6-4 呼びだし
ワーウィックが飛行して去っていく姿を見送った後、スイレンは現在大きな布の中に残っている花だけでも届けようと、御者と協力し布を馬車に乗せ調香師ジュリアンを訪ねることにした。
彼はスイレンの話に驚いていたものの、それならば仕方ないと種を追加でくれただけだった。
急ぎ馬車に乗り元来た道を引き返しながら、スイレンは大きくため息をついた。
(良かったわ……こちらの過失だけど、事情を説明してくれればわかってくださった)
花魔法を使った仕事も請け負えば色んな人から依頼されることもあり、不可抗力でスイレンに非がないと言い切れるような場合にも、時間に間に合わないと責め立てられたりすることもあり、ジュリアンの言葉は正直有り難かった。
「そうなのね……また、戦いが始まるのね」
スイレンは窓に流れる風景を見ながら、今はもう帰る場所のない祖国ガヴェアを思った。
両親が亡くなってから伯母の家の小屋に住まわされて、与えられるものは粗末な物ばかり。花魔法しか使えないスイレンは、王都で花を売り歩く『花娘』として働くしかなかった。
そんな中でも魔法大国ガヴェアは、良く戦って居た。好戦的な国王になり、周辺諸国と小競り合いをする回数も増えた。
最強の竜騎士団と正面を切って戦うことに決めたのは、竜特化の戦闘魔法の開発に成功したからだ。しかし、結局は敗れることとなり不利な条件で条約を結ぶ羽目に陥った。
そこで活躍した英雄と呼ばれる竜騎士リカルド・デュマースに、彼らが拘った理由が出来る。あいつさえ居なければと、そう思われたのだ。
今では既に露見してしまった、ジャック・ロイドが犯した罪によって、不当に捕らえられた。
檻の中に囚われた竜騎士とスイレンが出会えたのは、すべては偶然の出来事だった。
ただただ、憧れた……彼が持つどんな嘲りも寄せ付けぬ、強い眼差しに。
あの頃のスイレンは、弱かった。立場も気力も強くする方法すらも浮かばずに、ただ諦めていた。
日々の売り上げを搾取し暴言を吐く伯母には逆らえずに、何かを言い返す気力だって失ってしまっていた。
不幸なままで生きて、不幸なままで死んで行く。そんな人生を生きるしかないと、そう思って居た。
だからこそ、彼に憧れた。鍛え抜かれた身体に、誰に媚びる必要もない圧倒的な実力と、そして、揺るがない自我を持っていた。
持つ者と持たぬ者。スイレンがリカルドに一目惚れしたのは、ただ彼の外見を見て好きになった訳ではない。
(リカルド様。戦いになれば、また、会えなくなってしまう)
スイレンはリカルドを好きになり、そして、今では愛していた。少しの期間、離れることも耐えがたいほどに。
戦いになれば、機動力の高い竜騎士団は最前線に配置される。そんな竜騎士団の主力ともなれば、離れることは許されないだろう。
今ではヴェリエフェンディで多くの時間を過ごしていたスイレンは、もう理解していた。戦いが始まる。もうすぐ、戦場に赴くリカルドとは、簡単には会えなくなる。
ただ、生活をして彼の帰りを待つだけの生活が始まってしまう。
◇◆◇
スイレンが家に帰り着けば、リカルドが帰って来ているようだった。
彼は仕事で今朝から城に出掛けていたのに、何か用事で帰ってきたらしい。
「……リカルド様?」
彼の部屋に駆けつけたスイレンが名前を呼べば、外套を着て大きな荷物を準備しているリカルドが居た。
「ああ。スイレン。ワーウィックから聞いたと思うが、王都の近くにガヴェアの斥候がいた。いつもならイクエイアスの守護で、彼らは空を飛行する魔法など使えないはずなんだが……」
リカルドは手早く荷物を詰めながら、扉に佇むスイレンに目を向けた。綺麗な茶色の瞳が自分を見て、スイレンの胸が大きく跳ねた。
「はいっ……私も聞いています。リカルド様は、今から?」
ゆっくりと話す時間もないくらいに、彼が急ぎで準備していることは、スイレンも理解していた。
(けど、心の準備が追いつかない……こんなに早く? すぐに行ってしまうだなんて)
これまでも、緊急招集などでリカルドが呼びだされた時に一緒に居たことはあった。けれど、今回は国家を相手取った戦争のはじまりかもしれない。
スイレンは焦る心を抑えて、落ち着いた声を出せば、リカルドは優しく微笑んで頷いた。
「ああ。そうなんだ。とりあえず、現状把握のために、竜騎士団全員が動くことになった。王都の空は厳戒態勢となり、当分は竜が飛び交うと思う。スイレンは心配ないから、ここで待って居てくれ」
リカルドは鞄の留め具を閉めると、立ち尽くすスイレンに近付いて彼女の頭を撫でた。
「リカルド様」
「大丈夫だ。スイレン。そんな風に、不安な顔をしないで。何故、イクエイアスの守護を抜けられたのか、それがわかれば俺も帰って来るよ」
リカルドは安心させるように背中を撫でた。
(どうしてだろう。リカルド様がとても強い竜騎士であることは知っているし、彼が大丈夫だと言えば大丈夫だと思えるのに……それなのに。どう言えば良いのかしら。行って欲しくないと言うこと、出来るけれど)
強い不安感が拭えないスイレンは、胸を押さえた。
戦地に赴くリカルドに、行って欲しくないと伝えることは簡単だ。けれど、彼はそれが仕事なのだ。そして、ヴェリエフェンディの竜騎士であることに誇りを持ち、英雄とまで呼ばれるほどにとても強い人だ。
(わからない。リカルド様の強さを、信じていない訳ではないのに……!)
スイレンは目の前でリカルドの戦闘を何度か目にした事があったが、鮮やかな手並みで敵を屠る彼は誰かと戦って負けることはないだろうと思える。
頭では理解出来ているはずなのに、スイレンはどうしても『行って欲しくない』という気持ちが強かった。
「あの……私」
言い掛けたスイレンから、不意に視線を逸らしたリカルドは黙ったまま宙を見つめていた。
(あ。ワーウィック……)
幾度となくそんな彼の仕草を見ていたスイレンは、リカルドが彼の竜ワーウィックと心の中で会話していることを悟った。
そして、リカルドはスイレンに視線を戻して、安心させるように抱きしめると背中を何度か叩いた。
「ごめん。俺はすぐに行かなければならない。急ぎで呼ばれているらしい。スイレンもそれほど心配しなくても良い。ここで待って居てくれ」
リカルドは素早くスイレンの唇にキスをすると、彼女から身体を離して荷物を持った。
スイレンは心の中で葛藤しながらも、ここで彼に何も言えないと思った。それに、リカルドの仕事を邪魔したくはなかった。
「……リカルド様。いってらっしゃいませ」
スカートを両手で握って微笑んだスイレンに、リカルドは微笑み、彼女の頭を撫でた。
「ああ。行って来る」
横を通り抜けたリカルドにスイレンは、思わず手を伸ばした。けれど、彼は止める間もなく行ってしまった。
おそらくは火竜ワーウィックは外で待って居たのか、大きな風切り音がスイレンの耳に聞こえた。
(どうしてだろう。なんで胸騒ぎが止まらないの。戦闘はリカルド様のお仕事で……だから、何があっても大丈夫な……はずなのに)
何もないはずだ。そう思う。けれど、不安の鼓動は止められなくて、スイレンは何度か深呼吸した。
「……あ! 居た。スイレン!」
そこに聞こえたのは、クライヴの声だった。青い髪の少年は、勝手知ったる様子でリカルドの部屋にいたスイレンに近付いた。
「クライヴ? どうしたの?」
リカルドが呼ばれたということは、ブレンダンも呼ばれたということではないだろうか。先ほど、彼は竜騎士団全員と言っていた。
「うん。僕だけ特別にここに来たんだ。イクエイアス様が、スイレンを呼んで来いって!」
「イクエイアス様が……?」
ヴェリエフェンディの守護する上位竜イクエイアスが、自分を何の用で呼んでいるかわからず、不思議に思ったスイレンは首を傾げた。




