6-2 運搬方法
「ブレンダン様の、昇進祝い……をするのね?」
「そうなんだ。あいつも竜騎士団に居て、四年目になるから。そろそろ、次へ昇進するんだ。それで、祝いの会にスイレンの花魔法を使って貰おうと思って……難しいかな?」
クライヴは心配そうに花を生ける作業をしつつ聞いていたスイレンを見上げたので、安心させるように彼女は首を横に振った。
「そんなことないわ! 昇進するなんて、凄いわね……また日取りが決まったら、教えてくれる?」
喜ばしい祝いの場に、スイレンの使う華やかな花魔法は合うだろう。これまでに夜会の催しも何度もこなしたので、会場に合ったものを提供出来るだろうと自信を持って思った。
(……ブレンダン様には、これまですごくお世話になったもの。感謝の気持ちが、上手く伝われば良いけど)
リカルドの友人であるブレンダンは、スイレンにとっても大事な人であることは変わりない。
彼が居たからこそこのガーディナー商会でも働けているし、喜ばしい場に文字通り花を添える事が出来るのなら、スイレンにとっても嬉しく思えることだった。
「うん……ブレンダンも喜ぶと思うし、引き受けてくれてありがとうね。スイレン」
クライヴは嬉しそうにはにかむと、扉を出て去って行った。
スイレンは商会内に飾る花を生けながら、祝いの場であれば、贈り物は何が良いかと思案した。
ブレンダンはガーディナー商会の跡取りだけあって、とてもお洒落で身につけているものは最高級の品が多い。
(何が良いかな……ブレンダン様が、喜んでくれそうな物……)
人がこれが欲しいと思うような物ならば、彼は既に持っているだろう。そこに喜んでくれそうというと、何になるだろうか。
ブレンダンの場合、流行だから、それで良いというわけにもいかない。彼は自分に良く似合う物を知っていて身に付けている、それでこそ、元々良い容姿がより魅力的になっているのだろう。
それに、スイレンも自ら働いていてそのお金を使うことも出来るが、王都でも有名な商会の息子で竜騎士である彼に似合うような物を用意出来るかと言われればそうではない。
手頃な価格で喜んで貰えそうな物を、見付ける必要があった。
「何が良いかな……喜んでくれそうな物」
それに、スイレンはこの国に来て花魔法を使って誰かを喜ばせたり、そんな方法を考えている時の自分はすごく幸せだと気が付いた。
贈り物をして嬉しそうにしているそんな姿を見ることを楽しみに出来ること、それ自体が幸せなことなのだと思った。
◇◆◇
「へー!! それで、花をこんなにも、咲かせているの?」
居間でジュリアンから受け取った種から花を咲かせていたスイレンに、帰宅したワーウィックは興味津々の様子だった。
するりと伸びた緑の茎の先にポンッと開いた美しい花弁に、ワーウィックはまじまじと見入っていた。この珍しい花は、ヴェリエフェンディには自生しないので、彼から見ればとても珍しいのだろう。
「ええ。そうなの。こうしてたくさんの花を咲かせても、抽出出来るのは、ほんの少しの香油なのですって。なんでも、調香師の方も断れないやんごとなき方からの依頼のようで、期限はもうすぐで早く作らないといけないみたいなの」
依頼料を払ってスイレンの花魔法を使用してでも、香油を採取したいのは、依頼期限があるからだ。本来ならば、調香師ジュリアンは既にある香油を調合するだけで、香油を抽出するまではしない。
日々の仕事の合間では、とても依頼主が望むような花の数に辿り付かないので、スイレンは出来るだけ多くの花を咲かせるために家でも仕事をすることにしたのだ。
「へー!! けど、香りの強い花だね……僕はそろそろ、鼻が利かなくなってきた……」
「え……ごめんなさいっ……ワーウィック。私、そのことに気が付いてなくて」
ワーウィックが鼻を押さえて言ったので、スイレンは慌てて言った。ただ良い香りだと思っていたのだが、ワーウィックの正体は巨大な竜だ。
鼻も良ければ、五感が鋭い。だから、こうして強い花の匂いを嗅いでいれば、鼻が利かなくなっても仕方ない。
(そうよね。ワーウィックは鼻が良いから……そうなってしまっても、仕方ないわ。どうしようかしら。私の部屋ですれば良いのかしら)
スイレンの部屋は、二階にある。だから、花を咲かせれば階段を往復することになる。だから、居間で花を咲かせれば玄関に近く、持ち運びも容易だろうと思ったのだ。
しかし、自分の仕事でここに住んでいるワーウィックに迷惑をかけてしまうわけにもいかない。
「いや、僕に謝らなくても良いんだけど……スイレンは咲かせた花は、どうやって運ぶ予定なの?」
ワーウィックは部屋の中に溢れるほどにある、麗しい花に目を向けた。これでは、歩きで運ぶわけにもいかないだろう。
「花は調香師さんの使う作業場へ、運ぶことになっているの。ある程度の数が溜まるなら、ここへ来て馬車で運んでくれると言っていたわ。明日の朝は、ここに来てくれることになっているの」
ジュリアンは花の数が多ければ多い方が良いと言ってくれたし、花魔法を使って報酬も、かなり弾んでくれるようだ。
今は花が何もない状態だから、明日の朝までに、出来るだけ咲かせようと思ったのだ。
「ふーん……作業場って、何処なの?」
「王都の郊外にあるらしいわ……あの、池がある辺り」
どうしてそんなことを知りたがるのだろうと首を傾げたスイレンに、ワーウィックはふーんと納得したように頷いた。
「良かったら、スイレンの作業が終わったら、僕が作業場に持って行ってあげるよ。他の花よりかなり香りが強いし、リカルドとスイレンも鼻が利かなくなるかもしれない。ちょうど明日は竜形で行かないといけないし、晩ご飯を食べたら、そのまま竜舎にまで行って眠れば良いからね」
ワーウィックはそう言って、にっこり微笑んで頷いた。
「え! そうなの? ワーウィック。けど……」
「……スイレン。ただいま」
「リカルド様!」
その時、城へ行っていたリカルドの声が聞こえて来たので、スイレンは扉の方を見た。彼の姿を見るだけで胸が高鳴りときめく思いは、いつまで経っても変わらない。
だって、スイレンは彼のことをひと目見て、すぐに好きになってしまった。
「ワーウィック……すごい数の花だな。何かの仕事か?」
リカルドは竜騎士服の黒い上着を脱ぎながら、居間の中に咲いている数え切れない薔薇を見た。
「なるべく急ぎで、数千個の花を咲かせないと駄目らしいよ。あればあるほど、良いんだってさ」
「調香師さんから、頼まれたんです……薔薇の香料が必要なのですが、急ぎなので必要量が足りないらしくて……私は種があれば花を咲かせることが出来るので」
「ああ……そういうことか」
ワーウィックとスイレンから事の経緯を聞いたリカルドは、普段ならば見ることのない花の数を納得して頷いた。
「あ! リカルド様。夕飯は出来ています!」
スイレンは慌てて立ち上がった。今日はテレザが早く帰ってしまったので、直前の支度を頼まれていたのだ。
(帰って来る少し前には温めているはずだったのに、すっかり忘れていたわ……!)
ワーウィックとの話に夢中になり、壁に掛けられた時計を見ることを忘れていた。移動しようとするスイレンに、リカルドは手を上げて制した。
「スイレン。慌てなくて大丈夫だ。咲かせた花はどうするんだ? 馬車で運ぶなら、まだ近くに居るだろう」
リカルドは貴族なので、移動は馬車を使う。先ほど帰宅した時に使った馬車があると言いたいようだった。
「あ! 僕が運ぶんだよ! 余計なことしないでよ。リカルド。どうせ、明日は竜のまま過ごすからね……せっかくスイレンが咲かせてくれたんだし、持って行くのは咲きたての方が良いと思って」
「どうやって運ぶんだ」
「大きな布を用意してくれたら、四隅を縛れば良いよ。前足で掴んで持って行くから」
リカルドの質問に胸を張って答えたワーウィックは、手に持った薔薇を持ちにっこりと微笑んだ。




