第343話:立つ鳥跡を濁す
「戦艦ラストアーク……ノアお母様が設計した“ソラ”を征く方舟……! 実物を観るのは初めてね。量産型、もう侵攻作戦はおしまい。格納庫に到達する前に戦艦ラストアークが起動してしまったわ……」
《――――アズラエル、全軍を連れて大人しく後退しなさい! さもなくば、この戦艦ラストアークで貴女たちを撃ち落とします!》
「まぁ、怖い怖い。自分が手塩にかけて造った機械天使を躊躇なく壊すだなんて……ノアお母様は血も涙もない“人形”のようね?」
――――アルカ・ナディア氷界域の地表に遂に姿を現した戦艦ラストアーク。その勇姿は格納庫で見た時よりもずっと雄大だ。
空中に居る筈の俺を軽々と超える全高、艦首から船尾まで肉眼に収めるのが困難な程の全長、太陽に照らされた氷の大地にも負けない白銀の装甲。そんな巨大戦艦が俺たちと機械天使が争う戦場をあっという間に覆っていった。
そして、戦場を俯瞰する戦艦の側面には対空・対地砲の砲身が口を開けて光り、機械天使たちを威圧している。艦橋に居るであろうノアの撤退勧告を受け入れなければ、機械天使たちに砲撃を容赦なく加える為だ。
《これが最後通牒です、撤退しなさい。そして作戦の失敗をトネリコに伝えるのね!》
「撤退? 作戦の失敗? くすくす、いつ忘機たちが失敗したのかしら? 確かに、格納庫に突入して戦艦ラストアークを奪取するのにはしくじりました。ですが、今からそっちに乗り込んで制圧してしまえば得られる結果は同じでしょ! 量産型――――進行開始! 戦艦ラストアークを制圧しなさい!」
《交渉決裂……残念ね、アズラエル。ホープ、対空・対地砲、全門開放。群がる敵勢力を一気に殲滅します!》
だが、アズラエルはノアの警告に聞く耳を貸さなかった。
彼女たちは『格納庫に侵入して戦艦ラストアークを奪取する』作戦には失敗した。しかし、浮上した戦艦ラストアークに『直接乗り込んで制圧する』という作戦に切り替えて即座に実行に移したのだ。
アズラエルの命令に従った量産型は、それまで行っていたラストアーク騎士団との戦闘を一斉に放棄して戦艦ラストアークに向けて飛翔を開始。手にしたライフルや翼から光弾を射出し始めた。
が、量産型たちの攻撃は全て障壁によって弾かれて、戦艦ラストアークには傷一つとして与える事は出来なかった。
《ハッ、効かねぇっての、そんな小鳥の囀りみてぇな攻撃なんざ! 対空砲、対地砲、照準合わせ! いつでも撃てるぜ、ノア! さぁ、思いっきり跡を濁して立ち去ってやろうぜ!!》
《ごめんなさい、私の可愛い天使たち。貴女たちを壊して去ることを許して下さい……! 対空砲、対地砲――――撃てーーーーッッ!!》
そしてそのまま、ノアの勇み良い号令と共に各砲台から朱く輝く砲撃が放たれて、戦艦ラストアークへと照準を合わせていた量産型の機械天使たちはあっと言う間に殲滅されていった。
その砲撃はアルカ・ナディア氷界域の真っ白な大地を朱く染め上げる程に大量に放たれて、対地砲が着弾した箇所の地面は朱い火柱を上げて崩れていく。圧倒的な攻撃力だ、それまで数十分掛けても数百機しか倒せなかった機械天使たちが、たった一回の斉射攻撃でほぼ壊滅した。
残されたのは運良く攻撃範囲外に居た一部の量産型と、俺と対峙していたアズラエルだけ。残りは塵一つ残さずに消滅した。
「すげぇ……機械天使が一気に……! これが戦艦ラストアーク……!」
《副砲【太陽熱集束砲】――――起動。照準――――【大天使】アズラエルへと設定。アズラエル、ラムダさんから離れなさい。さもなくば……撃つ!!》
「なにあれ……すごく萎える……! せっかくミカエルから奪った量産型があっと言う間に倒されるなんて……本当、役に立たない屑どもね!!」
そのまま戦艦ラストアークは船尾下部に在る『盾』を模した副砲を起動させ、俺を付け狙っていたアズラエルに照準を合わせ始めた。
太陽熱集束砲【プロミネンス・キャノン】――――俺の手持ちにもある大型のアーティファクト。摂氏数万度まで跳ね上げた熱線を撃ち出して敵を消滅させる破壊兵器。そんな超大型兵器の砲身が空中で佇むアズラエルを覗いている。
だが、アズラエルが自身を捉える砲身に臆することは無かった。それどころか、戦艦ラストアークを見つめながら彼女は気怠そうな声を上げているだけだ。こっそり俺が飛び退いて距離を離してもアズラエルは見向きもしない。完全に戦意を失っているように見えた。
「はぁ……めんどくさ。せっかくラムダと思う存分、殺し合いが出来ると思っていたのに……! もういいや、【天使の輪】――――転移陣生成〜」
「――――ッ!? 何処に行く気だ、アズラエル!?」
「何処って……帰るに決まってるでしょ? 戦艦ラストアークの奪取はあくまでもついで。忘機の目的は貴方の殺害だもの、ラムダ。だから、それが困難なら退くのは同然だと思わない?」
アズラエルの目的は俺の殺害、その方針は絶対らしい。そして、それが達成困難だと判断した彼女の戦意が消失するのは自明の理だった。
巨大な“光輪”を高速回転させて転移陣を開くアズラエル。どうやら転移を使ってこの場から撤退するらしい。
「今日はミカエルから色々貰っちゃったし、まだ動力炉も組み込めてないから、新しい忘機の性能を完全には披露できていないの。ごめんね、ラムダ」
「アズラエル……」
「でも安心! これで終わりになんかしないわ! 忘機はまだまだ強くなる! もっともっとたくさん奪い取って、貴方を超える程に強くなるわ!! そしたら……その時は丁寧に殺してあげるね♡」
「やっぱり今すぐ殺して……!!」
「くすくす……今日はもうおしまい。また逢いましょう、新しい力が手に入ったらまた遊びに来るね♡ それじゃあラムダ……バイバ~イ♪」
そして、アズラエルは装着していたバイザーを握り潰し、仮面の下にあった蒼い瞳で俺を見つめながら“次”を示唆して、背後にあった転移陣へと身を委ねながら去って行くのだった。
最後に、俺への明確な殺意を露わにして、さらなる力への渇望を見せながら。
《…………【大天使】アズラエル――――反応消失。空域からの離脱を確認しました。残った【天使】の転移陣での撤退も確認。アルカ・ナディア氷界域の残存敵勢力――――無し》
《そういう訳だ、てめぇらお疲れ様! さっさとトロイメライに乗り込め、その艦ごと回収してやっからよっ!》
けたたましい戦闘音は鳴りを潜め、アルカ・ナディア氷界域に響くのは戦艦ラストアークの駆動音のみ。ノアとホープが安全を確認した以上、もうアズラエルも量産型もこの場には居ないと断定できる。
眼下に在るのは戦闘の形跡と破壊された機械天使の残骸、そして全てを奪われて機能停止したミカエルだけ。これで、ミカエル、ラファエル、ウリエル率いる追撃部隊は撃退できた。アズラエルもすぐさまの追撃は行えないだろう。
だが、まだ不安は残る。
アズラエル――――彼女は完全に危険な存在に昇華していた。恐らくはこの先、何度も俺の前に立ちはだかって来るだろう。それも、徐々に力を増大させながら。
立つ鳥跡を濁さず――――と言いたいところだが、どうやら俺たちもアズラエルもありったけ跡を濁して、グランティアーゼ王国に禍根を残して去っていく事になったようだ。
「アズラエル……お前とはいずれ決着を付けてやる……!」
いつか再び訪れるであろう“死を運ぶ天使”との再戦。その時に向けての覚悟を胸に、俺は一旦の戦いの終わりに安堵するのだった。




