第344話:一難去って……
《こちらラストアーク航海士、ホープ=エンゲージ。現在、戦艦ラストアークは海洋域に向けて航行中、グランティアーゼ王国領を抜けるまであと一時間ほどになるぜー! じゃあ、オレもそろそろ食堂で飯にするかーっ♪》
――――戦艦ラストアークの浮上、機械天使たちとの追走劇から一時間後。俺たちを乗せた方舟はグランティアーゼ王国領の空を横断して海へと向かっていた。
ホープ曰く、戦艦ラストアークの基本移動は海中を潜っての航行となるらしい。理由は単純明快、海中を移動する方が女神アーカーシャや機械天使に捕捉される可能性が低くなるからである。そもそも、戦艦ラストアーク自体が中規模の都市並の大きさを誇っている巨大な方舟だ。そんなデカブツが空を飛んでいたら簡単に捕捉されてしまう。
そんな危険を回避する為に海中を進む事になったらしい。で、戦艦ラストアークは海に向けて進んでいる訳だ。幸い、周囲に追っ手の姿は無く、襲撃の気配も今のところは無い。その為、俺たちは漸くしっかりとした休息を取ることが出来たのだった。
「もぐもぐ……うぅ、二日振りの食事が五臓六腑に染み渡るぅぅ……」
「ラムダさんが泣きながらご飯を食べてる……」
「仕方ないのだ、アリアお姉ちゃん……。ラムダお兄ちゃん、確か王都で拘束されてから食事を摂れてなかった筈なのだ……そりゃお腹も空くのだ……」
「コレットがぶっつけ本番で作った“炒飯”で感涙にむせんで頂けるなんて……うぅ、私、メイド冥利に尽きますぅぅ〜〜(泣)」
――――戦艦ラストアーク、共同食堂。三百名ほどが収容出来る巨大なスペースに設けられた施設で、五十名ほどが座れる長いテーブルが並べられ、奥には厨房が在るのが特徴的な場所だ。
その一画、白いテーブルに座りながら、ノア、ジブリール、オリビア以外の俺たち【ベルヴェルグ】の古参メンバーは食事にありついていた。
俺の目の前に出されていたのはコレットが作った『炒飯』なる料理だ。どうやら、コレットは戦艦ラストアークの図書館にあったレシピ本からこの料理の知識を会得したらしい。
「食糧はトリニティ卿やエイダ=ストルマリアが買い溜めしていたそうですわ。何でも一部はこの戦艦の食糧生成プラントに運ばれたとか……?」
「主な生産食糧は『大豆』だってさ、レティシア。なんでも“畑の肉”だとか……まぁ、私の食事は血液か男性の精液だから関心無い話なんだけどね〜」
「ハフッ、ハフッ、うめぇ……!」
「ラムダさんが“待て”をし続けた犬みたいになっている……! う、う~ん、ちょっと働かせ過ぎちゃったな……僕たちも反省しないと……」
二日振りの食事に夢中になり過ぎて、周りで駄弁っていたミリアリアたちに会話は若干流し聞きの状態だった。しかし、会話に中で俺は『アーティファクト戦争』から今日までにホープが何をしていたかを知ることが出来た。
ホープが行動を起こしたのは俺たちが逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】での戦いを終えた直後から。戦艦ラストアークと共にあの格納庫で冷凍睡眠状態にあったホープは【光の化身】の攻撃の拍子で目覚めた。そして、この世界が『女神アーカーシャに改編された世界』だと知った彼女は行動を開始、反逆者たちをかき集めながらラストアーク騎士団立ち上げの準備をしていた。
幻影未来都市【カル・テンポリス】で辛くも生き延びたトリニティ卿とストルマリアの勧誘を皮切りに、ホープは各地で優秀な戦士を集めながら、未完成状態だった戦艦ラストアークの開発の着手と物資の搬入を行なった。
そして、『アーティファクト戦争』が終わり、いよいよめ女神アーカーシャが本格的に動き出したのに合わせてラストアーク騎士団を本格的に決起させたようだ。
「お陰で助かっただろ、ラムダ? いまお前が食べている炒飯の材料を買い付けるのにも苦労したんだぜ?」
「あっ、ホープ! 回収したミカエルたちの様子は?」
「ミカエルたちならノアが今も修理を続けている。ウリエル、ラファエルは損害も少ないしすぐにでも動かせる筈だ。だが、ミカエルは厳しいだろうな。あいつはアズラエルに動力炉を抜かれて頭部まで半壊させられているからな……直せるかどうか……」
「そうか……」
「まっ、原型を留めているだけでも儲けものさ! なぁに、開発者様が直々に修理してんだ、もしかしなくても前よりも強化した状態で戻って来るに決まってるさ! さ~て、オレも飯だ、飯! 腹が減っては戦はできぬって言うしな!」
「いま誰がこの艦の舵を取っているのだ?」
「あぁ、今はⅩⅠの【自動操縦】に任せてる。まぁ何か問題があったら、あいつから連絡が来るだろう……」
そんな話をしている最中、ホープが食事の乗ったトレーを両手で持ちながら、嬉しそうな表情で俺たちの側に現れた。どうやら戦艦ラストアークの操縦を『ⅩⅠ』に任せているらしい。
ホープは俺の隣りの席に座るとトレーに乗った『カレーライス』なる料理を口に運び、悠々と食事を始めだした。
「あ~……ん、なんか薄味だな? この時代の香辛料は刺激が足りねぇのか?」
「まさか、そのカレーを調理したのは私ですよ。辛すぎるならともかく、薄味にはしていない筈ですが……」
「まぁ、オレは“人形”だし、そもそも古代文明の生まれだし、この時代の人間と味覚が違うのはしょうがねぇ話か……」
「それで……わざわざ俺たちの元に来たんだ。何か用事でも有るんじゃないか? まさか、カレーにダメ出ししに来たわけでもないだろ?」
味が薄いと顔を顰めながらカレーを頬張るホープだが、彼女がただ食事の為だけに俺たちの側に来るとは考え難い。まぁ、別に純粋に食事を楽しんで貰っても問題はないのだが。
俺が『何か用か?』と問い掛けると、ホープは頬張っていたカレーを水で流しながら飲み込み、スプーンの先端でルーを掻き混ぜながら笑みを浮かべ始めた。
「察しが良いな、流石はノアが選んだ男だ! 本題はこの舟の行き先についてだ」
「行き先……? 行き当たりばったりじゃなかったのか?」
「おいおい、オレがそんな無計画な“人形”に見えんのか? まぁいいや……実はな、お前に会って欲しい奴が居るんだ。で、いま戦艦ラストアークは少し迂回しながらだが、そいつの居る場所に向かっている」
「会わせたい人物……? その人は味方なのか?」
「完全な味方とは言い辛ぇが、利害が一致した取引相手だと思ってくれて良い。勿論、信用に足る相手と確証も得ている」
聞けば、ホープはどうやら俺に引き合わせたい人物が居るらしい。戦艦ラストアークもその人物が居る場所に向けて舵を取っているとも。
曰く『利害が一致した相手』――――恐らくは女神アーカーシャか教団に対して何かしらの怨恨がある相手だろう。問題はホープが『完全な味方とは言い難い』と言葉を濁した事だ。これは、その相手が裏切る可能性がある事を示唆している。
これに関しては俺、ひいてはラストアーク騎士団の在り方の問題だろう。俺たちは女神アーカーシャに真正面から喧嘩を売った、つまり『世界の敵』として扱われている筈だ。そんな相手と取引をする以上、向こうは俺たちの正体を知っている、或いは事前にホープから通達されているだろう。
つまり、ホープが会わせたい人物は何らかの形で俺たちを利用したい、代わりに見返りを提供する取り引きがしたいと考えられる。なら、『完全な味方とは言い難い』は相手が俺たちが益にならない、もしくは件の人物の不利益になった場合にいつでも手切れにできる関係を築きたいと言う意味だろう。
自分では考えすぎだと思うが、それなら筋は通る。そして、そのような条件を提示する相手なら『渡りに船』だと言える。なにせ、今の俺たちは孤立無援の状態だ。いくら戦艦ラストアークがあるとは言え、このままではいずれジリ貧になる。そんな中での取り引きだ。恐らくはラストアーク騎士団の今後に関わる案件なのだろう。
それなら、俺には断わる道理は無い。
「どうだ、乗るか? 相手は『ラムダ=エンシェント』を交渉にご所望だ。判断はあんたに委ねる」
「…………分かった、その人物に会うよ」
「そうこなくっちゃ! いや~、めっちゃ長考してたから断るかと思ったぜ」
グランティアーゼ王国から脱出して、向かう先は謎の取り引き相手が居る場所。ラストアーク騎士団の、俺たちの旅の今後を左右する相手との邂逅。それが新しい旅の最初の目的地。
その行き先をホープが伝えようとした時だった――――
「で、その取り引き相手は何処に居るんだ?」
「あぁ、それはな――――」
《緊急事態、緊急事態、緊急事態、戦艦ラストアークに敵性個体接近! 第一種警戒態勢に移行せよ! 繰り出す、第一種警戒態勢に移行せよ!》
「――――ッ!? これは……敵襲……?」
――――艦内にけたたましい警報音が鳴り響き、白かった照明が『緊急事態』を示す赤色に変色したのは。




