第345話:天使は来たりて喇叭を鳴らす
「ノア、敵襲って本当か!? ハフッ、ハフッ、何処をに敵が居るんだ!?」
「今、監視カメラの映像を洗い出しています……って、ラムダさん、なに炒飯を立ち食いしているんですか!? 艦橋は飲食禁止です! 私のラストアークを散らかさないで下さーい!!」
「ごめん、待って……ハフッ、ハフッ、二日振りのご飯なんだ……ギリギリまで食べさせて……」
――――戦艦ラストアーク艦橋、緊急事態宣言から五分後。俺はホープと共に艦橋に到着し、先に対応に当たっていたノアと合流した。
ノアが居るテーブルには戦艦ラストアークの全体像が立体映像として映し出されている。本来、敵襲や被弾などがあれば立体映像でその箇所を赤い印で強調表示してくれるが、現在の戦艦ラストアークの状況は見ただけで『異常』だと分かるようになっていた。
「何だよこれ……!? ラストアークの彼方此方に赤い反応が現れている……!? いったい何が起こっているんだ?」
〘これはハッキングだ、ラムダ=エンシェント。この艦は現在、敵による電子攻撃に晒されている。〙
「何だと!? トネリコの仕業か!? くそっ、漸くラストアークが浮上できたって言うのに……!」
「このラストアークは遠隔でハッキングできるような軟なセキュリティは積んじゃいねぇよ! 此処に居ないトネリコじゃあ無理だ! 敵は……この艦の何処かにいやがる……!!」
戦艦ラストアークの各所で光る赤い印。『ⅩⅠ』の言葉が正しいなら、この艦は電子攻撃を受けている事になる。彼方此方に反応が出ているのはそれが原因だろう。
問題は『誰が、何処からハッキングしているか?』だ。
すでに戦艦ラストアークは浮上し、雪を降らせている乱層雲の中を飛んでいる。空中を移動できなければ張り付くことは出来ないし、地上からの干渉も不可能らしい。ハッキングを仕掛けてそうな人物として考えられるのはトネリコ=アルカンシェルだが、ホープはその線は無いと断言している。
「なら……敵はいったい何処に……?」
〘ノア、今しがたシャルロット=エシャロットより敵を発見したと連絡があった。甲板の上だ。〙
「甲板……! すぐに映像を出します!」
そんな中、『ⅩⅠ』から伝えられた敵の居場所。どうやらシャルロットが千里眼のスキルで探し当てたようだ。
戦艦ラストアークに攻撃を仕掛けた敵を居場所は甲板の上。流線的な形状のこの戦艦で唯一、水平になって人が立てるように設計されている場所だ。
「甲板の映像でます……って、雲でよく見えない……!」
「待て、ノア。何か居る……! 白い少女のような……?」
モニターに映し出された映像には甲板の様子が映し出される。だが、乱層雲に入っている影響、映像が真っ白な靄が掛かっていた。
それでも、目を凝らすと微かに人影が見える。白い髪をした少女のような何者か、それが雲の中の甲板に立っている。そこまで判別した瞬間だった、俺がある物を見てしまったのは。
「天使の羽根……機械天使……!」
その人影の背中には六枚の白く輝く翼が生えている。それは今まで幾度となく見た【ルミナス・ウィング】の翼だ。そんな物を装備しているのは機械天使ぐらいだろう。
トネリコが差し向けた新手の【大天使】と考えられる。油断しなければ勝てる筈だ。
だが、画面を覆っていた雲が薄くなって靄の中に隠れていた人影の姿が鮮明になった瞬間、ノアとホープの表情が青ざめた事で俺は自身の認識の甘さを自覚させられた。
映し出された映像に映っていたのは、朱い“一つ目”が輝くバイザーを装備した一人の少女。今まで見た機械天使の中でも特に幼く見える容姿、鼠径部に喰い込むようなレオタード風のボディースーツ、露わにされた華奢な白い手脚、風に靡く白銀の長髪、真っ白に輝く六枚の翼、手にしたのは身体程に銃身を持つ巨大な多銃身回転砲。
無機質な表情で戦艦ラストアークを見つめる天使。
「おい……ノア……あいつはまさか……!?」
「間違いない……あの姿……『黙示録の天使』……! 最上級の機械天使……唯一の【熾天使】……!!」
『起動、起動、起動。対脅威殲滅用人型戦闘兵器【機械天使】、タイプ“Ω”【黙示録の天使】――起動開始』
その名は『黙示録の天使』――――ノアが造り上げた機械天使の最高傑作にして、唯一無二の階級である【熾天使】を持つ兵器。
ノアが『禁忌級遺物』の一つに指定していた天使が、遂にその姿を現した。
「あいつが……アルマゲドンか……!」
「おい、ノア! あいつが攻めて来たって事は、この電子攻撃は全部……!」
「全部あの子の仕業……! まずい、ラストアークのシステムを掌握してこの艦を乗っ取る気だ……!」
アルマゲドンはどうやら甲板から戦艦ラストアーク全体に向けてハッキングを仕掛けているらしい。よく映像を見ると、アルマゲドンから伸びた髪の毛がラストアークの甲板に接触しているのが見える。其処から直接、艦のシステムに介入しているのだろう。
それに気付いたノアは大慌てな様子で、目の前に出現させた立体映像のキーボードを使って抵抗を開始。アルマゲドンによる戦艦ラストアークの乗っ取りを阻止しようと行動し始めたが、立体映像で映し出された艦の朱い印は減るどころか増大していた。
「おい、どうした、ノア! なんでてめぇの頭脳でアルマゲドンに押し負けてんだ!?」
「駄目だ……アルマゲドンが注入した“毒”が自己進化と増殖を続けている……! 進化する“毒”と注入される“毒”を両方一気には対応できない……!」
〘私が内部に注入されたウィルスの駆除を行なう。それが戦艦ラストアークを護る“騎士”たる私の務めだ。ノア、君はアルマゲドンを逆にハッキングして、彼女の動きを止めるんだ。〙
「分かっています、ⅩⅠさん! ですが、アルマゲドンに介入を仕掛けるには、彼女の機能を停止させないと……」
どうやら、アルマゲドンが注入している“毒”はノアでも手こずるような代物らしい。俺の感覚で言えば、一秒単位で進化と分裂を繰り返す害虫の退治をさせられると言ったところか。ただ闇雲に潰して回るだけじゃ切りがないのだろう。
戦艦ラストアークの人工知能である『ⅩⅠ』も対処に当たっているが、焼け石に水だろう。あっと言う間に艦の脅威は全体の四割を侵食してしまった。このままではそう遠くない内に、戦艦ラストアークはアルマゲドンの手に堕ちてしまう。
そうなれば、艦はこのまま墜落させられるか、俺たちごと女神アーカーシャに献上されてしまう。いずれにせよ一巻の終わりだ。それを防ぐにはアルマゲドンを直接無力化するしかない。
「俺が甲板に出てアルマゲドンを倒す!」
「む、無茶ですよラムダさん! アルマゲドンは私が造った機械天使の中でも特に強大、ミカエル達の比じゃないぐらい強いんですよ!」
「だからって、このままラストアークを落とさせるのを指をくわえて見てられるか! 此処は俺たちの新しい居場所なんだ……絶対に奪わせはしない!!」
〘私もラムダ=エンシェントの意見に賛成だ。誰かが剣を振るわねば、この脅威は退けられない。それは君が一番よく理解しているだろう?〙
「…………ッ!」
「ホープ、上部搭乗口を開けてくれ! みんなで生きてグランティアーゼ王国から脱出するんだ! 絶対に……俺は諦めない!!」
そして、今の俺に出来る事はアルマゲドンと直接、刃を交えることだけだ。
俺がアルマゲドンを倒す、最悪でも喰い止めさえ出来れば、ノアが突破口を開いてくれる。逆転の目はそれしかないだろう。だから、無茶だと俺を制止したノアもそれ以上の追及は出来なかった。
だけど、流石に今の状態でアルマゲドンと正面切って戦うのは無理がある。それは俺もよく理解している。
「分かった、アルマゲドンはお前に任せるよ、ラムダ。但し、戦艦ラストアークはいま高高度を飛行してて、外は強風が吹き荒れる極寒だ! 今の冒険者みてぇな軽装じゃ外には出せれねぇな!」
「そんな悠長な事を言っている場合か!? やるしかないんだ! たとえ、【GSアーマー】が無くったって……俺は戦える!」
戦艦ラストアークの外は乱層雲の中、温度は氷点下を下回る。その中で、冒険者時代の軽装のまま戦えば、流石に重大な負荷を背負わされるのは目に見えている。
以前、『アーティファクト戦争』の折も、“嫉妬の魔王”インヴィディアへのトドメや、空中要塞メサイアへの突入で高高度に至った事があった。しかしその時はノアの開発した騎士甲冑があったから、無茶な芸当が出来ただけだ。
生身のままではきっと耐えれないだろう。
「おいおい、オレは軽装のまま戦えなんて言ってないぜ! なぁ、ⅩⅠ?」
〘その通り、ラムダ=エンシェント、君を『ノアの騎士』と見込んで渡すものがある。〙
「渡すもの……?」
〘ホープ=エンゲージと私が頭脳と技術の粋を結集して造った君専用の新しい装甲だ。それを装着して、アルマゲドンと対峙するがいい。〙
「俺専用の……新しい装甲……!?」
そんな危機に立たされた時だった、ホープと『ⅩⅠ』が俺に新しい装甲を渡すと言ってきた。




