ない。どんな理由で協力しているかもわからない。だが、あの青い竜であれば、何かを知っているだろう)
(わ……わかりました。けれど……どうして、イクエイアス様が、直接聞かないのかしら)
心の中の声に、誤魔化しは利かない。不躾な質問に思えてスイレンは慌てて両手で胸の前を押さえたけれど、心の中に勝手に湧く疑問に蓋をすることは出来ない。
(いや、そう思うのも無理はない……何もなければ良い。何もなければ良いが、あれと私が争えば国が消える。それはしたくない。守るために、守護竜となったのだから)
そういえば、イクエイアスはエグゼナガルの時にも、注意をしていた。彼の扱いを一歩間違えれば、この辺り一帯が更地になってしまうだろうと。
彼の眷属の竜たちでも、圧倒的な戦闘能力を誇るのだ。その上位に位置する存在の争いは、想像も出来ないほどに甚大な被害を戦場に与えてしまうのかもしれない。
イクエイアスとライデンヴァーガルには、争う理由はない。理由はないけれど、そうなる可能性が少なからずあるから、縁があるスイレンに頼みたかったというところだろう。
(かしこまりました。イクエイアス様。ライデン様は何か用があれば、呼んで良いと仰ってました。王都から離れた場所に呼び、イクエイアス様の疑問を聞いてみたいと思います)
スイレンはそう言って礼をした。
イクエイアスは創国の王と心を通わせ、彼の子孫と国を守ることを決めた。自由に空を舞い、きままに生きる暮らしを捨てた理由は、スイレンにはわからない。
けれど、この国に途中から移り住んだスイレンにも向けられる彼の慈しみ深い眼差しを見れば、自分の守る人の子たちをどれだけ愛しているか、わかろうものだ。
(確かにイクエイアス様と同じ力を持っている上位竜が、ガヴェアの守護に付いたのなら……それは、とんでもない脅威だわ。少しでも情報を得ようとするのは、当然のことよね)
それに、スイレンはなんだか嬉しい気持ちがあった。ただの偶然の繋がりではあるものの、これから戦いに赴くリカルドたちの役に立てるのだ。
生花売りとして生計を立てていたスイレンに戦闘能力などあるはずもなく、ただ守られる立場に甘んじるしかなかった。だが、戦いを有利に進めるための情報を得る手伝いを出来るのだから、やる気も出ようものだった。
(すまない。このクライヴに君のことは頼んでいるから……よろしく頼む)
(わかりました)
スイレンはもう一度礼をすると、退出を促したクライヴの後を追った。なんとなく、背後を振り返るとイクエイアスはスイレンたちへ視線を向けていた。
まるで、初めての遠出をする子どもを心配する親のような眼差しに、スイレンは驚いてしまった。
(……もしかしたら、あの時もそうだったのかしら)
エグゼナガルの元へ向かうスイレンたちを、彼と不可侵条約を結ぶイクエイアスは、ここで見送るしかなかった。
「スイレン! 危ないよ」
クライヴの声に驚いたスイレンは、慌てて前を向いた。彼は段差につまずきそうだったスイレンを支えるために、手を差し出してくれていたので、不安定になった身体を慌てて立て直した。
「ごめんなさい! イクエイアス様が見送ってくださってて……」
スイレンは何故後ろ向きに歩いていたのかを説明しようと、並んで歩き始めたクライヴの顔を見た。
「……イクエイアスは、人の子が大好きだからね。でなければ、国全体に守護なんて与えたりしないよ。竜を駆ることの出来る竜騎士たちは、彼が守護する者に与えうる最大の恩恵だけど、それでも心配している……スイレンは女の子だし非戦闘員だし、もっとだろうね」
「ねえ。クライヴ。それって、もしかしたら、私たちがエグゼナガル様の元へ向かう時も?」
先ほど疑問に思ったことをスイレンが口にすれば、クライヴは驚いた表情を見せた。
「それは、もっともっと心配していた! スイレン。君だってあれがどんなに無謀なことだったか、今ならば理解しているだろう? 自分がどうなっても良いから、リカルドとワーウィックが落ちた魔の山に行きたいって言ったんだ。あの強い覚悟を見れば、僕たちもそれを止められなかった……心配していたと思うよ。イクエイアスはあの場所に一緒に行くことは、絶対に出来ないんだから」
「そうよね……だから、悪いことをしてしまったと思ったの」
落ち込んだ様子を見せたスイレンに、ワーウィックは微笑んで首を横に振った。
「僕たち竜はそういう直向きな人の子が、とっても好きなんだよ。だから、力を貸してあげたくなるんだ。イクエイアスだって、そうだよ。スイレンを気に入って、知恵を与えてくれた。それは、僕らの勝手なんだから、君は気にすることはないよ」
「クライヴ……いつも私を助けてくれて、ありがとう」
スイレンはしみじみと思って言った。ワーウィックならば、スイレンと恋仲のリカルドの相棒なのだ。力を貸してくれるのも理解出来る。
けれど、クライヴは……。
「もっと僕を好きになってくれても良いんだよ。スイレン」
意味ありげな流し目をしたクライヴに苦笑したスイレンは、彼の竜騎士のことを考えた。
「あら。そういえば、ブレンダン様はクライヴが居なくても大丈夫なの?」
クライヴはブレンダンの竜で、彼がここに自分と共に居るということは、誰だけ出撃出来ないのではないかとスイレンは心配した。
「うん。あいつは諜報が得意だから、今はガヴェアに潜り込んでいる。魔法障壁を通れば正体がバレてしまう僕が居れば邪魔だから、これが丁度良いんだよ」
クライヴはそう言って、肩を竦めた。




